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「よォ”姉貴”。順調かァ?」
「順調すぎて怖いくらいだよマジで。女神サマは簡単に騙せちゃったし。今も幻覚の中で魂を追い求めてうろちょろしてんじゃないの」
「”シスター”の元には誘導できそうかァ?」
「うん。咲ちゃんの魂(笑)がありそうな場所をシスター誘拐地点にしたから、余裕すぎてピース。本当に女神サマなのあいつ、ありえないくらいコロッといけちゃったけど」
「そいつァいいな。じゃ、後は俺らの出番ってわけかァ?」
「だね。シスター誘拐は頼んだよ。……あ、後チョコほしいから持ってきてくれない?」
「おいおい、ただでさえ敵の本拠地にわざわざ来てやったってのによォ、またリスクを冒させる気かァ?」
「とか言いつつ持ってきてくれるっしょ?」
「まぁ……いいぜ?」
「ありがとー」
*
「今の……何?咲」
明らかに動揺している瓜香を見て、咲はふと我に帰った。
戯言を口走る女神を名乗る人物が咲の脳内に語り掛けてきて、その後なぜか女神の能力チックなものを扱えるようになっていた。
女神曰く、「咲は女神の人間形態で実在しない」らしいが、それなら咲の寺で生まれ育った記憶は幻覚だということになってしまうし、そもそもそういう記憶を持っていていいはずがない。
それに、咲の魂がないだとかあるだとか言っていたが、その話もなんだか曖昧だし、暴論のように感じた。
最初は女神を諭そうとしたが、全くもって話が通じる気配がなかったので、結局黙ってしまった。
咲が黙った後は余計に咲の魂が実在しないことの根拠の一つだと考えてしまったようで、これは咲のためだとか死にかけの咲を助けただとかどうのこうの。
死にかけの咲に関しては、その話が正しければもう店員になれているので、わざわざ選抜試験を受けなくてもよいことになってしまう。より嘘を塗りたくっていて、思わず笑いがこみあげる。
やけに真実っぽく語るし、この能力からして間違いなく女神だとは思うからなんだか信じてしまいそうになったが、そのフィルターを外せばただの陰謀論者に変わりない。こんな話、信じる方が馬鹿げている。
身内に陰謀論者は二人も……いや、一人も要らないのだが。
「……なんかね、女神を名乗る人の声がテレパシーで届いてさ。明らかに嘘くさい話をべらべら喋ってたんだけど、その人の話が一通り終わったら女神の能力を使えるようになってた」
「何よそれ……」
「私も意味不なんだが」
「……」
瓜香は回復されたはいいものの、色々ありすぎていたのか腰を抜かしている。
若干怯えているようにも見える。同期がいきなり女神に変身したなら当然だろうか。
咲はそんな瓜香に手を差し伸べたが、瓜香は俯いたまま手を使わずに立った。
少し不思議に思った咲が瓜香の様子を伺おうとすると、
「ひっ、一人で!立てる……から……」
瓜香に強引に引き剝がされてしまった。
ここで、ようやく咲は瓜香の様子がおかしいことに気付く。
「ね、ねぇ瓜香?何かあったの?」
立ち上がった瓜香は明らかに憔悴している。おそらく泣いているのだろうか、身体が小刻みに震え、すすり泣いているような声を上げている。
「……なんでもないわよ!そう……なんでもない……から……」
後半になるにつれ、声がか細くなっていった。やがて、瓜香は後ろに倒れそうになる。
危ない、と突発的に叫んだと共に、咲は瓜香を支える。結局、瓜香は倒れずに済んだ。
「瓜香、大丈夫?やっぱ何かあったんでしょ。……あの怪異たち、見た目怖かったしうじゃうじゃ群がってきて気色悪かったから気分を悪くするのも仕方ないと思う。落ち着くまで待ってあげるからーー」
その時、
「……え」
瓜香の右手は正確に咲を捉え、平手打ちをかました。
「……瓜香?」
「……」
「その……今のは」
「黙りなさいよ!!」
「え……」
ものすごい剣幕でそう叫んだ瓜香は、その後さらにもう一発平手打ちした。
未だに状況が理解できない咲だったが、少なくとも瓜香を責める気は毛頭なかった。
咲の家は田舎の寺ということで、母親は寺の業務に勤しみ、父親は単身赴任で都会に出ていた。
咲にはおじいちゃんくらいしか話す人がいなかったわけだが、そのおじいちゃんこそが住職であり、最も忙しくしていた。
墓の相談や祈祷、葬式などには時間がかかる。それに、咲の家の周辺は高齢者が多かったので猶更。
おまけに寺の朝は早い。そのため、一人っ子である咲は一人でいる時間が多く、家に帰っても家族はいても構ってもらえないことも多かった。
だから、家族と急に会えなくなってさみしい気持ちこそあれど、一般的な家庭と比べてはその気持ちは少ないと思う。
しかし、瓜香の場合、詳しく彼女の家庭事情を知っているわけではないのだが、咲よりは家族との付き合いがあるのだろうし、家族と会えないしキモイ奴らが襲ってくる異世界に飛ばされたんだし、心に異常をきたしているのだろうと思ったのだ。
現実としては、瓜香の咲に対する強い劣等感が垣間見えた瞬間だったのだが。
残念ながら、瓜香は咲に平手打ちしたことを恨まれる、訝しがられると思い、いつも通りの清楚で可憐な少女に戻るという選択はとれなかった。瓜香は、咲の純粋さ、もとい馬鹿さを信じられなかったのである。
「あんたなんかに私の気持ちは分からないでしょうね!!みんな私より強くて、優秀で!!唯一あんただけが私より下だったのに!!あんたも私を置いて行くわけ?!私は、私はーー」
「ーー弱い咲の方が何倍も好きだったのに!!」
咲は頭を何かで殴られたみたいな衝撃を感じた。
咲は純粋すぎるあまり、嫉妬羨望憎悪……などというどす黒い感情を知らなかった。が故に、やはり瓜香を責められない。
瓜香が悪い奴だと思えない。少なくとも、今まで咲と過ごしている時はそんな感情を見透かせなかった。
咲にもゲーム中や体育の時間に「こいつが弱ければ勝てたのに!」などという感情を抱くことだってあったが、それは無論相手に対して、敵チームに対してだ。
味方は強ければ強い程いいだろうに、瓜香はなぜこんなことを言うのだろう。やはり、精神的につらいものがあって、色々混乱しているのだろうか。
でも、華夜ほど話が通じないと感じるわけでもない。対話を諦めるほどでもないように思うのだ。
だが、この場合何と言えばいいのだろう。強くてごめんねと言うのも違うし、弱くなるように努力するよというのも違うし。
あれこれ悩んでいるうちに、ヒステリックになった瓜香が追撃してくる。
「あんたみたいにまぐれで強くなられると余計に腹が立つわ!女神サマだのなんだの知らないけれど、その力、私によこしなさいよ!!どうしてあんたばっか優遇されるわけ?!何もかも!」
と言われましても、と返したいところではあった。
実際どうしようもない。味方が優遇されていることはむしろ喜ぶべきことだし、いつか自分にもチャンスが回ってくると信じて強くなればいいんじゃないだろうか。そもそも、他人を見下すなんていう考えはよくない、とおじいちゃんがよく言っていた。寺生まれの考え方が身に沁みついている咲は、そんなことばかり思ってしまう。
こうやって黙っていることが最もよくないことだとは思うのだが、変に刺激してしまっては……という気持ちもある。
いつまでたっても事は動きそうにない。正直瓜香の気持ちはよく理解できないが、よく理解できない理由で罵声を浴びせられ続けるのも嫌だし、ついに口を開いた。
「瓜香、まずは落ち着こ。えっと……私は今も弱いままだし、きっと瓜香の方が強いと思うよ。それに、色々あって辛いのは当然だから、ため込まずに」
「黙れっつってんでしょうが!!あんたのせいでこんなになってんのに、その張本人が火に油注いでどうすんのよ!!やっぱり頭は弱いのね、やっと勝てる点が見つかってよかったわ!!もう……もう……!あんたに顔も合わせたくない!!」
「え……」
瓜香は走り去った。本部とは逆方向に。でも、何故だか知らないが、これを止める権利は咲にないように感じた。
もやもやした気持ちのまま、咲は本部に帰る。
本部にいた店員に瓜香がいなくなったことを報告したが、店員によれば瓜香はもう本部に帰ってきているものの、あんまりにも咲と会いたくないと強く主張するものだから、一時的に個別に部屋を分けること、そしてしばらくしたら事情を聴取することを話された。
咲としては絶大なショックだった。いつもそばにいた瓜香が、得体のしれない何かに支配されているように感じた。
でも、明らかにあれは瓜香の意思だった。精神がおかしい人の発言っぽくも捉えられなかった。まるで、前々からそのような感情を抱き続けていたように。
もしそうなら、今まで瓜香がふりまいてきた笑顔は、二人の時間は、鍛錬は、遊びは、会話は、全てうそだと言うのか。
そんなことありえない、と言い切ることが出来ないのがとてもつらい。
咲が苦痛を感じている表情を浮かべているのを見かねてか、あいつが話しかけてきた。
「お困りのようだな。一体どうした?咲」
「無光!あの……ちょっと色々あって、瓜香と喧嘩?してる」
「じゃあ俺の専門外だ。さっさと部屋に帰るわ」
「ねぇ待ってよ!ただでさえ君としか話せないんだから……」
「うわ、出たよ”君”。聞いただけで気分が悪くなる」
「え、ごめん……?」
「いや、半分冗談だ。二人称が君の奴がとにかくうざくてーー」
「ーー呼んだか、無光?」
なるほど、葉泣か。
こんな弱っているのに葉泣に会ったら余計に罵倒されて精神がきつくなりそうだと思ったが、彼の対応は予想外だった。
「聞いたぞ、”咲”。何十体いる怪異を単身で倒したんだってな?正直見くびってたよ、”君”のことは」
「君!君だ!」
「だろ?これだから”君”はトラウマになってるんだ。これからどんどんだる絡みされるから覚悟しろよ」
「うぇー、マジ?」
どうやら、咲は巨大頭怪異を討伐してきたことで葉泣に認められたらしい。雑魚呼びじゃなくて名前呼び、そして話題に上がっていた”君”呼び。
咲としては色々整理がつかない速度で起こりすぎていて頭がパンクしそうだが、これは僥倖かもしれない。
無光は怪異だし若干不安だったが、葉泣もいるなら……。
「二人とも」
「どうした?」
「何だ?咲」
「ちょっと、私の相談に乗ってくれない?」
*
「四体いるなら全部ぶっ飛ばすがヨロシ!やっちゃうアル!!」
「クラ〇カ理論で左からですかね」
「い、一番近い緑からやるのはどうでしょうか?」
「一番危険因子を孕んでいるのは赤色なんだよ~?だから赤から処そ~?」
うん、バラバラだね。
初任務が与えられた我らがBチームは、まともな人が見楽以外にいないカオス状態と化している。
今回彼らが戦っているのは四つの石。赤青黄緑の四色でピラミッド型で、中央に目がついていて、くるくる回っている。
目から時折光線を出してきて、自殺願望持ちの吟が当たった所火傷していた。
そう、このチーム、今の文だけで伝わったとは思うが、非常に難点が多い。
まず一人一人のキャラが立ちすぎている。
チャイナ服が一際強いのだが、こいつが誰か分からない。多分桃蘭だと思う。コスプレでここまで人は変われるのか。
そして陰謀論者は言わずもがな陰謀論者であり、シスター見楽と常に喧嘩している。これもつらい。
サラリーマンに関しては地味に癖が強くて驚いている。ちなみに彼がよく言うクラ〇カ理論で行けば普通は右である。
吟は自殺願望持ちというのもあってよく自滅したがる。そして負傷して帰ってくるので、シスターの出番となるのだが、当然彼は治療を拒否する。よって、余裕で死にそうなのだ。
「ふへっ、ふへへへっ、希望が、生命の終わりが見えてきたよ~!!」
「死んだら駄目なんですって!!」
「まぁ本人が幸せなら……」
「タオ、行くアル!!」
駄目だ。全く話を聞いていなかった桃蘭が駆け出し、四体に対し謎の技名を叫びつつクナイを大量に放出した。
彼女はクナイを二本しかもっていなかったはずなので、おそらくはこれも超異力。
……いや、彼女の超異力って「苦しみなく敵を倒せる能力」では?
色々と違う気がするのだが、一体何が。
それはともあれ、桃蘭は順調に敵をなぎ倒していく。
やはり彼女も中々の実力者だ。見楽は感心していたが、この瞬間、何かが体全体を覆った。
「見楽!大丈夫アル?!」
「どうしたんですか」
「あ、あれ?見楽は?」
「……いないじゃ~ん」
そう、彼女は何者かに誘拐された。
*
「やっほー、シスター。調子はどう?」
聞き覚えのある声で見楽は目覚めた。
辺りは真っ暗な狭い個室。彼女は椅子に縛られていることが分かる。当然手足はベルトで拘束されており、身動きがとれる気配はない。
目の前にいる声をかけてきた男を見て、見楽は驚いた。
「息吹、さん……?!」
饗場息吹。店長がしょっちゅういなくなる北支店において、実質的な店長を務めていた店員の一人、という認識だった。
北支店であれこれ教授してもらい、見楽はここまで成長できた。
……というのは建前。
実は、見楽は超異力は発現していたものの、真の能力は別にあって、その能力では到底選抜を合格できそうになかったのだ。
しかし、見楽としては試験に合格したかった。なぜなら、見楽は偶然不合格者がエデンホールに落とされる運命にあると知ったから。なので、見楽は息吹にどうしても合格したいと告げた。
すると、息吹はこう言った。「どうしてもと言うなら、とある方法を用いて合格させてあげる。……ただし、必ずどこかで恩は返してね」と。
見楽は不正をして試験に合格した。本来は、ここに立っているべきではない人材だ。
見楽の背中に、冷たい何かが走った。
「あの時した約束、覚えてるよね?」
「う……一体、何を」
「君には祈ってもらいたい」
「い、祈る?」
「そう。でも、君が祈る対象はイエスキリストでも聖母マリアでもなく、エデンホールの女神に向けて」
「エデンホールの……女神へ?私はあくまでシスター、キリスト教以外の神へというのは……」
「そしたら君がした不正を」
「あっ……。や、やります!けど……」
「まだ不服?」
「祈ったらどうなるのです?」
「君、本当の超異力ってなんだっけ」
「……”祈りを神へ届ける能力”でしたよね」
「そ。その祈りが神へ届いたとき……そうだな……」
「怪異討伐部隊に多大なる損害が発生する。かな?」
「そんな……」
「でも君は不正をばらされたらエデンホールにポイだよね。だから君は協力するしかない」
見楽の手が解放された。祈りをささげるため、手の形を変える必要があるからだろう。
見楽は最初こそ悩んでいたものの、やがて自身の信条を思い出した。
嘘はよくないというのはよく知られている綺麗事だが、キリスト教では特にそれが顕著。
嘘を吐きまくった世界で最も有名な裏切者・ユダは、キリストの十二人の弟子の中でも唯一像が建造されていないほど嫌われている。
見楽はユダと同様、嘘を吐いている。超異力も、合否も。
見楽は神の名のもとに裁かれるべき存在である。だから、せめて。
「……嫌だ」
「ん?」
「嫌です。協力しません」
「そしたら、君は不正がばれて」
「いえ、それで構いません。私は神に裁かれるべき。だからせめて、天国へ行けなくとも、私はよい行いを心掛け、神への信仰を忘れず。……”主なる私達の神は、ただ一人の主である。心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、主なるあなたの神を愛せよ”。私は、私の神を愛します!」
そして、手が解放されると、右手を振り払い、横に置いてあったビーカーを倒した。
中からは結晶のような物とどろどろとした液体が流れて来た。
「……中々やるね。信仰がそんなに大事なのか、ニンゲンって。おもしろ。……じゃ、君には”永遠に夢の中”で居てもらおうかな?」
見楽の視界は暗転する。何かされた。でも抵抗できない。
しかし、せめてもの抵抗を見せられた見楽はとてもすがすがしい気持ちになっていた。
神よ。私は、やりましたよ。
暗転する直前、息吹の
「にしてもこれ……よりによって女神の因子を。これじゃ、”女神の力が他の誰かに渡ってる”かも」
という声が聞こえた。