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春の風は、まだ少し冷たかった。
高校の校門の前にある大きな桜の木は満開で、風が吹くたびに花びらが静かに舞っている。
その桜の下を、ゆっくり歩いている男の子がいた。
名前は うり。
うりは、目立つタイプではなかった。
どちらかと言うと、静かな方。
人が嫌いなわけじゃない。
でも、どうやって距離を縮めればいいのか分からない。
中学校のときも、周りの輪の中に入ることは少なかった。
「高校では変わろう」
そう思ったこともあった。
でも結局、校門の前に立ったとき、
うりはこう思ってしまった。
「たぶん、また同じだろうな」
空を見上げると、桜の花びらが落ちてきた。
その一枚が、うりの肩にそっと落ちた。
うりはそれを払って、静かに学校の中へ入った。
このときはまだ知らなかった。
今日の出会いが、自分の人生の中で一番大きな出来事になるなんて。
⸻
教室のドアを開けると、まだ人はあまり来ていなかった。
新しい机の匂い。
少しだけ緊張した空気。
うりは席表を見て、自分の席に向かった。
一番後ろの窓側。
少し安心できる場所だった。
椅子に座って、窓の外を見る。
桜の木が見える席だった。
風が吹くと、花びらが空を流れていく。
うりはぼんやりそれを見ていた。
すると――
教室のドアが開いた。
「おはようございます!」
明るい声だった。
その声は、静かな教室に少しだけ響いた。
うりは思わずそちらを見た。
そこにいたのは、一人の女の子だった。
長い髪が少し揺れていて、
表情は明るくて、
でもどこか優しい雰囲気を持っていた。
その子は席表を見ながら歩いてきた。
そして――
うりの前の席で止まった。
「ここだ」
小さくつぶやいて椅子に座る。
少ししてから、くるっと振り返った。
目が合った。
その瞬間、うりの心臓が大きく鳴った。
「よろしくね」
それだけだった。
でも、なぜか特別な言葉に聞こえた。
うりは少しだけ慌てて言った。
「…よろしく」
声が少し小さかった。
でもその女の子は気にする様子もなく、
優しく笑った。
「私、のあ」
「うり」
短い自己紹介だった。
でも、その瞬間に、
うりの中で何かが動いた気がした。
⸻
入学式が終わったあと、教室は一気に賑やかになった。
みんなが友達を作ろうとしている。
笑い声。
初めての会話。
少しぎこちない空気。
グループが少しずつできていく。
うりは、その様子を静かに見ていた。
慣れている光景だった。
焦る気持ちはあったけど、
無理に話す勇気もなかった。
そのときだった。
前の席の椅子が、くるっと回った。
のあだった。
「ねえ」
突然話しかけられて、うりは少しびっくりした。
「うりくんって呼んでいい?」
うりは少し戸惑いながら答えた。
「うん、大丈夫」
のあはほっとしたように笑った。
「よかった」
少しだけ沈黙があった。
でもその沈黙は、嫌な感じじゃなかった。
そしてのあが言った。
「私ね、ちょっと緊張してるんだ」
うりは意外だった。
どう見ても明るくて、友達が多そうなのに。
「そうなの?」
「うん」
のあは少し考えてから言った。
「でもさ、最初に話しかける人を決めてたの」
うりは少し驚いた。
「誰に?」
のあは少し照れたように笑った。
そして言った。
「うりくん」
その瞬間、
うりの胸がドキッとした。
「え?」
「なんかね、静かだけど優しそうだったから」
そんなふうに言われたのは初めてだった。
うりはどう答えていいか分からなかった。
でも、嬉しかった。
とても。
⸻
その日の帰り道。
空は少しオレンジ色になっていた。
うりは一人で歩いていたけれど、
今日は少しだけ気持ちが違った。
頭の中に、のあの声が浮かぶ。
「最初に話しかけたの」
なぜ自分だったんだろう。
考えても分からない。
でも――
また話したい。
そう思った。
恋かどうかはまだ分からない。
でもその気持ちは、
確かに始まっていた。
桜の花びらがまた風に乗って舞った。
うりはその中を歩きながら、
少しだけ笑った。
このときはまだ知らない。
この恋が、
人生で一番泣くことになる恋になるなんて。