コメント
2件
※このお話は、長編モノの途中になります。
※第一話の注意事項を熟読したうえ、内容に了承いただけた方のみ、先にお進みください。
※途中、気分が悪くなった方は、即座にブラウザバックなさることをオススメします。
【注意】
年齢捏造
※grem→大学生(20くらい)。zm→10歳くらい。tnrbr→10代後半かそれ以上。
わんくっしょん
k大学病院から山二つほど越えた所に、広大な壁に囲まれた古めかしい洋館があった。ふもとの住人いわく、古くから住んでいる名士で、現在の当主は医者であり学者であるとのこと。
エーミールは屋敷の前にバイクを止め、大きな門の脇にあるインターホンを鳴らした。
『…やあ、キミか。初めまして、いや、久しぶりだね』
「貴方に応対していただけると思いませんでしたよ、亜留間次郎先生」
『いずれキミとは会いたいとは思っていたのだが、今日は私に用事ではないのだろう?』
「話が早くて助かります。……いるんでしょう?」
『ああ。今、迎えをやった。彼に付いていきなさい。案内してくれる』
「招かれざる客へのおもてなし、感謝します」
『キミならいつでも大歓迎だよ。今度ゆっくりと話をしよう』
木が軋む音と共に大きな扉がゆっくりと開く。出てきたのは、天の字が書かれた雑面を付けた、柿色の和装の小さな男。
「今、ちっさ!って思ったやろ」
「思ってません」
心ン中、読めるんかい。
エーミールは頭の片隅でそう思ったが、すぐにその思考を取り払った。
「……。まあ、ええ。案内したるから、ついてこい」
「お願いいたします」
エーミールとロボロが門をくぐると、再び重厚な音を立て扉が閉じる。
いよいよ虎穴だ。
たった一人で赴いた敵地に、緊張が走る。だがそれ以上に、エーミールは怒りの炎を静かに燃やしていた。
玄関をくぐり、案内されたのは、黒塗りのロールスロイスであった。ここからさらに、車での移動が必要らしい。
ロボロが後部座席のドアを開けると、エーミールは軽く会釈して乗り込んだ。
ロボロが運転席に乗り込み、エンジンをかけて車を走らせる。
「病院以来やな」
殺意のこもったロボロの言葉ではあったが、エーミールは後部座席で足を組み、しれっとした態度で応える。
「ああ。あれ、貴方だったんですね。その節はどうも」
「ホンマ、やってくれたのぉ」
「差し入れ、足りませんでしたか?」
「たんぱく質が全然足りてへん。ゆで卵だけやと、筋肉育たんわ」
「それは失礼。次回は、プロテイン飲料でもお持ちします」
「そらおおきに…って、そういうことちゃうわ、ボケェ!」
あ。意外にノリツッコミいけるタイプか。
エーミールは、妙な感心を覚えた。
「『ゾム』はどうした?」
「…私用に彼を連れてくるワケ、ないでしょう?」
「ワイが言うのもなんやが、単身で来て無事に戻れる思っとるんか?」
「すでに彼だけでも逃げられる準備は、完了してます。私を人質に彼を得るなど、もはや不可能ですよ。私にはそんな価値などない」
「その割にウチのボスは、エラくアンタにご執心やけどな」
「用があるのは、ケツの穴でしょう?貴方もせいぜい気を付けることですね」
「…やめーや。ケツが痒ぅなってきた」
運転しながら、イヤそうにモゾモゾ体を動かすロボロ。
そんなロボロの様子を気にも止めず、エーミールは腕を組んでフロントガラスの先を厳しい目で見遣っていた。
車での移動が必要なほどの広大な敷地内の、さらに奥の奥。コンクリート建ての無骨な建物の前で、ロボロは車を停めた。
「派手好きなアイツらしくない…。いや、謀(はかりごと)好きのアイツらしいと言えば、アイツらしいか」
「グルさんは、中で待っとるで。俺は車を片してくるから、勝手に入ってや」
「案内いただき、ありがとうございます。では、また後ほど」
エーミールはそう言って、ロボロに鋭い眼光を向ける。ロボロはただ、ニヤリと笑みを浮かべただけで、再び車を走らせた。
怒りの感情に流されすぎた。完全に無策である。勝利条件すら、見出だせない。それでもエーミールは、彼の元へ向かわずにはいられなかった。
エミさん
鼓膜を揺さぶる、悲しそうな女性の声。
エーミールは、首を左右に振る。
貴女はもう、この世にはいない。ゆえに貴女の声が、私に聞こえるはずはないのです。
重厚な鉄の扉に手を掛け、エーミールは扉の中へと足を踏み入れた。扉が大きな音を立てて閉じられると、中は漆黒の闇となる。
足元すら見えない闇の中を、エーミールは迷うことなく真っ直ぐに足を進める。
突如、エーミールの目の前に、ぼんやりとした光が現れる。
エーミールはためらうことなく、ホルスターからスタームルガーを抜き、明かりに向かって弾を数発撃ち込んだ。
「容赦無しかーい。ホンマに俺やったら、どないすんねん」
グルッペンの声が、闇の中で反響する。
「貴様がこの程度で死ぬタマか」
エーミールは銃底からマガジンを取り出し、新たな弾倉を装填しながら、そう吐き捨てた。
「『招待状』を受け取ってもらえたみたいで、何よりだ」
「……貴様の部下の仕業か?」
「いいや。私自身の所業だよ。だからゆかりさんは、反撃できなかった」
「その口で、あの人の名を語るなッ!」
エーミールはそう叫ぶと同時に、体勢を2時の方向に向き直し、再び暗闇へと銃弾を撃ち込む。
跳弾が建物の金属部に当たり、火花が散る。火花のわずかな明かりに、グルッペンの姿が照らされる。エーミールは狙いをグルッペンに絞り、もう一度引き金を引いた。火花の位置が、グルッペンに近付く。照準をもう少し右にずらす。引き金に力を籠めたその時
「?!!」
いつの間にか背後に回っていた大きな影が、エーミールの右腕を掴みあげる。後ろ手にされると同時に床に押さえつけられたエーミールの手から、拳銃が取り上げられた。
「あんな無駄に撃ちまくってたんは、グルさんの位置を確認するためか。無茶苦茶やりおる思たけど、なかなか考えとんねんな」
「せやろ?トントン。だから俺は、コイツが欲しいねん」
そう言うとグルッペンは右手の手袋を外すと指を鳴らし、建物中に響き渡らせる。ほの暗い暖色の明かりが、ぼんやりと周囲の景色を照らし、状況が視認できるようになった。
黒縁眼鏡の軍服男に押さえ込められるエーミールと、階段の踊り場から彼らを見下ろすグルッペンの姿が、薄ぼんやりとした光に映し出されていく。
「……グルッペン・フューラー!!」
こんな時ほど、冷静でいなければならないのに。
グルッペンの姿を視認すると、改めていろいろな感情が沸騰し、冷静でいられなくなる。
「トン氏。エミさんの体を起こしてやれ」
「膝立ちくらいでええか?」
「ああ。それくらいで」
グルッペンの命令通り、トントンはエーミールの腕を後ろ手にしたまま、上体を引き上げた。
エーミールは憎悪に燃えたぎる瞳を、真っ直ぐにグルッペンへと向けた。
「いい表情(かお)だ、エーミール。私だけを見てくれている」
光悦とした表情を浮かべ、グルッペンはエーミールの傍まで足を進めた。
「……変態が」
「何とでも言え」
トントンが、エーミールから取り上げた銃を、グルッペンに投げ渡す。グルッペンは銃を受け取ると、エーミールに銃口を向け、引き金を引いた。
カチッ。
弾は出ない。
「エミさんは、もうちょいエイム力上げた方がええで。弾がもったいない」
グルッペンは空の弾倉を排出し、エーミールの前に歩み寄ると、銃底でエーミールの右頬を殴り付けた。
「ッ!」
「随分手荒やなぁ、グルさん。せっかくの来客なんやから、もちっと丁重に扱ったらんと」
「おかえり、ロボロ。案内ご苦労やったな」
音もなくトントンの背後から現れたロボロに、グルッペンは驚くこともなく、ロボロを労る言葉をかけた。
「亜留間先生からの伝言。『来客と話がしたいから、殺すな』やて」
「殺すつもりなど、毛頭ないよ。だが、『教育』は必要そうや」
「もっとも、この頑固者が、そうそう自分の意思を変えるとは思えんがな」
そう言ってエーミールを見下すグルッペンの表情は、どこか嬉しそうでもあり。
「さて、エーミール。こちらの勝利条件は『エーミールとゾムの確保』や。キサマの確保が完了し、あとはゾムだけ」
「キサマの勝利条件は、何や?エーミール」
「……」
鼻と口から血を滴らせ、エーミールはうつむき歯ぎしりをする。
「ゆかりさんの仇討ちか?俺の殺害か?何にせよ、単身で乗り込んでくるなど、エーミールらしくない」
「……や」
「なんて?」
「今、何時や?」
いきなり別の話を振られ、グルッペンたちは怪訝な顔つきでお互いを見合うが、それでもグルッペンは一応腕時計で時間を確認した。
「今、日ィまたいで、0時20分ってとこやな。それがどうした?」
時間の確認ができたことに、エーミールの口角が少し動いた。
「間違いないですね?えぇと、トントンさんとロボロさん…でしたっけ」
エーミールに名前を呼ばれ、困惑した顔を浮かべた二人であったが、部屋の掛け時計や自分の腕時計を見て、現在時刻の確認をする。
「間違いあらへん。部屋の時計も、だいたそない時間や」
「せやな。俺の時計も、0時20分や」
「そう…ですか」
くっくっくっ……
喉の鳴る音が、かすかに聞こえる。
「……何が可笑しい」
エーミールの挙動に、グルッペンが怪訝な顔つきで問いかける。
「っふふ…。すいませんね、グルッペンさん。私の『勝ち』のようです」
「なにッ?」
「私の勝利条件は『ゾム君の逃亡』です。すでに彼は日本にはいません。そういう手筈を整えました」
「エーミール…。お前、まさか…」
「そうですよ!私はただの『囮』です!ゾム君さえ逃げられれば、それでいい…」
グルッペンの平手打ちが、エーミールの左頬を激しく鳴らす。まるで殴り付けるような勢いではあったが、道具も何も使わない。拳すら握らない。
グルッペンらしからぬ違和感を覚え、エーミールは目の端でグルッペンを見据えた。
憤怒と辛酸の混じったような、複雑な感情の溢れたグルッペンの顔。
こんな表情のグルッペンなど、エーミールは知らない。
違和感はある。
だが、感情のままに憔悴するグルッペンの姿こそ、エーミールが望んでいたものだった。
胸がすく思いだ。腹の底から笑いたい気持ちが、押さえられない。
トントンに拘束され、膝をつかされたまま、エーミールは高笑いした。
「グルッペン!貴方の『勝利条件』は何でした?『ゾム君とエーミールの確保』でしたよね?ゾム君が完全に逃亡した今、貴方の勝利は、ない!」
「エーミール…、貴様…」
怒りに歪むグルッペンの顔。
ああ、これや!これが見たかった!
出会ってからどれだけ、この男に煮え湯を飲まされてきたことか。
それが今、こうして露骨な憎悪を、自分に向けている。
「さあ、グルッペンさん!私をどうしますか?!私への『教育』は無駄なのは、貴方が一番ご存知のはずです!」
「あの資料のように、脳をいじりますか?それとも、ゾム君や彼らのように『改造』を施しますか?私もあの先を、是非とも見てみたい!」
狂気じみた光悦を浮かべるエーミールの表情に、ロボロとトントンは不気味な何かを感じ、背筋に悪寒が走った。
だがグルッペンは、真顔でエーミールを睨み付けるだけだった。
「エーミール。貴様はとんでもない勘違いをしとるようやな」
「勘違いでも何でもいい。さあ、俺をどうする?いつものように、しばいて痛め付けるか?彼らの前でレイプでもするか?それとも…、ゆかりさんのように、殺すか?」
煽り続けるエーミールに対し、グルッペンは大きく嘆息を吐くと、トントンに顔を向けた。
「もうええ。エーミールは手に入ったんや。トントン、逃げんように、エーミールの手足の骨、折っとけ」
「ええんか?」
「構わん。頭とケツさえ残っとれば、それでええ」
「……悪ぅ思うなよ?」
トントンはそう言うと、エーミールの肩を押さえ右腕を限界まで引っ張る。骨がミシミシと音を立て軋む。
ゴッ!!
限界以上にねじ曲げられた腕から、骨が折れる音が響いた。
「~~~~~ッ!!!!」
エーミールは歯を食いしばり、叫び声を呑み込んだ。
「…………」
肩で荒々しく息をするエーミールの耳元で、トントンが小さな声で何かを囁いたが、グルッペンは気付いていないフリをした。
「次は足や。こっちは念入りに行かせてもらうで」
トントンの重い軍靴が、エーミールの左脛を踏みつける。けたたましい鼓動のせいで、骨が軋む音はわからない。
折れるのか。砕けるのか。
激痛に朦朧とするエーミールの脳裡に、聴き馴染んだ声が響く。
『エーミール!!』
ありえへん。
だってあの子はもう
エーミールはぼやけた思考の中で、自分を呼ぶ声を否定した。
【SCENE 13 に続く】