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「ありがとう、嬉しい。」
廊下から聞こえた声に慌てて壁に身を隠す。一旦席を外すと言い、中々会議に戻ってこない涼ちゃんを探しに来た。まだお取り込み中だったことを伝えに帰ろうと廊下に背を向けると、恐らく女性の方から発せられたであろう台詞に足を止める。
「幸せにして欲しい。」
は…?思わず壁から様子を伺う。視界の先には、頬を赤く染めたボブの女性の後ろ姿が見えた。それに、涼ちゃんも優しい笑顔を向けている。
「うん、絶対幸せにする。」
あんなに優しい瞳初めて見た。胸の奥がチクリと痛む。
「今お仕事中だったよね。ごめん、また後で話そ!」
「分かった。連絡するよ。」
ひらひらと手を振り、女性の背を見送った涼ちゃんに声を掛ける。
「涼ちゃん…。」
油断していたのか、ビクリと肩を大きく跳ねさせ、驚いた表情でこちらに振り向く。
「びっくりした…、もしかして探しに来てた?ごめんね〜、すぐ行くよ。」
今の人誰、と喉の奥まで出かかった言葉を飲み込む。きっと、聞くのが怖かったんだと思う。言わなくていいことを言わない努力も必要だから。
「大丈夫、元貴も待ってるよ!」
こくりと頷き、歩き出した涼ちゃんの1つ後ろを着いていく。目の前にある背中がさっきの女の人と重なる。そもそも、こんな場所でプロポーズなんかするか…?いやでも、あんなに頬なんか染めて…。
「!?若井!?」
悶々と考えながら歩いていれば突然額に衝撃が走る。顔を覆う甘い香りのする服の正体に顔を上げる。
「あ、ごめん。ちょっと考えてた。」
どうやら扉の前で止まった涼ちゃんに突っ込んでしまったらしい。心配そうに顔を覗き込む様子にあることを気付いてしまった。いつもと香りが違う、と。
「考え事?確かに、この曲ギター難しいもんね〜。」
この時ばかりは、1人で話を突き進めていく涼ちゃんに感謝した。今は笑顔を上手く作れそうになかったから。
「お待たせ元貴〜!」
扉を開けて、明るい声を上げながら入っていく涼ちゃんの後に着いて入る。入室するや否や、居ない間に話し合われたであろう内容を聞かされた。
「めっちゃ衣装可愛い!元貴が考えたの!?」
やけにテンションが高い涼ちゃんにまた嫌な考えが頭を過ぎる。女の人は誰なのか、どんな関係なのか。聞きたいことは沢山ある。仮に聞いた時、得るものは失うものより多いのだろうか。流れ込む思考を淡々と処理していれば、肩を叩かれ意識を現実に戻す。
「若井?もう会議終わったよ。」
まさに悩みの元凶に声を掛けられ、周りを見渡す。スタッフは全員帰っており、部屋の中には涼ちゃんと自分の2人しか居なかった。
まさに神が与えてくれたチャンスだと、椅子から立ち上がり、口を開こうとすれば言葉を重ねられ遮られる。
「あ!ごめん電話。お疲れ様!気を付けて帰ってね。」
呆気なく去っていく背中を呆然と眺める。反射的に引き留めようと伸ばした手も宙を掴み、やり場を無くしてそっと身体の横へと戻っていく。すっかりと気力を失った身体を椅子へと腰掛ける。電話がかかってきた時、見えてしまった画面を思い出して髪を乱雑に乱して虚空へと呟く。
「女の人からじゃん…………。」