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女神生誕記念その2。大幅に改稿しました。
じゃんじゃん再放送していきますよー。
ここ最近、俺たちの知らないところで涼ちゃんは交友関係を広げていた。知らないところ、と言うと語弊があるが、俺たちも共演したことのあるアーティストや芸能関係者と、いつの間にか仲良くなっているのである。
以前ある番組で初手は藤澤が得意だと元貴も言っていたとおり、声を掛けやすい、癒しオーラが出ているからだろうか。まぁ初手で元貴にいくのは確かに勇気が要るから、周囲にいる俺か涼ちゃんから崩したくなる気持ちは分からなくはないし、そこで比べたなら天秤は涼ちゃんに傾くだろう。
ほとんどの人が、フロントマンである元貴には社交辞令って感じで挨拶をし、俺にはそのついで(決して卑下ではなく俺もそのくらいが丁度いい)に声を掛ける。それが、涼ちゃんには友好的な笑みを浮かべ、嬉しそうに声をかける人が後を絶たない。
その結果、友人とまではいかないが、顔見知りよりちょっと親しい程度の関係を、いつの間にか築いていた。
ただ、ねぇ。
実のところ涼ちゃんの方が俺たち以外の人間を受け入れていない。表に出さないだけで、涼ちゃんの中にあるカテゴリーは“Mrs.(俺と元貴)”“事務所の人”“家族”“その他大勢”くらいしかない。“その他大勢”の中に“仕事関係者”や“友人”が片手で足りるほどにいるだけだ。
あのやわらかな笑みを向けられて勘違いしてしまうのだろうけれど、下手したら涼ちゃんは名前すら覚えていない。仕事上付き合いのある人たちは流石に覚えているだろうけど、下心を持って近づいてきた人間など取るにたらないと切り捨てる。よしんば覚えていたとしても、失礼な人だと判断した瞬間、高潔な女神よろしくバッサリと切り捨てる。
元貴の方がまだやさしいんじゃないかってくらいの冷徹さで、触れることはおろか近づくことさえ許さなくなる。
元貴はそんな涼ちゃんが大好きで、スッと表情を消す姿を見たいがためにわざと泳がせることがあるほどだ。涼ちゃんも涼ちゃんで、元貴が喜ぶと分かっているから、わざと手酷く拒絶して見せる。
俺も俺でそんな2人が大好きだから、止めることも諌めることもしない。マネージャーがたまにとばっちりを受けているみたいだけど、そうなると社長が黙っていない。
そうやって上手いこと回るように元貴が仕組みをしっかりと作り上げてくれたおかげで、俺たちの女神は俺たちの腕の中で護られている。
ただ、今日という日は、さしもの女神もバッサリと切り捨てるわけにはいかないようだ。
あれだけ大々的にSNSでも告知しているし、俺と元貴も日付が変わった瞬間に祝っているのもあって、今日が涼ちゃんの誕生日ということを知る人は多く、会う人会う人がお祝いしてくれる。
ソロを動かし始めた影響で元貴がいないことも関係しているだろう。保護者というか番犬というか、鬼の居ぬ間に、というやつだ。元貴が近くにいるとこわくて声を掛けられないんだよね、きっと。
純粋にお祝いを述べ、ちょっとした世間話をするだけだから、時間もあるしまぁいいか、と眺める。終始にこにこの涼ちゃんは嬉しそうで可愛いし、おめでとうの数は涼ちゃんが愛されている証拠だから、俺としてもほんわかした気持ちになる。
――そう悠長に構えていられたのは15分前までだった。
「今度ご飯行こうよ!」
「え、ぜひぜひ。メンバーも一緒」
「いやいや、藤澤くんと行きたいんだって! いつ空いてる?」
「……えっと、しばらくは忙しくて……」
あーあ、お祝いで終わっておいてくれたらよかったのに。
控え室まで押しかけてきた男は、見たところアーティストやタレントさんではなく番組プロデューサーのようだった。俺も何度か挨拶を交わしたことがあるし、涼ちゃんが名前を覚えていたところを見ると、そう無碍にできる相手ではなさそうだ。
元貴がいたら、涼ちゃんの言葉を遮ってまで、あからさまなアプローチなんてしないだろうに、俺しかいないからってさ。
はは……、ふざけんなよ?
「ちょっと飲みにくらい行けるでしょ?」
「……大森に訊いてみないと」
「大森くんの許可がいるの? 夜なら時間取れるんじゃない?」
おいおい、ふざけんなって。朝起きてから夜寝るまで一緒にいるんだよこっちは。お前ごときにくれてやる時間なんて1秒としてないんだけど。
相手の立場を考えて強く出られない涼ちゃんが、困ったように眉を下げる。
ありがたいことにスケジュールはいつもいっぱいで、元貴ほどじゃないにせよ、俺たちだってそこそこ多忙だ。元貴が制作した楽曲の練習もあるし、ライブに向けての準備だってある。
お前とのクソつまんない食事に割く時間なんてないんだよ。そんな暇があるなら3人でゲームするっての。
プロデューサーはスパッと断れない涼ちゃんの優しさに漬け込んで、押せば行けると判断したのか、ぐいぐいと攻め込んできている。職権濫用も甚だしい。
俺の顔から表情が消えていくのを認めたマネージャーが、あの、とプロデューサーに声を掛ける。
プロデューサーの男はそれをちょうどいいとばかりにスケジュールを掘り下げようとし、なんなら今からとか、と言い出す始末だ。
今日を俺たちが譲ると思ってんの? バカもここまでくると救いようがない。
我慢の限界に達し、静かに立ち上がる。
音を立てないようにゆっくりと涼ちゃんたちに近づいていくと、マネージャーが、あーあ、と顔を覆った。
ごめん、フォローよろしく。
なんとかやんわりと断ろうとしている涼ちゃんを後ろから抱き締めた。
「わっ、びっくりした……どしたの若井」
「そろそろいいでしょ?」
涼ちゃんのふわふわの髪に鼻先を埋め、耳元で囁く。涼ちゃんがチラリとマネージャーを見るから、俺も同じようにマネージャーに視線を送る。
マネージャーは小さく頷き、目で「やっちゃってください」と訴えかける。チーフから許可が下りたんだな。
涼ちゃんがはぁ、と溜息を吐き、顔を上げてにっこりと笑った。
「申し訳ありませんが、一緒に食事に行くことはありません」
「……え?」
「そんなに暇じゃないんです、僕」
笑顔に反して温度を持たない声音に、プロデューサーがたじろぐ。女神のような微笑みは、鉄壁となって立ちはだかる。
「それに、僕の話を聞こうともしない人と過ごす時間ほど、無駄なものはないでしょう?」
ひくっと男の口元が蠢いた。
失礼な人間に対しては容赦しない涼架様の言葉に男が絶句する。じわじわと男の表情に怒りが滲んでいくのを感じ、ぐいっと涼ちゃんを抱き寄せる。
「そろそろ返してもらいますよ」
「え……」
怒鳴ろうと口を開き掛けた男は俺の低い声にすくみ上がり、涼ちゃんが俺の腕をさすりながら若井、とやさしく名を呼んだ。
大丈夫、殴ったりなんかしないから。
「涼ちゃんは俺たちのなんで」
細めた目でじっと男を見据える。元貴がいないからいけると思った? 元貴がいたら、お前は誘うことさえできなかっただろうから、それだけで満足しておけよ。
いつもより多く話せただろ? もう充分でしょ。
「……まだ、なにか?」
涼ちゃんの顔は見えないが、おそらく無表情なんだろう。普段の涼ちゃんからは想像できない低い声に冷たい表情、それに加えて明らかな敵意を向ける俺の視線に恐怖に男は顔を歪ませる。
えっと、とか、あの、とか意味のない音を発する男を、マネージャーがありがとうございますー、と外へと連れ出した。
「……もう、怖がらせちゃだめじゃない」
わずかの沈黙の後、涼ちゃんが呆れたように言った。
怖がらせたの、半分以上は涼ちゃんだけどね。
思っても口には出さず、抱き締めたまま髪のかかるうなじに顔を擦り寄せ、だってあいつが、と呟くと、
「あいつとか言わないの」
またお世話になるかもしれないでしょ、とやわらかく叱責される。もうないと思うけどね、俺は。
不貞腐れる俺の手を涼ちゃんが優しくさすり、若井、ともう一度名前を呼ぶ。
力を緩めると俺に向き直り、今度は涼ちゃんが正面から抱きついてきた。
「でも、ありがと」
そして俺の頬に触れるだけのキスをくれた。
それだけじゃ足りなくて、顎をすくって口を塞ぐと涼ちゃんの腕が俺の頭を抱き寄せた。
ゆっくりと離れたあと、天使のように微笑んで、元貴が拗ねるから内緒ね、と俺の唇に指をあてた。
ちなみにこの話を元貴にしたら、にこにこの笑顔でよくやったと俺を褒めた。頬にキスは拗ねられた。その後のキスは約束通り秘密にした……多分バレてるけど。
俺の予想通り、そのプロデューサーが俺たちの出る番組に絡むことはなかった。
「俺たちの女神に手を出そうなんて……ねぇ?」
身の程を知れ。
と、魔王は薄く笑った。
何度でも言います、生まれてきてくれてありがとう。
(初稿:2025.5.19 改稿:2025.8.9)
コメント
14件
若井さんも意外と愛が重い....🫠 真っ黒藤澤もだいすきです!! 頬にキスだけで拗ねちゃう魔王、誰よりも藤澤さんのこと愛してますね🤭
女神涼架様、♥️💙に負けないぐらい好きです🫶笑 泳がせてる♥️、想像しちゃいました〜🤭
前のお話よりりょさんがクローい◼️ ブラック涼架様好き♥️ というか3人だけの世界が好き✨ これは3人がお付き合いしている世界線? ブラック涼架様の冷たい視線にも惑わされるおかしな輩もきっといるね😇(いい加減黙ります)