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「はあ……」
王城のベランダで、私はゆっくりとため息をついた。
とりあえず、エリトン侯爵家の計画は上手く進んでいる。それ自体は、安心することができることだ。
ただ、流石に私も疲れてしまった。ここ連日は、色々と策略を働いている。それによって、精神が摩耗しているようだ。
「あれ? あなたは確か……」
「……うん?」
そこで私は、後ろから聞こえてきた声に振り向いた。
すると一人の青年の顔が、目に入ってきた。
その青年のことは、当然知っている。彼はこの国の第三王子であるウォーラン殿下だ。
「ウォーラン殿下、お久し振りです」
「ええ、お久し振りですね、リルティア嬢……その、なんと言ったらいいのかわかりませんが」
「ああ……」
ウォーラン殿下は、私に対して少し遠慮しているようだった。
それは恐らく、私がアヴェルド殿下との婚約を破棄したことが、耳に入っているからだろう。
そういった相手に、なんと声をかけるべきか。彼は悩んでいるようだ。
「……アヴェルド殿下とのことなら、お気になさらないでください。これでも良き選択をしたのだと思っていますから」
「リルティア嬢はお優しい方ですね。兄上と愛する人が結ばれるように取り計らうなんて、中々できることではありません。弟として、あなたに感謝いたします。兄上のために、ありがとうございました」
「いいえ、別に全てが善意の行動という訳ではありませんから。こうすることによって、自分達が有利になるという打算もあるのです」
ウォーラン殿下は、私の裏の事情なんて知らない。故にまた私は、演技を始めなければならなかった。
先程まで休憩していたため、気を引き締めなければならない。彼に真意を見抜かれてしまったら、今までの計画が水の泡になる可能性だってある。
「……リルティア嬢には申し訳ない限りなのですが、実の所、僕はアヴェルド兄上にお付き合いしている女性がいると知っていたのです」
「え? そうだったのですか?」
「ええ、婚約を機に別れると聞いてはいましたが……」
ウォーラン殿下の言葉に、私は少し焦ることになった。
まさか彼は、イルドラ殿下と同じようにシャルメラ嬢のことを知っていたのだろうか。
ただ彼が知っていたのが、ネメルナ嬢という可能性もある。ここは慎重に、話を進めていかなければならない。
「ラウヴァット男爵家のメルーナ嬢とは、どのような方なのでしょうか? リルティア嬢は、ご存知なのですか?」
「……え?」
「あれ?」
ウォーラン殿下が出した名前に、私は思わず固まってしまっていた。それがまったく聞いたことがない名前だったからだ。
ただ状況的に、それが誰の名前かは予想できた。それはきっと、彼が知っているアヴェルド殿下と関係を持っていた女性なのだろう。
「リルティア嬢、どうかされましたか?」
「ああ、えっと……」
私の動揺は、ウォーラン殿下に伝わっているようだった。
彼はきっと、違和感を抱いているだろう。私の反応は、どう考えたっておかしいものだ。
なんとか誤魔化すべきだろうか。いや、それは得策ではない。どうぜアヴェルド殿下の婚約相手が、ネメルナ嬢であることを彼は程なくして知るだろう。それなら、私が取るべき反応は今のままで合っている。
「その、ウォーラン殿下は一体誰のことをおっしゃっているのですか?」
「……なんですって?」
「私が知っているのは、オーバル子爵家のネメルナ嬢という方です。ラウヴァット男爵家のメルーナ嬢とは、一体誰なのですか?」
私の言葉に、ウォーラン殿下は固まっていた。
流石の彼も、アヴェルド殿下が関係を持っている女性が、他にいるなんて思ってはいなかったのだろう。その表情からは、困惑が伺える。
「……まさか兄上は、二股――いいえ、この場合は三股になりますか。複数の女性と関係を持っていたというのですか?」
「そうですね……そういうことになるのかもしれません」
本当は四股であるということは隠しておいて、私はウォーラン殿下の言葉に頷いた。
考えてみれば、アヴェルド殿下にさらに関係を持っている女性がいても、おかしいことという訳でもないのかもしれない。
私との婚約がある状態で、他の女性と関係を持っていたのだ。彼のそういった事柄への線引きは、低いといえる。
一人浮気相手がいたら、十人いてもおかしくないのかもしれない。まともな倫理観を期待する方が、馬鹿げているといえるだろうか。
「な、なんということだ。リルティア嬢、これは問題です。兄上の愚かなる行いを、僕は糾弾しなければなりません」
「ウォーラン殿下、どうか落ち着いてください」
ウォーラン殿下は、焦ったような顔をしていた。
彼は王族の中でも、真面目な方だと聞いている。どうやら彼は、その評価通りの人であるらしい。その表情からは、それが伝わってくる。
ただ、私は彼を止めなければならない。今アヴェルド殿下を糾弾されると、エリトン侯爵家が少し困る。できればそれは、避けたい所だ。
「リルティア嬢、どうして止めるのですか?」
「これは大きな問題です。慎重に行動するべきことだということを理解してください」
「慎重に行動……確かに、そうですね。すみません、焦っていました」
私の言葉に、ウォーラン殿下の勢いは収まった。
彼は話がわかる人であるようだ。そのことに、私はとりあえず安心する。
ただ、どうにかしなければならないことであるのは確かだ。このままだと、エリトン侯爵家が余計な被害を受けかねない。
◇◇◇
「という訳で、イルドラ殿下に少し相談したいのです」
「……ウォーランに事実を知られたか。それは中々に厄介だな」
私の報告に、イルドラ殿下はゆっくりとため息をついた。
兄弟の仲はあまり良くないのだろうか。その表情からは、嫌そうな感じが伝わってくる。
「イルドラ殿下は、ウォーラン殿下と仲が悪いのですか?」
「いいや、そういう訳でもないさ。ウォーランは人当たりがいいからな。兄弟の仲でも、誰とでも馬が合う」
「ああ、誠実な方ですからね。アヴェルド殿下の浮気にも、憤っていました」
「まあ、そうだろうな……」
ウォーラン殿下は、噂通りの真っ直ぐな人であるらしい。
そういった人には、好感が持てる。ただ、王族としてそれが良いことなのかどうかは微妙な所ではあるかもしれない。貴族もそうだが、やはり暗躍というものが上に立つものには、ある程度必要であるだろう。
「ただ、あいつも一応話がわからないという訳でもない。リルティア嬢が素直に事情を話せば、無粋な真似はしないはずだ。いやそれ所か、味方してくれるかもしれないな。兄上に対して、今はかなり怒りを感じているはずだし……」
「協力していただけるというなら、願いたい所ではありますね。アヴェルド殿下が糾弾されるのは、もう少し後がいいですから」
「となると、善は急げだ。ウォーランに掛け合うとしよう」
「ええ、そうしていただけると助かります」
イルドラ殿下の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
彼が間に入ってくれるなら、こちらとしてもありがたい。やはり兄弟の方が、話も早いだろう。
「……それにしても、兄上は予想していた以上の悪漢だな。まさか、リルティア嬢も含めて四股もしているなんて、思ってもいなかったことだ」
「それはそうですね。まあ、もう何人いても驚きはありません。一人浮気していたら、二人浮気している。二人いたら、三人目もいる。そういうものなのかもしれません」
「……待てよ。もしかして、まだいるのか?」
「その可能性も、あるかと思いますが……」
「はあ、仕方ないな。それについても、調査するべきだな。兄上も隠しているだろうし、わかるかどうかは微妙な所だが……」
私の言葉に、イルドラ殿下は頭を抱えていた。
アヴェルド殿下の行いは、王家の大きな失態として取り上げられることになるだろう。
それはもちろん、彼にとっても大きな打撃になる。アヴェルド殿下の印象に、王族全てが引っ張られることになるからだ。
今回の件では、イルドラ殿下には随分とお世話になっている。
その恩を返すためにも、何かあったら協力するべきであるだろう。私は、お父様にそう進言することを決めたのだった。