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公都『ヤマト』の冒険者の朝は早い。
「やっべ、寝過ごしたか?」
俺の名前はガド。
この公都に数ヶ月前に来たばかりの―――
その他大勢のブロンズクラスの一人だ。
早朝に目覚まし担当の人が来るんだが……
今日は気付かずに起きるのが遅れちまったようだ。
個室を飛び出し、慌てて廊下に出ると、
「あ、おはようございます」
「おはようございまっす。
寝坊しちまった……
まだ残ってるかなあ」
同じ冒険者ギルドの女性職員に挨拶を返すのと
同時に、雑談がてら状況を聞く。
「もう朝のは厳しいと思いますよー。
人気ですからね、アレ」
「あーあ……」
とぼとぼと俺は顔を洗うために洗面所へ向かう。
ここは冒険者ギルド支部の男性独身寮だ。
着の身着のままで来た俺のような連中を詰め込む
場所。
しかし待遇はというと……
まず個室がもらえた。おかしい。
タダで寝泊り出来るところを世話してもらえると
いうだけでも破格なのだが……
残暑がまだ厳しい頃に入った俺は、あちこちに
設置されている氷柱、それに風を作る魔導具の
おかげで―――
生まれてから一番快適な夏を過ごした。
浴場もついており、二日にいっぺんは入浴するのが
義務付けられている。
歯磨きや洗顔も義務だ。おかしい。
後から聞くところによると、ここの冒険者は
印象をとても大事にしているので……
身だしなみは必須なのだという。
そして寒くなった頃に、綿とかいう最新の素材を
使った布団が支給され……
その暖かさ、寝心地の良さに耐え切れず
寝過ごす人間が続出。
あちこちで扉が開く音が聞こえるが―――
恐らく俺と同じように、布団に敗れた連中だろう。
「ガドさん、朝食にしますか?」
洗面所から出ると別の女性職員に声をかけられた。
彼女たちはこの独身寮で、炊事や洗濯、掃除などを
してくれている。
荒くれ者の多い冒険者たちを相手に、若い女性を
働かせるのは大丈夫かとも思ったが……
冒険者ギルドに所属する女性の中には、ドラゴンや
魔狼、ラミア族などもいて―――
それを知った上でちょっかいを出すのは、
よほどのバカか、変わった死に方をしたい
自殺志願者だけだろう。
「う~ん……
朝の依頼、ちょっとだけ見てくる」
「諦めが悪いですねー。
ま、用意して待ってますよ」
俺は寮を出ると、駆け足でギルド支部へ急いだ。
「よっしゃあぁあ!
残ってたー!!」
冒険者ギルドに入るとすぐ、依頼書が貼られた
一角まで近付いて、目を皿のようにして目的の
ものを探すと―――
見落とされたのかたった一枚だけ残っていた。
俺はその依頼書を引ったくるようにして、
受付の職員へと渡す。
「これ受けまっす!
お願いしまーす!!」
「あ! まだ残っていたんですかー。
運がいいですね」
俺は依頼手続きをしてもらうと、すぐに
ギルド支部を後にした。
「あー、わかった。
すぐに出来るから待ってて」
俺は依頼書を受け取ったその足で、すぐに
宿屋『クラン』へと向かった。
そこで料理をもらい、配達するためだ。
そう、朝の依頼とは―――
朝食の配達である。
実際、俺はギルドと一年契約というものを
結んでいて、週に三・四回特定の依頼を受ける
だけで、月金貨八枚もらえる事になっている。
その特定依頼というのも、公都内での物資運搬
だったり―――
公都外で漁や狩りの荷物運びといったもので、
それもワイバーンや魔狼、ラミア族といった
護衛付きの、超がつくほどの安全な仕事だ。
だからそれ以外の依頼は、別に受けなくても
いいのだが……
この朝の依頼というのはちょっとした特典があり、
それで大人気なのである。
「ほい、出来たよ。
それじゃ持っていって!」
「あざっす!」
俺は料理を受け取ると―――
連絡橋を渡って、公都西、富裕層の住む地区へと
向かった。
「毎度ー!
ご注文の料理をお持ちしましたー!」
「おお、ご苦労!
そこへ置いていってくれ!
あとは私が持って行くから」
とある屋敷の前まで来ると、依頼主と思われる
ちょっと小太りなスキンヘッドの男性が、
門の前で待ち構えていた。
「おぉそうだ。
受け取りサインをして、と―――
こっちはチップだ。
今後ともよろしく頼むぞ」
そう言うと、彼は俺に金貨一枚を握らせた。
そう、これが『特典』だ。
早起きは少々キツいが、ここは金持ちが住んでいる
エリアで……
たいてい、こうしてチップをはずんでくれるのだ。
ちなみに、昼食や夕食は外食に出たり、お抱えの
料理人に作らせたりする事が多いので―――
一番出前の依頼が多いのは朝だったりする。
なので、『朝の依頼』は早い者勝ちの争奪戦に
なる事が多く……
寝坊でもしようものなら絶望的なのである。
そして俺は依頼を終えると、まず達成報告のため
ギルド支部まで戻り―――
その後は自分の朝食のため、独身寮へと帰った。
「戻りましたー!
メシお願いしまーす!」
「遅かったですねー。
という事は……」
「へへ、バッチリ稼いだぜ!」
寮の食堂で……
朝、出掛ける前に会った職員さんに話しかける。
そして運ばれてくる朝食。
今日のメニューは―――
「お待たせしましたー」
テーブルの上に、トレーに入った一揃いの料理が
置かれる。
朝の胃に優しい、刻んだ貝が入ったお粥。
とうふと油揚げの入ったお味噌汁。
メインは卵焼きに魚の一夜干しを焼いたもの。
そして鳥のつくねが二個皿に入っていて、
付け合わせにぬか漬けが添えられ、
デザートとして、フルーツとメレンゲの
盛り合わせに、メープルシロップをかけた
小皿まで用意されていた。
どれも、王都の高級宿でもなかなか出ないであろう
品質のもの。
それを食べ慣れて来ている生活に若干怖さを
覚えながらも、
「いただきます……っと」
これも無料だと言うんだから恐れ入る。
独身寮は一年だけという話だが……
ギルドと一年契約を結んだ冒険者は優遇され、
最長三年もいていいらしい。
「……ん?」
食堂の離れた場所で、フォークやスプーンで
料理を食べているヤツが目に入った。
アイツはまだここに来て日が浅いな―――
俺だけじゃなく、給仕をしている女性職員さんも
そんな目で彼を見ている。
見分け方は簡単だ。
まず食べる前に、『いただきます』と言うか
どうか。
そしてメシを食う際、『箸』を使えているかだ。
今、俺も使っている二本の木の棒で出来たコレを
使いこなせていれば、そいつはここに来て長いと
いう事になる。
男であれ女であれ子供であれ……
公都では箸を自在に使えて、一人前と
認められるのだ。
まあヤツも、すぐに慣れるだろう。
俺は公都に来たばかりの自分と彼を重ね、
料理を喉に流し込んだ。
「じゃあここらで休憩を取りまーす!
水分もちゃんと補給してください!」
昼過ぎ、俺は―――
特定依頼を受けて公都郊外の森の中にいた。
もちろん個人ではなく団体での移動だ。
今日の依頼は『薬草採取』で、その荷物持ち。
護衛には魔狼ライダーとラミア族が複数、
そして依頼主である『万能冒険者』と薬師が、
何やら話し合っていた。
あのシンという、三十代後半に見える男が
『万能冒険者』で……
女のように長い銀髪と細面の男が薬師らしい。
二人ともドラゴンの妻がいるという―――
とんでもない人物だが、
どちらも非常に温厚で、威張る素振りすら無い。
下手をすれば、ジャイアント・ボーア殺しで
ある事を忘れてしまうくらいだ。
不意に、その『万能冒険者』が近付いてきて、
「えーと……
ガドさん、もう昼食はもらいましたか?」
「えっ?
あ、いいえ。今日は何ですか?」
彼は細長い包みを二つ取り出し、俺に渡しながら、
「今日はチキンカツサンドにツナサンドですね。
あと向こうで、お味噌汁と豆乳を温めて
いますので、各自取りに行ってください」
シンさんの説明に俺は何度も頭をペコペコと下げ、
それを見た彼はばつが悪そうに戻っていった。
悪い人じゃないのはわかっちゃいるんだが……
ゴールドクラス相当の実力者と聞いちゃ、
まともに対応なんて出来やしない。
ようやく一息ついた俺は、一方のパンに
かぶりつく。
「……うまい!」
思わず声が出ちまうが、俺以外にもあちこちで
称賛の声が上がる。
まず何よりもパンが柔らかい。
気を付けていなければ握りつぶしてしまうんじゃ
ないかと思うくらいに。
この公都のパンに出会った時の衝撃たるや―――
今まで食っていたパンは、全部石か岩の欠片だと
思ってしまったほどだ。
そして具材。
こちらはチキンカツのようだが、冷えていても
十分おいしい。
肉に卵をつけ、そこにパンの粉をまぶして
油で揚げたとかいう、手間ひまのかかったもの。
さらに葉物も挟んであって、複雑な食感を
出している。
もう一つのツナサンドは―――
焼いた魚のほぐし身に、マヨネーズをからめた
ものだ。
どちらも手を汚さないで食べられる携帯食では
あるが、肉も魚もどちらも食べられる食事は、
この公都に来るまで経験はなく……
何でもっと早くここに来なかったのか、
悔やまれた。
さて、と。
味噌汁は朝に出たし、豆乳でも飲ませて
もらおうかな。
そう思って立ち上がった俺の視線の先で、
何やら騒がしくなる。
護衛の魔狼ライダーとラミア族の女性、
そしてシンさんと薬師の人が何やら話し合って
いるようだが……
「えーと皆さん!
落ち着いて聞いてください。
魔物が出たようですので、いったん公都へ
戻ってください!
私は妻と一緒に魔物の対応にあたります」
シンさんの声に、全員が顔を見合わせる。
が、すでに何度も依頼をこなしている俺のような
人間は、やれやれと言った表情だ。
ビビッているのは新参なのだろう。
『万能冒険者』―――
ジャイアント・ボーア殺しにして、
マウンテン・ベアーすら一撃で倒したと言われる
シンさんが対応するんだから、何も心配する事は
ない。
むしろ、こういうアクシデントがあった場合、
依頼は切り上げられても金は保障されるので……
言っちゃ悪いが自由時間が出来るだけ大歓迎だ。
「これからは私たちが公都まで護衛します!
近くの魔狼ライダー、もしくはラミア族から
離れないようにお願いします!」
半人半蛇の女性が大きな声で、周囲の荷物持ちの
ブロンズクラスたちを呼び出し―――
俺は荷物を手に取ると、その群れに加わった。
「オウガ・ラット?」
「あー、今日出た魔物はそれだって聞いた。
バカでかいネズミの化け物だってよ。
ただ肉は食えないっていうんで、薬師の人が
研究材料として引き取ったらしいぜ」
夕方、独身寮の浴場で……
湯舟につかりながら、俺は他の冒険者から
話を聞いていた。
「やっぱシンさんが?」
「そうだって聞いたぜ?
食べられないって知って、ガッカリしていた
らしいけどさ」
あの後、公都に戻った一団はすぐ冒険者ギルドへ
連絡。
だが雰囲気としては、救援というより運搬役の
派遣で……
誰一人として、緊張感のある職員はおらず、
『肉が手に入るかなー』
『またジャイアント・ボーアでも持ってきて
くれねーかな』
と、シンさんが倒した『獲物』を持ち帰るのを、
期待する声しか無かった。
「奥さんもいたって話だが、ドラゴンの方か?」
同僚の質問に俺は首を左右に振り、
「そっちはめったに依頼に同行しないらしい。
狩りだと獲物が怯えて取れなくなるのと、
護衛する魔狼や亜人にも威圧感を与えて
しまうそうで」
「あー、ドラゴンだもんなあ」
俺はバシャッ、と両手で湯を顔に浴びせ、
「人間の方もシルバークラスって聞いている。
確かメルさんって言ったかな。
ドラゴンの方と、『アルちゃん』『メルっち』
と呼び合う仲だ。
この公都での模擬戦にも、何度か出場してるって
話だから―――
フツーに強いだろ」
「その2人を妻にしている『万能冒険者』かあ。
一見すると冴えないオッサンだけど、
やっぱり強ぇんだろうな、シンさん」
二人で無言で同意すると、『ふ~……』と
一息付く。
「そういや、話は変わるが―――
今日の夕食は何か知ってるか?」
「ガド、お前献立表くらい見ろって」
「うるせぇ。
ギリギリまで知らない方が、楽しみが
増すだろ?」
こうしてバカ話をしながら……
俺の公都での夜は更けていった。
―――ブリガン伯爵領・南地区。
そこでひと際大きな屋敷の中、最上階である
三階の部屋で、一人の十代と思える少女が、
ある男を前に対峙していた。
その男はやや小柄ながらも、左目に眼帯をし……
斜め上下に隠しきれない傷跡が広がる。
「じゃあアシェラットさん。
目録と領収書を確認してくれ」
彼女は赤い長髪をザッと横へ流し―――
寒い季節だというのに、長ズボンだが上半身は
半袖で、その白い肌と腕を露出させていた。
「そこは信用しているから大丈夫だ、エクセ。
いや、次期ギルド長サマか。
しかし、麻雀セットの方―――
もう少し何とかならねぇのか?
アレが一番人気なんだぜ」
その問いに、あたいは肩をすくめて、
「そーは言ってもな。
アレが一番手間暇かかるんだよ。
パイに点棒に卓にサイコロ。
こっちも増産させちゃいるんだけどさ」
あたいは今日、ここアシェラットさんの屋敷に、
注文の品を届けに来ていた。
一言で言ってしまえばここは―――
非合法組織の拠点。
まあ、少し前のあたいの冒険者ギルドも、
そんな状態だったけど。
そこでギャンブルに使う道具の発注を受け、
完成品を納入しに来たのだ。
もっともここまではまっとうな取引であり、
その後、道具がどう使われるかまでは知った
こっちゃない。
何よりオヤジが、
『お前の世代からはカタギの仕事しかさせん!!』
と断言しているので……
あたいはそれに従うまでだ。
これで一仕事終わり―――
後は自分の町まで戻るだけ、と思っていると、
目の前でアシェラットさんがジーッと目録を
見つめていて、
「どうした?
何かおかしなところでも?」
「いや、そうじゃねぇんだが」
書面から顔を上げたこの地区のボスは、
今度はあたいの顔をジーッと見つめる。
「下でちょっとやっていかねぇか?」
両手で何かつまむような仕草をする。
麻雀に付き合えって事だろうが、
「あー……
オヤジから止められているんだよ。
お前は絶対ギャンブルに手ぇ出すなって」
「だろうよ」
そう言うとアシェラットさんは、目録の紙を
こちらに見せた。
その書面の下の方。そこには……
「『エクセには絶対ギャンブルをやらせるな』
『大事な事だから二度書く。
エクセには絶対ギャンブルをやらせるな』
『超大事な事だから三度書く。
エクセには絶対ギャンブルをやらせるな』
『いいな、警告はしたからな』」
オヤジの筆跡で書かれたその部分を、
あたいが一通り見たのを確認したのか、
「……ずいぶんとまあ、アイツも過保護なこって」
苦笑いする彼を前に、あたいは思わず脱力する。
「なんだよ、もー!!
あたいは子供かってーの!?」
「それだけ大切にされてるってこったろ。
エ・ク・セちゃん♪」
からかうようなアシェラットさんに、あたいは
反撃する気力も起きず……
すると目の前の彼は、急に真面目な顔になり、
「だけどよぉ、コイツは少し問題だぜ?」
「ま、まぁ……
オヤジはちょっとあたいに対しちゃ」
アシェラットさんは人差し指を立て―――
振り子のように振ると、
「そうじゃねぇよ。
お前さんを一番信頼しているから、
こういう商品の納入とかに使うんだろうが……
それでコレはねぇって事よ」
言っている意味がわからず、思わずあたいが
首を傾げると、
「だってよぉ、コレはギャンブルに使う品だろ?
そしてお前さんのところじゃ、コレ作って
売っているわけだ」
「そうだけど、それがどうしたんだ?」
すると彼はハー……とため息をつき、
「そのお前さんが―――
『いや、自分はギャンブルは一切やりません』
それはどうかって話だ」
「んんん~?」
まだアシェラットさんの言う事がわからず、
両腕を組んでうなると、
「例えばだな。
俺が何かお菓子を作って、お前さんに
売るとしよう。
だが俺はそのお菓子を食べた事はない。
当然味も知らん。
その上でさあ買ってくれって言われたら、
お前さんは買うか?」
その言葉に―――
あたいは衝撃を受け、立ち尽くした。
「そ、そうか……!
商品を売っているクセに、その商品を
使わない、使ってもないってんじゃ―――
信用もへったくれもねぇ!!」
「おうよ。別にのめり込むほどやれとは
言わねぇが―――
これからカタギのところへもどんどん売り込む
つもりなんだろう?
その取引先に、『じゃあ一度お相手を』って
言われて、その度に断るんじゃ白けちまうぜ?」
あたいは目の前の男の手をガシッとつかみ、
「ありがとよ、アシェラットさん!!
ちょっと下で遊ばせてもらうぜ!!」
「まぁ待てって。俺も行くからよ。
それに事情を話せば、協力してもらえるはずだ」
こうしてあたいは―――
ギャンブルを『勉強』させてもらう事にした。
「あれ?
エクセの姉御じゃねぇですか。
それにボスも」
「ここに来るのは珍しいが……
どうしたんですかい?」
下の階で、見知った顔に出くわす。
着る物さえ整えれば、役人や官僚と言っても
いいほどの雰囲気を持つ、細身の男と、
小太りのスキンヘッドの男―――
『拘束魔法のスレイ』―――
そして『擬態魔法のホールド』だ。
(■44話
はじめての ぶりがんはくしゃくりょう参照)
「あら? ボス」
「ダメよ、その子にまで手を出しちゃ。
カルベルクさんが怒るわよぉ?」
ピンクヘアーをポニーテールのようにまとめた、
瓜二つの双子の女性……
『幻影魔法』のレオナさん、
それに『分身魔法』のソアラさんも
出迎える。
(■45話
はじめての わかいとさぽーと参照)
「人聞きの悪い事を言うんじゃねえ。
今日は社会勉強だよ」
そう言うと、例の目録を四人に見せる。
めっちゃ恥ずかしいんだけど。
それを見た彼らは、
「あー……」byスレイ
「ちょっと……なあ?」byホールド
「大事にされてんだねぇ」byレオナ
「完全に娘を持つ父親、だねえ」byソアラ
少しは気遣っている言葉が却って身に染みる。
今のあたいを鏡で見たら、耳まで真っ赤になってん
だろーなー……
「というわけだ。
お前ら、ちょっと揉んでやれ。
ギャンブルの商品売ってんのに―――
ギャンブル出来ません、じゃ話にならねぇだろ」
それを聞いてウンウンと四人はうなずき、
「いいけどボス、何にします?」
「ポーカーですかい?
それともオセロ? ショーギ?」
聞き返してきた男性二人組から、彼は女性二名へと
視線を移して、
「麻雀にしようぜ。
ある程度の人数で出来るし。
相手も女がいた方がいいだろ。
レオナ、ソアラ。
お前ら席につけ」
そう言いながらアシェラットは、彼女たちへ
ニヤリと笑いながらアイコンタクトを送り、
「(うわー、ボス。
大人気ないんだー)」
「(まあ確かにチョロそうだけど……
でもいいの?)」
レオナとソアラは小声で返すが、
「(カルベルクの野郎があんな親バカな事、
言ってきやがるのが悪いんだよ)」
アシェラットの言葉に、レオナとソアラは
苦笑で返す。
「(それにソアラの言う通り、コイツ
チョロ過ぎてよ……
ここで少しばかり痛い目にあっておけば、
ヨソで引っ掛かる事もねぇだろ。
ま、勉強代はしっかり払ってもらうけどな)」
そして三人は同意の微笑を浮かべ、席に着いた。
そんな四人を見て、スレイとホールドは目録を
見返しながら、
「しっかしまあ……
こんなに子煩悩だったのかね、あの人」
「まあ何だ、彼女が跡を継いだらカタギに
なるんだろ?
それなら、ここまでしつこく書いても別に
不思議は―――
……ん?」
ホールドはその文面の、一番最後のところで
目を止めて、
「『いいな、警告はしたからな』……?
おい、スレイ。
ここだけ何かおかしい気がしねぇか?」
「そういやそうだな?
ボスに対して書いているんだろうが―――
何か引っかかるな」
しかしその違和感の正体まではわからず、二人は
対戦を見守る事にした。
「お嬢ちゃん、並べ方はわかる?」
「わ、わかってるよ!
それくらい……」
レオナさんがからかうように言ってくるけど、
実際、ほとんど経験無いからなー。
オヤジも何か賭けなければいい、
って言ってたのに、いつの間にか全面的に禁止に
なっちまってたし。
えーと、確か最終的に牌が十四コで、それで何か
役が揃ってりゃいいんだっけ。
「……あり?
なあ、アシェラットさん」
「おう、出来たか?
レオナ、ソアラ。ちょっと見てやれ」
あたいが一番準備が遅く、他の三人は待っていて
くれていた。
数はちゃんと合っているはず……だよな?
「1、2、3……
うん、合ってるよ」
「それじゃ始めよっか」
そこであたいは頭をかいて、
「あー、いや。えっと……
最初から役が出来ているのって、
何て言うんだっけ?」
そこでピタッ、と三人の動作が止まり―――
周囲のざわめきも一瞬で静かになった。
や、やべ……
あたい何かしちまったか!?
「あー……
手牌見せてもらっても?」
後ろからスレイがのぞき込み、あたいは
見やすいように席を空けると……
「天和でー、
四暗刻でー、
大三元でー、
ドラが……」
「テンホー?
スーアンコー?
な、なあ。
別におかしな事はしてないよな?」
―――――――――――――――――――――
※■テンホー・スーアンコー・ダイサンゲン:
麻雀を知らない方は、超強い手だと思って
頂ければ結構です。
―――――――――――――――――――――
焦りながら周囲を見渡すと、誰も彼もみんな、
死んだ魚のような目を向けて来て、
「まぁ……何だ。
取り敢えずお前さんの勝ちだ。
ビギナーズラックってとこか。
どうする?
これで止めるか、続けるか―――」
アシェラットさんの質問に、あたいは首を
横に振って、
「う~ん……
でもこれって、運が良かっただけだよな?
じゃあ引き続きやらせてもらうぜ!」
「おう、そうこなくっちゃ!」
良かったー!
これじゃ、何が何だかわからないまま、
終わっちまうところだったぜ。
こうしてあたいは、継続でやってもらう
事になった。
エクセが胸を撫でおろす一方で―――
相手方の三名は、
「(……おい、全力でいくぞ。
いくら何でもシャレになんねぇ)」
「(デスヨネー)」
「(つーかイカサマ使う間もなくとは
思わなかったわ。
少しは取り返さないと……!)」
そして実質、三対一の戦いが幕を開けた―――
「……やっぱりな」
「アレ? オヤジ!?
どうしてここへ?
それより見てくれ!
麻雀ってオモシレーんだな!!」
賭場に入って来たオヤジは、頬に入った
十字の傷をポリポリとかきながら、
あたいのところへ一直線へとやって来て、
そのまま頭にゲンコツを降らせた。
「いっだあーっ!!」
「ギャンブルには手を出すなって言ってた
だろうがよ。
アシェラットの野郎にも注意するよう
書いて送ったんだが……
まあ聞くまいとは思っていたけどな」
あたいと同じテーブルに、頭をつっぷしている
三人組を見下ろしながらオヤジはため息をつく。
「カルベルクよぉ……
オメー、この嬢ちゃんがやってんのは
麻雀じゃねぇよ……」
「え? じゃあ何?」
テーブルから頭を上げずに答えるここのボスに、
オヤジは少し間を空けて、
「……殲滅? 殺戮?
いや、なぶり殺し?」
「あたいは麻雀してただけだけど」
ぶっそうな答えを出すオヤジに、あたいは
言い返すも、
「あー、そういえばこれ麻雀ってゲームだっけ」
「アハハ……
すっかり忘れてたわー♪」
レオナさんとソアラさんも投げやりに答える。
あたい、何かマズい事したっけ?
「カルベルクさん……」
「姉御はいったい」
スレイとホールドのヤツもやって来て、
オヤジは二人の方へ振り返ると、
「だからエクセには、ギャンブルを禁じて
いたんだよ。
麻雀はご覧のあり様で―――
ポーカーでフォーカードはファイブカードの
出来損ない。
神経衰弱は適当でも最初から10回以上
当てるしな。
ブラックジャックでは20点以下を
出した事はねえ」
―――――――――――――――――――――
※■要は無茶苦茶運が良く強いと思って
頂ければいいです。
―――――――――――――――――――――
それを聞いていた周囲の荒くれ者たちは、
一様に顔を青ざめさせて―――
あたい、ただ普通にゲームしてたらそうなる
だけなんだけど。
「迷惑をかけた。
今回の勝負は無効って事でいい。
あと帰ったら説教だからな、エクセ」
「えぇ~!?
そ、そんなぁ~……
待ってくれよ、オヤジぃ~!!」
あたいは慌ててオヤジの後を追いかけ、
その場を後にした。
残されたのは、死屍累々のように―――
生気を失った面々。
その後……
エクセは賭場荒しやイカサマギャンブラー相手の
切り札として、方々で名を馳せる事になるのだが、
それはまた別のお話である。
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