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迷惑メールが来てる。
唯由は帰り際、スマホを見て気がついた。
たまに携帯会社のフィルターすり抜けてくるんだよな。
見知らぬアドレスで『お久しぶりです』とかいう件名、大抵、迷惑メールだよね、とロッカールームでひとり、それを削除しようとしたが。
いや、待てよ、と思う。
大学の後輩とかかも。
酔ってスマホ洗濯機で洗ったとか、たまにあるし。
前、「静子です」とか入ってきて、迷惑メールだと思って削除しようと思ったら、本当に知り合いの静子さんだったことがあった。
かなり迷って開けてみる。
長文だった。
……あ、開けるのではなかった。
迷惑メールよりタチが悪い。
白ヤギさんか黒ヤギさんがいたら、このメール食べてもらいたいと思いながら、そのメールを削除しようとしたが。
またこのアドレスから送られてくるかも、と思い、唯由は登録する。
『月子』と。
一瞬見ただけで、その長文の内容が焼きついていたが、唯由は、許せ、月子、と思いながら、心を鬼にして削除する。
唯由は寝る前、ショートメールが入っているのに気がついた。
ぎくりとする。
月子かっ、と思ったのだ。
それでなくとも、やはり返信するべきだったかと迷い続けている。
どうしようかな、と思いながら開けてみると、蓮太郎だった。
ホッとするような落ち着かないような……。
そういえば、電話番号しか交換してなかったなと思いながら見ると、
「まだ仕事が終わらない。
今日は行けそうにない」
と入っていた。
いや、毎日来なくてもいいんですよ、と思いながら。
「大丈夫です。
ありがとうございます」
と返す。
なにが大丈夫で、なにがありがとうなのかわからないが。
そもそも、愛人宅って、毎日行くところかな、と唯由は疑問に思う。
息抜きに通ったりするのが愛人宅では?
いや、愛人見たことないから知らないんだが、と思ったあとで、いや、いたな、と気づく。
実家の義母だ。
しかし、あの人に愛人という言葉はあまり似合わない。
正妻でなかった頃から、正妻っぽく。
正式な第二夫人という感じだった。
……うち、日本じゃないのだろうか。
第二夫人ってなんだ、と唯由は思う。
そんな風に感じてしまうのは、唯由の母より、義母の方がいいおうちの出で堂々しているからなのかもしれないが。
まあ、ともかく愛人の正しい姿というのをあの人に求めても無駄だった。
そのとき、
「お前に会いたい」
そんなショートメールが入ってきて、どきりとする。
「ゴキブリより寂しいと思われたい」
待ってください。
なんの話なんですか、と思ったが、
「おやすみ」
と続けて入ってくる。
待って、寝ないでっ、と思ったが、蓮太郎はまだ仕事のようなので、唯由が寝ると思って、おやすみと入れてきたのだろう。
仕事の邪魔をしては悪いので、おやすみなさいとだけ返した。
だが、
「ゴキブリより寂しいと思われたい」が頭に焼き付いて離れない。
夢の中、何故か蓮太郎が吹き出す煙で部屋中の虫を殺す薫煙剤を手に現れた。
「魔法のランプの煙を焚いたら、これいらないかな」
と言う。
いやあれ、現れるときの効果のもくもくで、虫をいぶし出す煙じゃないと思うんですよね、と唯由は夢の中で思っていた。
莫迦な夢を見てしまった……と眩しい朝の光の中で思ったが。
蓮太郎の謎メールのおかげで、月子の長文メールが吹っ飛んだらしく、ぐっすり眠れていた。
ありがとうございます、王様。
……となんだかわからないけど、ゴキブリ、と唯由は蓮太郎のショートメールが入っているスマホに手を合わせた。
出勤時間になり、唯由は機嫌良く玄関を出ようとしたが。
ドアを開けた唯由の目の前に、何故か、すっきりと整った顔立ちのスーツ姿の男が立っていた。
思わず、ドアを閉める。
なんだろう。
部屋をお間違えなのだろうか……?
だが、このままでは遅刻してしまう。
そう思った唯由は、そろっとドアを開けてみた。
危険はないだろうと思われたからだ。
男は身なりもきちんとしていて品が良く、おかしな人には見えなかった。
まあ、人の部屋の前で無言で立っている時点でおかしな人なのかもしれないが。
ドアの外に、まだその人はいた。
「あのー」
と唯由が言いかけたとき、彼は優雅に一礼し、言ってきた。
「初めまして。
蓮形寺唯由様」
どうやら、部屋間違いではないようだ、と思いながら、唯由は問う。
「あの……、なにか、
……集金とか?」
いや、水道局にもガス屋さんにもNH○にも見えなかったのだが。
他に人がここに立っている理由が思いつかなかったのだ。
すると、男は、
「いえ、私は執事でございます」
と言う。
執事?
いや、何処の……?
と唯由は思ったが、口を開く前に自称執事が言う。
「私は雪村家の執事、オオキミでございます」
なんだ。
王様の家の執事の人か。
オオキミってどんな字だろうな、と呑気に思いかけ、ハッとする。
えっ?
王様の家の執事?
何故、ここにっ!?
と身構える唯由に、執事は言う。
「申し訳ございませんが、唯由様のこと、調べさせていただきました。
突然ではございますが、実家に戻られるつもりはございませんか?」
「あ、ありませんが……」
本当に突然だな、と思いながら、唯由がそう答えると、執事は言う。
「そうですか。
では、やはり、蓮太郎様のお見合い相手は、月子様で」
はっ? と唯由はノブをつかんだまま身を乗り出した。
「蓮太郎様にお見合いのお話が来ております。
蓮形寺月子様との。
長女である唯由様が実家に戻られるなら、また事情も変わるかなと思ったのですが」
差し出がましい真似を致しまして、と執事は深々と頭を下げてきた。
「我が家は代々、雪村家に仕えておりますので、私は幼き折から、蓮太郎様と共に過ごして参りました。
小生意気だった蓮太郎様も今や私の主人。
誠心誠意お仕えしようと思っているのですが。
幼なじみなこともあり、余計な心配をしすぎて、時折、こうして職務を逸脱してしまうのです。
申し訳ございません」
「い、いえいえ。
ありがとうございます」
となにがありがとうなのかわからないが頭を下げる。
「では、失礼致します」
と言って、執事はいなくなった。
なにから驚いていいのかわからず、唯由はしばらく閉まった扉を見ながら立っていた。
え?
オオキミってどの字?
雪村家の人たち、私のことを知っているの?
月子が王様と見合いって、どういうこと?
でも、月子の昨日の長文にその話はなかったみたいだけど。
その順番に考えてしまったのは、衝撃の度合いが薄い順に考えてしまったからだろう。
とりあえず、仕事に行かなければと、のそのそ動き出した唯由の頭には、
「お前に会いたい」
という蓮太郎から送られてきた文字が何故かくっきりと浮かんでいた。