朝から担当店を順番にまわり、最後に京香が働いていた店にきた。
いつも通りに店長からの売り上げ報告と、伝票を確認していく。
「こんにちは、お疲れ様です」
烏龍茶を入れたグラスを伝票が並んだテーブルに置いたのは、もう一人のアルバイトの女性だった。
「ありがとう、えっと……」
「小寺です」
「小寺さんね、そうだった。ごめんね、名前をきちんとおぼえていなくて」
「いえ、そんなことは」
「そうだ、店長、呼んでくれる?」
売り上げより何より、京香の連絡先を知りたかったことを思い出した。
「はい、なんでしょう?」
「最近…ここで働いた人の履歴書を、見せてくれないか?」
「これですが」
ファイルに綴じられた履歴書をめくっていく俺のことを、怪訝そうに見ている。
_____不自然にならないようにしないとな
わざと京香とは関係ない履歴書から見て、連絡先を写真に撮っていく。
「あの、なにか?」
「いや、また忙しくなったら働いてほしいからさ、控えておこうと思って」
わざとらしく理由をつけて、数人の連絡先を写真に収めた。
個人情報だから、それなりの言い訳をつけてみる。
「ありがとう、今日はこれで」
目的の京香の連絡先もわかったので、
帰ろうと席を立ったら、小寺と名乗った女性が、また近づいてきた。
パッと見、杏奈と似ていてドキッとしてしまう。
確か年齢も近かったはずだ。
「あの、エリアマネージャー」
「岡崎でいいよ、何かな?」
「岡崎さん、さしでがましいようですが、おうちで何かありました?」
小寺の予想外の質問に、面食らう。
「ん?なんで?」
「いつもの岡崎さんらしくないので。これまではいつも、ピシッとクリーニングされたスーツと磨かれた靴だったのに、今日はくたびれて見えます。奥様と喧嘩したとか?なんて」
「いや、そんなことは……」
見透かされたようで慌てた俺を見て、クスッと笑う。
「イクメンも愛妻家も、見た目がきちんとしてないと嘘っぽいですよ。早く仲直りしたほうがいいですよ」
「……」
憐んでいるのか、嘲笑しているかのような小寺の視線にいたたまれなくなって、席を立つ。
「じゃ、今日はこれで」
_____そういえば、バツイチのシングルマザーだったっけ?
経験者の勘というやつだろうか。
挨拶もそこそこに、その店を後にした。
_____京香への連絡はあとにしよう
京香の本心を確かめたところで、何かが変わるわけではないけれど。
本社へ戻り、京香の番号を確かめてメッセージを送る。
〈ちょっと話したいことがあるので、時間がある時に連絡ください〉
何を送ろうかと考えたけど、まどろっこしいことはヤメた。
_____俺が確認したいのは、京香の行動の意味だ
わざとあんな写真を撮ってそれを杏奈に送りつけていた……俺のことを杏奈から奪い取りたいほど好きだからなのか?それとも他に何か意味があるのか。
《いいよ、夕方からなら空いてるから。どこに行けばいい?》
あれから京香のことをブロックして何の連絡もしていなかったのに、いつもと変わらない返事で気が抜ける。
_____何も感じていなかったということか?
京香のそういうところも、理解できない。
とりあえず、落ち着いて話せる喫茶店を指定して地図を送り、時間まで仕事をこなした。
◇◇◇◇◇
「なんか、久しぶりな気がするね」
アイスコーヒーを飲んでいたら、後ろから京香の声がした。
「まぁ、座って」
水とおしぼりを持ってきた店員に、ホットラテを注文して対面に座る京香を見た。
鎖骨のあたりに細い金のネックレスが光り、それが汗のように見えて色めいてうつる。
_____匂い立つ色気を感じてしまうのは抱いたことがあるからだろうか?
なんてことを考える。
「なんです?話って」
京香のぶっきらぼうなセリフに、距離を感じる。
「わからないことがあって、確かめに来たんだ、この前のこと」
「この前?なに?舞花のこと?」
杏奈が“舞花を陥れたのは京香だ”と言っていたな、と思い出す。
「そうじゃなくてさ、どうしてあの写真をうちのやつに送ったの?誰にも送らないって約束したのに」
「約束?したっけ?っていうか、あれくらいの写真でどうにかなりました?なにもセックスしてる写真でもないのに」
「ちょっと声が大きい!」
静かな店内にいた他の客とラテを持ってきた店員が、俺と京香に視線を向けているのがわかる。
「あの、お待たせしました、ごゆっくり」
そそくさとラテと伝票をテーブルに置くと、視線を泳がせたまま戻る女性店員。
「は?別にいいでしょ?聞かれて困るならあんなことしなきゃいいのに」
「誘ってきたのは君だろ?」
「そ、あんな簡単にのってくるとは想定外だったけどね、イクメン愛妻家のエリアマネージャーさん」
まるで嘲笑うかのように、俺の頭から足先までを見て「フン」と横を向いた。
「た、たしかに誘いには乗ってしまったけど、あの写真はないだろ?」
「何が?撮ったこと?奥さんに送りつけたこと?」
「どっちも。あ、送りつけたことだな。まるで浮気相手が本妻に喧嘩を売ってるみたいじゃないか。あの写真のせいで俺は……」
「へぇ、あんな居酒屋でおふざけしてる写真で、浮気がバレたの?あれくらいじゃ、浮気の証拠にならないと思うけど?イクメン愛妻家だったら、奥さんに信用されてるでしょ?」
「……」
言われてみれば、あれが浮気の証拠写真になるとは思えない。
「問い詰められて自白したの?で?奥さんは家を出て行ったとか?」
クスクスと笑う。
一回りも年下の女に、好き勝手言われていることに反論できないことが、情け無い。
「問題はそこじゃなくて。何故俺を誘った?どうしてうちの家庭を壊すようなことをした?俺のことを好きとかそういうことでは……」
「特別好きなわけないじゃん?あまりにも絵に描いたように幸せアピールしてるヤツの本性を暴いてみたかっただけ」
「え?」
「なにがイクメンで愛妻家よ、ちょっと誘ったらヒョイっと釣れたじゃない?で?大人の付き合いでもしてる気分になった?奥さんにうまく隠せないで、笑わせるよね、大人がね」
京香がとてつもなく意地悪く嫌な女だったと、今頃気づく。
「もしかして、隼人たちのこともそんなふうに?」
「あー、舞花もね、お金持ちだか知らないけど自慢げに写真アップするからさ、ムカついてね。イメージを壊してやろうと思ってやったんだけど。でも、あの夫婦はそれでまるくおさまったから、よけいにイライラする」
「なっ!君は舞花ちゃんの親友じゃなかったのか?」
冷めたラテを一気に飲み干して、京香が続ける。
「親友か、なんだろ、それ。っていうか、奥さんに逃げられたみたいだけど、私に慰謝料請求されても私は払わないから。あんな写真くらいで浮気を自白したあなたがバカね。そもそもさぁ……」
「なんだよ」
「あれくらいで奥さんが出て行くなんて思えないけどな。それまでにたくさんの不満がたまってたんじゃないの?そもそもイクメン愛妻家の男って、奥さんがきちんとしてくれるから保てるんだよ、自分一人だとハリボテだったのがよくわかるね。今の岡崎さん、なんだかみすぼらしいよ、くたびれてるもん。魅力ゼロ」
吐き捨てるような京香なセリフだった。
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