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さぁ、愛すべき当て馬(失礼)ふまくん。
りょちゃん視点。
事の始まりは、メイク室での会話だった。元貴と若井のメイクは既に終わっており、先に衣装部屋に移動している。最後に残った僕に下地を塗るメイクさんが、僕の肌を見て安心したように息を吐いた。
「最近お肌の調子いいですね」
「え、ほんと?」
「はい。少し前はどうしてやろうかと思ってましたけど」
「あはは……すみません」
すんっと真顔になったメイクさんがあのときのことを言っているんだろうとすぐに察しがついて、苦笑しながら謝る。
ろくに寝ても食べても居なかったからすぐにメイクさんにはバレて、天使の肌になんてことを! と叫ばれ、ヘアメイクさんにも女神の美髪に枝毛が! と絶望された。長年担当してくれている二人のあんな顔は初めて見たかもしれない。心配で泣きそうになっている表情は、怒られるよりもキツかった。それに一度ケアを怠ると戻すのに時間がかかるから本当に申し訳ない。
僕の謝罪に小さく笑ったメイクさんは、そういえば、と話し始めた。
「さっき大森さんたちメイクしてて思ったんですけど」
「うん」
「最近色気が増したと思いません?」
「色気?」
鸚鵡返しに訊き返した僕に、メイクさんはこくこくと頷く。
「もともと色気のある人たちですけど、特に大森さんは結婚されてから色気増したと思うんですよね。目の流し方とか所作がこう……若井さんもなんか笑い方が大人びたというか」
力説されて二人の姿を思い浮かべる。
一緒に住むようになってから毎日、元貴のいろんな姿を見るけれど、家の中でだらける様子しか浮かばない。若井も家だとだいぶリラックスモードになり、ソファでクッションに顔を埋めて寝言を言っている姿は色っぽいというより可愛らしい。
楽曲制作したりギターを鳴らしているときはカッコいいけど、色っぽい感じはあまりしない。見慣れすぎちゃったのかな。
「やっぱり私生活に潤いがあると色気も増すんですかね」
にこにこしながら話を続けるメイクさん。潤っているように見えるならそれは嬉しいけれど、色っぽい……? 色っぽいってなに……? えろいってこと?
あ、若井はわかんないけど確かに夜の、その、ベッドの中の元貴は色っぽいかも。余裕のない表情で名前を呼ばれると、こう、心臓がギュッとなる。体幹お化けで筋肉質だから、抱き寄せられるとドキドキするし、低く掠れた声で名前を呼ばれると……うぅ。
昨晩の元貴を思い出してそっと赤面すると、アイメイクをしてくれていたメイクさんにはバレバレで、お熱いですね~と揶揄われた。首元のキスマークにファンデーションを塗ってもらったから元から知られているんだけども、照れくさいものは照れくさい。
「……それで言うなら、僕も色気が増したってこと?」
「藤澤さんは可愛らしさが増したかな」
「色気じゃないの?」
なんで元貴たちは色気が増したのに僕は色気じゃなくて可愛らしさなんだろうか。可愛いって言ってもらえるのは純粋に嬉しいけれど、なんとなく腑に落ちない。
むぅと考え込むと、ほらやっぱりかわいい、とメイクさんが笑う。なんでだ。でも確かに元貴も僕を見て可愛いとよく口にするけど、えろいってあまり言わない気がする。
「ねぇ、どうやったら色気って出るの?」
「えーどうなんでしょう? 色気のある人の所作を真似るとか?」
じゃぁ元貴と若井の真似をすればいいってこと? でもあれは二人だから似合うのであって、僕がやっても違和感がある気がする。しかもどれのことか分からない。
「色気があるなって思う人に訊くのが一番早いんじゃないですか?」
参入してきたヘアメイクさんに、色気がある人で思いつく人いないんですか、と訊かれ、頭の中で何人かを思い浮かべる。曲がりなりにも芸能界に棲息しているから、たくさん芸能人の方は存じているけれど、色気の出し方を訊けるほどの仲の人はいない。
「あ」
いた、ひとり。
元貴は怒るかもしれないけど、位置情報で居場所はどうせ分かるし今度ご飯に誘ってみよう。お店より家の方が安心して会話できるかも。それなら場所は家だし、元貴が帰ってきたら三人でご飯食べればいいし。若井も呼んで四人でもいいし。
善は急げだ、早速連絡を取ってみよう。
「それで俺? 光栄だけどあとが怖い」
風磨くんはそう言って、部屋の中でキョロキョロと首を動かした。元貴くんいないんだよね? と確認する姿に、元貴がいた方が良かった? と訊く。
「いや、俺的にはいなくていいけど、あとが怖いなって」
真顔で二度目のあとが怖いと言った風磨くんに、なんで? と首を傾げる。仲良しじゃん、ふたり。
一応元貴には風磨くんを呼ぶね、と連絡は入れておいた。仕事中でまだ見ていないのか返事は来てない。若井にも同様に連絡したけれど、こっちもこっちで仕事だから返事は来ていなかった。
きょとんとする俺に苦笑した風磨くんは、
「……んー……あとで苦労するのは藤澤さんかもね」
と頭を掻いた。ますます訳が分からない。
「俺? どうして? っていうか藤澤さんってやめない?」
「あー……じゃぁ涼ちゃん?」
「それだと山田さんと混ざらない?」
「たしかに。……じゃぁ、涼架さんで」
「くんじゃないんだ」
「阿部ちゃんが涼架くん呼びだったから」
亮平くんの名前を聞いて、そういえば、と思い出し、座り直してしずしずと頭を下げる。
「先日は多大なるご迷惑をおかけしまして……」
「ああ、ぜんぜん。むしろゴチになりましたよ、もっきーに」
「今日は好きなだけ飲んでください。とりあえずビールでいい?」
ありがと、とやさしく微笑む風磨くんはほんとうに気にした様子がなく、あんな失態を晒したのに器が大きいなぁと感心する。元貴は風磨くんをやけに警戒するけど、頭もいいしイケメンだし、僕なんかに興味ないと思うんだよね。
亮平くんを警戒している様子はないから、仲良しが故の気やすさの裏返しなのかもしれない。もちろん亮平くんにも丁重な謝罪文をメッセージで送った。気にしないで、とやさしさを返されて、いい人たちしかいないと感動したものだ。
若井には美味しいチョコレートを買って渡した。心配したと言われて、ごめんねと謝って抱き締めたのは言うまでもない。デコピン一発で笑って許してくれた。
リビングのローテーブルにビールとグラス、それから簡単に食べられそうなお菓子を並べていく。ソファを背もたれにして床にクッションを敷いて隣り合って座り、では、とビールのプルタブをあげた。机が低いからこっちの方が飲みやすいんだよね。
「じゃ、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
乾杯、とグラスを打ちつけビールを流し込む。
若井はお酒に強くないからあまり飲まないし、元貴は忙しすぎて飲む暇がないから、こうやって自宅で誰かと飲めるのはとても新鮮で嬉しかった。
「んん……おいしーぃ」
喉を過ぎる独特の苦味が美味しいと思う日が来ようとは……これが大人になるということか……。
「……まぁ確かにふじ……涼架さんは可愛い系だよね」
なんかくすぐったいな、涼架さんって。あまり呼ばれないからかな。歳下のイケメンから呼ばれるってちょっと贅沢だ。
僕をじっと見つめて感想をこぼす風磨くんに苦笑する。
「どうせなら色気が欲しいんだけどね」
「なんで? 可愛くて綺麗なんだからじゅうぶんでしょ」
褒められて悪い気はしないんだけど、色気のある人から言われてもね。
ちびちびとお酒を飲みながらむぅと眉間にしわを寄せると、ほら可愛い、と笑われる。もう、からかってるでしょ。
「……検索してみたの、色気のある仕種ってやつ」
「ほう」
「髪をかきあげるとか、首元のボタン外すとか、腕まくりするとか」
「あぁ、よく聞くね」
女性が選ぶ男性のセクシーな仕種らしい。
「ちょっとやってみてくれない?」
「は?」
僕の無茶振りに風磨くんは固まる。そういう表情は年相応というか、なんか仔犬みたいで可愛らしい。
「あ、俺からやろうか?」
グラスを置いてシャツの袖口のボタンを外す。ぐっと腕まくりをして、どう? と首を傾げる。
風磨くんは少し考えたあと、
「……暑いのかなって思う」
と、素直な感想を口にした。
「でしょ?」
僕もそう思う。キーボードを弾くときもよく袖をまくるけど、それで色っぽいとか言われたことないし、これは違う。衣装でも私服でもネクタイを締めることがあまりないから突然つけたら違和感だろうし、あとできるとしたら髪をかきあげるくらいだろうか。
でも、髪を不必要にかきあげてたら、邪魔なら切る方向で考える? とか言われそう。
「色気を感じるっていうか、ギャップなんだと思うけどね」
「ギャップ?」
「そうそう。普段ふざけてる奴が真面目な顔してるとか、冷たい奴が笑顔になるとか」
「あぁ、ヤンキーが仔猫を拾うみたいな?」
「ははっ、そうそう」
言っていることは分からなくはないけど、元貴と若井はそんなことしなくても「色気が増した」と言われていた。ということは、行動じゃないんだと思う。
「……わかんない」
二本目のビールをあけてグラスに注いで飲み干し、ペしょ、と机に顔を乗せた。ちょっと一息にお酒を入れすぎたかな。
同じようにビールを注いだ風磨くんが、そんな僕に笑い掛ける。
「……表情の作り方かもね」
「表情?」
「うん」
僕が訊き返すと、ふっと真面目な顔をしてグラスを机に上に置いて頬杖をついて目を細めた。
おぉ……、確かになんかカッコいいかも。いや、でも元々イケメンさんだからなぁ。
「……涼架さんは、元貴くんのどこが好きなの?」
「ぅえっ?」
「なにその声。かーわい」
おわ……なにその声はこっちの台詞だよ。いつもの飄々とした感じじゃなくてちょっと低くて掠れ気味だし、細められた目に籠る熱とゆるやかに上げられた口角が色っぽくて……これか!
「そういうこと!?」
「へっ?」
ばっと身体を起こして風磨くんに詰め寄る。びっくりしたのか目をまんまるにする風磨くんからはさっき感じた色気がなくなっていた。
「すごいね風磨くん、すごいわかりやすい!」
「……それはどうも」
なぜか風磨くんは、美味しくないものを食べたみたいな顔をして、ぐいと髪をかきあげた。おぉ……今度はカッコいい。
ほぉ、と感心したように呟くと、なにその反応、とくすくす笑う。あ、これも色っぽい感じがする。
「で?」
「なぁに?」
「元貴くんのどこが好きなの?」
あ、お話続いてたんだ。
「どこ、かぁ。難しいよね、そういうのって。ここ、っていうの、よく分かんない」
「そういうもんなの? 結婚するくらいなのに」
まぁたしかに。一緒に居て楽とか、価値観が合うとか、趣味が合うとか、そういうのが決め手になるんだろうけれど、元貴とは別にそういう話をしたことはない。
相性が悪いとは思わない。むしろいい方だと思う。
「うーん……どこが好き、っていうか、元貴じゃないとダメなんだよね」
そろそろ違うお酒にしようかと席を立つ。ワインを取り出してワイングラスを持って戻って、風磨くんの分を注いで自分の分も注ぐ。再び軽くグラスを打ち付ける。風磨くんは黙って僕の続きを待ってくれていた。
「……一緒に居たいのも、音楽をしたいのも、元貴の隣に立つのも、一緒に歩いていくのも。ぜんぶ元貴じゃないと嫌なの」
「うわぁ熱烈」
「ふふ」
ワイングラスを持って微笑むと、それ、とが言った。
「今の顔、すげぇ色っぽいよ」
「え、ほんと?」
「あ、消えた」
「うそぉ……」
微笑んだ風磨くんが先ほどと同じように頬杖をついて僕を見た。目元が赤いから、風磨くんもちょっと酔ってるのかな。
「涼架さんは元貴くんの全部が好きなんだ?」
「うーん……ムカつくことがない訳じゃないけど、まぁぜんぶ好きかなぁ」
元貴が笑っていてくれたら嬉しいし、楽しそうにしてくれてたらしあわせだし、僕の人生丸ごと貰い受けるって言ってくれたときはカッコよかったし。僕の両親に挨拶に行きたいって言ってくれたときはちょっと惚れ直したよね。わざわざ挨拶なんかしなくても大丈夫なのに。
「そういう人に出会えるって奇跡だよね」
しみじみと風磨くんが言った。
なんか急に恥ずかしくなってきた。お酒が入っているとはいえ、こんなにも内面を吐き出したことはない。
ちょっと暑くなってきて首元のボタンをひとつはずし、手首につけてあったゴムで髪を括った。
「……あー……涼架さんは意識してやらない方がいいと思う」
「なんのはなし?」
「これ、つけたの元貴くんでしょ」
くつろげた首元をつつかれて、思わず手で押さえた。隠してもらったはずなのに、もう取れちゃったのか。
メイクさんたちに揶揄われてもこんなに恥ずかしくなかったのに。
「もう、見ないで」
じわじわと熱くなる顔を左手で隠して、右手をパタパタと振り、風磨くんがじっと見てくるのを感じ、もうっと顔ごと背ける。すると、はぁぁと深い溜息が聞こえてきて、怒らせちゃったかなと焦って振り返る。
熱を帯びた眼をした風磨くんの手が、ゆっくりと僕に伸びる。
「俺が対象外だからってのは分かってるんだけどさぁ……」
「ふ、まくん?」
「あんまり無防備に煽んないでよ」
風磨くんの指が僕の頬に触れたとき、玄関を荒々しく開ける音が聞こえた。
続。
もちろんうちの魔王が黙っているわけがないのです。
コメント
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当て馬笑 藤澤さんは無意識で色気ぷんぷんしてますからね...気をつけないとまたどこぞかの魔王さんにに怒られちゃいますよ...😶そして菊池さん終わりましたね笑 続きが気になりすぎてます!!
当て馬😂 このシリーズ面白すぎて何回も読んじゃいます💕続き楽しみです😊
愛すべき当て馬、最高過ぎる別名です🤭💜 そして、やっぱり、良い所で帰ってきましたね! 続きも楽しみにしてます🫶