家に帰った俺は急いで部屋を片付ける。2階はほとんど使っていなくてリビングの横の一部屋を自分の部屋にしている。幸いもう一つの和室は少し荷物があるくらいで広い日当たりもいいのですぐに片付けて新しいシーツを洗ってたまに元貴が来る時に使っていた布団を干した。
掃除機をかけて、久しぶりにご飯を炊いた。お風呂も掃除してついでに自分の部屋も片付けていると電話がかかってきた。
『もしもし?あのー、一応仕事終わったけど···?』
「迎えに行くから学校で待ってて!」
俺は先生のもとへ走って向かう。
早く迎えに行かないとふらっと何処かへ行かれては困るから。
よくやく学校が見えてきて、先生は門のところに立って待ってくれていた。
「はぁはぁ···。先生って意外と遅くまで仕事してんだね···ほら、行こ」
先生が手に持っている大きめのカバンを奪う。そして お腹空いたから早く帰ろうって先生に声をかける。
「若井くん···一体どこ行くの?」
「···俺の家」
「僕は?」
「···俺の家に帰るの!ほら!早く!」
突っ立ってる先生の手を引いて俺はズンズンと家に向かって歩き出した。
先生は何も喋らずに俺にされるがまま、2人で黙って夜道を歩いた。
「ほら、上がって···荷物ここ置くよ、洗面所はここでトイレはここだから。先生の部屋ここね。和室だけど···広いし明るいし、あと布団今日干したから···これシーツ。枕もこれでよかったら使って」
一通り説明し終えて冷蔵庫からお水を取り出して先生に渡す。
先生はさっきからびっくりするほど静かで心配になる。
「···どうしたの?さっきから黙って」
「理解が···追いつかなくて。僕の部屋って?まるで···今日ここに泊まるみたい」
「今日っていうか、しばらく。別にいつまででもいいけど···部屋が見つかるまでとか、落ち着くまでとか···先生、俺と一緒に住もう」
「···ありがとう、けどそんなわけにはいかないよ···とっても嬉しいけど、僕は教師だし、親御さんも心配するよ···」
だからなんで自分が大変な時にそんな風に笑うんだよ。
「親なんて何年も帰ってきてないし、連絡だってほとんどない。きっと心配なんかされてもない。先生は嫌?俺とここに住むのは嫌?」
「嫌じゃないよ···けど、迷惑でしょう?」
「迷惑だったら誘わない···先生、お願いだからそんな風に言って無理して笑うなよ。先生には何度も助けられてるから···だから恩返しさせてよ」
そうだ。
出会った時も、この前の風邪引いた時もいつも心細い時に先生は駆けつけてくれたから。
たまには助けられる側でもいいだろ?
あんな火事に巻き込まれて大切なものだってきっと失って、行くところもない、ひとりぼっちなんて···こいつには似合わない。
そっと俺より少し高いところにある頭を撫でると瞳が潤んで涙が溢れた。
「···ほら、もう大丈夫だって」
ティッシュを差し出すとそれをスルーして俺に抱きつくとまた泣いた。
痛いくらい強くしがみつく背中を撫でながらこんな風に大人も泣くんだなって思った···それにすごく無理して笑ってたんだってことも。
「大丈夫···もう平気だって、安心していいよ」
まるで子供みたいに泣く先生と大人ぶって余裕のあるような言葉をかける俺···ちぐはぐだけどなんだかそれも悪くない気がした。
先生は泣きたいだけ泣いて落ち着いたのかそっと離れて 真面目な顔をして頭を下げた。
「本当にいいなら、すごく嬉しいし助かる。よろしくお願いします」
「うん···良かった、よろしくね、先生」
そしてようやく本当の笑顔が見られてお腹がすいていた俺たちは夜ご飯を食べてお風呂に入った。
「お風呂も布団も何もかもありがとう···なんにもなくなっちゃったから、正直困ってた」
少し伸びた金髪をタオルで拭いている。柔らかそうで細い、綺麗な髪。
本当に明るい色が似合っている。
「素直に言えばいいんだよ、いつだってにこにこしてるからわかりにくいんだって」
「···両親が高校卒業して亡くなっちゃって、親しい親戚とかも居なくてね···幸いお金はあったけど、そこからかなぁ···笑ってないと1人で生きていくのが怖くなる時がある···ってごめん、暗い話。今はこうして教師にもなれてこんな風に僕のこと心配してくれる人がいて幸せだよ」
思わず胸が痛くなった。
いつもにこにこ笑ってて誰にでも優しくて皆に好かれてて···けどその笑顔にもそんな理由があったなんて思いもしなかった。
「···ほんと、若井くんありがとね···昨日は眠れなくて···ちょっと怖かったからかな···ねむい···」
そう言ってリビングのソファで目を閉じてしまったから、俺は和室に引いた布団まで抱えて運んでやる。
その身体は軽くて華奢で···ふわり、と良い匂いがした。
「おやすみ···」
ドアをそっと閉める。
少しでも今日はゆっくり眠れればいい、そんな風に誰かを気遣うように思ったのは初めてだった。
コメント
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困った時に部屋まで用意して、迎えに来てくれるとか、若井さんが王子様化してて格好良すぎる🥰ついに本音を吐き出せた藤澤さんも、早く報われてほしい♪
ちぐはぐな立ち位置になっても、💙💛の良さが伝わり、めちゃ好きな場面でした〜🤭💕 更新、ありがとうございます❣️