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私は、イルドラ殿下とともに王城の書庫に来ていた。
イルドラ殿下が、ここにいるとある人物に用があるそうなのだ。
その人物が誰であるかは、すぐにわかった。書庫の中にいる一人の青年は、私もよく知る人物だったのだ。
「エルヴァン、少しいいか?」
「……」
「おい、無視するなって。これでも結構、大事な話をしに来たんだから」
「……この本を読み終わってからで構いませんか?」
イルドラ殿下の呼びかけに、エルヴァン殿下は少し不機嫌そうな顔を返した。
彼は、この国の第四王子である。詰まる所、イルドラ殿下の弟である訳だが、その仲は良いという訳ではないのだろうか。
「本なんていつも読んでいるだろう。今は俺の話を聞くことを優先してくれ」
「書庫にある本を全て読むためには、一秒たりとも無駄にしたくはありません。兄上の話が有意義であるとも限らない以上、そちらを優先する理由にはなりませんね」
「ひどい言われようだな……ただ今は由々しき事態だ。お前のわがままを聞いてる場合じゃあないんだよ」
「なっ……!」
イルドラ殿下は、強引にエルヴァン殿下から本を取り上げた。
それにエルヴァン殿下は、不愉快そうな顔をする。それ程に本を読みたかったのだろうか。
「大体、四六時中こんな所に籠って本を読むなんて、健康に悪いぞ。目も悪くなっている訳だし、もう少しお天道様の元に出た方がいいんじゃないか?」
「健康のことはもう諦めています」
「諦めるんじゃありません」
不貞腐れた表情をしながらも、エルヴァン殿下はイルドラ殿下の言葉に応えている。
なんとなくではあるが、二人の仲は険悪という訳ではなさそうだ。それらのやり取りは、兄弟間での戯れといった所だろうか。
ただ気になるのは、私の存在が完全に忘れ去られていることである。というかエルヴァン殿下は、私に気付いてすらいないのではないだろうか。
「まったく、イルドラ兄上は仕方のない人ですね……それで、話とはなんですか?」
「お前に聞きたいことがある。これは王家にまつわる重要なことだ。心して聞くんだぞ?」
「前置きが仰々しいですね。また何か問題ですか?」
「ああ、問題だな。嫌になるくらいの大きな問題だ」
「それを聞かなければならないという事実が、嫌なのですが……」
「お前も王族の一員だろう。ちゃんと聞いておけ」
エルヴァン殿下は、まったく気乗りしていないようだった。
彼には、王族としての役目を果たそうなどという気はないらしい。本の虫であるとは噂されていたが、思っていた以上に曲者であるようだ。
「さてと、まずはここにいるリルティア嬢のことを把握しておいてくれ」
「リルティア嬢……ああ」
イルドラ殿下の言葉に、エルヴァン殿下は驚いたような表情をした。
やはり彼は、私のことにまったく気付いていなかったらしい。結構近くにいたのに気付かないとは、余程本に意識が集中していたということだろうか。
何はともあれ、これでやっと私も挨拶ができる。エルヴァン殿下とも初対面という訳ではないが、ここは改めて自己紹介しておくとしよう。
「エルヴァン殿下、お久し振りです。私はエルトン侯爵家のリルティアです。覚えていらっしゃるでしょうか?」
「……ええ、もちろん覚えていますとも。アヴェルド兄上の婚約者を忘れたりはしませんよ。流石の僕でも」
私の言葉に対して、エルヴァン殿下は少し頬を赤らめていた。
それはなんというか、先程までの自分の態度を恥じているようだった。つまりあのやる気のない感じは、身内に見せるものだったということなのだろう。
私にとっては、それは安心できることだった。家族の前でだらしなくなるというだけなら、それ程問題ではないと思うからだ。
「今更格好つけてももう遅いと思うぞ?」
「まあ、それはそうですかね。まったく、イルドラ兄上も人が悪い。リルティア嬢がいるならいると言ってくだされば良かったのに」
「気付かないお前がおかしいんだと思うが……」
「……しかし、何故リルティア嬢が?」
エルヴァン殿下は、少し遅れて私がここにいることに疑問を持ったようだった。
王族の問題を話し合うという場に、私がいる。それは確かに、おかしな話だ。
ただ、エルヴァン殿下はすぐに元の平坦な表情に戻った。私がここにいる意味を、悟ったということだろうか。
「なるほど、アヴェルド兄上のことですか?」
「わかるものか?」
「我らが長兄は、なんだかんだと言って問題がある人ですからね。リルティア嬢をイルドラ兄上が連れて来たということは、アヴェルド兄上が何かを起こしたということではないでしょうか?」
「まあ、概ねその通りではあるが……」
エルヴァン殿下は、少し意地の悪い笑みを浮かべながら、鋭い意見を述べていた。
アヴェルド殿下に問題があると把握しているということは、彼も誰かしらの令嬢との関係を把握しているのかもしれない。
だとしたら問題は、さらなる令嬢との関係が発覚するということである。四股していたら五股もあり得ることだろう。まあ今更、驚きもしないが。
「お前も何か知っているのか?」
「多分、イルドラ兄上も知っていることだとは思います」
「念のため確認しておきたい。言ってみてくれないか?」
「アヴェルド兄上が、税金を誤魔化していることでしょう?」
「うん?」
「え?」
そこでイルドラ殿下とエルヴァン殿下は、顔を見合わせていた。お互いの認識が、ずれていることに驚いているのだろう。
もちろん、私だって驚いている。どうやらアヴェルド殿下には、女癖以外にも悪い所があるようだ。
「エルヴァン、お前は一体何を知っているんだ?」
「え? イルドラ兄上は、アヴェルド兄上が税金の管理に介入して、不自然なずれがあるという話をしに来たのではないのですか?」
「いや違う。俺がしに来たのは、兄上の女性関係に関する話だ。四股とか、そういうことだ」
「は? 四股?」
イルドラ殿下の言葉に、エルヴァン殿下は目を丸めていた。
今まで割と冷静さを保っていた彼も、認識のずれと四股という大きな事実には、かなり動揺しているようだ。
しかし気になるのは、彼が言っていることである。アヴェルド殿下の税金への介入、それはそれでかなり大事だ。
「四股なんて、そんな馬鹿みたいなことがあるのですか?」
「まあそれは後で話すとして、問題はお前が言っていることだ」
「いや、四股は気になるんですが……」
「女性関係ももちろん問題ではあるが、税金の話の方が国家的には問題だ。その話をしてくれ」
エルヴァン殿下の言葉を、イルドラ殿下は強引に断ち切った。
四股について把握していないエルヴァン殿下には悪いが、私もそちらの話が聞きたいので黙っておく。どうせ順番に話すことにはなるだろうし、彼には少し我慢してもらうとしよう。
「話と言っても、僕も詳しいことはそこまでわかりませんよ。つい最近知ったことですから、あまり調査も進んでいません。ただ税金関係の書類の整合性が、いまいち取れていないのです」
「そうなのか?」
「ええ、気になったのでそういった書類には全て目を通しましたが、ずれがあるように思います。そこで最近アヴェルド兄上が職員達の元によく赴いているのを思い出しましてね……」
「なるほど、それで関与を疑っている訳か」
本の虫であるエルヴァン殿下も、王族として何もしていないという訳ではないようだ。
彼は彼で、王国のことを思って行動しているということだろう。曲者ではあることは間違いないが、案外真面目な王子なのかもしれない。
「大まかで構わないのだが、大体どの辺りの税金が誤魔化されているんだ?」
「三家の貴族に関わる税金です。オーバル子爵家、モルダン男爵家、ラウヴァット男爵家、この辺りが怪しいですね。アヴェルド兄上と何か繋がりがあるのではないでしょうか?」
「……何?」
エルヴァン殿下の言葉に、私はイルドラ殿下と顔を見合わせた。
彼が述べた三家には、聞き覚えがある。それらは、アヴェルド殿下が関係を持っている令嬢の家だ。
どうやらこの問題にも、彼の女癖の悪さが関わっているようである。いやもしかしたら、問題はさらに根深いものなのかもしれない。