「どういう事だよ!?
範囲索敵を使えるって言うから、
アンタの指示に従ったんだぞ!!
それがこのザマだ!
どうしてくれるんだ!?」
「チキショウ、とんだ貧乏クジだぜ……
マジで助かんねーのかよ、クソッタレ!」
『東の村』に簡易に設置された牢獄で―――
放火を企んだ一団は、リーダー格の男に悪態を
付いていた。
だが、非難を向けられる男は、まるで何も耳に
入っていないかような無表情で、状況を整理する。
(……範囲索敵に問題は無かったはずだ。
現に、西門の敵の存在は感知していた。
だとすると―――
フレッドのような、隠蔽が可能な人間を複数、
各門に配置していたという事に……
そんな……
そんなバカな事が……!)
「おい! 何とか言えや!!
このまま処刑なんて冗談じゃねーぞ!!」
そんな彼に、さらに罵倒が向けられる。
全員拘束されているので、それしか出来ないのだが。
と、その時―――
牢屋の中ではなく、外から異常事態を知らせる声が
聞こえてきた。
「な、何だお前たちは!?」
「きゃあぁああっ!?」
そして、何らかの打撃音と思われる音も聞こえ、
静寂の中、足音が近付く。
息を飲んで牢の中の罪人たちが格子の先を見つめて
いると、マスクで顔の下半分を隠した男が2名、
姿を現す。
状況が飲み込めず、沈黙している彼らの前で、
2人は牢屋のカギを外し、中に入ってきた。
「……おう、逃げるぜ」
「万が一の時のために、ワシらに命令が
あったんじゃ。
声を立ててはならんぞ」
そう言って2人は次々と拘束を解いていく。
背丈、口ぶりから―――
一人は老人っぽいとわかるが、薄闇の中、
その姿形は判別し辛い。
「な、なんでぇ。
ちゃんと手は打ってあったんじゃねーかよ」
「旦那も人が悪いぜ。
ちゃんと説明してくれていりゃあ……」
解放される喜びに、罪人たちの顔は明るくなる
一方で、リーダー格の男は―――
(ロック男爵が、逃げる手はずを?
あの男がそんな気遣いをするような人間には
見えなかったが……
もしや口封じか?)
ゴクリ、とつばを飲み込むが、全員の拘束を解くと
2人は外へ出るよう誘導する。
「……どうした?
そこにいたいってンなら別にいいが」
「……わかった。出よう」
そして彼らは、2人が倒したであろう見張り番を
足元に見ながら、村の外へと誘導され―――
いったん近くの森に潜伏し、そこで全員の無事を
確認する事にした。
「よし、みんないるな……
ん!?」
村の方を見ると、明かりが増し、騒ぎ始めていた。
おそらく脱走がバレたのだろう。
慌てて、誰からともなく次の指示を問う。
「こ、これからどうすりゃいいんだ?」
それを聞いた、脱出を手引きした男2人は―――
「俺たちが依頼されたのは、捕まった時の
救出までだ」
「追手が来る前にどこへでもいいから
逃げるがいい。ただ―――
依頼主の王都の屋敷を知っておる者は、
この中におるかの?」
自然と視線が、リーダー格の男に集中し、
老齢と思われる男が、一枚の紙を差し出す。
「……これは?」
「お前さんたちの主から依頼されていた、
あの村やシンという男の調査―――
その中間報告書、といったところかの。
ワシらはまだ引き続き、調査のために残るが……
これを依頼主へ渡してくれ」
彼は丸められた書類をまじまじと見つめ、そして
2人に視線を返す。
「中身は見ても?」
「興味があるかい?」
そこでしばらく、その場にいた全員が
無言になり―――
書類を渡された男がふぅ、と一息付く。
「止めておこう。
せっかく助かった命だ……」
「ほっほっ。
いい心掛けだ。長生き出来るぞ」
全員が笑顔になるが、その2人は目だけは笑って
いないのを、彼は見逃していなかった。
「……!
範囲索敵に何人か引っかかった。
どうやら、追手を差し向けたらしい」
彼の言葉で、いっせいにその場の
雰囲気が変わり―――
「この書類は必ず届ける。
では、な」
「ああ」
「さらばじゃ」
互いに短いあいさつを交わすと、賊の一団は
逃げて行き、そして残った2人は、
「これからどうする、ジイさん?」
「ひとまず、遠回りして村へ戻ろう。
あやつ、範囲索敵が使えるようだしの」
そして彼らも、闇の中へと去っていった。
1時間後―――
賊を『救出』した2人は、『東の村』へと
戻ってきていた。
「あ、シンさん!
ブロックとダンダーが戻って来たッスよ!」
レイド君がいち早く彼らの存在に気付き―――
私は彼らを迎え入れると、夜食を進めた。
「お疲れ様です。
危ない依頼をしてすいません。
ケガはありませんでしたか?」
「大丈夫だからこうして戻って来たんだろ」
「この年になって、なかなか楽しい経験が
出来たわい」
2人がマスクを外し、笑いながら話していると、
倒された『見張り番』もやって来た。
「あ、2人とももう戻って来たんですね?」
「すっごい緊張しました~。
バレたらどうしようかと……」
ギル君とルーチェさんが、無事に事が終わったという
安心で気が抜けたように歩き、こちらに合流する。
そう―――
全ては、わざと……
あの賊たちを逃がすための芝居であった。
話は、『東の村』に来る前に遡る。
私は支部長室でいつものメンバーと、そして作戦に
参加する4人と共に、目的について説明していた。
「情報を持ち帰ってもらう?」
「はい。ジャンさんの言う通り、情報が少ないのは
確かだと思うので―――
生きて帰ってもらおうかと思いまして」
ジャンさんの質問に、私はなるべく簡潔に答え、
そして他のメンバーにも情報を共有してもらう。
「でも、話を聞いているとよ……
まず『生かして捕らえる』が前提なわけで」
「人間でも動物でも、魔物でもそうですが、
その方がよっぽど苦労すると思いますがのう」
ブロックさんとダンダーさんが、当然の疑問を
口にする。
「以前、私が隠蔽を見破った事があるので―――
同じ手は使わないでしょう。
なので力押しは避けて、奇襲や夜襲をすると
考えられます。
万全を期すなら、例えばレイド君のような
範囲索敵を使える人を一緒に寄越すでしょうね。
だから、それを逆手に取ればいいのでは、と」
そこへ、室内では一番年の若いカップルが
同時に顔を突き出す。
「でも、逆手に取るって―――」
「どうやって、ですか?」
ギル君とルーチェさんの質問に、私は先ほど名前を
上げた青年に視線を移し、
「レイド君、例えば……
ブロックさんやダンダーさんが土魔法で、地面に
穴を掘った時―――
それを範囲索敵で察知する事は可能ですか?」
「もちろん可能ッスよ。
魔力で土を掘ったのなら、よほど時間が経過して
いなければわかるッス」
彼は即答し、私は質問を続ける。
「では、私が身体強化で掘った地面は?
感知出来ますか?」
その問いに、彼は首を左右に振り、
「そりゃあ、感知出来ないッス」
「魔力が使われているのは、土じゃなくて
体の方になりますので―――
地面に掘った方は無理かと」
ミリアさんが補足して説明してくれる。
以前、自分が魚や鳥を取る方法を、トラップ系の
魔法と呼ばれた事があるので―――
罠自体は概念としてあるのは知っていた。
問題は、その罠まで感知出来るかどうか
だったのだが―――
これなら、知られずに罠を張る事が可能だ。
「おう、シン。
もったいぶってないで、みんなにもわかるよう
教えてくれ」
「はい、実は―――」
ジャンさんに促され、私は『落とし穴』の
トラップを全員に説明した。
そして、今夜……
見事にそのトラップに、賊はハマってくれた
わけである。
「後はロック男爵に、あの『手紙』が渡されれば
この作戦は成功ッスね」
「そうですね。
効果がわかるのはずっと後になるでしょうが―――
そういえば手紙、怪しまれませんでしたか?」
賊たちを逃がす役目だった2人に話を振ると、
「中身を見てもいいかと聞かれたが、
ブロックの機転で何とかなったわい」
ダンダーさんの答えに、お~、という視線が
彼に集中し―――
当人は照れながら答える。
「よ、よせやい。
ありゃあ、あいつらが怯えきっていた
からだよ」
なるほど。あの『小道具』もずいぶんと役に
立ってくれたものだと、そちらへ視線を向ける。
すると、それに気付いたギル君が私に、
「そういえばシンさん―――
あの『血斧の赤鬼』、グランツの
斧なんですが……」
「今回の防衛戦に、何で持ってきたんですか?
いえ、シンさんが結局使わなかったので、
不思議に思って」
まあ、もっともな疑問だと思う。
そもそも私にアレは扱えないし……
自慢するようで、ちょっと恥ずかしいのだが、
一応意図は説明しなければならないだろう。
「それは―――
捕まえた賊に、一刻も早く逃げて欲しかった
からです。
ブロックさん、ダンダーさんに、賊を逃がす
役をやってもらいましたが……
『助かったしもう1回やるか』となったら
厄介でしたので」
ふむふむ、と私の説明に全員が聞き入る。
「ですので、
『明日の朝、これでぶった斬りますよー』
と、脅かしておいたんです。
あの巨大な斧はなかなか迫力がありますからね。
あれだけ脅かした後なら―――
逃げられる機会があれば、1秒でも早く
逃げ出そうとするでしょう」
すると、ダンダーさんが後に続き、
「そうですな。
確かに賊どもは皆怯えておりました。
頭目と思しき男は、やけに冷静でありましたがの」
「あの手紙を渡したヤツか。
そういやあいつ、レイドと同じ―――
範囲索敵持ちだったぜ」
その言葉に彼も反応し、
「うっへぇ!
シンさんの読み通りとはいえ―――
そんなヤツまでいたッスか?
この村を襲うのに、いったいいくら金を掛けて
いるんスかねえ」
レイド君の話す事に―――
金が掛かる、つまり貴族クラスが絡んでいる……
ロック男爵が関わっているという事が確信に変わる。
私はパンパン、と両手を叩き、その場にいた人たちを
注目させると、
「取り敢えず、今夜はお疲れ様でした。
ギル君、ルーチェさん、そしてブーメラン部隊の
方々―――
昼間担当の人はもうひと眠りしてください。
夜間担当の人は、もう夜襲は無いと思いますが、
念のため引き続き警戒をお願いします」
そうして、私を含め夜間担当は昼過ぎくらいまで
眠った後……
今回の件の後始末と、今後について村の人たちと
一緒に、話し合う席を設ける事にした。
一夜明け、昼食という名の朝食を軽く腹に入れて、
ひと風呂浴びた後―――
新設された、一番大きな宿屋に集まる。
「村を守って頂いてありがとうございますだ。
このバウム、村人全員を代表してお礼を言います」
深々と私に頭を下げる村長さんに、複雑な気分で
対応する。
「い、いえ。
元はと言えば自分が発端で、原因のような
ものですので。
巻き込んでしまって申し訳ありません」
私も頭を下げると、村人たちも動揺するが、
「まあ、何にしろ村の安全を守れて良かったッス!」
「そ、そうですだ!
それに、これに懲りたらもう、襲ってこようなんて
思わないはずですだよ!!」
半ば、なし崩しに話を進められるが―――
まあ防衛戦が成功した後だし、あまり空気を濁すのは
良くないか。
そしてその後、村人たちに教えた天ぷらやフライ、
マヨネーズ料理を堪能しながら―――
落とし穴の埋め立てや、今後の防衛方針などに
ついて冒険者ギルドの人間と村人とで、話し合いが
行われた。
「―――そういえばシンさん。
あの斧はいつ持ち帰るっぺ?」
ふと、グランツの巨大斧に話題が移り、
ザップさんから斧の所有者である私に
話が振られる。
「あー、アレですか……
いっそ、ここに残すのはどうでしょうか?」
「へ?」
理解出来ない、といった表情を彼は返す。
周囲の反応も似たり寄ったりで―――
そこで私は話を続ける。
「こう言っては何ですが、この村は―――
特徴が無いでしょう。
今後、料理やお風呂が出来た事で変わるかも
知れませんが、知名度というものがありません。
なので、わかりやすい特徴や名物があった方が
いいかと思いまして」
「それが、あの斧というわけだべか?」
うなずく人半分、まだ理解出来ない人半分といった
具合で―――
その状況の中、さらに説明を追加する。
「それと、抑止力、という側面も期待出来ます」
「よくしりょく?」
またわけがわからなくなった、という顔の
ザップさんを含め―――
身を乗り出して聞き入る周囲に語る。
「つまり、あの斧をこの村に置く事によって、
『この村に手を出したら、この斧を扱える人間を
敵に回す事になる』
と、間接的に知らしめる事が出来ます。
現に一度、防衛に成功しているわけですし―――
『この村を襲うのは割に合わない』
そう、印象付ける事が出来ればいいわけで」
そこへ、若い男女が意見を入れてくる。
「そうですね。
自分らの町も、ギルド長やシンさんがいるのを
知っていれば―――
襲ってくるようなバカはいないでしょうし」
「それに、この村に……
護衛や冒険者ギルドの人間が、常にいるとは
限りませんから」
村人たちはザワザワと、近くの人間と話し始めるが、
「そうだべな」
「んだなあ」
と、大方は同意の感想が聞こえてくる。
「じゃあ、設置方法ですけど―――
倒れたら危ないし、多分子供たちはアレ、
触りたがると思うんですよね……」
「土台を作って、固定する必要があるッスね」
「じゃあ土魔法、そして火魔法を扱える人間が
いるべか。
確か何人かいたはずだっぺ」
「あと身体強化が得意な人間も何人か―――」
と、設置する事自体は確定し、その方法についての
話し合いへと移行した。
―――5日後。
王都・フォルロワ、ロック男爵邸―――
「ユールが戻って来たか。
という事は……
村への襲撃は成功したという事だな!
くはははは! ざまぁみろだ!!
これであのシンとやらも―――
少しは思い知っただろう!」
スキンヘッドの男は高笑いをしながら、自分の
企みが思い通りにいった事を確信する。
「……とにかく、一度……
彼の報告を……」
「おぉそうだな。
フレッド、酒とグラスを用意してやれ。
久しぶりに美味い一杯が飲める」
執事風の男にそう言い渡すと、彼は足取りも軽く
報告者の待つ応接室へと向かった。
「おおユール、ご苦労だったな」
満足そうな笑みを浮かべてテーブルに着くと、
すでに着席していた男は深々と頭を下げる。
「―――申し訳ございません。
作戦は失敗しました。
男爵様の手の者によって救出されなければ、
今ここに私はいないでしょう」
失敗、という言葉もさることながら、
自分の手の者が救出したという報告に、
ロック男爵は理解が追い付かず、思わず
従者であるフレッドに視線を送る。
そこで彼は男爵の背後まで近づき、小声でささやく。
「(……覚えがございませんか?)」
「(知らん。お前が手を回したのではないのか?)」
フレッドは首を小さく左右に振ると、男爵はイスに
腰を掛け直して、
「失敗したのか。
それで、全員逃げられたのか?」
「はい、おかげで―――
一人も追手に捕まる事なく。
……失敗した以上、お金はお返しします」
ユールと呼ばれた男が、テーブルの上に金貨が
入っているであろう袋を差し出すも、
「いや、いい。
それは取っておいてくれて構わん。
また何か頼む事があるかも知れんしな」
範囲索敵を使える人間は貴重であり、一度や二度の
失敗で、リスクの高い仕事を引き受ける『駒』を
失うわけにはいかない―――
という計算の元、ロック男爵は質問に移る。
「だが、何で失敗した?」
ユールは説明し始めた。
範囲索敵で調べたところ、4つの門のうち
3つの門に魔力反応が無かった事―――
3方から同時に攻め入ったら、いきなり地面が
陥没して足を取られた事―――
それまで魔力反応が無かったのに、そこで突然
取り囲まれた事―――
「落とし穴だと?
あんな子供のイタズラみたいなものに
引っ掛かるものなのか?」
決してバカにするでもなく、ただその意外性に
男爵は驚く。
「かなり大規模なものでした。
それも夜間で非常にわかり難く―――」
「……『来る』事さえわかっていれば、
シンプルですが、効果は絶大かと」
フレッドの擁護も加わり、屋敷の主はふむ、と
いったん納得した後、質問を変える。
「それで―――
私の『手の者』は何か言っていなかったか?」
その言葉に、彼は袋をフトコロにしまうと―――
今度は丸められた書類を差し出す。
「これは?」
「私どもを救出した2人が持っていたものです。
これを王都にいる依頼主に渡して欲しいと……
中身は見ていませんが、何でもシンという男と、
あの村の調査―――
その中間報告書という事です」
ロック男爵は、テーブルの上に置かれたそれを
見つめ、
「フレッド」
「……はい」
名前を呼ばれた彼は、その丸められた書類を
手に取ると、一礼して退室した。
「では、私もこれで……」
「もう行くのか?
一杯くらいやっていっても」
立ち上がるユールをロック男爵は引き留めるが、
「……さすがに、祝杯という気分では……
また、それを受ける資格もありません。
またお声がけ、よろしくお願いします」
そう言うと彼は深々と一礼し、部屋から退出した。
「待たせたな、フレッド」
「……お飲みになっていたのでは?」
書斎に戻ってきたロック男爵は、執事の男に
声をかける。
「ユールがな。
飲む気分では無いそうだ。
それで、あの書類は?」
「ここに」
大きな音を立てて、高級そうな机に座ると―――
上に置いてあった丸められた紙に手を伸ばす。
「……男爵様。
ユールたちを救出した『手の者』に、
心当たりは無いんですよね?
どうして、誤解させたままに―――」
フレッドは立ったまま、眼下の主人に問う。
「フン、勝手に勘違いさせておけば良かろう。
それでこちらに恩を感じてくれればそれで―――
少なくとも損にはならん。
どうせ救出したその2人の男とやらも、
他から頼まれたか、それともまだシンに恨みを
持っているヤツがいるのか、そのどちらかだ」
いずれにしろ、後ろ暗い連中には違い無い―――
配慮する必要は無いとでも言いたげに、彼は手元の
書類のヒモを乱暴に解くと、中を広げた。
「―――ッ!?」
その瞬間、イスはがたがたと大きな音を立て、
座っていた男爵の動きと困惑を伝える。
「……?
どうされましたか、男爵様。
何が書かれて―――」
そう言って視線を落とした彼の目に入ってきた
内容は、たった一文、一行、
『次は、関わった者全てに容赦しない』
そう書かれた紙がテーブルの上に広げられ―――
見ている2人はしばらく無言になった。
沈黙を破ったのは執事の方からで、
「……どうやら、彼らはわざと
逃がされたみたいです。
これを伝えるためだけに―――」
ロック男爵はしばらく放心していたが、
フレッドの声に我に返り、
「し、しかし……
これは良い材料を手に入れたぞ!!
貴族である私を脅したれっきとした証拠だ!!
これを軍に持ち込めば……!」
それを聞いていた執事は、返事の代わりというように
はぁ、とため息をついて、
「……誰が、誰を脅した証拠になるんですか?
名前などどこにも書いておりませんのに……
それに、これを入手した経緯を説明出来ますか?
軍に提出するのなら、こちらも調べられますよ?
『それなり』、にね……」
すでにロック男爵は隠居の身である。
それは、誘拐事件の罪を逃れるのと引き換えだという
事は、貴族の世界では暗黙の了解となっていた。
この上、何か目立った行動を取れば―――
それに気付いた彼は、力任せに手元の紙をビリビリと
破くと、
「クッ!
わかった、諦める事にしよう……!
手を出さなければいいんだろうが!!」
半ば八つ当たりのように悪態を付き、散乱した
紙の切れ端を机の上から落とす。
それを見ていたフレッドは、ボソッとつぶやく。
「……本当に、それで済みましょうか」
「うん?」
腹心とも呼べる部下の、この上なく気になる発言に
彼は聞き返す。
「どういう事だ?
私がこれ以上、あの男に関わらなければ
いいのだろう?」
しかし、フレッドは首を左右に振って、
「……問題は、
『次は、関わった者全てに容赦しない』
という一文です。
判断するのはあちら、という事になります。
例えば、ユールが今後意趣返しを勝手にしたり、
もし別の誰かが彼に何か仕掛けた場合―――
それを我々の仕業だと見てしまう可能性が……」
「え? い、いやしかし……」
疑問と同時に不安を払拭するように、彼は否定の
言葉を探そうとするが、なかなか出てこない。
すると彼の従者は続けて、
「……我々は、二度に渡って敵対してしまって
いるんです。
それも今回は逆恨みもいいところ……
今さら『もう関わりません』と言ったところで、
あちらにはそれを確かめる術は無いわけで……」
段々と状況が飲み込めてきたのか、男爵の体は
ガクガクと震え始めた。
「ど、どうすれば、いい?
どうしたらいいんだ? フレッド」
「……だから私は何度も申し上げたはずですよ?
どう考えてもアレは―――
相手にしてはいけない類のものだと……」
「そ、そんな事を言わずに、た、頼む!
今度はお前の言う事をしっかり聞くから―――」
お願いを通り越して懇願し始める主人に、
彼は静かに自分の口元に手をやり、
「……まずはドーン伯爵様に連絡を取りましょう。
そこで、例の村の襲撃を『偶然』聞いた事にして、
その見舞金を―――
可能ならば、折を見て直接会う機会を設けてもらい
ましょう……」
もはや首を縦に振るだけの存在になった
ロック男爵に、彼は助言を続けた。
一週間後―――
ドーン伯爵領・西地区ギルド支部……
そこの支部長室で、私はジャンさんに
呼び出されていた。
「つーわけでな。
お前さん宛に『東の村』への見舞金が来てるぞ。
あのロック男爵サマからだ」
それらの用件が書いてあるだろう書類をピラピラと
見せびらかすようにしながら、ギルド長は説明する。
「えーと、あの襲撃の一件に対する見舞金ですよね?
どうして私に?」
見舞金なら、直接『東の村』へと届ける方が
当然だし、筋が通っていると思うのだが―――
「さてなあ。
何か、ドーン伯爵サマ経由で俺のところへ来た。
伯爵領だから、アイツを通すのは別に間違いでは
無いんだが……
ま、『そういう事』じゃねえのか?」
ふぅ、と呆れるように一息つくと、持っていた紙を
テーブルの上に置く。
私はそれに一通り目を通して、
「でもこまりますねえ。
これじゃまるでわたしたちが、おどしておかねを
とっているようなきがして(棒」
「そうだよなー。
にんげん、やっぱりまじめにはたらいて、
せいかつしていくのがいちばんだよなあ(棒」
お互いに心にも無い事を言うと―――
部屋にノックの音が響いた。
「失礼しまッス、ギルド長……ってうわ。
2人して何悪い顔してるッスか?」
入って来たレイド君とミリアさんは驚くが、
「えー? そんなことはないですよねえ(棒」
「ああ、おれたちはいつもどおりだぞ?(棒」
それを見て微妙な顔をしていたミリアさんは、
テーブルの上にあった書類に視線が行くと、
それで何か察したのか、
「あー……そういえば、ロック男爵様から
お見舞い金が―――
でもいいんですか、シンさん。
全部『東の村』に送金してしまって。
いえ、手続きが終わった後で言うのも何ですけど」
「まあ原因というか元凶は私のような
ものですし……
そういえばお見舞い金って、
いくら積まれたんですか?」
ミリアさんは持っていた書類を広げて目を通し、
「金貨1万5千枚ですね」
う~ん……確か前回、孤児院へのお見舞い金は
1万枚だったと記憶しているが。
「よくお金が続きますねえ。
男爵様って、そんなにお金持ちなんですか?」
「身分こそ男爵だが、王都に拠点を構える―――
いわゆる名家ってやつだ。
下手をすりゃ領地を持っている伯爵や侯爵より
金はあるって、ドーン伯爵サマが言ってたぜ」
それでどうして犯罪に手を染めるのか―――
まあ、金を持っている人間ほど金に執着するという
事なのかな。
「しかし、金を送ったのはいいがどうする気だ?
多分連中、持て余すと思うぞ」
「確かに、突然予算が空から降ってきたような
ものッスからねえ。
それに、水路や建物の費用もこっち持ち
だったッスから」
今は十分足りているという事か。しかし―――
「運営費に充ててもらいましょう。
詳細は後で詰めますが……
今は魚や鳥を捕まえるにしろ、その護衛にしろ、
こちらにおんぶに抱っこですから。
依頼とかも、独自にやって頂きませんと」
するとギルド職員の顔になったミリアさんが、
「でもそうなると―――
いちいち『東の村』から依頼をこの町に
回す事になります。
一番近いギルド支部があるのはココですし。
何か非効率と言いますか……
今のところ、そうするしか無いのは
わかりますけど」
う~ん、と室内の4人でうなる。
そこで一番最初に言葉を発したのは
ジャンさんだった。
「そういや、シン。
今ギルド支部の前にあるあの詰め所だが……
アレが出来てから依頼や軍との連携が非常に
スムーズになったんだ。
アレを『東の村』にも作るってのはどうだ?
ちょっと規模をデカくして―――」
なるほど……
確かにミリアさんの言う通り、いちいち護衛やら
何やらで、この町まで依頼に来させるのは非効率だ。
それならある程度、依頼をこなせるメンバーを
予め送り込んで常駐させておいた方が―――
それから4人は、新たな議題となった詰め所の
設置について、議論を交わす事になった。
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