テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
アンケートのご協力、ありがとうございました!
それと前作の評価が初めて1,000を超えた……むっちゃうれしいです。
圧勝の魔王視点です。
撮影を終えて控え室に戻り、涼ちゃんに今から帰るよとLINEを送ろうとしてスマホを見ると、愛しの涼ちゃんから新着メッセージが届いていた。
ウキウキしながらアプリを起動して、目に入った文字列のせいでそのウキウキは即座に消え失せた。
「……は?」
書かれている文字の意味が分からず、思わず口をついて出た低い声に近くにいたマネージャーが驚いてこちらを振り返った。スマホを凝視して固まる俺に、何かありました? と言いたげな視線を向けてくる。
なんでもないと手を振ると、怖い顔のままの俺を気にしつつも事後処理に出ていった。一人になった控え室でじっとスマホの画面を見つめる。
家に呼ぶね、ということは既に呼んでいるということだ。呼んでもいい? という伺いなら拒否もできたが、そもそも送られてきた時間は一時間以上前だ、もうそれもできそうにない。
流れるように位置情報アプリを起動し、涼ちゃんのスマホが家にあることを確認する。ついでとばかりに鍵と鞄につけてもらったタグで位置を確認するが、やはり自宅を指し示していた。
あぁ、どうしてくれようか。
風磨くんは頭のいい人だ。俺が何に警戒しているかよく理解しているだろう。恋愛感情ではなく、だからと言って好奇心や興味本位とも違うそれの正体を、本人もまだ解明できてはいないようだけど、藤澤涼架という存在に惹かれている自覚はあるだろう。
自覚をさせたのはもしかしたら俺かもしれないが、だからこそその感情の答えが出てしまう前に、抵抗は全て無駄だと教えてあげているのにめげないし。涼ちゃんだって俺が警戒しているのに気付いているのに、どうせ自分に興味なんかないだろうって気楽に捉えている。
自分に興味なんてないと思っているから、今回のこれはおそらく涼ちゃんから誘っている。風磨くんじゃなくたって、惹かれている人間からのお誘いを断る奴はいないだろう。
俺と涼ちゃん、それから若井が住むあの家に、涼ちゃんは今、違う男と二人でいるのだろうか。
なんのために? どんな理由があって、俺以外の男と二人でいるというの? よりにもよってあなたを求めてやまない男と二人きりだって?
「はは……あーぁ」
スマホを見れたって、GPSをつけたって、なんの意味もない。こんなことならあのとき、躊躇うことなく隠しカメラとICレコーダーを付けておくべきだった。あのときこうしていたら、という後悔が涼ちゃんのことになると多くなる。あのとき話を聞いていれば、引き留めていれば、と。それだけ俺は涼ちゃんのことしか考えていないのに、なんで涼ちゃんはさぁ……あぁ、もう、本当に。
意味のない後悔をする時間は無駄だ。とにかく今はさっさと帰ろう。
荷物を持ってスタジオを出て、事後処理を終えてこっちに戻ってきたマネージャーに、すぐ帰りたいんだけど、と伝える。先ほどの俺の様子でなにかあったと察したらしく、すぐに別のマネージャーに車の鍵を渡してくれた。完璧な連携に感謝しながら、もしも明日のスケジュールに変更があったらLINEするようにお願いをし、駐車場に向かった。
車内で隠しカメラと超小型のICレコーダーを大手通販サイトで発注する。即日発送って助かるよね。今後これが役に立つことがあるか分からないけど、とりあえず今日はどうしようか。
風磨くんは涼ちゃんのことが好きだ。涼ちゃんに対して欲情しないかと言われたら、きっとそんなことはない。ハグやキスなんて喜んでするだろうし、セックスだってできないとは言わないだろう。そこには恋愛感情はないと俺は思っているが、演者としてさまざまな役に興じる彼には、まるで本気で恋しているかのように涼ちゃんに触れることなど朝飯前に違いない。
風磨くんは恋だの愛だのとやわらかでうつくしくて醜悪な感情ではなく、ただ単純に“涼ちゃんのやさしさとぬくもり”を欲している。人が睡眠を欲するように、ごく当たり前に涼ちゃんからあふれでるやさしさに手を伸ばしている。
他を当たってくれと言いたいのに、彼が欲しているのはそのへんの人から与えられるやさしさやぬくもりではなくて“涼ちゃんからのやさしさ”だから無理なのだ。
恋や愛の方がまだ可愛い。だって分かりやすいから。愛でも恋でもないのに存在を欲しているなんて、そんなの全然笑えない。
だって、俺と一緒なんだから。
本能が欲している、そう言っているのと同じじゃないか。俺が涼ちゃんを欲したのと同じ理由じゃないか。
「……厄介だな……」
涼ちゃんだって成人男性だ。いつもは甘んじて俺を受け入れてくれているだけで、抵抗されれば容易に抱くことはできやしない。だから風磨くんに無理矢理手を出されるということは考えにくい。お酒が入っていたとしてもおそらくは問題ない。風磨くんが無理に手を出すとも考えにくい。いくら涼ちゃんに惹かれているとはいえ、乱暴はしないと思いたい。
とはいえ、散々煽ったのは俺だ。風磨くんの前でキスをしてハグをしてベッタリと引っ付き、ことあるごとに涼ちゃんは俺のものだと誇示してきた。それで諦めてくれるかと思いきや、彼は無駄な抵抗を繰り返し続けている。その様子にいつしか苛立ちよりも恐怖を覚えた。
ついこの間の膝枕だってそうだ。俺を迎えに来るよう仕向けておきながらのあれだ。写真だってそう、触れているところを見せなくてもいいのにわざわざ手が入るように。俺が煽った分を仕返しするかのような素振りは、もはや狂気の域だ。
諦め悪すぎだろ、とは思うものの、本能が欲しているのなら、諦める諦めないの問題ではないのだろう。
涼ちゃんの行動を把握するだけじゃもう不十分だ。位置が分かろうとカメラで録画しようと音を拾おうと、そこに俺がいないのならなんの意味もない。どうしたらいいのだろう。
車が停車し、マンションに着いたことを知る。考えはまとまらなかったけれど、癖のようにありがとうございますとお礼を述べ、自然と駆け足でエレベータまで行く。玄関のドアを荒々しく開けて、靴は脱ぎ捨てた。
「……は?」
リビングのドアを開けて目に入った光景に、LINEの文面を見たときよろしく固まる。予想だにしない光景だった。
「若井、落ち着いてってば!」
涼ちゃんが風磨くんを庇うように若井の前に座って、若井を止めている。目が据わっているのに口角を上げた若井は、涼ちゃんの肩を持ってどいて? 冷たく告げた。
え、どういうこと?
「言いましたよね、俺。次はないって」
本気で怒っているときの低い声に、涼ちゃんがびくりと肩を震わせる。なんのことか分からないけど若井が怒っていることだけは分かるのだろう。怯えた目で若井を見上げている。
何があったのか定かではないが、若井がキレるようなことがあったことは確かだ。そしてそれに俺は心当たりがある。
このまま眺めていてもいいけど、涼ちゃんが泣きそうだから、流石に止めないとまずいかな。後で冷静になった若井がつらい思いをするのも嫌だし。
風磨くんが頬を押さえているところを見るともしかしなくても若井が殴ったっぽいしね。
「若井ストップ」
自分よりも激しく怒りを見せる人間を見ると冷静になるらしく、自分でも驚くほど静かな声が出た。
若井の視線と涼ちゃんの視線がこちらに向き、風磨くんは気まずそうに俺から視線を逸らした。
「顔はやばいでしょ」
仮にも相手はアイドルだ。明日も仕事があるだろうし、暴力沙汰は避けたい。もう手遅れっぽいけど。
「ちょっと頭冷やせ」
歩み寄って若井の肩を掴むと、ぎり、と歯を食いしばって立ち上がる。俺を射抜く目も鋭く、だけど同時に苦しそうだった。
自室に行った若井を見送ると、大丈夫!? と涼ちゃんが風磨くんを振り返った。
「氷とってくるからっ」
慌てて立ち上がる涼ちゃんが冷蔵庫に走り、袋に氷を入れる音が聞こえる。
俺はソファに腰掛け、床に座る風磨くんを見下ろした。
「なにがあったの」
もろに食らったわけではないのか、はたまた寸前で避けたのか、そこまで頬に損傷は見当たらない。このくらいなら明日には響かないかな。
風磨くんは俺を見上げ、少し痛そうに片頬を歪めた。
「おたくのギタリスト、意外と手が早いんだね」
そんなことないはずなんだけどね。そうするだけの何かがない限りは。
目を細めて見下ろし、答えてよ、と畳み掛ける。
「こおり! 冷やして!」
答えを聞く前にばたばたと涼ちゃんが戻ってきてしまって、風磨くんの頬に氷を入れた袋を当てた。いてっと風磨くんが声を上げると、涼ちゃんが泣きそうに顔を歪めた。
「ごめん、ごめんね」
「はは、涼架さんのせいじゃないっしょ」
涼架さん……? 何その呼び方。随分と仲良くなったみたいじゃん。ちょっと、どさくさに紛れて涼ちゃんの手に自分の手を重ねないでくれる? ほんと油断も隙もないな。
「痛いよね? 病院行く?」
「いいって。もろに当たった訳じゃないし、このくらいなら平気」
「でも……っ」
見せて、と涼ちゃんが風磨くんに顔を近づける。風磨くんが俺に一瞬視線を向けて、肩を竦めた。
あー、なるほど。そうだね、風磨くんも悪いけど、大体にして涼ちゃんが悪いかな。無自覚で無意識って、本当タチが悪いよ。
ねぇ、今の自分の姿わかってる? なんでか知らないけど首元のボタン外してるから、俺が昨日つけたキスマーク晒してるよ? 髪を括ってるから綺麗なうなじまで見えてるよ? ねぇ、無防備がすぎるんじゃないの。そんなん、風磨くんだって当てられちゃうよ。
「涼ちゃん」
「なっ、いった!」
涼ちゃんの襟を引っ張りうなじに噛みついた。文字通りにしっかりと歯を立てて歯形がくっきりと残るくらいに噛み締める。
綺麗についた痕を舌でなぞり手を離すと、首を押さえて涙目の涼ちゃんが俺を振り返った。うん、かわいい。
「なにすんのっ」
「若井のところ行ってあげてくれる? 俺は風磨くんとお話があるから」
文句には答えず、ただにっこりと笑う。息を呑んだ涼ちゃんを、ね? と促す。風磨くんのことも気になるけれど若井の方も気になると見えて、風磨くんと若井の部屋のドアに視線を行き来させる。頭の中で天秤にかけているのだろう。最初からわかりきっている天秤に。
これもまた酷な話だよね。比べる位置にいないって涼ちゃんから思い知らされるんだから。
「……ごめんね風磨くん、何かあったらすぐ呼んでね」
念を押すようにそう言って、涼ちゃんは若井の部屋に入って行った。
改めて風磨くんに視線を送ると、風磨くんも俺を真っ直ぐに見返した。さっきは目を逸らしたくせに、すぐ持ち直すところは流石としか言いようがない。
「それで?」
「誓って言うけど、本当に何もしていない」
真剣な目は嘘を言っているようには見えない。見えないけれど、それなら若井があんな行動に出た説明がつかない。
「ふぅん? ……じゃぁ、何かしようとした?」
風磨くんの目が揺れる。風磨くんは深い溜息を吐き、頬を押さえていない方の手で頭を掻いた。
「何かしようとした訳じゃない、って言いたいんだけど……、涼架さんの照れる顔が可愛くて手を伸ばしました」
素直に白状するところは好感が持てるけれど、取り敢えず涼架さん呼びやめて欲しいなぁ……。
「色々言いたいことはあるんだけど、照れたってどういうこと?」
「……きみの好きなところを聞いてたんだよ、元貴くん」
「は?」
呆れたような、悔しそうな表情で風磨くんが言う。
「元貴くんのどこが好きなのかって訊いたの。そしたらさぁ、恥ずかしくなったんだろうね、照れて赤くなった顔がさ……」
色っぽくてグッときちゃった、と。
「……で、そこでたまたま若井が帰ってきた?」
「そう。流石にいきなり殴られるとは思ってなかったわ」
うーん、それはちょっとごめん。
「けっこう頑張って口説いてみたんだけどね。なぁんも響かなかった」
あは、やっぱもう一発いっとこうか。
ふぅ、と溜息を吐き出す。風磨くんが疎ましい訳じゃない。厄介だとは思うけど嫌いでもない。排除したくない。だからそろそろはっきりさせようか。
「風磨くんさぁ……涼ちゃんとどうなりたいの?」
真剣な表情で静かに問い掛けると、スッと風磨くんも真顔になった。
「……正直、自分でもよく分かんないんだよね。人として好きだと思うけど、付き合いたい訳じゃない。元貴くんたちはお似合いだと思うし、俺の入る余地はないと分かってる……んだけどね」
やっぱり本能的に求めてしまっているのか。努力家で負けず嫌いな節のある彼にとって、涼ちゃんはまるでオアシスみたいな存在なんだ。俺にとって涼ちゃんがそうであるように。自分が自分でいられる場所、俺を俺でいさせてくれる存在。
「でも、若井くんを傷付けるつもりも、二人を邪魔するつもりもなかった。ごめん」
しっかりと頭を下げる風磨くんに、どうしたものかと息を吐く。若井を傷つけたと分かっているところも流石だと思う。
大部分は涼ちゃんが悪い。無意識で無自覚で無防備な、自分の魅力に無頓着が故に生じた案件だ。
「……若井が殴ったのはごめん」
「いいよ、俺が悪いし。大事にするつもりは全くないから安心して」
「うん、ありがとう」
当然だよねと思わなくはないが、暴力は何事においても悪だ。だからそれは素直に感謝しなければならない。
風磨くんは力なく笑って、氷を頬から離して大丈夫かな、と呟いた。
「帰るわ。後始末頼んじゃうけどよかった?」
「もちろん。俺たちの問題だからね」
俺の返事を聞いて立ち上がり、荷物を持って玄関に向かう風磨くんに着いていく。靴を履いてドアノブに手をかけた背中に、風磨くん、と呼び掛ける。首を捻って振り返った彼に、
「俺たち友達だよね?」
と確認を取る。
驚いたように数度瞬き、嬉しそうに、少しだけ悔しそうに笑った。
「だからそれ、こわいって」
振り返ることなく出ていく背中は、なんだか寂しそうだった。
ごめんね風磨くん。友達でいてよこれからも。これ以上線を踏み越えてこなければ、このままでいられるから。
さてと。
俺の愛しのパートナーと大切な親友の様子を見に行こうか。
続。
最初は魔王に殴らせようかと思ったんですけど、最近の若様のりょさんへの愛を見ていたらこうなりました。あとやはりうちの魔王はなんかやばい。
皆様の中でなんか違ったら申し訳ない。
コメント
14件
1000超えおめでとうございます🎉 ほんと❤️氏の愛が重すぎて大好きです🥰 無自覚なのは罪ですよね!!🫠💛 こんなに素敵なの読ませて頂けて幸せです✨ ありがとうございます😭
風磨君イケメン過ぎる!涼ちゃんはそろそろ自覚してもらわないと血を見ることになりそうですね(笑)
いいね1000超おめでとうございます!!凄すぎる...!! どんどんフォロワーさんも増えていってて本当に凄いです...✨ 若井さん、藤澤さんを大切にしてるのがすごく分かりました😆 次回、藤澤さんどうなるんだろう...🤣