「」葛葉
『』叶
葛葉side
「・・・くそっ」
どうしても口に出てしまう。今日は何から何まで上手くいかない。今日はというか、ここ数日ずっとだ。
大きな仕事があり、たくさんの人が俺のためにいろいろ準備して必死で支えてくれていたのにそれを無駄にするような結果になってしまった。
みんな「気にしないでください」って労ってくれたけど、、、
他のことを考えようとしてもすぐに自分の失敗ばかり頭に浮かぶ。
あの時こうしていたらこうはならなかったんじゃないか
他の奴ならもっと上手くできたはずだ
なんでお前が選ばれた?
お前はもう向いていないんじゃないか
お前はみんなを失望させた
頭の中で自分を責める声が止まらない。
自室のイスの上でうずくまりながら考える。
こんな状態だから叶とも数日口を聞いていない。ケンカしたとかじゃない。
今口を聞いたら叶に酷いことを言ってしまいそうで、部屋に引きこもっているのだ。
あいつは勘が鋭いし気も遣える奴だから、変に声をかけたりせずに放って置いてくれている。今はそれが逆に有難い。
配信も気づけば4日間休んでいる。マネージャーには体調不良と連絡した。
数日休めば元通りになると思っていた。が、むしろひどくなっている気がする。1人で考えすぎなのか、はたまた頭がおかしくなっちまったのか、頭の中には四六時中俺を罵倒する声が響く。聞きたくないのに逃れることもできない。
何もする気が起きなくて、そういえば飯も食っていない。
俺は自室内のソファに移動しぼふっと倒れ込む。
・・なんかもう、全部めんどくせえ。
叶side
葛葉が部屋から出てこなくなった。たぶん仕事で何かあったんだろう、ある日収録から帰ってきた葛葉は目の光が消えていて、何も言わずに自室に行き、それ以降出てこない。
僕が家を空けている時には出ているのかもしれないが、ここ数日配信もしてないみたいだし、何かが起こっているのだろう。
葛葉のマネージャーにもそれとなく連絡してみたが、体調不良と聞いている、という答えが返ってきただけだった。
『・・あいつ、真面目だからな』
そう、葛葉は見た目とは裏腹に仕事についてはかなり真面目人間だ。上手くいかなかったり、人に迷惑をかけてしまったりすると、ずっとそれを気にする癖はあった。
僕に話しかけないのも、葛葉なりの優しさなのだろう。たぶん、暴言を吐いてしまうから、ストレスをぶつけてしまうから、とかそんな理由じゃないか。
といっても1、2日で出てくるだろう、元のうるさい葛葉に戻るだろう、そう思って僕もあえて声をかけなかった。
が、甘かった。4日経つのに葛葉はまだ部屋から出てこない。ひきこもっている。
ドアに耳をつけてみたこともあったが、ほぼ無音。時々椅子がギシッといったり布が擦れるような音が聞こえるだけだった。
葛葉は本当に困った時は人を頼らない。僕なんかは結構グチとか葛葉に聞いてもらったりすることもあるが、葛葉はそういうことは無い。たぶん限界まで溜め込んで溜め込んで、今押しつぶされそうになっているんだろう。
・・どうしよう、ノックしてみるか?いや、でも、、、迷惑かもだし、、話したくないのかも、、
すぐに行動に移せない自分にイライラする。葛葉のことになるといつもこうだ、余計なことを考えて結局遠慮してしまう僕がいる。
・・どうしよう、、
葛葉side
「全部めんどくせぇ」
小さな声で口に出すと不思議と少しだけ頭の中の罵倒が止む。
・・俺もうおかしくなっちまったのかな。飯食ってないのに腹は減らないし、あんなに好きなゲームだってやろうと思えない。
・・叶何してんだろ。
ふと叶の顔が頭に浮かぶ。あいつのことだから心配しているものの、気遣いで声をかけてきてないんだろう、そりゃそうだ、かけづれーよなこんなの、、、
大好きな叶にも迷惑をかけている自分にもっともっと嫌気がさす。
それなら一度家を出て、とも考えてみたが、この部屋から動けるだけの気力すらない。
でも、いつまでもこんな状態じゃ、いくら魔族の俺でも身体がもたないだろう。
「さすがに、飯、食わねーとな、、、」
飯どころか水のペットボトルでさえ部屋のは無くなった。せめて水だけでも取りに行くか。
でも、この部屋の外には叶が。あいつにこんな状態の俺を見せたくない。元々心配性なのにもっと心配かけることになる、あいつ自分のことだって大変なのに、、、
キィ
俺はそーっと部屋のドアをあけ、音を立てないように廊下を忍び足で歩く。叶の部屋から電気がもれているので自室にいるのだろう。
リビングのドアは開いておりそのままキッチンに行き水のペットボトルを5本手に持つ。なにか食べようかと冷蔵庫を開けたが、あまり食欲が出ず結局閉めてしまった。いつもなら目がいくお菓子も全くそそられない、俺は諦めて部屋に戻ろうとした。
その時だった。
ドンッ
背中に強い衝撃と俺の腹に回された両手。叶だ。叶が俺の背中に抱きついている。
が、何も言わない。
「な、なに、、」
俺は動揺して口走る。
叶は背中にいるので顔は見えないが、よく聞くと荒い息遣いと時折鼻をすするような音が聞こえる。
「・・お前、泣いてんの、、?」
背後にいる叶に話しかけるが、何も返事は返ってこない。すすり泣きだった声がだんだん嗚咽になり、今となってはもう叶は俺の背中で声を出して泣きじゃくっている。
「おまえ、、おまえどうしたんだよ」
明らかに俺の方がどうしたんだと聞かれる状況なのに、余りにもいつもと様子が違う叶に狼狽えてしまう。
『・・ぐすっ、うっ、、くずはぁっ、、』
いつまでたっても泣いてばかりで何も喋れない叶。俺は意を決してくるっと振り向く。
すると、叶が今度は正面から抱きつき、俺の頭を自分の胸に押しつけながら俺の頭の上で泣いている。叶は俺より少し背が低いから背伸びしてるんだろう。
叶はまだ泣きじゃくりながらも俺を強く抱きしめる。久しぶりに嗅いだ叶の匂い。俺の頭を支える手も、背中に回された手もどっちも暖かくて、あぁ、叶に抱きしめられてるんだと実感する。
気づけば目から涙が溢れ、俺は叶の胸で泣きじゃくっていた。叶の服が俺の涙でぐしゃぐしゃになっているが、俺はおかまいなしで何も言わずに泣き続けた。
『・・ごめんね、ごめんね葛葉』
思いがけない言葉をかけられる。
今こいつごめんっつったか?ちがう、悪いのは俺なのに、、こいつにこんな心配かけて、また泣かせて、、、
『・・でも葛葉が出てきてくれて本当によかったぁ、、ぐすっ』
そういいまた泣いてしまう叶。
「・・ちがっ、、お前はなんも悪くないだろ、、」
顔もあげずにやっとの思いで口に出す。
すると叶は
『葛葉、なんもしゃべんなくていいから、』
と言いさらに強く俺を抱きしめる。
そう言われた瞬間、先程まで頭で鳴り響いていた俺への罵声がぴたっとやむ。
俺は叶の背中に手を回しぎゅっと強く抱きつく。すると叶は俺の頭を押さえていた手でぽんぽんと軽く頭をたたく。
それが心地よくて気づけば俺は意識を失っていた。
叶side
僕の胸で泣きじゃくる葛葉。なんて声をかけたらいいかわからないが、とりあえず気持ちのままにぎゅっと強く抱きしめる。
数日前よりも、より骨ばった身体。おそらく食事もしていないんだろう。
そう思っていると突然ガクッと崩れ落ちる葛葉。僕は咄嗟にそんな葛葉を抱き抱えリビングのソファに寝かせる。
幾つもの涙のあとがつきながら、寝息をたてている葛葉。
『・・寝てもなかったのか、まじか、、』
本当に身体が限界だったのだろう。数日前より痩せこけた葛葉を見てまた涙が滲んでくる。
もっとはやく何かできたんじゃないか、一緒に住んでいるのに、葛葉がこんなになるまで僕は気づけなかった、大丈夫だろとタカをくくっていた。
後悔の念が次から次へと頭に浮かび、涙が止まらない。
・・いや、泣いてたって仕方ない。
葛葉が食べられそうなものでも作ろう。
葛葉が好きなものを作ろうとも思ったが、数日何も食べていないのなら消化に優しいものが良いだろう。
僕は冷蔵庫をあさり、煮込みうどんを作る。ぐつぐつと煮える鍋に仕上げに卵を落とした。
葛葉side
気づけば寝てしまっていたのか目が覚めるとリビングのソファにおり毛布がかけられている。いい匂いがしてキッチンを見ると叶がなにやら鍋とにらめっこしている。
「・・なんかうまそーな匂いする」
叶side
突然聞こえた声に驚きソファの方を見ると、葛葉が起き上がり上にかけた毛布を持って眠そうな目を擦っている。
『あ、おはよ。うどん作ったけど食べる?』
「・・食う」
『ソファで食べる?』
「いや、そっちまで行く、こぼしそうだから」
そう言い、よたよたとリビングのテーブルまで来る。
ほかほかと湯気の立つうどんを見つめ、箸をとりふーふーしながら食べる葛葉。
お腹はすいていたようで、一口食べはじめると何も言わずに黙々とうどんを食べ続けている。
僕はそんな葛葉を見ながら自分もうどんに手をつける。
ずるずる
2人がうどんをすする音だけが響く。
「・・うまかったぁ」
葛葉がそう言いニカッと笑う。
僕は笑いながらも、葛葉にどんな言葉をかけたらいいか迷っていた。
葛葉side
ソファで起きた時も、あんなにうるさかった頭の中の罵声は消えていた。聞こえてくるのは普段通りの生活の音、そして叶の声だけだ。
目の前の叶はと言うと、たぶん俺になんて声をかけたらいいのか迷っているのだろう。うどんを箸ですくったまま止まっている。
「・・叶ごめんな、、これからもうちょいお前を頼るようにするわ」
思ったことを素直に口に出してみる。すると、叶は「う、うん!」と言って嬉しそうに笑う。
食後、叶は風呂を沸かしながら
『葛葉、風呂沸いたらいっs、、いや、入りなよー』
と言う。
あいつのことだ、たぶん一緒に入りたいんだろうけど、俺を気遣って言い直してやがる。
俺は「おー」と言い、着替えを持って立ち上がりそのまま叶の腕を掴んでひっぱり風呂へ向かう。
『えっ?ちょっ、、』
「・・ほら、入るぞ」
湯船に2人でつかり、叶に背を預けるように座る。大の男2人が家庭用の風呂に入っているから普通にせまい。窮屈なはずなのに、なぜか心地よくて寝てしまいそうになる。
『葛葉、頭洗ったげようか』
「・・ん、頼むわ」
普段ならこんなことお願いしないが、俺は心地良さと叶に甘えていいんだという気持ちから素直に答える。
湯船に浸かったまま、頭だけ湯船の縁に出し、叶がシャンプーを泡立てながら洗ってくれている。普通にマッサージみたいで気持ちいい。
風呂をあがったあとも叶は俺の髪をドライヤーで乾かす。丁寧にブラシまでして『よし、いいよ』と言う。
自分の髪の毛を乾かそうと立ち上がる叶の腕を掴み、俺の前に座らせる。
叶はハテナを浮かべていたが、俺はそんな叶の頭にドライヤーの温風を吹きかける。
わしゃわしゃと叶の髪の毛を乾かす。鏡に映る叶はニコニコしながら大人しく俺に頭を触られている。叶がしてくれたように最後はブラシを通しておしまいにした。
そのままベッドに行き、いつもそうしていたように叶の腕の中で目を閉じる。
『・・葛葉、寝れそう?』
「・・ん、すげー眠い」
『ふふ、おやすみ』
「・・おやすみ」
叶に抱きしめられてから嘘のように消えた頭の中の俺を責める声。あんなにずっと苦しかった曇天が一瞬で青空になったような、そんな感覚だった。
「・・叶」
俺は顔を上げて叶の名前を呼ぶ。
すると、一度閉じていた目をぱっと開けて俺を見てくれる叶。
俺はしっかり叶の目を見て言った。
「叶、ありがとう」
一瞬驚いたような顔をしたが、すぐ俺の好きな笑顔に戻って
『ううん、僕こそいつもありがとう葛葉』
と言う。俺のおでこにちゅっと軽いキスを落とし、より強く俺をぎゅっと抱きしめる叶。
・・ありがとうって俺、なんか叶にしてあげたっけか、、
目を閉じてそんなことを考えていると、俺はいつのまにか眠りにおちていた。
おしまい
コメント
1件