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「今日のメニューは?」
川野は、はねた土のついた髪を揺らしながら訪ねてくる。
汗の粒が、長いまつ毛に付いていて、きらきらと光を反射している。
「今日は外周3本と、ラダー、跳び5本かな」
「りょうかい、ありがと。」
川野はすぐに踵を返し、準備運動を始めた。
私はその背中を少し眺めながら、準備する。
改めて、川野の目を見て気づいた。
すごい。
何て言うんだろう、全てを反射している。
この広い世界の、理不尽も、競争も、退屈も期待も、なにもかも受け止めた人の目。
私とは違う、現実を直視している人の目だ。
あんな可愛いポニーテールを揺らして、身長も高すぎない、細身の女の子には似合わないような。
そんな、努力家の目、毅然と生きている目だ。
恐ろしいほどにまっすぐと、この世界を見つめている。
それはあまりにも私と異なりすぎた。
見ていたいものだけにピント合わせ、見たくないものからは目をそらし、日常を麻痺させているだけの私とは。
ぜんぜん、違う。
背負っているものは、同じなはずなのに、見ている先が違った。
吸っている空気も、
蹴る地面も、
若さも同じなのに、
覚悟が違いすぎる。
なにかが、私の胸の中でおおきくふくらんだ。それが 内臓を圧迫して、うまく息が吸えない。
「外周いきまーす。」
私がそんな思いを馳せていると、川野が声を上げた。
川野はすでに準備運動を終えて、練習を始めるところだった。
私も、準備運動を済ませて緩んだ靴紐を結んだ。
硬く、結んだ。
午後17時。
すっかりと夕陽が私たちを照らしていた。
校舎はオレンジ色に染まり、窓ガラスがその鮮やかな光を照り返している。
その眩しさを薄目で見る。
他の部活も終了時間らしく、ワイシャツに着替えた男子達が、校門へ走っていく。
ワイシャツの裾を乱暴にズボンに押し込んで、ぐちゃぐちゃなネクタイを振り回している。
それを見た男教師が怒鳴るが、青春で耳栓された彼らには届かない。
夕陽、高校生、走る、汗、乱暴なまでの若さが、目の前で起こっている。
そして、河野に目を移す。
グランドの脇にある水道で顔を洗っていた。
流れっぱなしの水が、陽の光をチラチラ跳ね返して、川野がそれを掬う。
それを見て、なんとなく、なんとなく思う。
わざわざ生きてるなぁって。
あの人は、川野はきっとわざわざ生きてる。
それは、何かのために、生きてる。
勉強、将来、気持ち、本能、惰性、欲。
あらゆる要素が私たちを取り巻いている、この長くも短い人生の中、彼女だけがなにか、一つのものを必死に掴もうとしているように見えた。
私とは違う、曖昧な世界に生きてない。
いや、曖昧な世界だからこそ、彼女は明確な何かを見定めようとしている。
みんなが一つずつ諦めていく中、彼女だけが拾い集めている。
涙を落としながら、集めている。
だから、彼女はその何かを紡ごうと、
自分のかたちを見つけようと、
自分の鼻を明かそうと、
わざわざ生きてる。
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