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3話 白い影と、言えないこと
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また翌朝
昨夜はなかなか眠れなかった。あの廊下の幽霊みたいな白い影が頭から離れない。
隣のベッドから聞こえるタカシの寝息は、いつもより落ち着いたリズムだった。金色の光がふわふわとゆれていて、それだけは変わらない。
僕はそっと起きて、洗面所で顔を洗った。冷たい水が頬を打つと、昨日の冷たい光を思い出して背中がぞわりとした。
食堂に入ると、タカシはもうパンを頬張っていた。
「ん!ふぉはよ、はひひゃん!」
「ん〜、出来れば口に含んでる物飲み込んでから話してよタッちゃん」
そういいタカシは詰まりそうになりながらも急いで口にほうばっていた物を飲み込んだ
「おはようアキちゃん!なんか少し暗いぞ〜?」
「あのね、その、タッちゃんってさおばけとか信じる?」
「ん?そんなもん居るわけねぇだろ!アキちゃんは赤ちゃんだなぁ!あ、身長もちっちゃいから赤ちゃんかぁ〜」
とニヤニヤしながら僕のことを茶化してくる。
「違う違う。昨日ね夜中に…その、白い幽霊みたいなの見たんだ。あと僕赤ちゃんじゃないし。」
タカシは口を止めて、じっと僕を見たあと、パンをもぐもぐ飲み込んだ。
「ははは、ちょ、やめろやめろ、そういうの。俺が飯くいながらチビったらどうするんだよ!」
「それは僕も嫌だ。」
「だろ?ハイハイ。もうやめたやめた。その話禁止な。俺、アキちゃんなしじゃトイレ行けなくなっちゃうかもぉ〜」
「そこは一人で行ってよ」
「ほら食え食え、残すなよ」
そういいながらタカシは自分が嫌いなものを僕の取り皿に置いてきた。僕は俯きながらパンをちぎった。
タカシの金色の光が少しだけビリついて、怖がってるのが分かったけど、それ以上何も言えなかった。
食後、外に出ると、曇り空の下でリオナが一人、古い木の前に立っていた。 近寄ると、枝はほとんど枯れ果て、幹は黒ずんでいる。 リオナは手袋をした手をじっと見つめていた。指先から灰色の光がじわじわと漏れていた。
「あ、えっと、リンちゃん……」
呼びかけると、リオナが鋭く睨んだ。 「来ないで」
「でも、その木……」
「来ないでって言ってるの!!」
「もしかして、リンちゃん、また枯らしちゃったの?」
リオナの目がカッと開きパンッという音と共に僕の頬が酷く痛く感じた 息も荒々しくなりながらもその目はずっと僕のことを睨んでいた。 灰色の光が一瞬で強くなり、ピシッと空気を裂くみたいだった。
僕は怖くて後ずさりしたけど、言葉を飲み込めなかった。
「その、あの、リンちゃんは悪くないよ……」
「……は?」
「自分の光が、こんな風になるの。分かるもん。僕も見えるから」
「なにそれ、光?もしかして同情?バカにしてんの?」
「ちがうよ……」
リオナの目は怒ってたけど、声はかすれていた。
「…うちだって、嫌だよ。こんなの……。なのに、枯らしちゃうんだよ……。殺したくなんかないのに」
灰色の光が、指先で震えた。
「……」
「植物とか動物とか、無意識に触れるとすぐ枯らしちゃうの……うちだって元通りに出来るならとっくにしてる。でもあの日以来出来なくなったんだもん…」
そう言いながらリオナは涙をこぼした。
僕はなにかリンちゃんになにかかける言葉を探したが結局見つからずただズキズキと痛む頬を抑えながら謝ろうとした。「その、変なこと言ってごめん」
「いいよ別に、うちの方こそ、叩いてごめん。」
リオナの声が小さく震えた。
それ以降僕は何も言えなくなった。 僕が見るその光は、灰色だけど、悲しみとか後悔とか、色んなものが混ざってた。 冷たくも、すごく弱くも見えた。
しばらく二人で黙って木を見つめたあと、リオナがポツリとつぶやいた。
「絶対、誰にも言わないで。」
「……うん」
「絶対だぞ」
「……分かった」
リオナはそっぽを向いたまま、静かにその場を離れた。
僕はリオナに叩かれた頬を抑えながら保健室に行き先生に軽く治療してもらった。
その後僕は何も考えずすぐに自分の部屋に戻った。そこにはパジャマに着替えようとしていたタカシがいた。
「きゃぁ!!アキちゃんのエッチ♡」
「わ、あ、ちょ、ご、ごめん!!」
びっくりした僕はすぐにベッドの中に入った。そのすぐ後にタカシも着替え終わり僕のベッドに飛び乗って入ってきた。
ゴロンと寝返りを打ったタカシが僕の方を見て
「おま、なんだよそれ? 喧嘩でもしたのかぁ〜?」
そういいニヤニヤと面白がって僕の頬のことを聞いてきた
僕は少しうつむいて首を横に振った
タカシは一瞬だけ真顔になって、視線を外した。
「……どうせリオナだろ? 気をつけろよな。あいつちょっと最近変だし」
「う、うん。ごめんタッちゃん……。」
でもタカシはすぐにまたいつもの調子に戻って、声を弾ませた。
「おい〜謝んなよぉ〜? 別に怒ってねぇからさ!」
「……タッちゃん〜。」
「へへ、俺は心広いからな! アキちゃんのことくらい許してやるっての!」
その軽い声に、僕の頬の痛みが少し和らいだ気がした。
布団の中で、ぼんやりタカシの金色の光がゆらゆらと揺れているのを眺めながら、そっと目を閉じた。
「なぁアキちゃん〜、寝てたらごめんだけど、今週か来週のどっちかで里親決定日あるらしいぜ」
「……え?」
僕は食いつくようにベッドから起き上がった。
「あら、おっきしちゃったぁ〜?身長伸びねーぞぉ〜」
「親って、本当のお父さんとお母さんのこと?」
「いやだから里親だって。俺ら親いねーから、新しい親が俺たちを家族にするんだよ」
タカシはいつもみたいに軽く言うけど、声が少しだけ真面目だった。
「……そっか。初めて、だよ、僕」
「だと思ったわ。初めてだとビビるぜ?変な服着させられて、愛想笑いしてさ〜」
「……はは、タッちゃんそういうの苦手そう」
「うっせ。俺がいなくなったら泣くなよ?」
「泣かないよ」
「うそつけー。じゃあ俺がいなくなったらキスでもなんでも受けて立つぜぇ〜」
「や、やだよ〜タッちゃんにキスなんか」
「んだとぉ?!俺のキスは純粋なんだぞぉ。ほらぁ♡」
「うわぁー!!やめろってば!」
二人で笑って、暗い部屋に声が響いた。
しばらくしてタカシが小さな声で言った。
「……でも、マジで。お前はちゃんと選ばれろよな」
「タッちゃんも、だよ」
「当たり前だろ。俺は最強だからな」
タッちゃんの光が優しく揺れた。
僕は布団をぎゅっと抱きしめた。
(里親……決定日か)
その言葉が胸に落ちたまま、ゆっくりと目を閉じた。