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「杏子!」
「杏子ちゃん!」
大輝と千鶴ちゃんが来てくれた。二人ともスクラブ姿だ。
「大丈夫だったの?」
「病院中、大変な騒ぎになっていて、外にマスコミも来てる」
大学病院の外来時間中の出来事だ。多くの人があの事件を目撃したのだろう。
「うちの両親と杏子ちゃんのご両親には来ないように言ったの。マスコミが来ているから」
「千鶴ちゃん、ありがとう」
うちの両親はともかくとして、森勢のお義父さんはマスコミに顔が知られているわ。こんなことに巻き込んでしまったら大変だ。
心配して仕事を抜け出して来てくれた二人と入れ替わりに、警察の人が事情聴取に来た。
病室へ入ってきたのは、男性と女性の警察官二名と森勢の顧問弁護士だった。
顧問弁護士は鷹也から予め話が通っていたようで、私に替わって警察から聞かれることに受け答えし、端的に事件の詳細を話してくれた。
正直助かった。
今は貧血で思うように頭が回らないし、鷹也と話している最中でも、突き落とされた瞬間がフラッシュバックする。
あの時の恐怖を、私は忘れることができるのだろうか。
警官に聞かれ、これまでのことにも話が及ぶ。
「過去のことに関しては私が答えます。黒島は数々のストーカー行為を私にしてきました」
あまり思い出したくない過去のことを、鷹也が話し出す。
「黒島は私が認識するよりももっと早い段階で妻に近づいていました。私は長くその事に気づけずにいました。私の知らないところであいつは妻を心理的に追い詰めて…………。そのせいで私達は4年の間音信不通になっていました。その間長女が生まれていたことも、私は知らなかったんです。全部あいつのせいかと思うと、今でも腹立たしい。その上、今日は妻とお腹の子にまで危害を加えようとした。俺は許せません」
「夫の言うことは事実です。嘘を吹き込まれた私も悪かったのですが、騙されて家族の貴重な時間を奪われたことは腹立たしいです。それに今回のことも。受け止めてくださった方が居なかったら私は流産していたでしょう」
それは殺人と同じだ。
だから絶対に許せない。
許せないけど……。
「ただ、もう私はあの人に関わりたくないんです。あの人に関することは全て忘れたい。無関係で無関心でいたいと思っています。後のことは全て弁護士の先生にお任せします」
口を開くのもやっとという体調だったが、これだけは言っておきたかった。
鷹也の怒り狂う気持ちもわかるけれど、私は深追いしたくない。これ以上あの人に関わる時間を持ちたくないのだ。
警察が帰ったあと、弁護士にはその旨を伝えて帰ってもらった。
しかし鷹也は納得していないようだ。
「杏子は甘いよ」
そうなのかもしれない。
私だって、今回のことは今まで以上に許せない。
私たちは彼女のストーカー行為で散々引っかき回されてきたのだ。
その上に暴力行為。私は偽善者じゃない。悪いことは悪いと思うし、なんなら自分がやって来たことの因果応報なんじゃないの? とさえ思う。
でも、流産してしまったと聞いたら、その相手が誰であろうと心は痛いのだ。
ひなを失ってしまっていたらと思うと……。
この子を失ってしまったらと思うと……。
私なら耐えられないと思う。
「もう一生、私たちの前に姿を現せないでくれるならそれでいいわ」
「杏子……。黒島とは今後一切取引しない。関連からも外す。マスコミが動いているだろうから、あいつはきっとまた日本にいられなくなる」
「うん。じゃあいいんじゃないかな。もう……関わり合いたくないの」
「約束する。もう絶対に杏子に近づけるようなことはないから。杏子とひなとお腹の子は俺が守る」
「ごめんね。昨日言えばよかったね……。ちゃんと先にお医者様に診てもらってから伝えようと思っただけなの。ぬか喜びさせるようなことにならないようにね。でも今度から検診の時は必ず言うから」
「杏子……」
「鷹也がひなの妊娠出産のときに経験できなかったこと、今回は全部経験してもらうつもりよ。初めてパパになる人向けに父親教室もあるの。ちょっと恥ずかしいかもしれないけど……」
「行く! 全部行くよ! その父親教室ってのも、ぜひ参加したい!」
「フフフ……やる気満々ね。……ね、今一番幸せな時なんだから、楽しいことだけ考えよう」
お腹の子のためにも、幸せな気持ちでいたい。
「ああ、わかったよ。杏子……遅くなったけど、ひなを……俺の子を産んでくれてありがとう」
「鷹也……」
「二人目も、よろしく頼むな。全力でサポートすることをここに誓います!」
鷹也がとても真面目な顔をして、宣誓のように右手を挙げて私に誓う。
「はい! パパ? よろしくお願いしますね?」
【完】