テラーノベル
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空には雲一つなく、遮るもののない日光が容赦なく砂を焼く。そして熱を溜め込んだ砂自身もまた、陽炎を立ち昇らせながら地上のすべてを炙り続ける。上下二方からの熱によって、意識まで滅茶苦茶になりそうなアビドス砂漠の道中。
セリカを救出し、そして私が一行に合流したことで、リンバス・カンパニーは正式にこの世界の組織、連邦捜査部『シャーレ』及び『連邦生徒会』と同盟を結ぶことになった。
まだ合流できていない他の囚人たちの行方や、元の世界への帰還方法など、議題は山積みのはずだが、その辺りの込み入った交渉はファウストが率先して進めているらしい。あの完璧主義者な彼女のことだ、きっと抜かりなくやっているだろう。とりあえず、今は任せることにした。
とはいえ、私にもいくつか知らされている決定事項がある。同盟というより、どちらかといえば私たちがこの世界で活動するための『ルール』に近いものだ。
一つ、今後発見される『黄金の枝』の所有権は、基本的にリンバス・カンパニーに帰属すること。
一つ、囚人たちは精神的成長、及び相互理解を目的として、『副先生』という立場でキヴォトスの生徒たちと積極的に交流を持つこと。
一つ、ただし、私ことダンテは、現在のシャーレ顧問である先生と『同格』の役職に就き、単独での行動とシャーレの権限も認められること。
一つ、そして……『大人』の密集は、可能な限り避けること。
……何だか、妙な条約ばかりだな。特に最後の項目は、何を意図しているのかさっぱりわからない。
まあ、ともかく。こうして私たちは、この奇妙な学園都市で、一時的とはいえ、確かな居場所と活動の指針を得たのだった。
シャーレの面々に加え、新たに私が合流したことで、一行の喧騒はさらに増していた。
〈うぅ……暑すぎる……! 都市でも、ここまで殺人的な暑さは体験したことがないぞ!? 君たちは今まで、平気でこんな道を歩いていたのか!?〉
もちろん、砂漠の炎天下を歩くのはこれが初めての経験だ。この耐え難い暑さに、他のメンバーはどうしているのだろうか。ふと浮かんだ疑問を解決すべく彼らを一瞥してみたが……。
“まあ、最近はもっぱら徒歩かな。以前はオフロード車があったんだけど……”
先生が苦笑しながら答える。
「今じゃあの砂漠でスクラップになってるけどな」
ヒースクリフが吐き捨てるように言った。
「でもね、初めてここに来た時は、結構な距離を車なしで歩いてきたんだよ?」
ロージャが明るく付け加える。
「端的に言えば、もう慣れた、ということです」
イシュメールが冷静に締めくくった。
……慣れ、とは恐ろしいものだ。こんな灼熱地獄の中、顔色一つ変えずに淡々と会話を続ける彼らに、一周回って尊敬の念すら抱いてしまう。なるほど、私たちが『死』に慣れきっているのを、他の世界の人間が見たらこんな心境になるのかもしれないな……。
あっ、そういえば。囚人たちの服装が、いつものLCBの制服ではないことに気づいた。白を基調とした機能的なロングコートやスーツ。先生も同じような服装を着こなしている。確か、連邦生徒会とと同じ服装を支給されたものだったか。あらゆる環境に適応できる特殊な機能が備わっているらしい。羨ましい限りだ。私も欲しいとねだったのだが、ファウストになぜか「ダンテには不要です」と一蹴されてしまった。
「ははっ、時計ヅラがこっちを羨ましそうに見てやがるぜ」
「うーん、でも不思議ですね。なぜダンテだけ服装が変わらないのでしょうか?」
とにかく、バスの中のようにいつも通りに会話を交わしていると、目の前の交差点からひょっこりと誰かが姿を現した。
「……あ。お、おはよう……先生、みんな……」
“おはよう、セリカ”
現れたのは、黒見セリカだった。先日、対空砲を喰らったり、誘拐されたりと、何かと不運な目に遭っている生徒だ。
“あれから体の調子はどう?”
「う、うん……あれ以来、すっかり。ぐんぐん回復してるわ」
回復したとは言うものの、彼女はどこかもじもじと落ち着かない様子だ。何か言いたいことがあるようだが、切り出せないでいるらしい。
「どうしたんだよ。体くねらせやがって……なんか変な怪物にでもなったのか?」
「なっ、違うわよ! この前、言いそびれちゃったお礼を言おうと思っただけなの! あんたみたいなガサツなのと一緒にしないで!」
ヒースクリフのいつもの憎まれ口が、かえって彼女の背中を押したようだ。セリカは顔を真っ赤にしながらも、ようやく本題を切り出す覚悟を決めたらしかった。
「が、ガサツ……?」
セリカから放たれた思わぬ言葉に、ヒースクリフが豆鉄砲を食らった鳩のような表情のまま固まる。その珍しい光景をイシュメールと共に横目で楽しみつつ、私はセリカへと視線を戻した。
「その……この前のことなんだけど……」
セリカは一度ぎゅっと目を閉じると、意を決したように声を絞り出す。
「……あ、ありがとう……ございました……。そ、して……迷惑かけて、ごめんなさい……!」
そう言うと同時に、彼女は深く、深く頭を下げた。長い間、その姿勢を崩さない。それが、不器用な彼女なりの、精一杯の感謝と謝罪の形なのだろう。
“……ははっ、顔を上げて、セリカ。無事で本当に良かった”
先生が、優しい声で彼女の頭を撫でる。
「おお~っ! 急にしおらしくなっちゃって、やっぱりセリカちゃんはまだまだ子猫ちゃんだねぇ!」
「きゃあっ!? な、なによ、急に抱きつかないでよ! ひっつき虫なの!?」
セリカの健気な仕草がロージャの琴線に触れたのか、彼女は喜びの声を上げながらセリカに勢いよく抱きついた。突然のことに、セリカは真っ赤になって暴れている。
〈……なんか、うん〉
「ええ、そうですね」
じゃれ合う女性二人を前に、私とイシュメールはただ傍観することしかできなかった。
「おい、お前ら。いつまでそこで馴れ合ってんだ? その、なんだ……これから会議とやらに行くんじゃなかったのかよ?」
ようやく硬直から解けたヒースクリフが、他人事かのように怒鳴る。
「そ、そうよ! だからさっさと離れなさいってば! こっちが恥ずかしくて死にそうなんだから!」
ヒースクリフの言葉に、セリカも我に返ったようにロージャを突き放した。
“うん、行こっか”
これには途中からセリフを取られてしまった先生ですらも、少し言葉が雑となってしまうのだった。
「……それでは、アビドス対策委員会の定例会議を始めます。本日は先生方にもお越しいただいたので、いつもよりは真面目な議論ができると思うのですが……」
アヤネの、どこか自信なさげな声で会議が始まった。
〈なあ、ヒースクリフ。何だか、ものすごく幸先が不安なんだが……〉
「あったりめぇだろ。お前、このメンバーでまともな会議ができるとでも思ってんのか?」
セリカと共にアビドス高等学校に辿り着き、早速始まった定例会議。アビドスの生徒全員が集まり、主に学校の莫大な負債について話し合う重要な会議らしい。しかし、アヤネの発言や、すでに一度この会議を経験しているヒースクリフの囁きを聞くに、私の不安は増すばかりだった。
ちなみに、先生の提案により、私の手元には例のタブレット――シッテムの箱が置かれている。
「ダンテさん! このスーパーAIアロナちゃんの華麗なる時計翻訳、とくとご覧あれ、です!」
〈そ、そうか……頼りにしてるよ〉
画面の中で元気いっぱいにポーズを決める少女、アロナ。あの廊下での邂逅以来、彼女は先生のサポートついでに、こうして私の翻訳も担当してくれることになったのだ。
アヤネの開会宣言に応じるように、参加者が思い思いの返事を終えると、彼女は咳払いをして再び口を開いた。
「では、早速議題に入ります。本日は、私たちにとって非常に重要な問題……『学校の負債をどう返済するか』について、具体的な方法を議論します。何かご意見のある方は、挙手をお願いします!」
「はい! はいはーい!」
ようやく議論が進むかと思ったその時、明るい声と共に勢いよく手が挙がる。
「はい、1年の黒見さん。お願いします」
最初に手を挙げたのは、セリカだった。
「……あのさ、まず名字で呼ぶの、やめない? なんかすごい、ぎこちないんだけど」
「せ、セリカちゃん……。でも、せっかくの真面目な会議だし……」
……どうも、本題に入る前に、何やら余計なところで話が脱線している気がするが。
「いいじゃ~ん、おカタ~い感じで。それに今日は珍しく、先生たちもいるんだし~」
「珍しいというか、ヒースクリフ以外は初参加」
「ですよね~! なんだか委員会っぽくて、イイと思いま~す☆」
ホシノも、シロコも、ノノミも、議論を本筋に戻そうとするどころか、むしろその脱線した話題にノリノリで乗っかってしまっている。
「……本当に大丈夫なのでしょうか。このグダグダ感は……」
「あはは……」
イシュメールが思わずといった様子で本音を漏らし、隣でアヤネが力なく苦笑する。……ああ、全くもって同感だ。この会議、一体どこへ向かうのだろうか。
「はぁ……ま、先輩たちがそう言うなら……。とにかく! 対策委員会の会計担当としては、現在我が校の財政状況は破産の寸前としか言いようがないわっ! このままじゃ廃校だよ! みんな、ちゃんと分かってる!?」
話が脱線しかけていた自覚はあったのか、言い出しっぺのセリカ自身が話を本筋に戻してくれた。まあ、まだ前置きのようだったが……。
「うん、まあねぇ~」
ホシノが気のない返事をする。
「毎日の返済額は、利息だけで778万円! 私たちも頑張って稼いでるけど、正直その利息の返済すら追いついてない……! これまで通り、指名手配犯を捕まえたり、苦情を解決したり、ボランティア活動するだけじゃ、もう限界があるの!」
〈ひえっ……〉
思わず、タブレットに情けない文字列が浮かび上がってしまった。アビドス高校が巨額の借金を背負っているとは聞いていたが、まさか一日でこんな途方もない額を返済しなくてはならないとは。
前々から疑問だったが、数年前から砂嵐に見舞われ、生徒も減り、倒産寸前のこの高校を、なぜ連邦生徒会とかいう組織は放置しているのだろうか。高校という存在は、このキヴォトスにおいて極めて重要な基盤のはずなのに。
「とにかく、このままじゃ埒が明かないってこと! 何かこう、でっかく一発当てないと!」
「でっかく……って、例えば?」
アヤネが静かに問う。
セリカが提案しようとしている返済手段。しかし『でっかく』とは、一体何を指すのだろうか。そう考えていると、彼女はどこからか一枚の紙を取り出し、みんなに見せびらかした。
「これよ、これ! 街で配ってたチラシ!」
「どれどれ~? ……『ゲルマニウム麦飯石ブレスレットで、あなたも今日から一攫千金』……ねぇ?」
ホシノがチラシを読み上げた瞬間、場の空気が変わった。
“あっ……”
「はぁ……また変なものに騙されてるな……」
先生はこめかみを押さえ、ヒースクリフは盛大に溜息を吐く。周りの反応は、疑念から、完全な呆れへと変わっていた。
……うん、私でも分かる。これは十中八九、詐欺というやつだろう。ただ……『都市』では、こういう怪しげな触れ込みの物品が、本当に規格外の力を秘めている可能性もゼロではなかったからな……。一概に否定できないのが、私の世界の物騒なところだ。この世界では、どうなのだろうか。
「そう!これでガッポガッポ稼ごうよ!この間、街で声をかけられて、説明会にーー」
「却下ねー」
セリカが必死に弁論していた途中にロージャにチラシをぶん取られ丸められて捨てられてしまったのだ。
「ろ、ロージャ!?急になんで!?」
「セリカちゃん……それ、マルチ商法だから」
「うん、儲かるわけない」
「な、なんでよ!?」
ロージャのJ社の願望力すら信じない自信家ならの冷静な行動に、アヤネとシロコも同意する。そりゃ……そうだろう。ゲルマニウムと運気上昇の間に、科学的な因果関係は存在しないはずだ。
「もう、セリカちゃんたら……。こんな見え透いた嘘を信じちゃって……。あ、しかもちゃっかりブレスレット付けてるし……」
「え、えっと……その……お試しで、2個も買っちゃった、んだよね……」
さらにロージャが、セリカの腕に輝く(?)ブレスレットを発見し、当の本人はすでに購入済みであることを白状した。うぅむ、会計担当として、もう少し危機管理能力を持つべきではないだろうか。
「セリカちゃん、まんまと騙されてしまいましたね。可愛いです☆」
「なっ!?」
ノノミの少しずれたフォローに、セリカはさらに顔を赤くする。
「まったく、セリカちゃんは本当に世間知らずなんだから~。気を付けないと、悪い大人に騙されて、人生取り返しのつかないことになっちゃうかもよ~?」
「せっかくお昼抜いて貯めたお金で買ったのに……」
「大丈夫ですよ、セリカちゃん。お昼、一緒に食べましょう? 私がご馳走しますから、ね?」
「ぐすっ……ノノミせんぱぁい……!」
泣きじゃくるセリカが、聖母のような笑みを浮かべるノノミの胸に飛び込む。その光景をもって、この「一攫千金ブレスレット計画」は、完全に終わりを告げたのだった。
あっ、そうそう。セリカが泣きついている間に、ロージャが私のところにやってきて、「私がカジノで一攫千金狙うのはどう?」と、いかにも彼女らしい提案をしてきた。私はタブレットに〈先生としてどうなの……?〉と表示させ、静かに一喝入れておいた。
「えっと……それでは、黒見さんからの意見はこの辺で……。他にご意見ある方……」
セリカの案が不採用となり、アヤネが仕切り直して議論は次へと進む。すると、珍しくハキハキとした声と共に「はい!はい!」と手が挙がった。ホシノだ。
「えっと……3年の小鳥遊委員長。ちょっと嫌な予感がしますが……」
「うむうむ、えっへん!」
指名されたホシノは、なぜか妙に自信ありげに咳払いを一つして、ゆっくりと立ち上がった。この自信満々な態度から漂う嫌な予感……私には覚えがある。ドンキホーテが良からぬ案を出す時の、あの感じだ。
「我が校の1番の問題は、全校生徒がここにいる数人だけってことなんだよね〜。つまり、生徒の数イコール学校の力。トリニティやゲヘナみたいに、生徒数を桁違いに増やせば、毎月のお金だけでもかなりの金額になるはず〜!」
「あっ、妙に説得力がありますね……」
それまで静かにしていたイシュメールが、思わずといった様子で頷く。確かに、着眼点そのものは鋭いが……。
「そ、そうなんですか?」
「そういうこと〜!だから生徒の数を増やさないとね〜。そうすれば議員も輩出できるし、連邦生徒会での発言権も与えられるしね」
「鋭い指摘ですが……でもどうやって……」
アヤネの問いに、ホシノはにぱーっと効果音が付きそうな満面の笑みを浮かべた。
「簡単だよー、他校のスクールバスをハイジャックすればオッケー!」
「はい!?」
“ま、待て待て!話が急に嫌な方向に行ってるって!”
あーあ、やっぱり手段がおかしかった。常々思っていたが、この世界の生徒たちの中には、時折、倫理観が『都市』レベルの者が混じっている気がする……。
「登校中のスクールバスをハイジャックして、うちの学校への転入学書類にハンコを押さないとバスから降りられないようにするの〜。うへ〜、これで生徒数がグングンと増えること間違いなし!」
「ん、興味ある。ターゲットはトリニティ?それともゲヘナ?ミレニアムーー」
シロコが本気で検討し始めたところで、イシュメールが慌てて割って入った。
「逆に、他校に滅せられる事をしては元も子もないないでしょうに……。アヤネさん、却下ですよね?」
「はい、却下です……」
「うへぇ……」
ホシノは、心底残念そうに肩を落とし、すごすごと席に着くのだった。
「私にいい考えがある」
「……はい、2年の砂狼シロコさん……」
ホシノが席に着くのと入れ替わるように、間髪入れず、シロコがすっと立ち上がった。その静かな佇まいから、先ほどまでの二人とは違うまともな案が出るかと思いきや――その淡々とした口調から放たれた言葉は、これまでで最も過激なものだった。
「銀行を襲うの」
「はい!?」
アヤネの悲鳴が、教室に木霊する。
「銀行……そんなことできんのか?」
ヒースクリフが、意外にも現実的な疑問を口にする。
「ん、ヒースクリフなら出来そうって言いそうだけど……確実かつ簡単な方法。ターゲットも選定済み。市街地にある第一中央銀行。それに、金庫の位置、警備員の動線、現金輸送車の走行ルートは事前に把握しておいたから」
「さっきからノートに一生懸命何か書いてると思ったら、それだったんですか!?」
〈えぇ……〉
その妙な方向への努力と情熱は、一体どこから湧いてくるのだろうか。都市生まれの私ですら、正直度肝を抜かれた。そもそも『都市』において銀行襲撃は、あまりにも無謀な行為に近かったのだ。フィクサーやシンジケートの資金源にでも手を出そうものなら、どんな報復を受けるか分からない。成功したとしても、その後の逃亡生活を考えれば、割に合わないことこの上ないのだが……。
「5分で1億は稼げる。はい、覆面も準備しておいた」
シロコはそうこともなげに言うと、テーブルの下からおもむろに袋を取り出し、中から5人分の青い覆面を取り出した。そして、手際よく『2』と書かれたそれを、自らの顔に被ってみせる。その光景に、ホシノやノノミは興味津々といった様子で、それぞれ覆面を手に取って被り始めた。
「ご、ご丁寧に人数分まで作ってあるんですね……」
イシュメールが引きつった声を出す。銀行襲撃という非日常的な響きは、都市では一般的な事ではないが、律儀にこんな揃いの仮面まで用意するだろうか……。
「ほぉ? 中々やるじゃねぇか」
〈ヒースクリフ?〉
目を輝かせているヒースクリフに、私は思わず呆れた音を鳴らしてしまった。
これには私や囚人たち(ヒースクリフは除く)も、ただただ呆気に取られるしかなかった。
「いや〜、いいねぇ。人生一発逆転を狙わないと。ねぇ、セリカちゃん?」
ホシノが覆面を持ちながら、でセリカに同意を求める。
「そんなわけあるか!! 却下! 却下よーっ!」
「そっ、そうですっ! 犯罪はいけませんっ!」
ようやく我に返ったセリカとアヤネの悲鳴にも似たツッコミが、このあまりにも物騒な計画に待ったをかけた。それに対して、覆面を脱いだシロコが、頬を膨らませ、その二人へ何か強い視線を向けた。
「そんなふくれっ面をしてもダメなものはダメです、シロコ先輩!……はぁ、みなさん、もうちょっとまともな提案をしていただかないと……」
シロコの無言の抗議にも負けず、アヤネは毅然とした態度で提案を不採用とし、シロコを席に着かせた。
「あのー!はい!次は私が!」
「はい……2年の十六夜ノノミさん。犯罪と詐欺は抜きでご意見をお願いします……」
ここで、ノノミがにこやかに手を挙げる。これまでの三人と比べ、常識的な案を出してくれそうな雰囲気に、アヤネも今度は呆れた声を出さずに指名した。
「はい!犯罪でもマルチ商法でもない、とってもクリーンかつ確実な方法があります!」
教室中の期待の眼差しが高まる中、ノノミは一度言葉を区切り、満面の笑みで告げた。
「アイドルです!スクールアイドル!」
「あ、アイドル……!?」
「そうです!アニメで観たんですけど、学校を復興する定番の方法はアイドルです!私たち全員がアイドルとしてデビューすれば……」
〈アイドル……ドンキホーテが言っていたジークフリートみたいなフィクサーって感じの人で合ってる?〉
「そうですね、大体は似通うところがあるかと」
その言葉を聞いて、私はイシュメールに確認した。聞き覚えはないが、何となくだが、ドンキホーテが好んでいたフィクサーの一人に、ショー感覚で囚人たちを蹴散らしたジークフリートが該当するだろうか。ふむ、1番清潔な方法ではないだろうか。しかし、生徒の中には微妙な反応を示す者がいた。
「却下」
「あら、これも駄目なんですか?」
意外にも、何事にも肯定しそうなホシノが却下と声を上げたのだ。
「なんで?ホシノ先輩なら、特定のマニアに大ウケしそうなのに」
「うへ〜、こんな貧相な体が好きとか言っちゃう輩なんて、人間としてダメっしょ〜。ないわ〜、ないない」
「えー、せっかく決めポーズまで考えてんですよ?こんな感じに……」
そう言いながら、カメラを取り出し、考えた決めポーズをしながらシャッターを切った。
「水着少女団のクリスティーナで〜す♧」
「何が『でーす♧』よ!それに『水着少女団』って!だっさい!」
「えー、徹夜で考えたのに……」
「『砂漠騎士団』とかでいいだろ」
「うへ〜、厨二病はいらないかな〜」
「は?」
またしても議論が明後日の方向へ進んでいく中、アヤネがやっとのことで割って入った。
「あのぅ……議論がなかなか進まないんですけど、そろそろ結論を……」
「それじゃあ、大人たちに任せちゃおう〜。これまでの意見で、やるならどれがいい?」
「えっ!?これまでの意見から選ぶんですか!?も、もう少しまともな意見を出してからの方がいいのでは!?」
「大丈夫だよ〜。先生が選んだものなら、間違いないって」
なんてことだ。最終決定権が、丸投げされてしまった。生徒たちは「あれがいい」「これがいい」とガヤガヤ騒ぎ始め、先生やイシュメールはその言葉を受けて、何か真剣に考え込んでいる。彼らのことだ、きっとまともな判断を……。
「スクールバスをハイジャックして、人員を確保しましょう」
イシュメールが冷静に分析結果を述べる。
〈イシュメール?〉
「アイドルグループ結成しよう!私、こういうの得意だから!」
ロージャが目を輝かせる。
〈良かった、ロージャはまともな方を選んでくれたか……〉
“ん、銀行を襲う”
「シロコがそんだけ確証持ってんなら、銀行しかねぇだろ」
先生とヒースクリフが、最も過激な案に賛同した。
〈???〉
もう滅茶苦茶だ。囚人たちの意見は、まあ、その可能性があると分からなくもなかったが、先生まで犯罪に加担するとは……。確かに、シロコが提案した時、彼は何も言わなかったが……!
「ほら、ダンテさんも⭐︎」
ノノミが、期待に満ちた目でこちらを見る。
「急かされてますよ。さっさと答えてください、ダンテ」
イシュメールが冷ややかに促す。
〈え、えぇ……? この中から、選べと……?〉
タブレットに表示された私の困惑を、彼らはどんな顔で見ているのだろうか。うぅむ、先生となった立場として、銀行襲撃とハイジャックは却下だろう。ならここは、アイドルが最も合理的……。
「いいわけないじゃないですかぁーーーっ!!」
ガッシャーン!
遂に堪忍袋が切れたアヤネが、テーブルを上へ、まるでちゃぶ台返しのように投げ飛ばしたのだ!テーブルに置かれていた紙やペンは勿論、先生が大事に扱っていたシッテムの箱が空中へ投げ出され、そのまま床へと叩きつけられるのであった。
“わぁーーー!?私のタブレットォォォォ!?”
「出たー!アヤネちゃんのちゃぶ台返しー!」
先生は絶叫し、ホシノは「やったぞ!あれは……」って言いそうなセリフを吐き、その他の数人はアヤネの怒号と行動に驚きのあまり、声を失ってしまった。
「きゃあっ、アヤネちゃんが怒りました!非常事態です!」
〈至極真っ当なツケでは?〉
「うへ〜キレのある返しができる子に育ってくれたねぇ。ママは嬉しいよ〜」
「誰がママですか!もうっ、ちゃんと真面目にやってください!いつもふざけてばっかり!銀行強盗とかマルチ商法とかそんなことばっかり言って!」
アヤネの言葉に、身の覚えがある生徒が少しだけ体を震わせた。
その後の顛末は、言うまでもない。アヤネの怒りはしばらく収まらず、特に何も発言していなかった私や囚人たちも含め、全員がこんこんと説教される羽目になった。
ちなみに、床に叩きつけられたシッテムの箱は、「これぐらいの衝撃で壊れるような、このスーパーAIアロナちゃんではありません!」と、画面の中のアロナが胸を張っていたので、まあ大丈夫なのだろう。
コメント
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更新早くてウレシイ…ウレシイ… そういえばまだ合流できてない囚人もけっこういるんだよね …野放しにしておくには危険な囚人もいるから一刻も早く見つけねばなるまいなダンテェ…良秀とかドンキホーテとかウーティスとか良秀とか良秀とか。特にその中でも良秀がダントツでヤバいよ最悪殺人犯として指名手配されちゃうのでは…?
ち、ちくしょう…どうして貴方はこんな作り込み良し!長さ良し!の作品を短スパンで出せるのよ! 普通に羨ましか