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「あんたらがさっさと目的地に着いたでしょ、その後を追って私と瓜香が怪異が居るって言われた場所に着いたとき、何故か知らないけど岩壁に阻まれて動けなくなって、上から頭が異様に馬鹿デカい人型怪異がわらわら出てきて襲い掛かってきたんよ」
「本部に連絡すればいいだろうに」
葉泣の言うとおりだ。咲らは晴れて正式な店員になれたので、咲が無光と初めて遭遇した時に春部が使用していたようなトランシーバーもどきの機械を与えられていた。
とっさの判断ができず咲は使えなかったが、思えばそれを使っていたらこうなっていなかったかもしれない。
いや、だとしても瓜香が咲に感じている劣等感のような何かに気付くのが遅れるだけなのか。咲には分からない。
「確かに。でも焦って使えなかったんよ、だって急に激キモ怪異が虫みたいに来たら冷静に連絡なんて取れないっしょ。それに、当時私はそこまで強くなかったしね」
「どういうことだ?」
「戦ってる最中に覚醒した……って言えば聞こえはいいか。突然女神?の声が聞こえてきて、そこから桜の花びらをなんかばーってして敵をぴかーからきらーんさしたり味方の痛いの痛いの飛んでいけできたりするようになった」
「?」
「ぶち殺すぞてめぇ」
「え葉泣って私の事認めてくれたんじゃないの???」
「雑魚ではなくとも低脳だな」
「死ね」
「……まぁ私も能力はよく理解して無いし、後で佐鳥さんに聞いてみよ。……んで、ここからが重要。なんやかんやあって瓜香のことを助けられて、一緒に帰ろっかって言って手を差し伸べたんだけど、何されたと思う?私のことぶってきて」
「……偶然じゃないのか?」
「偶然命の恩人をぶつことなんてあるか?もし仮にあったとしても、何の謝りも入れてこないなんて」
「そ。瓜香は謝るどころか、『ずっとあんたのことが嫌いだった』とか『私より弱いあんたの方が好きだったのに!』みたいなこと言ってきてさ。終いには『あんたに顔も合わせたくない』でどっか行っちゃって。今は本部に居るみたいだけど……私と会いたくないのは健在みたい」
「なんでそんな雑魚のことを気に掛ける必要がある?」
「瓜香……のことはあんま知らねーけど、その言い草だと悪いのは瓜香の方だし、ほっときゃいいんじゃねーの」
咲は瓜香にされたこと、言われたことを葉泣らに相談した。
声も性格も似て、もはや区別もつかなくなった二人から言われた言葉は概ね想定通りだった。
葉泣は瓜香を認めていないと思われる。この話をしてさらに印象を悪化させたかもしれない。
なので、「あんな雑魚のことなんて気にせずにつえー俺らで戦おうぜ!(意訳)」的なことを言ってくるだろうなあと思っていたら案の定。
無光は怪異の癖に人間みのある回答をする。いや、どちらかと言えば咲ら人間にとっての「理想的な友人像」そのものだ。
同情的な回答をよこしてきそうな予感はしていた。なんというか、だんだん理解が追いついてきている。しかし、瓜香については全く理解できない。
「で、君はどうしたいんだ」
「……瓜香と仲直りしたいの」
「無理とまではいかなくとも、相当難しいと思うぞ」
「思想強い雑魚と仲良しこよしなんて不可能だろ、諦めろ低脳」
無光は配慮がある、葉泣は配慮がない。なるほど、見分け方がわかったぞ。……やっぱ葉泣当たり強いな?
「客観的に見たらそうなのかもしれないけど、私は瓜香と友達だったの。瓜香はもしかしたらずっと前から嫌いだったのかもしれないけど、少なくとも私にとっては。だから、私は瓜香のことを知りたいし、理解したい」
「……理解するっつっても、中々やすやすと同意できる感情でもないよな」
「うん。でもかといって頭ごなしにそれを否定するわけにも」
「やっぱり時間空けたらどうだ。第一、劣等感を覚えている相手に何言われてもイライラするだけだろ」
多少割り込むようにして意見を言った葉泣の声に、少し感情がこもっているように感じた。
「そうかなぁ……」
「咲はどう思うんだ、瓜香がそういう感情をぶつけてきたことに関しては」
「嫌……だけど……」
だけど、の後に続く言葉が見つからず、咲は黙り込んでしまう。
確かに、劣等感などという人間の醜悪な部分を煮詰めたような感情を向けられていることは嫌な事である。
出来る限りやめてほしい。でも、すぐやめろというのも多分できないんだろう。
瓜香に咲と同じように女神の声が聞こえてきて……なんてことないだろうし、彼女は無光のように怪異でもないし、葉泣ほど超人的な力を持っているわけでもない。
すぐさま解決できる問題じゃない。強さという課題は。
現状、シスター誘拐事件も相まって瓜香は同期の中で最も弱い存在になってしまった。彼女で言うところの「見下せる存在」がいなくなってしまったというのも、彼女にとって向かい風なんだろう。
瓜香に同情的な側面もあるが……。
やっぱり瓜香のことを客観視すれば嫌いになる。
友達ごっこを続け、偽物の友情を演じ、本心は嫉妬と見下す気持ちであふれていた。
そんな悪女を好きになれない。でも、咲は瓜香を諦めきれない。
葉泣は時間を置いた方がいいと話している。その方が話したいこともまとまるだろうし、落ち着いて話せると思う。
でも、落ち着いたらきっと咲は瓜香を見放す。諦める。縁を切る。友達をやめる。
今の咲は冷静さを欠いていると思う。感情より理論が先に来る葉泣は、その点に警鐘を鳴らしてくれている。
その冷静さ×の状態だから、咲は瓜香を諦めきれず、この熱量で仲直りに走れている。
とはいえ瓜香の気持ちなんてわからない。どうすればいいかも、何もかも。
何か。何かないだろうか。
「二人は誰かと喧嘩した時どうしてる?」
「俺は、俺の悪口言う奴はみんな”上層”に送り飛ばされるか磔になるかで、喧嘩になることなんてなかったけど……」
「?」
「あ、なんでもない、忘れてくれ」
自己紹介の”民”発言と言い、割と無光は怪異内でも特殊な存在な気がしてならない。まるで一端の権力者か王様のようだ。
勝手に咲はこういった発言を「無光ワールド」と呼んでいる。特に理由はない。
「葉泣は?暴力?殺人して口封じ?」
「俺のことなんだと思ってるんだ?」
「事実やろがい」
「……雑魚相手ならそうかもしれんが、それ以外なら……とりあえず本心をぶつけて相手の出方を伺い、隙を見せたところで相手を若干責めてから『いやいや怒ってないから』」
「ガチだな……」
「喧嘩は早く終わらすに限るだろ?」
「ちょっと参考にしていい?」
「口封じを?!」
「なわけないだろ」
「瓜香に、一回気持ちをぶつけてみる」
「お、頑張れよ」
「じゃあな。俺らは二人で七並べしてるから」
「つまんねー……」
*
メダルを取る事だけが全てじゃない。
金銀銅の輝きを首にひっさげることのみが幸せじゃない。
表彰台に上がって笑顔で写真を撮られることで得られる優越感が絶対じゃない。
むしろ、メダルなんて取れなくたっていい。
上位を目指す向上心も、あいつを超えるという情熱も、瓜香にはない。
瓜香の視線は、いつでも下を向いていた。
下に割り込む少し日焼けした小さな手を見た瞬間、瓜香の手は動いていた。
何度も脳内で想像した光景が、妄想した行動が、あっさりと実現される。
暴力を振るわれた、という事実に気付いていなさそうな、無垢そのものといった表情が気に食わなくて、もう一発。
大して反省する気になれない。確かに咲がいなければ瓜香は死んでいたのは理解している。咲に感謝すべきであることも。
でも体は動かない。まだ頭が咲を見下す対象として見ている。いや、それは事実だ。咲は、咲はまだ瓜香よりも。
部屋に入る気にもなれず、廊下でじっと蹲る瓜香の前に、あの女が立つ。
「……咲」
「瓜香」
お互いの名前を呼びあい、しばらくの静寂が訪れた。
二人とも、いざ本人を前にすると言葉が頭に浮かんでこないのだろう。
口を開けども、言葉は溢れず。虚しい時間が過ぎていく。
やがて、最初に言葉を編み出したのは咲の方であった。
「……私ね、色々考えた。なんて切り出そうかなって。でも嘘つくのなんて良くないし」
「何よそれ。私にぶたれたことがそんなにショックだったの?それで、その責任を負わせに来たのね。黙って私と縁切って、終わらせちゃいなさいよ」
「終わらせるって、何を?」
「友達(笑)よ。怨恨まみれのね」
「……そう。でも私は続けにきたよ、あんたとの友情」
「はぁ?無理に決まってるわよ。私からは願い下げだわ。そもそも、あんたとは二度と会いたくないって言ったわよね?さては、店長らに事情聴取された時にいい顔したいからって、もしくは100%私が悪いって言うための証拠を作りにきたわけね。私の事はなんとでも言えばいいわ、なんせ私が消えようとあんたのが強いんだからね?」
「そういう目的で来たんじゃないよ。まだあんたのこと信じてるから」
「二回ぶたれてもまだそれ言うの?ドMなのかしら?」
「……私は今日、あんたに本当の気持ちを全部ぶつけるって決めた。それがどういう結果になっても」
「まず、私に助けられたんだから感謝位してほしい。私はあんたが思ってるほど強くないから、思い切ってあんたを助けたのに、そうやって気持ちを無下にされたあげくぶたれるなんてサイアク」
「そう」
「謝って」
「……そう」
何か悪態をついてやろうと思ったが、特に思いつかなかったので何も言わなかった。
いや、言えなかった。なんせ、無理に口を開いたら本当に「ごめんなさい」などと口走りそうだったから。
瓜香はなぜかそう思えた。どうしてこんなのに謝罪しなきゃいけないの、という気持ちが強いのだが、現に今の咲は瓜香の数倍強い。いわゆる覚醒した状態。瓜香は……。少なくとも、咲よりはちっぽけな存在。
咲は正しい。今まで言ってきたこと、全て正論だ。助けてやったのに感謝されず平手打ちしてくる奴というレッテルが瓜香に貼られているらしい。
今まで図に乗って咲をおちょくってきた瓜香も、すっかり黙ってしまう。要はビビった。
瓜香は”あの”咲より下。それを認めるのが嫌だから、こんなにひねくれてしまった。つっけんどんな態度を取って、冷たく接するようになってしまった。
瓜香は、咲にそんな態度で接することに何も感じない冷酷な女と自身を評していたのに、なぜか、なぜか。
胸が苦しいような気がする。
「謝られると思ったわけ?」
「思ってない。私は気持ちを伝えるだけ。あんたの反応なんて……」
咲は目線を少しずらす。
「ーーどうでもいい」
「……そう。そうだよ。あんたは本当に悪い人だよ!私は被害者なんだよ。あんたの事を幾らでも酷い言葉で罵れる。あんたを店長の人たちにつき出せば、こいつのせいでって言えば、あんたを幾らでも酷い目に遭わせられる。……のに、のに!!」
「どうして私はあんたのことを許そうとしてるの!!」
苦しい。
「私はあんたと話す前まではそこまで怒ってなかったよ。でも、でもあんたと会ってから、気づけたんだ。私、結構怒ってたんだなって。私は馬鹿そうに見えると思うよ、あんたより品もないし女子力もないし世間知らずだし、大して可愛くもないしね。……でも、私だって怒る時はあるし、絶望する時はある」
怖い。
「たかが平手打ちでって思うかもしんないけどさ、あれのせいで友情なんてぶっ壊れたよ。……あんたのせいで!私はこんなに苦しんでる。あんたに怒ってるのに。酷い奴だと思ってるのに。友達を続けようとして!」
やめて。どうしてそんなに。
「……ほんと、馬鹿なのはどっちだよ」
”友人”の嘆きに、何も返せなかった。
瓜香は咲とまるで逆のことが心の中で起こっている。
あれほど友人じゃないと思っていたのに、あれほど妬んでいたのに。
嫉妬とはまた違う黒い感情が、今、心を占めている。
ただただ、後悔。
「……じゃあな、瓜香。部屋は一階の空き部屋に適当に泊まるから、荷物だけ運ばせて。もう言いたいことは言ったから」
過ぎ去る友人の背中に、何か言葉をかけようとしたが、何も行動を起こせずに終わった。
友人は部屋の扉を開けようとし、少し邪魔な位置にあった瓜香の手をさっと除けると、いくつか荷物を運び出し、下に向かった。
瓜香は自身が起こした行動の絶大な影響を思い知った。
咲は、瓜香にとってただの馬鹿、見下すためだけの存在でしかなかったが。
いや、それでしかないと思い込んでいたが。
本当は彼女に依存していた。
枝野咲は、瓜香の最も必要な存在だった。
瓜香は、咲から得た拒絶に嘆き悲しむのに精いっぱいだったが、途端に自身の欲望が満たされていくように感じた。
その感覚がとても気色の悪いものであったから、瓜香は払いのけようとしたが、むしろその気持ちはどんどん強くなっていく。
瓜香は、今日自分の知らなかった側面にたくさん気付いた。
咲が重要な存在だったこと。咲から拒絶されたってかまわないと思っていたが、いざそうされると案外傷ついたこと。本当は咲から恨まれていたこと。そしてーー
ーー瓜香にとって一番大事なことは、自分を見てもらうことだったこと。
思えば、いつも注目されるのは咲の方だった。桃蘭とは意気投合しているみたいだし、見楽とも顔見知りだと話していた。
同じ支店の無光とも仲が良い。吟……は聞いたことないが、氷空とは一緒に選抜で戦ってから仲良くなったそうだ。ついでに言えば、怪異をたくさん討伐したことで葉泣からも認められている。
対して、瓜香はどうだ。別支店の人とは仲良くないし、無光とも話してはみたがレベルが違う強さを持っていることが判明してからは積極的に話していない。葉泣からは雑魚呼ばわりで、同支店の人は見た事あるけど話したことない人が多い。
そんな瓜香を唯一よく見ていたのは咲。まあ、彼女は瓜香の本質に気付いていなかったようだが。
そんな咲が今日話していたのは瓜香のいわば「本当の姿」。嫉妬深くて、強くなりたい理由は向上心より見下す対象探しという。
その本質を、本当の姿を、咲は「見ていた」。瓜香は、誰にも見られなった場所を初めて誰かに見て”もらった”ことになる。
それは本当にどす黒くて、醜くて、誰にも見せたくない場所だけど。でも、自分を見てもらっていることに変わりない。
気付くと、瓜香の脳内は咲で埋め尽くされていた。彼女の容姿、言動、行動、表情……。それを異常なことだと思わずに。
まだそこまでは行っていないけど、いつか言うことがあるんだろうか……「咲は、まるで女神だね」と。
*
「瓜香、咲と会いたくないって言っとったけど、喧嘩でもしたん?仲裁とかめんどいことはせぇへんけど、相談乗るくらいはするで」
なんとも微妙な条件を出してきた久東が瓜香に話しかけているのは、いわゆる事情聴取。
半狂乱の状態で瓜香が「もう咲と会いたくない!!」とか言ったせいで始まってしまった。
当然咲とは別日である。が、瓜香はもう答えを決めていた。
「いや、むしろ会いたいです」
「ん、なんかあったん?」
「まぁ……はい」
「仲直りでもしたん?せやったらええけど」
仲直りとは真逆の状態だが、瓜香の根本的な問題は解決したと言える。……もう一つ新たな問題が浮上しているが。
「ま、そんなところですかね」