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「また御懐妊は誠ですか!?」
驚きながらも嬉しさを顔いっぱいに表したのは櫛崎 浅長の御正室・良姫である。
そしてそのすぐ下に座っているのが、御側室、お露の方である。
今日は、先程の命懸けの出産から約二ヶ月弱。
お露の方がまた身篭ったのである。
信じられぬ慶事に、良は喜んだ。
「素晴らしいですわ。お露殿」
その正室の様子に、お露も嬉しくなってはにかんだ。
「はい___。今回も男子であるよう願っております。松吉の供養にも」
「! ……そうで御座いました。松吉君はもう」
そう、お露が腹を痛めて産んだ初めての若君・松吉君は、あの四日後小さな命を消したのである。
医者は病弱のためとは言っていたがそれで母であるお露が納得出来る筈もなかった。
「私は……___松吉の為にも、今度こそは強く産んであげたい」
そっと俯くお露を見て、良はいたたまれない気持ちになったが敢えて明るく振る舞い、
「大丈夫です。お露殿。大事に育てて行きましょう。……御嫡女である澪姫様も塞ぎ込んでおいでです。見舞いに行けると良いのですが」
と相談した。
「澪……あの子も今年で数え五歳。早いものですね」
ふと、お露がつぶやく。
そして、『だから大丈夫です。あの子は強いですから』
とも言った。
母の言うことならば、これ以上踏み入れるのも悪いと思い、
「ええ……そうですね」
とだけ相槌を打った。
❁⃘*.゚
それから七月_____。
六ヶ月となっていたお露のお腹は、丸々としていて、いかにも重そうだった。
お露はそのお腹を見つめる度、『無事に産まれて来ますように』と祈りをかけた。
それには
(良姫様にも澪にも……もう心配は掛けたくないわ)
という一人の妻・母としての思いがあった。
その願いが通じたのかは別として、お腹の中の子はすくすくと育って行った。
しかし、ここで悲劇が起きた。
ある日お露が浅長の許可をとって城下町へ出かけていたところ、誰かに足を踏まれた挙句、そのまま石に躓いたのだ。
重い腹のままバランスを保てる筈もなく、色々な人にぶつかった為目眩もしており、お露は倒れ込んだ。
ドサッ______。
それにいち早く気づいたのは、同行していた良だけであった。
そのまま駆け寄り、
「お露殿っ! 大丈夫ですか!?」
と声をかけたが反応しなかった。
「誰ぞっ! 早う引き返して、お露殿を医務室へ!!」
『は、はい!』
一同は慌てて屋敷へ戻り、医務室へ行き……。
「お露殿っ! お露殿っ!」
「…………良姫様…………」
お露はゆったりと目を開いた。
「ああ、良かった。お露殿。城下で誰かに突き飛ばされたのです。覚えておいでですか」
「………………はい…………勿論」
そう言って、お露は下腹部に違和感を覚え、バサッと上半身を勢いよく起こした。
「……良姫様っ。御子は? 私の子は何処に居るのです!?」
そう、お露の下腹部には、つい五時間前まであったであろう妊娠特有の丸みを帯びたお腹がなかったのである。
嫌な予感がしつつも、お露は決死の形相と勢いで良に問いただしたが、何も言わなかった。
「教えて下さいませ」
「実は……此処に戻ってきた時、お露殿の身体が急に震えだして、御医者様を呼んだのです。そして診て頂いた所これは陣痛だと言われ…………」
「ッ其処で助けられなかったのですか!?」
「…………ええ。私も相談はしてみましたが、産むしかないと」
「……それで?」
「吾子はまだ指も目も完全に出来ておらず__……流産に御座いました」
「そんなっ」
「許してたもれ。貴女様さえいればまた御子は授かれましょう」
「…………御子は、男と女、何方だったのです?」
「可愛らしい姫様でした」
「…………浅長様はもうご存知で?」
「ええ」
「…………私の子は澪だけですね」
「そんなことありませぬ。貴女様はまだ二十二。充分お若いですわ。……もう二十七になって、子が望めぬ私とは違う。どうか元気を取り戻して。子を産んでくださいませ」
思えば、和やかな談笑だった。
お露は、我が子をなくした悲しみも、悔しさも発条にして、この美しくも優しい正室の為に子を産んであげたいと思ってしまった。
それは、無礼なことなのかもしれないが……。
今は、少しそう思ってもいいのではないかと、良の悲しげな横顔を見て、お露は思い、そして決心した。
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