「そんなにですか? ミリアさん」
「そんなにですよぉ~……」
王都から戻って数日後―――
私は町の冒険者ギルドに呼び出され、
支部長室で話を聞いていた。
内容は食料問題について、だったのだが……
結構深刻な事態になっていたらしい。
「最悪、大人は食わなくてもいいんだが、
ガキの数が増え過ぎてな」
「孤児院預かりが70人を超えたッス。
それでこれからも増えそうってんだから」
ジャンさんとレイド君が補強するように
話してくる。
ちなみに、自分が異世界から来た人間だと
知っている人たちだけで話す時は支部長室、
そうでない時は応接室で、となっている。
「町の人口、800人近くになってますからね……
まさかアタシの生きている時に、こんな時代が
来るなんて」
これはまあ、元をたどれば考えるまでもなく
自分が原因であるわけで。
孤児院の子供たちに、足踏み踊りという仕事を
与えた事―――
そして、衣食住を結構なレベルで整えて
しまった事。
また、町の仕事を作り雇用を増やした事で、
『この町に来れば何とかなる』
『この町に来れば子供を食わせていける』
と噂が広がり……
私自身の希望として、『可能な限り受け入れる』
と方針を示していた事もあり―――
人口の流入が止まらないのだ。
開拓した東の村にもなるべく誘導しているが、
それでも追いつかないのが現状だという。
「東の新規開拓地域は?
もう住めると聞いていますけど」
「住む場所は何とかなりそうです~……
ですが、やっぱり子供の数が」
テーブルの上に顔を押し付けるようにして、
ミリアさんが疲れ切った声で話す。
「え、ええと……どれくらい?」
「先ほどもレイドさんが言った通り、
孤児院預かりが70人を超えててぇ~……
それ以外にも40人ほど……
あと妊娠している方が、今現在
50人以上おられま~す♪
つまり、子供、すっごく、多いそして
まだ多くなる」
うわ、と思うと同時に、それには心当たりが
あった。
発展途上国であれば、子供イコール労働力で
あるので、産めよ増やせよという流れは別に
珍しくはない。
ただこの世界は、子供に限って食料が
絶対必要という条件であるので―――
それらを差し引いて2~3人くらいに
なっていた。
さらに中流層ならもう何人か、というのが
スタンダードだ。
そこへ来て私が仕事をいくつか新規に作った
事で……
『あと一人くらい♪』となったのだろう。
「最悪、大人に対する供給を絞れば
何とかなるんだが……
この町が『公都』として認められるかどうか、
王都で話題になっているらしくてよ」
つまり、この問題を解決出来なければ、
イメージダウンは避けられない―――
「それに、いくら大人が食べなくても
死なないとはいえ―――
魔力と引き換えッスからねえ」
実の親子のように、ジャンさんとレイド君が
同時に頭を抱える。
これは、自分が持っていたこの世界の認識の
齟齬でもあった。
魔力制御が出来ない子供はともかく、成人すれば
食べなくても生きていける、というのは間違いでは
無かったのだが……
それはゲーム風で言えば、HPの代わりにMPを
消費させるような行為であり―――
MPが無ければ道理として、魔法は使えなくなる。
魔力・魔法前提のこの世界でそれは、生物としての
死ではなくとも、『社会的』な死を意味し―――
要するに食料は地球とは別の意味で、
とても重要だったのである。
「コメの収穫はもう始まってますよね?」
「おう。あれはかなりの増産が見込める。
あと芋を片栗粉とやらにするのは
いったん止めてもらうぞ。
量を確保しなけりゃならないからな」
せっかく作ってみた食材だが、背に腹は
代えられない。
レイド君とミリアさんも不満そうな顔を
するものの、
「まー、しゃーないッス」
「味や甘味にこだわっている場合じゃ
ありませんからね」
それから、停止するのがある一方で―――
こちらから拡大させる提案をする。
「メルの水魔法で魚などを巨大化させる
件ですが―――
アルテリーゼが獲ってきた事にして、
しばらくはノンストップでやりましょう。
ドラゴンが狩ってきたのであれば、
どれだけ巨大化したものでも不思議は
無いでしょうし」
「そうだな。
それに、加工しちまえば元の大きさなんて
わからねえだろう」
ナマズの魔物化事件があって―――
(39話 はじめての まものさくせい参照)
魚の巨大化もほどほどにしか行っていなかったの
だが、今回ばかりはそうも言っていられない。
「そうですね。
魚なら比較的安価に手に入りますし」
「魚だけでも料理はいろいろあるッスからね。
何とかなりそうな気がしてきたッス。
やっぱりシンさんに相談して良かったッスよ!」
そう言われると照れもあり、罪悪感もあり―――
「いえ、もともとは自分の認識不足のせいでも
ありますので……
それに、そろそろ考えなければならない
時期だったのかも、と思いますから」
「ん? 考える時期ってのは?」
目ざとくギルド長が聞き返してくる。
私は頭をかきながら、
「今までは―――
私が元の世界から持ち込んだ技術や方法で、
発展・拡大させてきましたが……
いつまでも拡大し続ける、という保証は
ありません。
いつかどこかで安定・停滞する時が
必ず来ます。
本格的に停滞するのはまだまだ先だと
思いますが、一度立ち止まって―――
いろいろと見つめ直す、いい機会だったかと」
私の言葉に3人はうなずくと、ジャンさんから
顔を上げて、
「お前さんやっぱり―――
元の世界で、領主か何かやってたんじゃ
ねえのか?」
確かにシミュレーションゲームでは、戦争より
内政に力を入れるタイプではあったけど。
「私はただの雇われの一般人でしたし……
まあ身分としては、上司もいれば部下もいる
役職でしたが」
私の言葉で腑に落ちたのか、若い2人が
視線をこちらに向ける。
「そこは納得です。
人を使ったり雇ったりするの、どこか
慣れている感じでしたし」
「あー、だから定期的に賃金払う方式に
してたんスね。
確かにアレなら、一度に全員分決まった
時に、処理出来るッスから」
そこは、地球では月払いが当然だったのと、
なるべくホワイトな労働を目指した結果という
だけで―――
そういえばボーナスも導入しようと思って
いたけど、どういう名目や理由を付ければ
いいか考え付かなくて、そのままなんだよな……
またいろいろな方向に考えが飛んでいると、
ギルド長の声が現実に引き戻す。
「おし! じゃあひとまず話はまとまったな。
シンは、例の魚の巨大化と供給を頼む。
出来れば嫁さん2人に狩りの強化も。
こっちは農地をどれだけ拡大出来るか、
町長代理と相談するからよ」
こうして話は終わり―――
私はギルド支部を後にした。
「……って事があってさ」
「ふーん」
「確かに、孤児院に行く度に子供らが増えて
おったしのう」
自宅の屋敷に戻り―――
私は今日の出来事を、妻2人に報告していた。
「でも用ってそれだけだったの?
それにしては、帰りが遅かったような」
私はすでに寝入っているラッチを撫でに
席を立ち、歩きながら話す。
「ああ、その後宿屋『クラン』に
立ち寄ったんだけど……
門番兵の2人に王都での土産話をせがまれて」
メルの質問に答えた通り―――
私はこの町へ来た時に初めて会った人間、
ロンさん・マイルさんと久しぶりという事も
あって話をしていたのだが、改めてこの世界の
認識の食い違いを実感した。
門番兵、という事は―――
彼らは言うまでもなくドーン伯爵様の
私兵なわけだが……
当然のように徴兵であり、ほぼ無給同然で兵役に
ついている。
封建制だし、領主命令でタダ働きさせる―――
貴族の論理であり前提だからこれは仕方がない。
ただ三食の食事は義務であり、彼らがこの町で
食べる食費は伯爵様から支払われている。
ジャンさんたちの話で出た通り―――
『食べなくても死なない』というのは魔力と
引き換えで出来る事であって、お腹が減って
いるから魔法が使えない、イコール戦力に
ならないという事は許されないのだ。
ただ実際、2人に聞いたところによると、
魔法を使わない前提なら、一週間くらいは
食事抜きでいけるらしい。
それで領によっては、兵士でも一日一回、
下手をすると三日に一食くらいしか支給
されないところもあるようで……
待遇はまだいい方なのだそうだ。
ちなみに、兵役は子供が2人以上いる家庭から
一人取るそうで、たいてい『出来の悪い』方が
選ばれる、そう言って2人は苦笑していた。
「ふー……」
それほど離れていないキングサイズのベッドに
戻ると、腰をかけると同時にため息が出る。
「どうしたのじゃ、シン?
疲れたのか?」
心配そうにアルテリーゼが顔を近付け、
「いや、まだまだこの世界の事をわかって
なかったんだなあって思って」
「まーそれは仕方ないと思うよ?
私たちだって、魔法が無い世界なんて
シンに出会うまで想像もつかなかったん
だからさ」
慰めるようにメルがフォローしてくれる。
「それにのう、シン。
せっかく結婚したのだからもっと妻を
頼ってくれ。
一人で抱え込むのは無しじゃ」
そうだな……
深刻な問題、というほどでもないけど、
縁あって2人と結婚したんだ。
なるべく情報は共有しておいた方がいいだろう。
「ありがとう、メル、アルテリーゼ」
2人にお礼を言い、改めて向き合う。
「まずは明日から―――
メルの水魔法での魚の飼育に取り掛かろう。
今回は町から許可が出ているし」
「そうじゃのう。前から考えていたのじゃが、
いっそエビや貝も試してみようぞ?
もしナマズのようになっても、我らがいれば
何とかなるじゃろう」
「何にせよ気合い入れないと!
あのチビちゃんたちを飢えさせるわけには
いかないからねー。
今さら奴隷落ちさせるのも可哀想だし」
メルの言葉で、この世界にはまだ奴隷制が
あった事を思い出し、ハッとなる。
しかし、それと同時に疑問も湧き―――
「そういえば王都でもあまり奴隷って、
見なかったような気が。
ニコル君……は元奴隷だったけど、
それでもそれなりの扱いだったし」
「あの場合は、アリス様に気に入られていたって
いうのもあるだろうけど―――
子供はそれほど酷い扱いはされないと思うよ?
どんな魔法に目覚めるかわからないし、
仕返しだって考えられるからね。
現にニコル君は範囲索敵持ちだったわけで」
なるほど。
それに、子供の頃は魔力制御が出来ないだけで、
彼のように目覚めるケースもある。
復讐のリスクを考えれば虐待とかは出来ないか。
「でも、魔導具か何かで拘束するとかは?
逆らえないように……」
「犯罪奴隷とかだったら、考えられなくは
ないけど~……
魔導具ってすっごく高価なんだよ?
奴隷なんかにそうする価値はあまり」
「そもそも強い魔法を使えたりするのであれば、
奴隷にならないのではないか?」
と、アルテリーゼからもダメ押しが入り―――
この世界の実情をまだまだ理解していないという
事を、しみじみと感じていた。
「こっちエビ2匹!
そっちに魚3匹ー!!」
「エビは尾っぽに気をつけろ!!
仕留めるまで気を抜くな!!」
「貝に手を挟まれるなよ!!
扱いは十分注意しろ!!」
一週間後―――
無事、巨大化に成功した魚やエビを相手に、
身体強化に自信のある町の住人や冒険者が
水揚げという名の格闘をしていた。
「メル、何か前より大きくなってない?」
「多分アルちゃんの影響を受け続けて
いるからじゃない?」
「我のせいかや?」
その光景を、私と妻たちの3人で見守る。
(ラッチは孤児院預かり中)
ここ西地区にある養殖施設だが―――
『メルの水魔法による飼育で水生生物が
巨大化する』
という秘密はそのままに、作業が行われていた。
何しろ、魚は大きいもので1メートル半、
エビは伊勢エビを3倍くらいにした大きさになり、
貝に至ってはシャコ貝のごとく……
それらを切り身やすり身、つみれのように加工して
片っ端から氷室に運び入れる流れになっていた。
「当面はこれで大丈夫か―――
あと、東の村へも輸送しないと」
東の村も、当初の100人から今は
150人に増加しているって話だし……
さらに詰め所に派遣している冒険者も
増えているんだよなあ。
「シンさん!
水揚げは終わりやしたんで、もう
大丈夫ですぜ!」
「お疲れ様です。
では、私たちはこれで……」
この作業を文字通り『見守っていた』のは、
思ったよりも魚やエビが暴れて、不測の事態が
起きた場合のためとなっているが、
もう一つ、ナマズの巨大化のような事態が
万が一起きた時に備えて、でもあった。
妻と一緒に一礼して、その場を離れ―――
ひとまず自宅へ帰る道がてら、ツンツン、
とメルが私の肩を人差し指でつつき、
「ねーねー、私の水魔法で魚とかが巨大化するって
話なんだけど……
前にシンが『これ以上目立ちたくない』って
言ってたのは知っているんだけどさ。
私は別に、もう秘密にしなくてもいいと
思ってるんだけど、何かマズいの?」
「ふむ。それは我も気になっていた。
目立つというのであれば今さらであろうし、
かと言って儲けを独占するなどという―――
器の小さい男ではない。
シンの『能力』と関係があるわけでなし、
公開しても構わんのでは?」
確かに―――
アルテリーゼの言う通り、私が秘匿している能力に
比べれば、たいした事ではないだろう。
目立つのも今さら、という言い分にも同意出来る。
しかし……
「問題は、これが私以外の能力……
というより2人の能力という事なんだ」
すると2人は顔を見合わせ、
「え??」
「どういう事かの?」
と疑問を口にする。それに対して私は、
「もしある人物が水魔法で出した水は―――
魚や貝を大きく出来る、という情報を知った時、
人々はどう思う?
当然、うらやましいし欲しがるだろう。
そうなったらどうする?
欲しがる人たちのために、水をあげる
旅に出る?」
その問いに、メルとアルテリーゼは両目を閉じて、
「それは確かに面倒だね……」
「しかも継続的に―――
であろうな」
さらに私はもう一歩踏み込んで、
「それより、この能力はドラゴンと交わる事に
よって得られると―――
そして、魔力が強化されると知られたら?
もしそれを国が知ったら?」
必ずお偉いさんの中に、利用しようとする連中が
出てくるだろう。
そしてメルと同じような存在が欲しいとすれば……
同じ結論に至ったのか、2人とも微妙な
顔付きになり、
「アルちゃんがいるから、無理強いはしないと
思うけど~……」
「それはそれでうっとうしいものがあるのう。
あの手この手を使って懐柔しにくるのが
目に見えるようじゃ」
心無しか歩幅も落ち―――
私はもう一つの懸念を口にする。
「それと……
その矛先がパックさん・シャンタルさんに
向かう可能性もあるわけで。
アルテリーゼは妻が何人いてもいいって
言ってくれたけど……
ちなみに彼女、そのへんはどう?」
私とメルの視線を一身に受け、アルテリーゼは
重たそうに言葉を発する。
「あやつはな~……
初婚という事もあるだろうが、パック殿に
関しては嫉妬心の塊じゃからのう。
以前、それについて聞いた事はあるが」
2人ともゴクリと唾を飲み込み、その先を
待っていると、
「『ぜーってぇ許さない♪』
……と、満面の笑みで言われたぞ。
笑顔があんなにも怖いと思ったのは、
後にも先にもあの時だけだ」
しばらくの沈黙の後、私から口を開いて、
「一度、パック夫妻とこの事について
話し合った方がいいかもな」
「何気ないところに、一番の爆弾が
あった気分だわ……」
パックさんに対する愛というか執着は、
パウエル準男爵に絡まれた時に知っていた
つもりだったけど―――
(37話 はじめての かんげい参照)
早めに一度、話を通しておいた方がよさそうだ。
今後の事を考えつつ、私たちは自宅への道を
急いだ。
「……視察、ですか?」
数日後―――
とある用件でギルド支部を訪れていた私は、
ジャンさんに呼び止められ、支部長室で話を
聞いていた。
「お前さんが今住んでいる、西側の新規開拓地区
だけどよ。
そろそろあそこの王家専用の施設が完成しそう
って事でな。
で、その前に―――
お偉いさんが何人か見に来てるんだ」
要は確認と、王家にふさわしいかどうかの
品評も兼ねて……って事か。
「まあシンさんもそこの住人ッスから、
耳に入れておこうかと。
そういえば、今日はどうしてギルドに
来たッスか?」
「ああ、ファリスさんに用事がありまして」
レイド君の質問に答えると、今度はミリアさんが
意外そうな顔をして、
「彼女に、ですか?
何か不都合でも……」
ギルド所属の冒険者だからか、不安そうに
聞いてくるが、私は首を左右に振り、
「いえ、氷室やら何やらで―――
今の彼女一人だけでは、いずれ倒れてしまうと
思いまして。
それで、他に氷魔法の使い手の知り合いが
いないか、相談しようかと」
「それは王都に行った時、またロック男爵に
頼んだんじゃねえのか?」
ギルド長が不思議そうな表情をするが、
「いや、それが……
そのロック男爵様(先代)から手紙が
来たんです。
何でも、今の王都では料理に関しての
仕事が多くなって―――」
魔力が弱くても、調整が効く人は調理の補助や
料理を覚えたりして、高く召し抱えてもらえる
ようになったらしい。
むしろ攻撃魔法に使えるほど強力な魔法は、
料理に向いているとは言えず―――
おかげで、それまで余っていた魔力の低い
人材は、確保するのが困難になっているの
だという。
「そういや、ウチの町もそんな感じッスね。
浴場やら鳥の世話やら何やら、いろんな
仕事が出来たッスから」
「魔法の量や出力が微調整出来る人ほど―――
この町の仕事に向いてますからね」
いったん全員で現状を確認すると、
私は話を元に戻し、
「それで、先代ロック男爵様からは……
引き続き探してはみるが、あまり期待は
しないで欲しいとの事と―――
ファリスさんに、同じ氷魔法の使い手を
知らないか相談してみては、との事でした」
それを聞くとジャンさんはアゴに手をあてて、
「そうだなあ。
それなら、冒険者ギルドに所属しているかも
知れんし―――
いっそ彼女名義で、各ギルド支部に通達を
出してみるか」
「そんな事出来るんですか!?」
私の反応に、ミリアさんが職員の顔に戻って、
「緊急事態か、もしくは通常時、誰かと連絡を
取りたい時や募集したい時に使えます。
ただし、金貨5枚ほどかかりますが」
「とは言っても、ギルド本部や各支部に
俺みたいな足の速い連中を使って、
通達するだけッスけどね」
それでもありがたい。
というか、そういう制度があるのなら
王都のギルド本部でしてくればよかった……
「お金は私の方で払いますから、
ぜひお願いします!」
「おう。
じゃあ後は、ファリスのヤツに許可を
もらっておいてくれ」
「多分、まだ職員寮の自室にいると
思いますから―――
呼んできますね。
シンさんは応接室でお待ちください」
こうして私は支部長室を出ると―――
一階の応接室でファリスさんを待つ事になった。
「お、お待たせました。
シンさん」
「お疲れ様です。
ファリスさん」
ファリスさんは来た当初、職員寮に部屋を
もらっていた事は知っていたのだが……
どうして未だにそこにいるのか、ミリアさんに
たずねたところ、
ギルド・町の双方から仕事を請け負っているという
性質上―――
そのまま支部に住んでもらった方がいいのでは、
という事で落ち着いたらしい。
「また仕事でしょうか。
休日手当てまで頂けるので、私としては
助かっていますけど……
本当にいいんでしょうか?」
「あの、それは当然の事ですので―――
こちらこそ、7日のうち3日は休むという
契約を守れずに申し訳ありません」
私が深々と頭を下げると、彼女はあわあわと
驚き手を振って、
「と、とんでもありませんっ!
事情は聞いておりますからっ!」
お互い、テーブルの上の飲み物を飲んで落ち着き、
それから私は話を切り出した。
「はあ、なるほど……
そうですね、確かに氷魔法系の知り合いは
いましたし―――
その人たちも冒険者ギルド所属です」
そこで私は彼女名義でその人たちを、この町へ
呼び出す許可を取り―――
後は正直に王都での料理に関する仕事の供給が
増えている事、その他仕事の状況や改善点等に
ついて話し合った。
「ありがとうございます。
お金は私の方で支払いますので、ご心配なく」
「こちらこそ……
知り合いも、王都並みの好待遇で仕事が
もらえるとわかったら喜びます!」
「ハハハ、王都並みかどうかは
保障出来ませんけど……」
私が苦笑すると、彼女は真剣な顔になり、
「何言っているんですか!
ここはお金だけじゃありません!
食事もお風呂も、生活水準全てが別次元です!!
それさえ保証してもらえれば、
タダでもいいくらいですよ!」
彼女の気迫に押されるも、私は何とか
冷静に対応し、
「ともかく、新しい人が確保されるまで
無理はしないでくださいね。
パックさんがダメって判断した時は、
雇用主命令で休んでもらいますから」
「……それだけでも王都を超えていると
思うんですけどね。
『働け』、じゃなく『休め』って命令が
あるだけでも、もう……」
こうして話は終わり―――
あとは結果を待つまで、のんびりと
過ごす事になった。
と、思っていたのだが……
「……誰ですか、この人?」
各ギルド支部へ、氷魔法の使い手募集を
出してもらった3日後―――
極秘、かつ緊急に……
とギルドからの呼び出しを受けた私は、
支部長室で縛り上げられた、スキンヘッドの
男性を見下ろしていた。
暴れたのか、それとも格闘があったのか……
ところどころ顔にアザがあり―――
「視察団御一行様の中にいやがったッス。
俺、以前に一度、魔導爆弾を運ぶ依頼を
受けた事があったッスけど―――
その時に見た顔だったンスよ」
魔導爆弾とは、またぶっそうな単語が
出てきたが……
あれ? でも視察はそれなりにお偉いさんが
来るものでは……?
「魔導爆弾は扱いが難しいからな。
わかるヤツを同行させる必要があったんだろう。
レイドに顔を覚えられていたのが、
コイツの運のツキだ」
「えーと、つまり?」
私が彼を指差しながら問うと、ミリアさんが
眼鏡を直しながら、
「……西地区に、その魔導爆弾が
仕掛けられました」
私は改めてその男の顔を見下ろすと、彼は
キッと鋭い目付きを無言で返す。
するとジャンさんが、その視線に対する
お返しとばかりに、彼の顔の横―――
後ろの壁を殴り付けた。
「コイツを尋問してわかった事だが……
魔導爆弾が仕掛けられたのは、王族専用の
施設だ。
だがその中のどこにあるか、いつ爆発するかが
わからねえ。
幸いあそこはすでに完成寸前だし、職人たちには
理由を伏せて建物から避難させているが―――
爆発の規模で、周囲にどれだけ被害が及ぶか」
ジャンさんは苦々しく語る。
恐らく、肝心の情報が引き出せなかった事を
苛立たしく思っているのだろう。
でもそれは仕方が無い気がする。
ジャンさんの『真偽判断』は―――
あくまでもウソを吐いているかどうか、
イエスorノーの判定しか出来ないのだ。
「……視察に来たご一行様は?」
私が振り返ると、ミリアさんは姿勢を正し、
「ちょうど昼過ぎくらいに町を出ました」
となると、約1時間くらい前か。
そして彼女の後にレイド君が続く。
「それで、なぜかコイツだけが残っていたんで、
不審に思って話しかけたら―――
突然逃げ出したんで捕まえたッス」
つまり彼は、爆発を見届ける役目も
負っていたのだろう。
私は少し考えた後、改めて縛られた男の前に
視線が同じ高さになるようにしゃがむ。
「……爆発するのは―――
少なくとも今日の夜以降、ですね?」
「―――!?」
私の言葉に、男は目を丸くして驚き……
その光景を見て周囲の3人の視線が集中する。
「正確には明日の昼までは爆発しない……
ではありませんか?
それなら時間はあります。
必ず見つけ出してみせますよ」
私は立ち上がると、3人の元へと戻り―――
「どういう事だ!?
読心魔法か?」
真っ先にジャンさんが聞いてきたが、まず
3人とも部屋の隅まで誘導するようにして、
小声で答える。
「(私が魔法使えないって知っているでしょう。
単に推理しただけですよ)」
「(推理……ッスか?)」
レイド君が首を傾げるのを見て、私は続け、
「(恐らく視察団の中に主犯か共犯がいるん
でしょうけど……
いくら何でも、視察した後すぐに爆発させたら、
疑ってくださいと言うようなものですからね。
ですので、彼らが遠く離れた位置に行くまで
爆発はさせない、そう踏んだだけです)」
ふんふん、と3人ともうなずきながら話を聞き、
「(王都に戻るのならドーン伯爵家に寄るはず
ですし……
ちょっと頭のいい相手なら、滞在中の時に
爆発させて、彼を証人にする事も考える
でしょう)」
さすがに、推理アドベンチャーや探偵マンガから
得た知識とは言えないが―――
彼らから異論は出ない。
「(なるほど。
馬車でも徒歩でも、ドーン伯爵家に着いたら
一泊くらいするでしょうし。
だから少なくともそれまで爆発はしないと
予想したんですか……!)」
ミリアさんが私の言う事を噛み砕いて納得する中、
ギルド長がずい、と顔を突き出してきて、
「(それで、これからどうすりゃいい?)」
「(魔導爆弾は、魔力によって
爆発するんですよね?
ひとまず、私がその施設まで行って
建物内の魔力を無効化させます。
それで後からですね……)」
こうして私は指示を出し―――
自分自身は一足先に、王家専用施設へと
向かった。
「あ、ジャンさん!」
「おう、シンの言う通り連れて来たが……
コイツらでいいのか?」
無人になった西地区の王家専用の屋敷で
待っていた私の元へギルド長がやって来た。
あのスキンヘッドの男は縛られたまま、
そして7人の冒険者と―――
「相棒の魔狼を連れて来いって事でしたが」
「何をすりゃいいんですか?」
彼らは、魔狼ライダーとして訓練していた
ブロンズクラス冒険者だ。
今回来てもらったのは、魔導爆弾の
捜索・発見のためで―――
「魔狼たちに、その男の匂いを覚えてもらって……
この建物内にある、同じ匂いの物を見つけて
欲しいんです。
少々複雑ですが、指示は出せますか?」
「やってみます」
そしてそれぞれの魔狼に、縛られた男の匂いを
かがせて―――
各所へ散っていった。
私とギルド長と縛られた男だけがいる広間で、
ジャンさんが小声で私に話しかけ、
「(お前、ここの魔力は無効化してるんだろ?
そんな状態で魔狼に探せるのか?)」
「(確かに、魔力が無い分効果は落ちる
でしょうけど、そもそも犬型の動物の嗅覚は
人間とは比較になりませんからね。
それと、安全第一という事で……)」
私の答えにジャンさんはコクリとうなずき、
そして待つ事1時間ほど―――
「ありました! これでは!?」
広間に駆け付けた、一組の冒険者と魔狼が
持ってきたそれは―――
手の平にすっぽりと収まるほどの大きさの、
何かの紋章のような形をしていた。
「オイ、これだな?」
ジャンさんが魔導爆弾を仕掛けたと思われる
当人にそれを見せると、彼はニヤリと笑い、
「バカかテメェ!?
ああ、それに間違いねぇよ!!」
「ん?」
ギルド長が怪訝そうな表情になると、
彼は大声で、
「その魔導爆弾はなあ!
俺が遠隔操作出来るんだよ!
手が縛られていようと何だろうと!!
もしもの時はそれで爆発させる予定だったんだ!
まさか目の前に差し出してくれるとはな!」
戻り始めた魔狼ライダーたちはざわつき始めるが、
私とジャンさんはそれに構わず、
「なあ、シン。
これどうやって処理したモンかな」
「やっぱり、どこか遠いところで爆発させるのが
いいと思うんですけど」
スキンヘッドの男は、それを聞いてポカンと
していたが―――
「お、おい!!
今すぐこの縄をほどきやがれ!
さもないとテメェら道連れだぞ!?」
「遠いところって言ってもなあ。
被害を出さない場所なんて―――」
「海か、大きな水場の上で爆発させるのが
一番被害が小さいかと」
全く意に介さない我々にキレたのか、
スキンヘッドの男は叫び、
「ふざけんなあああ!!
舐めやがって!!
みんな一緒に吹き飛べえええぇ!!」
あまりの大声に、その場にいた全員が黙るも、
何も起こる事は無く―――
「あ? へ?
ふ、不発!? それとも故障か!?」
慌てふためく彼の前で、私はしゃがみ、
「あなたちょっとうるさい」
「……は、はい……」
と、静かになったところで―――
ギルド長と『処理先』の相談を再開した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!