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『東の村』が本格的に稼働し始めてから
一週間後―――
一通りの要求を達成したと思った私は、ようやく
元の町へと戻って来ていた。
「お疲れさん、シン。
あの3人組も喜んでいたし―――
これから少しは、お前さんの仕事も楽に
なるだろうよ」
ギルド長の言葉は―――
鳥と魚の狩猟の方法を、カート君、バン君、
リーリエさんに継がせる事に成功した事への
ものだ。
冒険者ギルドへの依頼も絡んでの事なので、
支部長室で報告という名の情報共有と雑談を
していたのだが……
「いやそれが、何ていうか……ハハハ……」
乾いた笑いをする私に、ジャンさんが片眉を
つり上げる。
「ん? どうした?
うまくいったんじゃねぇのか」
「いえ、それが3人とも……
『これで生まれた村に恩返しが出来ます!』
『シンさんに伝授してもらったコレがあれば……』
『ウチの村にもいろいろ作りますね!』
って、いずれこの町を出て故郷の村に戻るのは
確実かと……」
特にあの3人は火魔法・土魔法の使い手で―――
『東の村』で、下水道やら水路の建設に携わって
いるのだ。
『これなら、俺たちの手でウチの村でも』、
そう思ってしまうのは仕方ないだろう。
「そりゃ……何ていうか……
うまくいかねえモンだな。
ま、まあ……
今孤児院にいるチビどもだって、
あと2、3年すりゃ成人するのもいるからよ。
それに教えてやってくれや」
慰めてくれるのはありがたいけど、つまるところ
あと3年は自分一人で鳥と魚の供給をし続けなければ
ならないって事だよな……
それに、その子に攻撃や支援系の魔法が使えない
前提だし。
せめてその時まであの3人組が、町から出て行かない
事を祈ろう。
「ギルド長! シンさん! いるッスか!?」
勢いよく扉を開けて支部長室に入ってきたのは
レイド君で―――
そして速攻でビンタで張り倒される。
「いい加減にしなさい!
ノックくらい覚えなさいよ!」
ミリアさんが片手に書類を抱えながら、私と
ジャンさんが座るテーブルまでやってきた。
そして片側の頬を押さえながらレイド君も続く。
「す、すいませんッス。
えーと、例の改修、みんな終わりましたッス」
「場所を倍取るようになっちゃいましたけど……
アレを経験したら、
もう元には戻れませんよぉ~♪」
彼らが言っているのは、この町のトイレの事だ。
『東の村』の開発ばかりではなく、あちらで
試してみたかった事を同時に行い―――
それをこの町へフィードバックさせる事も
やっていた。
シャワーの改良や、森や山で見つけた果樹らしき木を
水路の近くに植樹するなど、いろいろとしてきたが、
一番大きなバージョンアップはこのトイレだろう。
この世界のトイレにウォシュレットを
導入したものの、それは携帯式で―――
本体と一体化している、使う時だけ出てきて、
その後収納するというギミックは、とてもでは
ないがこの世界では再現出来なかった。
なので逆転の発想として……
『ウォシュレット専用の一体化便器』を
作ったのである。
水鉄砲のように自分で水を補充して押し出す
必要はあるが―――
それを『普通の便器』の隣りに、セットで
設置したのだ。
パッと見で個室に2台の便器があるように見えるが、
1台は排泄用、もう1台はお尻を洗う用として用意
されている。
力技ではあるが、地球にいた時、海外でそういった
事をしていた国があったのを思い出し……
実行に移したのだ。
ミリアさんが『場所を倍取る』と言ったのは
このためで……
しかし、順調に受け入れられているようで
何よりである。
「そういや、『東の村』の開発はもう終わりか?」
「はい、大体は―――
例の調味料の仕込みも終わりましたし」
その会話に、若い男女が興味津々で
割って入ってくる。
「聞いてますよ!
マヨネーズとは違う、新しいヤツッスよね!?」
「それ、いつ食べられるんですか!?」
「来年」
私の答えに、室内の空気が凍ったかのように止まる。
「え……?
えーと、い、いつッスか?」
「1年後」
「そ、その……早くて?」
「最低でも半年後、ですね」
聞き返す度に、期待が失われてがっくりと
うなだれる2人を前に、ギルド長は苦笑していた。
だが仕方が無い―――
この調味料、作るのはさほど難しくはないが、
時間だけは必要なのだ。
魚醤……いわゆるナンプラーとかニョクマムとか
呼ばれる類のもの。
作り方は至って簡単。
魚をツボかビンか何かの容器に入れ、魚の1/4
ほどの塩を入れて、木の落とし蓋などで空気に
触れないようにして、さらに密閉する。
そして6ヶ月―――
出来れば1年、熟成させるのだ。
そのため、『東の村』の川向こうの山に、
洞窟状に横穴を掘ってもらい、そこに今
300個ほどの中身入りのツボが保管されている。
そして、かつて伯爵様からもらった調理器具の中に、
ガラス製と思われるビンがあったので―――
御用商人のカーマンさんに、100個ほどのビンを
発注してある。
熟成後、取り出す時は―――
今 は 考 え な い
ようにしよう……
「……どうした、シン?
まだ何かマズイ事でも」
ギルド長の言葉で我に返る。
いかんいかん、また考え事で没頭してしまった
ようだ。
「い、いえ別に―――
そういえば、冬の間の事なんですけど、
その間って食生活はどうしていたんですか?」
私の質問に、気を取り直したレイド君・
ミリアさんが答える。
「基本的には畑で収穫される穀物とかッスね」
「シンさんがこの町に来るまで、そもそも食事は
野菜か、穀物類か―――
それで作ったパンがメインでしたし」
その情報自体はチラホラと耳にしていたが、
私が疑問に思っている事は、
「でも、穀物は1ヶ月に1度の収穫ですよね?
冬の間も穀物って獲れるんですか?」
今度はジャンさんが首を左右に振り、
「さすがに冬は収穫出来ねえ。
その代わり、秋頃になると通常の3倍くらい
収穫量が増えるんだよ」
なるほど。という事は―――
3ヶ月程度なら十分もつ、という訳か。
「他には……
たまに、魔物とか動物とか狩って、
持って来てくれる人はいたッスけど……」
「来ない年もありますし、基本的にはアテに
出来ません。
来たところですごく高いですしね」
やれやれ、というふうに両手を上げて2人は
説明する。
そしてギルド長が、続けて楽観的な話に変える。
「でもまあ今年は、シンが作ってくれた
マヨネーズがあるし、揚げ物だって出来るんだ。
貝だって町の中で手に入るし……
そういや貝って冬の間も増えんのか、アレ?」
「水路の温度を一定にして、様子を見ようと
思っています。
魚の方はともかく、貝の方の水路は比較的
小さいですし―――
それで大丈夫なんじゃないかと」
と、雑談を交えながら情報収集も行い―――
一通り、冬の間のこの世界の過ごし方などを
教えてもらった。
「ふう」
宿屋に戻った私は、ベッドの上で―――
冬の越し方やギルドで話していた事を整理する
事にした。
元々、食料というか食事の在り方が乏しい
世界という認識はあったが……
やはり冬は厳しい、という結論に至る。
水も凍れば雪も降るし、よほどの用事が無ければ
町の外には出なくなる。
必然、依頼や仕事も激減するのかと思いきや、
町中の道の氷や雪を火魔法で溶かしたり―――
室内で過ごす時間が多くなる分、家具や家の補修で
職人や土魔法の出番も多くなるのだという。
どちらかというと、旅人や商人の往来の護衛依頼が
無くなるので、ギルドのシルバークラス以上の仕事が
煽りを受けるんだとか。
ただシルバークラス以上の人は毎月の支給が
あるので、そこまで困る事は無い。
ここまで聞くと、それなりに生活サイクルは
完成されているように見えるが―――
支部長室を出た後、一緒にいたレイド君と
ミリアさんが話してくれた事によると……
この西地区ギルド支部はまだジャンさんが
ギルド長で、かつ面倒見がいいから、
ブロンズクラスでもかろうじて生活が
成り立っていたらしい。
事あるごとに『ブロンズクラスに仕事をやってくれ』
と、私に言ってたもんなあ……
ちなみに他の支部だと、冬になると人が
『減ったり』、奴隷落ちする冒険者も
珍しくないとの事。
それに比べ今のこの町は、いろいろな施設の
維持管理で常時雇いも増えているので、
ギルドの登録者は元より、町の人も遠縁の親戚まで
呼び寄せているらしい。
そのうち、この町の拡張まで相談に来られる
かもなあ……などと考えていると、
「シンさん、いるかい?
お客さんだよ」
クレアージュさんの声でベッドから起き上がり、
扉を開けて対応する。
「お客って……私に、ですか?」
「あんたが戦った2人だよ。
あの王都から来たカップルさん」
あー、クラウディオさんとオリガさんか。
ここしばらく、『東の村』の護衛や警護にあたって
もらっていたけど、今はまた町でのんびりしている
と聞いていた。
何かあったのかな?
とにかく、私は下の階へ行く事にした。
「お久しぶり、シンさん!」
「……って言ってもまあ、3日と経って
いないと思うけど」
2人はすでにテーブルに着いて、料理を
食べていた。
「こんにちは、クラウディオさん、オリガさん」
とりあえず頭をペコリと下げてあいさつする。
「シンさんは相変わらず紳士で礼儀正しくて
いいわねー。
どこかの誰かとは大違いだわ」
「そうだなー。
子爵様のクセに礼儀知らずの誰かさんとは
確かに違うわ」
どうやら、すでに酒も入っているようで―――
目の前でいちゃつかれても困るしうっとうしいので、
その先を促す。
「今日はどうしたんですか?」
「あ、俺たち―――
王都に戻る事にしたんで」
「私もクラウも王都本部所属だから、あまり
空けるとウルサイのよ。
それで、挨拶してからと思ってね」
まあテストとはいえ戦った相手だし、いろいろと
仕事を手伝ってもらった仲なので、『個人的に』
あいさつに来られてもおかしくはないか。
取り敢えず席に着き、彼らの話をさらに聞く。
「それは律儀にどうも。
……ギルド長へは?」
その質問に、2人はいったん顔を見合わせ、
「それは先に済ませたけどよ」
「どうしてもあなたに伝えたい事があって」
「?? 伝えたい事?」
まだ夕食には早いが、食堂はそこそこ混んでいる。
私は座ったイスをテーブルに近付けるように身を
乗り出すと、彼らも応じるように小声で話し始めた。
「ロック男爵って知ってるわよね?」
オリガさんの口から、あまり思い出したくない
人物の名前が飛び出し―――
肯定のために首を縦に振る。
足踏み踊りの子供たち、ポップ君とニコちゃんを
誘拐しようとした貴族だ。
確か罪には問われなかったものの、代替わりして
隠居させられていたはず。
「……彼が何か?」
「やっぱり驚かねーか。
まあ、あんたなら薄々は気付いてそうだもんな。
アイツ、相当シンさんの事を恨んでいたぜ。
逆恨みもいいところだけどよ。
俺たちにも、『腕の一本も折ってくれれば
報酬をやる』とかほざいてさ」
驚いて思わず大きな声を出しそうになるが、
何とかこらえて、
「あの、言っちゃっていいんですか?」
「別に依頼でも何でも無いし、受けるなんて
一言も言ってないもの。
勝手に目の前で好き勝手にしゃべった事に
守秘義務なんて無いわ。
前金もらっているわけでもないしねー」
その辺り、ドライというかビジネスライクと
いうか……
オリガさんの言葉に、腕組みしながら悩む。
「う~ん……
大人しくしていて欲しいんですけどねえ」
「貴族サマを舐めちゃいけねーよ。
それに王都にいる男爵っていうと、下手したら
地方領主よりプライドが高いんだぜ」
ボリボリと頭をかきながら呆れていると、
「何にしても、注意しておくに越したことは無いわ。
それに多分―――
狙われるんだとしたら、『東の村』だと
私たちはにらんでいるの」
「へ? 何でですか?」
すると、クラウディオさんが目の前で手を組んで
テーブルに両肘をつき、
「そりゃあ……
この町の戦力っつーか、実力は思い知っている
だろうし」
「その点、『東の村』なら手薄で―――
それにあなたが新しい事を始めたところだもの。
何かちょっかい出して恥をかかせようと思ったら、
まずそこよ」
そんな程度の事であの村を巻き込んで欲しくは
無いんだけど……
誘拐や人身売買を企むような貴族様だしなあ。
「わかりました、情報提供ありがとうございます。
後でギルド長とも相談します」
「いやいや、こっちも礼を言うよ。
シンさんの教えてくれた『一時的な魔力強化』の
おかげで、攻撃の幅が広がったからな」
あー、あの投球フォームか。
「私も!
あなたがくれた、目標を狙いやすくする
輪っか?
このおかげで命中精度が見違えるように
上がったわ」
照準器の事か。
まあ役に立ってくれたのなら何より。
「それに、あの村は私たちも絡んでいるしね―――
王都に戻る前に、言っておきたかったの」
「せっかくいろいろ作ったのにさ。
ダメにされたら後味悪ぃからよ」
一緒に作ったり手伝ったりした物は、やはり愛着が
湧くのだろう。
私は彼らに礼を言うと、2人を見送り―――
女将さんにいくつか料理を用意してもらって、
まだ明るいうちにギルド支部へ行く事にした。
「……うむ、その可能性はあるだろうな」
私がクレアージュさんに作ってもらった、
チキンカツサンドを食べながら―――
ギルド長は『東の村』襲撃の見込みに同意した。
「しっかし、反省してないッスかアイツ……
モグモグ」
「ムグムグ、ギルド長、今度は首以外の骨全部
お願いします」
レイド君が白身魚フライサンドを―――
ミリアさんがツナマヨサンドを食べながら語る。
「アイツ自身はもう来ねぇだろ。
来るとしたら、トカゲのしっぽのような、
切り捨てても問題無い連中だ」
ミリアさんへのジャンさんの回答を聞いて……
それはそれで嫌だなあ、と思う。
「あの、私……
一応グランツ倒したりワイバーン落としたり
しているんですよね?
それでも来る人たちっていますか?
クラウディオさんやオリガさんのような、腕試し
目的ならともかく」
それを聞いて、若い男女はんー、と考え込むが、
初老の男は、
「実際、自分の目で見たかどうかの違いだろうな。
腕試しも、あの2人以外にも来ていた4人は棄権
しちまったし、目の前に来るまでわかんねぇって
ヤツは多いぜ。
それとまあ……
お前さんの場合は、情報量の少なさもあるだろう」
「情報量?」
聞き慣れない言葉が出てきたので、思わず聞き返す。
「この町の住人は基本、別の土地まで行く事は
ねぇし……
グランツや盗賊団は処刑しちまったから―――
要はシンの活躍を知る人間の口から、情報を
知る機会がほとんどねぇんだ。
唯一、痛い目に遭って生き残ってるのは、
そのロック男爵だが……」
「その人が何か企んでいるンスよねえ」
「シンさんと戦ったわけでもありませんし」
話を聞いて、もっともだとうなずく他は無い。
・ジャイアント・ボーア殺し
→そもそも目撃者なし
・『血斧の赤鬼』・グランツ討伐
→町の人が大勢見ているけど、そもそも別の土地へ
移動する事があまりない
・ワイバーン撃墜
→同行していたブロックさん・ダンダーさんが
見ているけど、そもそも別の土地へ(ry
唯一、御用商人のカーマンさんは伯爵家やら
王都やらへ頻繁に行くけど……
情報量としては町での暮らしとか、商談に関する
事の方が、ウェイトが大きいだろうしなあ。
「もし襲い掛かってくるとしたら―――
盗賊のような連中を雇って、村を襲撃させるのが
一番確実か。
村の利権に手を突っ込みたいのなら、
裏から手を回すとかも考えられるが……
さすがにドーン伯爵家にバレないように
するのは難しいだろう」
ギルド長の指摘に、反論する材料もなく全面的に
同意する。
まあ嫌がらせ目的なら、さっさと襲って逃げる方が
確実だしリスクも少ないからな……
しかしどうしたものか。
一刻も早く、防衛体制を整えたい
ところだけど―――
そう焦りの色が見えていたのか、彼が続けて
口を開く。
「そんな顔をするな、シン。
まだ時間はある。
正確には―――
男爵が動き始めるのは、あの2人が王都へ
戻ってからだ」
私を含め、3人がきょとんとした表情になり、
ジャンさんは理由を説明する。
「クラウディオもオリガも、王都では名の知れた
冒険者だ。
実力もゴールドクラス級だと見られている。
あの2人の性格からすれば、盗賊の襲撃なんざ
起きれば、必ず対応に向かう。
だからあの2人が戻った事を知れば―――
もし何らかの準備がしてあったとしても、そこが
スタートとなるだろう」
ギルド長の言葉に3人はふむふむ、とうなずき、
「そうッスね。
確か、ここから王都まではだいたい馬車で
5日ほどの道のりッスから……」
「最低でも10日と、東の村までさらに1日……
歩きだとするともっとかかる計算になりますね」
なるほど。
それなりの準備期間はある、という事か。
「……私は『東の村』の防衛に向かいます。
つきましては、ギルドへ依頼をしたいのですが」
すると、ここの最高責任者は片手を上げて、
「俺以外なら動ける。
戦闘なら、レイド、ギル、ルーチェあたりが
妥当じゃないか?」
グランツ襲撃以降―――
ギルド長か自分、どちかが必ず町に残る事は、
暗黙の了解となっていた。
なので、彼以外という事になる。
「そうですね。
それと―――ブーメラン部隊……
あと、最近私が接近戦を教えた人たちも。
あ、ジャンさん。
グランツの斧ってまだありますか?」
「あれか?
もちろんまだあるぜ。
たまに俺が使っている……というか、俺しか
使ってねぇけど」
あの巨大斧まで扱えるのか……
さすがは武器特化魔法―――
「おお!?
シンさん、ついにアレを使うッスね?」
なぜかレイド君が食いついてくるが、
私は顔の前で垂直に立てた手を左右に振り、
「使う事は使いますが……
多分、レイド君の思っているような使い方では
ないと思います」
私の答えに、レイド君とミリアさんは同時に首を
傾げ―――
それを見てジャンさんは苦笑していた。
―――5日後。王都・フォルロワ―――
ある屋敷でスキンヘッドの男が、自分の手の者から
報告を受け、喜びを露わにしていた。
「そうか、そうか……
『無限体力』と『銀髪の魔女』が帰ってきたか!
すぐにあの連中に使いを出せ!
あの村を燃やせ、とな……!
死人が出ても構わん!!」
ロック男爵はすでに隠居させられていたものの―――
自分の誘拐を妨害したシンという男に、復讐のために
計画を練り、機会をずっと伺っていたのである。
そしてクラウディオ・オリガの帰還を受け……
その作戦を実行に移そうとしていた。
「ですが、話によると……
クラウディオもオリガも、そのシンという男に
敗れたとか。
これ以上は関わらない方がいいかとも思うの
ですが……」
報告者とは別の、いかにもな執事風の男性に、男爵は
怒鳴り声で答える。
「やかましい、フレッド!!
元はと言えばお前のミスが原因なのだぞ!!
あの時、貴様の隠蔽が―――
解けてさえいなければ……!」
フレッドと呼ばれた男は両目を閉じて、深く
ため息をつき、
「……隠蔽に何の問題も無いと、帰ってきてからの
再現・調査で実証されたはずですが。
納得頂けないのであれば―――
お暇を頂けますか……?」
「ぐ……」
彼の答えに、男爵は言葉に詰まる。
しかし、すぐに威勢を取り戻して、
「フン、まあいい。
今回は人を隠したり、連れて来たりするなどの
面倒な事ではない。
バカでも出来る仕事だからな」
わざと大きな音を立てるようにして、彼はイスに
どっかと座り込む。
「……男爵様、せめて……
範囲索敵が使える者を作戦に……」
「わかっておる!
お前があまりにもしつこいから、一人追加した。
これで満足か?
まったく、金がかかって仕方がないわ」
そもそも、嫌がらせ目的の作戦が
金のムダなのでは……
という考えを口にはせず、フレッドはただ
沈黙した。
―――さらに一週間後。『東の村』―――
「ふぅ。昨夜も何もありませんでしたね」
私は、盗賊撃退用の準備をいろいろと考え―――
その『罠』を確かめていた。
「やっぱり、来るとしたら夜ッスかね?」
一緒に同行してくれた冒険者の一人、レイド君が
背後からたずねてくる。
「男爵の目的が嫌がらせなら、間違いなく
夜でしょうね。
暗闇の中、忍び込んであちこちに火を付けて、
こっちが消火作業とかに手を取られている内に
脱出―――
それが一番リスクが低いんじゃないかと」
それを聞いたレイド君は腕組みしながら、う~んと
うなる。
「昼の襲撃は無いと見ていいでしょう。
それより、ちゃんと昼間は交代で寝てください。
肝心な時に動けなかったら、目も当てられない
ですからね」
「そ~ッスねえ。
じゃあ、ひと眠りさせてもらうッス!」
大きな伸びをしながら、若者は答え―――
そのまま宿屋の方向へと消えていった。
「ま、来るとしたら今夜か2、3日中がヤマで
しょうけど……」
今回の私の防衛作戦と方針―――
それは、敵が嫌がらせをしてくるのだったら、
どうするかを考えて立案したもの。
先ほども言った通り、忍び込んで火を付けて
逃げる、が一番手っ取り早いだろう。
そこでまず、門の通行制限をする。
この村には一応、東西南北に門を設置したが、
町方面、即ち西門以外は通行禁止にした。
整備とか改修のためとか適当に理由を付けて―――
また西門は町との交流を考えると必然、行き来が一番
多いので、ここだけは通行を確保する必要があった。
「シンさん、お疲れ様です」
「レイド兄ちゃんに言われてきました。
ブーメラン部隊と一緒に、これから
見回りします!」
そこへギル君とルーチェさんのコンビがやって来た。
ブーメラン部隊副隊長の、リーベンさんも一緒だ。
「すいません。
リーベンさんはギルド所属でも無いのに……」
「いやいや。
私としても、この村の開発に協力しましたし、
無関係というわけにはいきませんよ」
日中はこうして―――
遠距離魔法系と、ブーメラン部隊が
目を光らせている。
暗視ゴーグルがあるでも無し……
夜間での飛び道具は、明確な光源が確保出来なければ
同士討ちの可能性もある。
昼間の襲撃は無いと見ているものの―――
警戒を解くわけにもいかない。
なので夜間は私とレイド君、接近戦専門の
部隊が―――
そして日中は彼らに警備してもらっているのだ。
しかし、昼夜逆転の生活はアラフォーの体には
地味にくる。
襲撃するなら早くしてくれないものか……
そんな事を考えつつ、私は宿屋へ向かった。
―――日が暮れ、静まり返った頃……
村を遠くから監視するような、10人弱の
団体があった。
全員、覆面のように布で顔を隠し―――
非合法な存在である事を外見でアピールする。
「……どうですかね?」
「人が集中しているのは西門だけだ。
他の3つの門にはほとんどいない。
気味が悪いほどにな」
リーダー格と思われる男が、その他大勢の連中に
説明する。
「範囲索敵魔法を使えるアンタの指示に従えと、
ロック男爵様から言われているんだ。
頼りにしてますぜ」
「それで、どうしやす?
手薄な3つの門のどこから行きやすか?」
手下たちが口々に襲撃を促すと、
「……通常、罠であれば―――
4つの門があればそのうちの1つだけを
手薄にする。
だが今回は4つのうち3つが手薄だ。
どこからでも攻めてくれ、と言わんばかりにな」
手下と思われる面々は、リーダー格の男の言葉に
顔を見合わせるが―――
「3つの門―――
北門からは俺が行く。2人ほどついて来い。
東門・南門へも3人ずつ行け。
時間は今から30分後、同時に侵入する。
打ち合わせ通り、建物に火を付けてから
脱出するぞ」
「い、いいんですかい?」
手下の1人が不安そうに聞き返すが、
「魔力トラップも感知していない。
同時に襲撃すれば、対応は不可能だ。
こちらの10倍の人数でもいない限り、な」
そして夜陰に乗じて―――
その影たちは動き始めた。
「……!
範囲索敵に感アリ!
シンさん、来たッスよ!」
西門で一緒に警備にあたっていたレイド君が、
私に報告する。
「方向は?」
「シンさんの読み通り、ここ以外の門に近付いて
来るッス!」
それを聞いた私は、目線と同じ高さにある糸を
引っ張る。
この糸は―――
時代劇で見るような、引っ張ると遠くに
つながっている木の板が揺れて……
カラカラと音を立てる警報装置のようなものだ。
鳴子と呼ばれるものらしいが―――
当然魔力は無く、敵が遠い位置にいるのならば、
音も感づかれないはずだ。
これでまず味方に警告を促す。
実は各門には接近戦専門の人員を配置して
いるのだが、彼らが魔力感知に引っかかる
事は無い。
レイド君から範囲索敵について詳しく聞いたのだが、
やはりというか、大なり小なり魔力を感知している
との事だった。
つまり相手の気配を探るには―――
「相手に魔力がある」という事が前提となる。
だから彼らには悪いが―――
毎晩、警備に当たる前に、私が魔法を封じさせて
もらっていた。
身体強化など、
・・・・・・・
あるはずがない、と―――
そして警備の時間が終わると、また魔法を
元に戻し……
という事を繰り返していたのである。
その方が敵が無警戒で近付いて来てくれると思った
からだが、その作戦は的中したようだ。
「ボス、気配はありやすか?」
「……無いな。
西門の方も動きは無い。
時間だ、行くぞ」
彼らが村に近付くと、ところどころ補修途中のような
木製の門が見えてきた。
立ち入り禁止を促すためのものであろう、張られた
ロープもある。
「……なるほどな」
「?? 何がですかい?」
手下の質問に、ボスは門を指差し、
「一応、警戒はしていたのだろう。
補強の跡が見て取れる。
ただ、俺達の襲撃には間に合わなかったようだ」
ロープを乗り越え、門に手を掛ける。
さすがに鍵は掛かっており、開かない。
「誰か先に入って、様子を見やすか?」
「魔力反応が無いんだ。
その必要は無い。
当初の予定通り同時に侵入する。
音は立てるなよ」
そう言うと彼は門の上に飛び上がって乗り、
村の中を見渡す。
暗闇の中、そこは無人の光景が広がっており、
男の手招きで次々と門の内部へと降り立つ。
「……よし、行くぞ。
火魔法が使えるヤツは目に付いた建物から
火を着けろ。
他は万が一の時のための援護だ」
その号令と共に、彼らは駆け出し―――
「っ!?」
「ぐへっ!?」
「ぬおぉおっ!?」
その瞬間、彼らの足元の地面が陥没した。
数秒後、何が起きたのか―――
照らされた明かりの元、確認する。
足元を見ると、膝まで泥につかり、いくら
身軽とはいえ身動きが完全に封じられた事実を
突きつけられる。
そして見上げると―――
「ば、バカな……
魔力反応は無かった……はず……」
そこには、火魔法や松明をかかげたギルドメンバーが
集結し、彼らを見下ろしていた。
「どうですか?
全員、ケガは無いですね?」
「こっちにゃ被害は無いッス!
あと、落とし穴から逃げたヤツが1人いたッスが、
俺が仕留めて捕まえたッス!」
防衛の成果を、得意げにレイド君が報告する。
落とし穴に魔力反応も何も無い。
魔法を使わない事に無縁だと思い、仕掛けた
トラップだったが……
まんまと引っ掛かってくれたようだ。
この騒ぎで夜中にも関わらず、村人たちが
総出で―――
捕まえた賊たちの見物に、中央の広場に
集まり始める。
私はその賊たちの顔を一人一人見て回り、笑顔で
語り掛けた。
「いやー、間に合って良かった良かった。
ちょうど除幕式を控えていたんですよ。
さっそく使う事になるとは思いませんでしたが」
私の言っている意味がわからず、侵入者たちは
戸惑うが―――
彼らの視線は、布が掛けられた何かの大きな物体に
向けられた。
そしてギル君とルーチェさんが、その布を勢いよく
引っ張ると、中身が鈍い光と共に姿を現す。
「……げっ!?」
「あ、ありゃあ……!」
そう―――
彼らが目の当たりにしたのは、
『血斧の赤鬼』・グランツの巨大な斧であった。
それが刃を半分まで地中に突き刺して、
オブジェのように存在を誇示している。
「まあもう今日は夜遅いですし……
処刑は明日にしましょう。
一刀両断か斬首か、それとも希望があれば
尊重いたしますので。
あ、朝食も出ますよ?
ここの食事は自信がありますから!
それではお休みなさい」
私の言葉を聞いた賊は―――
一同、ガックリとうなだれた。