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「ここではどうじゃ?」
「すっごい大きな湖だね。
どう、シン?」
アルテリーゼの背に乗りながら、眼下の光景を
見下ろしてその『場所』を探す。
町の魔導爆弾事件の翌日―――
王家の専用施設から魔導爆弾を発見、無効化した
状態にはしたが、さすがに町で保管し続けるのは
精神衛生上あまりよろしくないとの事で……
私が処理する場所として、どこか適当な川か
湖が無いかと提案したところ―――
アルテリーゼが自分の経験の中で、いくつか
場所をピックアップしてくれ、
そしてメルと一緒に乗せてもらい、目的地まで
飛んでもらったのである。
「出来れば湖の中心で―――
被害はなるべく抑えたいから」
「わかったぞ、シン!」
大きいところで、直径3kmほどだろうか。
湖の上空でホバリングのように器用に羽ばたいて
彼女は低速飛行に移る。
「よし、このへんで……
念のため、投下したらすぐに上がってくれ」
そこで私は持っていた魔導具―――
片手に収まるほどのそれを、無造作に落とす。
3、40メートルほどの高さから落とされた
それは、恐らく着水するまでに3秒ほど。
その間に急上昇し、十分距離が取れたと
思ったところで、
「魔力による爆発物は―――
こちらの世界では
・・・・・
当たり前だ」
と、無効化をオフにすると……
「んー?」
「おお」
メルとアルテリーゼが確認しつつ声を上げる。
着水と同時に―――
1、2メートルほどの水柱が、湖の水面から
立ち昇った。
が、それっきりで……
水面はすぐに平穏を取り戻し、
「爆発しないね?」
メルがセミロングの黒髪を垂らしながら、
湖上を見つめる。
「視察団が離れるまで、爆発はしないと
見ていたから……
明日か明後日以降、もしかするともっと
先になるのかも」
「もう沈んでしまったし―――
どうでもよかろう?」
まあ何にせよ、アルテリーゼの言う通り、
これで危険物は処理出来たわけだ。
当面の肩の荷は下りたけど……
町に戻れば、もう一つ厄介な問題が残っている。
「戻ろうか。
みんなも心配しているだろうし……」
「ウム! 全速力で行くぞ!」
「あわわ、お手柔らかに~……」
こうして私と妻2人は、町へと帰還する事にした。
昼前に町を出てきたのだが、戻る頃には
すっかり日も暮れており―――
「まずは『クラン』で夕食かな。
ラッチも待ちくたびれているだろう」
「私もう、お腹ペコペコ~」
「では、そろそろ降りるとするかのう」
中央の町の門の手前、川の橋の前で着陸し、
アルテリーゼも人間の姿へと変わる。
「そういえば―――
チエゴ国から戻ってきた時も思ったんだけど……
ドラゴンって、一度行った場所なら戻って
来れるのか?」
行きは獣人族のゲルトさんが道案内を務めたから
わかるとしても―――
王都に普通に戻って来たし、何より彼女が
その依頼に異論を挟まないからスルーして
いたんだけど。
「すでに世界のほとんどは飛び回っておるから
知識がある―――
と言いたいところじゃがの。
種明かしをすると……
ラッチとシンとメルの存在じゃ」
「んん? 私たちがどうして?」
アルテリーゼの答えに、メルが聞き返し、
「我らドラゴン族は、番や家族の場所が
わかるでのう」
なるほど……
今まで、どこへ行っても迷わず帰ってこれたのは、
そういう仕組みがあったからか。
「ま、それか一度行った場所ならわかると
いうのも確かにあるが」
そこは人間と同じか、と感心していると、
「じゃから―――
どこへ逃げても無駄じゃぞ、シン♪」
からかうように笑うアルテリーゼと、一緒に
いたずらっぽく笑うメルと共に―――
私は町の門をくぐった。
「シンさん!
お帰りなさいッス!!」
町へ足を踏み入れた途端―――
レイド君が出迎えてきた。
「もしかして、待っててくれたんですか?」
そう聞く私に彼は近付き、小声で話す。
「(魔導爆弾の件は、まだギルドと
魔狼ライダー部隊にしか知らされて
いませんから。
後で公表出来るところだけ公表する事に
なると思うッスが―――
新しくわかった事もあるので、報告に
来たッス)」
こうして私は宿屋『クラン』までの道のりを、
ややゆっくりした歩幅で、レイド君からの
報告を受ける事にした。
その後―――
『クラン』でラッチと合流し、遅めの夕食を
取った後、西地区の我が家へと戻った私は、
レイド君からの報告を妻たちと共有していた。
「ふーん。
あの犯人の名前、マーローっていうんだ」
「魔導爆弾はあの一個だけ、か。
本当に嫌がらせのためだけに来たんじゃのう」
「ピュピュ~」
リビングで、妻と子供が何気なく感想を
口にする。
あれからさらにギルド長が尋問したところ……
他に仕掛けられた魔導爆弾は無く、また威力も
低く抑えられていたのだという。
多分、仮にも王家の施設を全壊させるのは
ためらわれたのだろう。
それでもあの時―――
室内の人間を吹き飛ばすくらいは出来た
らしいが。
「でも黒幕はわかってないんだよね?」
「視察団もまだ王都には到着しておるまい。
追いかけるかの?」
「ピュウ?」
確かに、馬車でも王都までは5日ほどかかる。
アルテリーゼが飛べば、あっという間に追いつける
だろう。
「明日、ギルドに来て欲しいって事だから、
詳しい話はそこで聞いてくるよ。
何にせよ2人とも、今日はお疲れ様」
妻たちの労をねぎらうと、
「そうねー。
もうお風呂入ってサッパリしたい」
「シン、今日は―――
大きい方のお風呂で良いか?
結構な距離を飛んだので、翼がこってのう」
アルテリーゼの要望に私はうなずいて、
「もちろん。そのためのお風呂だからね。
そろそろ、お風呂係も来るだろうし、
1階の方を用意してもらおう」
お風呂係というのは―――
文字通りそのままの意味で、水魔法でお風呂を
沸かしてくれる人たちの事だ。
ここ、西側の新規開拓地区は有力者や貴族階級を
念頭に開発された地区でもあり、どの屋敷にも
お風呂設備がある。
そこを回ってお風呂を沸かす仕事があり、
だいたい決まった時間に来てくれる。
予め連絡しておけば、ある程度の時間の融通も
利くのだ。
「じゃ、ひとまず寝室へ行って―――
着替えを用意しようか」
こうして一家揃ってリビングから、2階の寝室へ
移動し―――
お風呂係の到着を待つ事にした。
「おう、シン。来たか」
翌日―――
ギルドに到着した私は、さっそく支部長室に
通された。
「マーローさんとやらは、どこに?」
「新設した地下牢に入れてある。
魔力防御もかけられているから、あそこなら
安心だ。
で、どうする?
お前さんも聞きたい事は無いのか?」
その問いに、私は両腕を組んでうなり、
「う~ん……
でも大方のところは、ジャンさんが
聞き出しているでしょう?」
すると、ちょうどそこへミリアさんと
レイド君が入ってきて、
「それが―――
恐らく王都の有力貴族なのでしょうが、
自分の依頼主を決して明かさないのです」
「あれだけ口が固いところを見ると―――
雇われじゃなく、従者か家臣なのかも
知れないッス」
自爆覚悟で魔導爆弾を脅しに使ったくらい
だからなあ。
ゲームで言えば忠誠度100だよ。
「彼は―――
どんな魔法を使うんでしょうか?」
「レイドより数段劣るが、身体強化による
移動速度アップを持っている。
あと、そこそこ近接格闘系や武器系の
魔法もあった。
レイドの言う通り、雇われのチンピラじゃなく
直属の家臣―――
と考えるのが妥当か……」
と、一通り情報を入手したところで、
「彼に会わせてもらえませんか?」
「おう。しかし……
お前さんの言う通り、牢屋も新調したんだが、
本当にアレでいいのか?
犯罪者にしちゃ、まるで高級宿だぜ?」
牢屋をリニューアルする際、私の意見も
求められたのだが、その改善を提案したん
だっけか。
「ええ、清潔にした方が、取り調べる側も
精神的に楽ですし―――
病気になられでもしたら、治療費もバカに
なりません。
自暴自棄になって備品や室内を壊されるのも、
お金がかかりますからね」
それを聞いていたレイド君・ミリアさんも
同調し、
「確かに―――
囚人どもも大人しくなったッス」
「あまりに扱いが良くなったので、
処刑されるんじゃないかと怯える人たちを
抜かせば……」
まあ、悪い事をしたのに三度の美味しい食事に、
週に2度は囚人専用のお風呂もある。
勘違いするヤツはいるだろう。
ともかく私は、ギルド長と共に地下の牢屋へと
行く事にした。
「ん?
お前は王家専用施設の時にもいた……」
「シンといいます。
会うのは二度目ですね」
あのスキンヘッドの男が、狭い室内で鉄格子を
挟んで身構える。
「おう、邪魔するぜ。
どうだ居心地は」
ジャンさんがカギを開けて入ると、備え付けの
イスに座り、私にも勧めてきた。
「あまりにも快適過ぎて―――
夢も見れん。
それで用は何だ?
これ以上しゃべる事など無い」
「マーローさんからは、何か聞きたい事は
無いんですか?」
私の問いかけに、彼もギルド長も一瞬
ポカンとして口を開ける。
「そりゃあ、聞きたい事はあるけどよ。
立場が逆だろう?
あの時も爆発なんて無い前提で話を進めて
いたが……
あんた、いつもこんな感じなのか?」
「俺が知る限りシンは最初からそうだ。
ちなみに俺はもう慣れたスゲーだろ」
そこで微妙な連帯感を持たれても……
私が複雑な気分でいると、彼はこちらへ
向き直って、
「……視察団は?
もう追手を出しているとか」
「何の理由でだよ。
多分、もうドーン伯爵の屋敷を抜けて、
今頃は王都に向かっているんじゃねえのか?」
ジャンさんの答えに、マーローさんはホッと
一息ついて、
「それさえ分かれば、もう心残りは無い。
いつでも処断してくれ」
視察団が逃げおおせた事で―――
主家は安全だと判断したのだろう。
「まあそれはいつでもいいでしょう。
それより―――
『足踏み踊り』はもう経験しましたか?」
「いや、遊びに来たわけではないから……」
こちらの質問に、拍子抜けしたような声で
返してくる。
「……あの時のあなたは死ぬ覚悟でしたよね?
それなら―――
死ぬ前にいろいろと見たり経験してみても
いいんじゃないですか?」
すると、ギルド長が小声で私に問いかけ、
「(……何考えてんだ?)」
「(自爆覚悟だったでしょ。
この人、忠誠心すごく高いですよ。
という事は、黒幕は相当な、忠誠心を
誓わせる事の出来る貴族って事です。
ここで迂闊な対応をしたら……
次は最初から自爆目的の刺客が送られてくる
可能性もあります)」
うむむ、とジャンさんは小声のままうなって、
「(ドーン伯爵には俺から連絡しておく。
何をするかはシンに任せるから、こまめに
報告してくれ)」
私はうなずくと、マーローさんに視線を戻し、
「で、どうしますか?」
「(まあ死ぬのはいつでも出来るし、ここで
ジタバタしても始まらん)
では、お言葉に甘えさせてもらおう」
10日ほど後―――
「マーローが無事戻っただと!?」
「はい。先程……
それで、シィクター様にお目通りを
願っております」
王都でも、貴族階級が住む地区の一角、
その屋敷の中で……
四十代後半から五十代前半と思われる
男が、ひざまずく男から報告を受ける。
衣装はシンプルだが―――
見栄を張るような性格を表すように、無駄な
装飾がガチャガチャと音を鳴らしていた。
「すぐに通せ」
「ハッ!」
そしてすぐ、報告した者に代わり―――
スキンヘッドの男が彼の前でひざをついた。
「ギーラ・シィクター子爵様。
ただ今戻りました」
「おお、心配したぞマーロー!!
捕まったかと思っていたが、さすがだ!」
賞賛する主人を前に、彼は微妙な表情になる。
「捕まっておりました」
「……え?」
意味が飲み込めず、シィクターは思わず
疑問の声を上げ―――
周囲にいた、ワンランク身分が下と思われる
執事や側近らしき者たちもざわめく。
「どういう事だ?」
「ドーン伯爵様より、お手紙を預かっております。
それとお土産も多数……
ほとんどが氷漬けの食材ですので、すぐに
厨房へ運び入れましたが」
彼が手紙を差し出すと、子爵は走り寄って
それを自ら受け取る。
その内容は―――
―――――――――――――――――――――
『どこの者かは知りませんが、自分の命も
顧(かえり)みない忠義の者、その忠誠心に免じて
罪に問わず帰らせる事にしました。
このような不幸な行き違いが二度と
起こる事の無いよう、一度会談の場を
設けて頂けないでしょうか。
なお、そちらの都合が悪くともこちらから
いずれ訪問する事になるでしょう。
その時は別の『お土産』を用意いたします。
追伸:
この件は娘・ファムの婚約者である
ナイアータ殿下を通し、王家には
報告済み』
―――――――――――――――――――――
正確には、王家への報告はナイアータ殿下では
なく、王都ギルド本部長ライオットを通じてでは
あるが……
その情報を側近たちと共有し、シィクター子爵は
チラチラとマーローの方を見る。
「あの、仮に……仮にだよ?
これ無視したらどんな事になるかな?」
「ウチが消えて無くなると思います」
マーローはあっさりと極端に悲観的な
答えを出す。
側近に囲まれて困惑する子爵を前に、
彼は続けて、
「あちらでしばし過ごして来ましたが、
わかったのは、間違ってもケンカを売る
相手では無いという事だけです。
あと、氷漬けのお土産を見てもらえば
理解されると思いますが―――
私は今日の朝までドーン伯爵領の町に
おりました」
「はぁ!? バカを言うな!!」
「ドーン伯爵の屋敷まで、どんなに速い馬車を
使っても王都から3日はかかるのだぞ!」
「空でも飛んできたというのか!」
側近たちが口々にマーローに罵声にも似た
質問を浴びせると、彼は静かにうなずき、
「その通りです。
あの町の冒険者―――
シンという男の妻がドラゴンで、その背中に
乗せられて王都の近くまで送ってもらったの
ですから」
この世界、ドラゴンの存在は実在するものとして
知られているが―――
同時に恐ろしさも認識しており、再び場が
ざわつき始める。
“そんなバカな……”
“ドラゴンと婚姻を結ぶなど可能なのか”
“戦ったら王家でも勝ち目は……”
“ドラゴンに乗ったのか、いいなー”
一部の意見を除いて彼らの中で危機感が
形成されていき、さらにマーローは続ける。
「私が思うに、最初の想定から間違って
いたのではないかと」
「どういう意味だ?」
部下の言葉に、即座に子爵は聞き返す。
「……ドーン伯爵家が、中央・王族に
近付き過ぎている―――
だからけん制のために妨害工作を行う。
これが今回の作戦の理由であり目的でした」
マーローの言葉に、彼らは黙って聞き入る。
「ですが、あの町で私が得た情報としては、
王都で流行り出した料理、水洗トイレ、
浴場に使われるようになった湯を細く散布する
装置、娯楽品であるトランプ・リバーシ・
マージャンに至るまで―――
全てがあの町発祥であると考えられます」
困惑、というのを通り越して驚愕の表情になる
彼らに構わず、従者は話を継続し、
「これらの事から推測するに……
ドーン伯爵から王家に近付いたのではなく、
むしろ王家が権益確保のため―――
ドーン伯爵家ごと取り込もうとした、
と考えるのが妥当でしょう。
つまりこれ以上敵対するのであれば、相手は
ウィンベル王国そのものという事に……」
青ざめる側近とシィクター子爵だが、反発する
言葉が飛び出す。
「だ、だが……
報告では人口千人にも満たない、小さな町だと
聞いておる」
「それほど重要な町であれば、王国軍を
常駐させるだろう?」
その疑問に、マーローは、フー……と
ため息のように深く息を吐いて、
「そうは出来ない何らかの事情があるのかも
知れません。
ですが、戦力としては―――
私が乗せてもらったドラゴンの他に、もう一頭
あの町におります」
そうだ、ドラゴンがいるんだ―――
しかももう一頭いると聞かされ、驚きを通り越した
表情をする面々に対し、さらに追い打ちのように
彼は続ける。
「また、王都の冒険者ギルドで噂になっている、
『素手でジャイアント・ボーアを殺した』
『一人でワイバーンを複数撃墜した』
という、冒険者の話は概ね事実でした。
私を乗せてくれたドラゴンの夫、
シンという方です。
シルバークラスという事でしたが―――
あの方が、王家の密命を受けて送り込まれた
人間だとしても、私は驚きません」
もはや彼らは黙り込むしかなくなっていた。
しかし―――
「ですが、そのシン殿に町を案内してもらい……
他の方々とも話をしたのですが、みんな温厚で
いい人ばかりでしたよ。
なので、会談は受けるだけ受けた方がいいかと
思われます。
多少の無茶は言われるかも知れませんが、
話が通じない方々ではありませんでしたので」
一筋の光明を見つけたように、全員の顔が
明るくなる。
「む、むう……そうか。
今の話、皆はどう思うか?」
シィクター子爵がおずおずと側近にたずねると、
「王家に敵対するという事態は避けた方が
よろしいかと」
「マーローを生かして帰し、お土産まで
持たせたのです。
全面的に戦う意思はありますまい」
「断固としてこの会談、受けるべきです!
決して私がドラゴンに乗せてもらいたいから
ではなく!!
あくまでもシィクター子爵家の事を
思っての意見でございます!!」
約一名、ベクトルの違う勢いを持つ側近もいたが
彼らに押され―――
子爵は決断し、口を開いた。
「わかった。
では、ドーン伯爵宛に返事を出すとしよう」
こうして、多少の食い違いや思い込みも
生じながら……
シィクター子爵はドーン伯爵と会談を行う
方針を決めた。
その翌日、王都では―――
マーローを乗せてきたアルテリーゼと、
その夫・シンが買い物をしていた。
(メル&ラッチは町でお留守番)
「肉類を持てるだけ―――
で、いいのか?」
「ああ。穀物類は町である程度確保出来るし、
魚も巨大化出来るから。
買い込むだけ買い込んだら、
全速力で町まで戻ろう」
と、朝から王都の肉屋さんや市場を回って
いたのだが……
「売れない?」
「いや、売る事は売るけど……
今は制限をかけているんだ」
何件か、以前王都に来た時に目をつけた
お店を回ってみたのだが―――
どこもかしこも、一人当たりの販売量を
決めて出していた。
「今は、って言ったけど……
今はどうしてダメなんですか?
肉が足りないとか?」
私は肉屋の店員さんに直球でたずねる。
「肉じゃなくて、魚の方に何かあった
みたいでさ。
今、王都じゃどこに行っても魚は
買えないんだよ。
それで肉に集中しちまって―――
こうして数量を限定させてもらってるって
わけだ」
その答えに、私とアルテリーゼは顔を見合わせる。
まさか、食料問題がこの王都でも?
「う~ん……
何かって何だろう」
「行ってみようぞ、シン。
このままでは目的が果たせぬ」
そこで店員さんの方へ振り返り、
「あのう、魚の集積所というか、売る前に
いったん集める場所ってわかります?」
「中央地区に巨大な氷室の地下設備があるが、
魚はどこだっけなあ―――
中央地区の北側の、ええと……
細かい場所までは覚えてない、スマン」
それだけ教えてもらえば十分だ。
あとは道すがら、人に聞いていけば何とか
なるだろう。
こうして私とアルテリーゼは、中央地区を
目指す事にした。
「魚類の保存用施設に行きたい?
って事はアンタ、冒険者か?」
目的地を聞いていくうち何人目かで―――
逆に聞き返してくる人がいた。
30代前半と思われる細身の、いかにも
事務職、というイメージの男だが……
「まあ、一応そうですけど」
「我もじゃぞ。
夫婦ともにシルバークラスじゃ」
私とアルテリーゼの答えを聞くと、彼は
「じゃあついて来てくれ! こっちだ!」
何で冒険者が? という考る時間も
与えられず―――
早足で歩いていく彼に、人混みの中
ついていくのがやっとだった。
「ここは……」
私とアルテリーゼが連れて来られたのは―――
高さは4メートルほど、ただ広さは大きな
体育館くらいある地下施設だった。
全体的に氷魔法がかけられているからか、
壁や床に氷結が見られ、何より肌寒い。
「さっそくだがやってくれ。
しかし、依頼を出したのは朝だってのに……
王都のギルドは仕事が早いな!」
私は妻といったん視線を交わしてからうなずき、
「実はですね……」
と、冒険者ではあるが、依頼を受けた者では
ない事を説明した。
「すまん、早とちりだった。
つーかあの条件で、こんなに早く来る事なんて
ないよなあ……」
意気消沈する彼を前に、改めて自己紹介する。
「私は、冒険者ギルド所属のシンです。
こちらは妻のアルテリーゼ。
それで、何があったのですか?」
「俺の名前はエド。
ここは王都の魚類の保存用施設で―――
俺はその管理担当の一人だ。
よりによって俺の担当エリアで異変が
起きたんで、手っ取り早く冒険者ギルドに
依頼を出したんだが」
ふぅ、と一息置いて―――
こちらの顔を見上げる感じで止まる。
どうやら、詳細を話していいものかどうか
迷っているようだ。
「私たちは食料の買い付けのため、昨日王都へ
来たばかりなのですが、うまくいかず―――
原因がこちらにあるようだと聞いて来たんです」
「売りに来たんならともかく、
買い付けに来たってのか。珍しいな」
「それで、実は私……
ギルドの本部長とは知り合いですし、
何かあれば私から話しておきますから、
事情を教えてくれませんか?」
利害関係は一緒だし、依頼を出した王都ギルドの
顔に泥をぬる心配も無い。
エドはその説明にフム、とうなずき―――
「……異変があったのは3日くらい前からだな。
その時は噂に過ぎなかったんだが。
何かいる、幽霊が出るってんで……
職員がビビッちまってよ。
人的被害は出てないが、みんな職場に
来るのを嫌がって」
なるほど……
施設の大きさの割に、ガランとしていたのは
そのためか。
「で、俺が確かめるために施設内を巡回
したんだ。
そうしたら―――
何かの影、そして保存してあった魚が
食い散らかされていた。
証拠つかんじまったら対処しないわけにゃ
いかなくって……
それで冒険者ギルドに依頼を出したんだ」
そしてエドさんが出した条件とは―――
・人か魔物かは不明だが、突き止めて倒すなり
捕獲するなりして欲しい。
・それと、現場は王都の食料保存用施設なので、
なるべく被害を最小限に抑えたい。
・なので、高威力の火魔法で建物ごとバーン!
とかは禁止。
「……となると、武器も限定されますよね」
「ああ。見ればわかる通り―――
保存棚がそのまま通路の仕切りになっている。
狭い場所での戦闘になるだろうし、人を選ぶ
依頼だとは思ったんだがな―――」
すると私はアルテリーゼの方へ振り返って、
「じゃあ、二手に別れるか。
アルテリーゼはあっちの方からお願い」
「わかったぞ、シン」
「!?」
それを聞いてエドさんは困惑した表情になる。
「い、いいのか?
それに素手って……
いや、身体強化だけで戦ってくれるんなら
言う事ナシだが」
「なるべく建物に被害を出したくないのは、
こちらも同じですから。
(下手に被害出したら、解決してもお肉が
買えなくなるかも知れないし)
エドさんはここから動かないでください。
危険を感じたらすぐ外へ」
こうして私とアルテリーゼで、施設内を探索
する事になった。
「……しかし広いですね」
5分ほど一人で歩き回り―――
つい独り言が口に出てしまう。
王都の設備だからか、地下とはいえあちこちで
照明の魔導具らしき明かりがついており……
棚や運搬用の道具と思われる影が時折目に入る。
「……ん?」
これは―――潮の香りだ。
そういえばこの世界に来てから認識した事は
無かったが……
自然環境がこれだけ地球と似ていれば、当然
海も存在しているのかも知れない。
しかし強烈な香りだな……
この地下に入ったばかりの時は、ほとんど
匂いはしなかったはずなのに。
この一角が海の魚コーナーだったりするのかな?
しかし王都で管理しているんだし、そんな
雑な事は……と思っていると、嗅覚以外の
感覚が、その気配を察知し始めた。
「おー……」
二本の腕の先にハサミを持ち―――
飛び出した目がこちらを向く。
平べったい胴体は、斜めに倒れるように構えて
いても、私の背丈の半分ほどの高さがある。
「確かに、町の川にもエビやカニがいましたし、
ここにいてもおかしくはないけど」
巨大なカニ―――
地球にもタカアシガニという種類がいるが、
長い脚を持つものの、それでも胴体部分は
50cmも無い。
目の前のカニは、私の知識の中ではワタリガニが
一番近いイメージだが……
その大きさは胴体だけでも1メートル以上あり、
私の常識からかけ離れていた。
しかしそれは、知能はそれほど高くないだろうが、
困惑しているように見える。
襲うでもなく、逃げるでもなく……
さりとて戦闘能力が高そうでもない、奇妙な
相手が現れた、とでも思っているのだろう。
少なくとも危険ではない、と―――
だが、こちらも食料を買って帰るという
目的がある。
特に敵対したわけではないが、諦めてもらおう。
「こんな大きな甲殻類など、
・・・・・
あり得ない」
「……!?」
私が小声でささやくように話すと、同時に
目の前の巨大ガニは、その平べったい甲羅を
地面と平行にした。
正確には、前のめりに潰れたのだろう。
カニは、地球なら食用として誰でも食べる機会が
あるだろうが、その甲羅は硬さに比べ、思った
よりも軽いはずである。
だがそれは、あくまでも地球サイズの話であれば、
である。
立方体、3Dとして大きくなった物質は、
縦×横×高さの体積分倍加し……
そして体のほとんどを外殻で覆われているカニは、
手足までもがその重量の影響を受ける。
もはやもがく事すら叶わず、死を待つ事しか
残されていなかった。
「アルテリーゼ!!
こっちにいたから来てくれ!」
苦しみを長引かせないよう、トドメを刺して
もらうため―――
私は別行動していた妻の名前を大声で
呼んだ。