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「エンペラー・ゲイターか。
この季節、肉は何でも有り難ぇぜ」
公都『ヤマト』の冒険者ギルド支部へ戻った
私は―――
さっそくギルド長に事の次第を報告していた。
「それで、どれくらいになりそうだ?」
白髪交じりの筋肉質の男性……
ギルド長は同室の若い男女に話を振る。
「解体職人に任せているッスが」
「結構巨大なんで、2千人分くらいには
なるんじゃないかって言ってました」
陽キャふうの褐色肌の青年と、その妻である
ライトグリーンのショートヘアの女性が、
順に答える。
でも確か、今の公都の人口って二千五百って
話だったし……
そうなると一人当たり一食分にもならないのか。
老若男女合わせてなんで、一概には
言えないかも知れないけど。
それを考えると、元いた世界での一般家庭にまで
行き渡る食肉供給システムは、つくづく凄まじいと
思い知らされる。
「しかし、ロック・タートルかあ」
ふとジャンさんが独り言のようにつぶやいた
言葉が、私を思考から現実へと引き戻す。
「え゛ まさかギルド長、食べた事あるッスか?」
「ねぇよ。
一度小せぇヤツの解体を見た事があるが、
あんまり食欲の湧くモンじゃ無かったし」
レイド君の質問に彼は即答する。
「シンさんの世界では、亀ってどうでした?」
ミリアさんが話の方向性を変えて私に聞いてくる。
「ん~……
種類によりますけど、好んで食べるものでは
無かったと思いますね。
少なくとも私は食べた事はありません」
スッポンとかはあったけど、それも高級だし
食べた記憶は無いんだよなー。
その私の答えに、ギルドメンバーの三人はなぜか
目を丸くして、
「シンでも食わないものってあったのか」
「マジッスかー」
「亀は食べない……メモメモ」
各々が反応を見せる中、
「いやいや!
私だって何でも食べるってわけじゃ
ないですからね!」
両手を振って抗議をする私に、ジャンさんが
苦笑しながら、
「悪ぃ悪ぃ。
それで、ゲイターとかはどうなんだ?
やっぱダメか?」
「あ、それなら唐揚げで食べた事が―――」
ワニなら経験あるんだよな。
変わった居酒屋や総菜店で売っているし。
決してポピュラーな食材では無いが、そこまで
珍しいというわけでもない。
すると、それを聞いたレイド君とミリアさんが、
「マジッスかー」
「ワニは食べる……メモメモ」
夫婦でさっきと同じような反応を見せる。
「あの、一応言っておきますけど!?
あんな巨大なワニはいませんからね!?
少なくとも地球では!」
私は釈明の後、話の方向を変えるように
ギルド長へと振り返り、
「そ、そういえばジャンさんは?
先ほど、ロック・タートルは食べた事が
ないと言ってましたけど」
「ゲイター系か?
そりゃ何度か討伐してるし、食った事も
当然あるぜ。
ただ焼いて塩ふっただけのモンだが。
固めの魚って感じだったなあ」
私の場合、脂ののった臭みの無い鶏肉といった
感じだったけど。
こちらのとは違うのかな?
そう私が思案していると、
「あー……そうだ。
シン、そろそろナマズの手配頼むわ。
今はアルテリーゼもシャンタルもヒマだろ?
手が空いているのならやってもらいてえ」
ギルド長の言葉に、ミリアさんが首を傾げ、
「でも、今のところ足りてないという事は
ありませんけど……」
書面に目を通しながら疑問を口にすると、
「穀物や貝とかは足りているだろうが、
肉や魚はある程度周辺にも配っておかねぇと。
あんな増やし方出来るの、公都だけだしよ」
確かに、その辺で捕まえてきたナマズや
カニ・エビを巨大化させられるのは、
今のところメルの水魔法だけだ。
(■39話 はじめての まものさくせい参照)
さらに加工してしまえば元の大きさなんて
わからないから、配るにはもってこいだし。
「それにエンペラー・ゲイターを狩ったって噂は、
すぐに広まるだろう。
ちょっとは何か『おすそ分け』しねぇと、
恨まれちまうぜ?」
意地悪そうに笑うジャンさんにつられて、
みんなが苦笑した。
「というわけで、巨大なナマズの増産に
入ろうと思うんだけど」
その日の夕方―――
屋敷に戻った私は家族との食卓で、
ギルドであった話を共有していた。
「りょー」
アジアンチックな顔立ちの、黒髪セミロングの方の
妻がまずOKを出し、
「冬と、食料の確保が困難になった場合―――
であったかのう。
まあ我の目から見ても公都は人が増え過ぎた。
是非もあるまいて」
「ピュ~」
同じ黒色のロングの髪を持つ、西欧風な
顔とスタイルの妻が、子供と一緒に承諾する。
「でも確かに、周辺に気を遣うのも重要なんだよ。
もともと、各地を開拓したのは一極集中を
避けるためだし―――
少しは周囲に引き受けてもらわないと」
引き受けてもらう、というのは公都を目指して
やってくる人たちの事だ。
まだキャパシティはあるが、限界になってからでは
遅いし。
「あー、特に冬は仕事も限定されるしねー」
「我も人間で、もしラッチが飢えるとなったら、
ここを目指すであろうな。
ここに来る者はたいてい―――
『ここに来れば何とかなる』
『亜人や魔物にも寛容』
という噂を聞きつけてと言うしのう」
メルとアルテリーゼも私の話す事を察し、
ウンウンとうなずく。
特に私はその噂の発信源のようなものなので……
余計に責任から逃げられないのだ。
「周辺に配るってゆーと、どことどこ?」
人間の方の妻の質問に私は少し考え込み、
「まず東の村、それにその中間の麺専門の拠点、
あとブリガン伯爵領との境目に作った村、
他にカルベルクさんのところや―――
カート君たちの村、ラミア族の住んでいる
湖周辺、出来ればワイバーンたちにも、かな」
「多いのう。
それだけ伝手が広がったと見るべきか」
「ピュ」
ドラゴンの方の妻は、私の答えに軽く
ため息をつく。
「そういえば、アルテリーゼのところは
大丈夫なのか?
子育ての時だけは、群れで面倒を見るって
言ってたような」
(■30話 はじめての けっこん参照)
すると彼女はラッチを抱え、
「ドラゴンの産卵と子育ては、それほど機会は
多くないのだ。
我が住まう群れで―――
ラッチの前は50年以上前だったかのう。
我とシャンタルのように、ほぼ同じ年の
仲間がいる事の方が珍しくての」
ドラゴンだもんなー。
そんなに頻繁に生まれるわけもないか。
そんな取り留めのない話をしながら―――
我が家での夜は更けていった。
それから数日……
ナマズやエビ、カニの巨大化に向けて作業が
進められ―――
巨大化・魔物化後、私が無効化し、
メルとアルテリーゼ、シャンタルさんが
とどめを刺し、
その後、解体職人によって加工が行われ、
氷室へと回収・積み上げられていった。
「ではみなさん、よろしくお願いしまーす。
私とメル、アルテリーゼは東の村へ向かいます。
他の方々も各自注意して向かってください」
ある程度氷室に加工品が溜まったところで、
食料運搬チームが派遣される事になった。
・東の村→私と妻たち
・麺専門の村→冒険者チームA
・ブリガン伯爵領との境目の村→冒険者チームB
・カルベルクさんの町→冒険者チームC
もちろん、冒険者チームにはそれぞれ、
魔狼ライダーとラミア族、獣人族、ワイバーンの
護衛がつく。
また、パックさんとシャンタルさんは
『乗客箱』二号を使い、
カート君たちの生まれ故郷の村を経由して、
ラミア族の湖周辺の村とロッテン元伯爵様の別荘へ
食料を届ける事になった。
またワイバーンたちの拠点へは―――
同じワイバーンであるムサシ君の一家が
出向く予定である。
ちなみにドーン伯爵家へは、御用商人の
カーマンさんにお任せし、
それぞれが空へ陸路へと旅立った。
「お久しぶりです。
明けましておめでとうございます。
バウム村長、それにザップさんも。
本年もよろしくお願いいたします」
村というより、もはや町と言っていいほどの
規模になった場所……
その中のひと際大きな屋敷の中で、妻と共に
あいさつする。
相手は、白髪・白髭の老人と―――
その息子である中肉中背の筋肉質の男性。
かつて私に、この村の再建を頼みに来た
男性だ。
(■23話
はじめての むらおこし(じゅんび)参照)
「え?
あ、お、おめでとうございます?」
「えーとそれは……
シンさんの故郷の風習だべか」
新年のあいさつに聞き返される。
そういえば、この世界にやって来てもう
三年経つが―――
年越しの特別なあいさつのようなものは
無かったっけ。
かなりご無沙汰していた事もあり……
つい固くなって、地球の地が出てしまったようだ。
「し、失礼しました。
つい故郷のクセで。
あと去年は申し訳ありませんでした。
魚醤の回収に参加出来ずに」
私が頭を下げると彼らは慌てて、
「と、とんでもございません!
シンさんにはひとかたならぬお世話に
なっておりますゆえ……!」
「魔族の方々と魚醤を作ると聞いた時も―――
オラの村の魚醤は贈答用の高級品として売り出す
よう、いろいろ手を打ってくれましただ!
感謝こそすれ……
謝られるような事はねぇですだよ!!」
父子でブンブンと頭を下げられ、思わずこちらが
後ずさる。
魔族のオルディラさんが、発酵食品の製造期間を
極端に短縮出来る事がわかった一方で―――
すでに魚醤を作っている東の村への影響も
考えられたので、
こちらで作る魚醤は……
『昔ながらの製法で作った本格醸造!』
『一年以上かけた元祖魚醤!!』
という事にして、高級路線へ移ってもらったのだ。
なので今、魚醤は魔族産と東の村産で棲み分けが
出来ている。
「まー取り敢えず、持ってきた物を確認して」
「エンペラー・ゲイターの肉は少しだけだが、
ナマズにエビ、カニはそれなりに持ってきたぞ」
「ピュ!」
そこでようやく話が元に戻され―――
最近の情報共有や、近況報告がなされた。
「やはり肉や魚はありがたいですのう。
ウチの村でも、卵や貝はある程度生産して
おりますが……
こちらはなかなか」
魔物鳥プルランと貝は、繁殖や世話はさほど
難しくないので、比較的どこの村や集落でも
すぐに導入されたが―――
魚は冬季になると入手し辛く、増やすのを
目的とした養殖は、王都と公都でしかまだ
成功例は無い。
「卵と貝だけでは、料理する種類も
限られるでしょうし」
私の言葉にザップさんは『?』という表情となり、
「んだども、普通は冬といえば……
パンと穀物だけで過ごすのが当然だっただべ。
今じゃパンにコメ、麺類だってソバ、ウドン、
ラーメンがあるだべよ。
選択肢があるだけでも、すごい事だべ」
「そだねー。
シンが来る前の冬って、そーゆー感じだった」
メルもザップさんの言う事に同調する。
自分自身、こちらの世界に来たばかりの頃は、
穀物のスープがメインだったしなあ。
さらに魚醤を始めとして、味付けの調味料の類も
増えているのだ。
卵と貝がいつでも使えるというだけでも、
劇的な変化だったに違いない。
「なるほど。
では今は、特に困った事とかは」
念のために話を振ってみると、一瞬
村長さんとその息子の彼がたじろいだような……
「??
何かあったのかの?」
「ピュピュ~?」
アルテリーゼとラッチが問うが、
「いや、これは」
「シンさんに頼むほどの事では無いと
思うだべが」
言葉を濁す二人を前に、私は頭をかいて、
「魔物が出たとか……ですか?」
その質問に村長は首を左右に振る。
「もしそうなら、もっと大騒ぎになって
おりますよ」
「ただ本当にわからないんだべ。
そういう事をシンさんに頼むのはちょっと……」
「うーん。
原因がわからない、という事でしょうか」
私が促すように話を進めていくと、
二人はぽつぽつと語り始めた。
「ホット・ストーン……
それが無くなってしまったと?」
「はい。
普段は本格的に寒くなる前に、担当の者が
集めて来るんです」
「それが今回は、すっかり見かけなかった
という事で―――
無くても死ぬわけではないだべが、
不便この上ないですだよ」
村長とザップさんの話では、この村では
ホット・ストーンという石があり、
熱する事でいつまでも暖かく温度を保つので、
暖房器具みたいな使い方をしていたという。
実際、石を温めて布に包み……
それをフトコロに入れて持ち歩くのが、
カイロのはじまりと言われている。
また熱した石でお湯を作ったりするのは、
私自身アウトドアで経験がある。
「それが今回、無くなっちゃったって事?」
「石が移動するとは思えぬし……
そもそも無くなるようなものなのか?」
メルとアルテリーゼの言葉に、村長は
両腕を組んで考え込み、
「それが全くわかりませんのじゃ」
「オラも確認してきただべが、こんな事は
初めての事でしたべ」
ザップさんもうなるように答える。
「それで不便というか、一番困る事は」
「やはり子供ですかのう。
あれで寒さをしのいでおりましたゆえ」
「ただ食料事情は大幅に改善されて
おりますので、今のところそこまで
差し迫った事態ではありませんだ」
ふむふむ、と妻たちもうなずいていたが、
「んー……
石、ねえ。
やっぱりこれはさー、シン。
一度見てきた方が早くない?」
「我もそう思う。
別に遠くではなかろう?
多少距離があっても、ドラゴンの我がいれば
ひとっ飛びだし」
「ピュー」
それを聞いた彼らは目を白黒させて、
「と、とんでもございません。
そこまでさせてしまうのは」
「食料を持ってきて頂いた上―――
そんな事にお手を煩わせるなんて……!」
わたわたと慌てる彼らに、私は片手を
垂直に立てて振って、
「もちろん、タダでやるとは言いませんよ。
もし解決出来たら、そのホット・ストーンを
いくつか融通して欲しいんです。
もしかしたら―――
料理の幅が増えるかも知れません」
私の言葉に、二人はきょとんとして、
顔を見合わせた。
「あ、あの山のふもとですだ。
いつもはあそこで、ホット・ストーンを
調達しているだべよ」
十分後、私とメル、そしてザップさんは、
アルテリーゼの『乗客箱』で空を飛んでいた。
(ラッチは村預かり)
そして彼を案内人として、すでに目的地の
上空へ到着していたのである。
「わかりました。
アルテリーゼ、どこか適当な場所に
着陸してくれ」
『わかったぞ』
そこで『乗客箱』は近くの広場へと
降り立った。
「それで、ホット・ストーンの特徴は」
「角が丸まっていて、平べったい石だべ。
大きさはこれより一回り大きいくらいだべか」
ザップさんは人差し指と親指で輪っかを作ると、
私たちに見せる。
「そのまま使うの?」
「たいていはそのまま何個か使いますだ。
砕いて使う場合もあるだべが」
「面白い使い道があるものよのう」
歩きながら、ザップさんを守るようにして
現場へと向かう。
雪と氷がまざり、ある程度踏み込むとガチっとした
固い感触が足裏から伝わってきて―――
久しぶりの冬の山道を堪能する。
「……ここですだ」
ザップさんの言葉で、私たちは足を止めた。
しかし、ホット・ストーンらしき石はまったく
見当たらず―――
「石そのものはありますけど……
見事に目的の物がありませんね」
「オラも最初見た時はびっくりしましただ。
誰かの嫌がらせかとも思っただべが、
村のモンがそんな事する理由も無いし……
普通に歩けばここまで時間もかかるべ。
そこまでする意味がわからないだよ」
ため息をつきつつ、ザップさんが説明する。
人為的にしろ―――
ここは村から五分十分で来られる距離で無し。
リスクを考えても、嫌がらせでこうまでする
意味は無いのだろう。
「特定の石だけ、かあ。
う~ん……
何か引っかかるような、記憶にあるような」
「ゴーレムとかかや?」
「んー、そういうんじゃなくて。
何だったっけなあ」
メルとアルテリーゼが話をする横で、
私は案内人のザップさんに声をかける。
「ホット・ストーンがあるのはここだけ
でしょうか」
「多分、ここら一帯にあると思うだべが……
一番多くあったのはここですだ」
私は周囲を見渡すと彼に向き直り、
「ちょっと探索してみましょうか。
数は用意出来なくても、見本があれば
冒険者ギルドに依頼を出すなり、
他領に声をかけて、探してもらう事も
出来るでしょうし」
「だねー」
「どうせすぐに帰れるのだ。
シンの言う通りにしてみようぞ?」
私たちはふもとから、さらに山へ向けて
足を伸ばす事に決め―――
「じゃあ適当な近場から……」
と、私が言葉を続けようとしたところ、
何かを割るような音で停止する。
「な、なんだべこの音は」
「何か壊しているような……?」
「あちらの方から聞こえるようだが」
慎重に音のした方へ進む。
近付いている間も、何かを噛み砕くような音は
聞こえ続け、
「あれは……」
「げ、思い出した。
『石喰い』じゃん」
それを発見した後、私に続くメルの言葉に、
みんなが注目する。
現れたのは―――
地球でいうところのサソリ。
しかしそのサイズはゾウよりも巨大で、
ハサミの大きさだけでもダンプカーのタイヤ
くらいある。
「メルっち、石喰いとは何ぞや?」
「あれ多分……
氷サソリと呼ばれる魔物の一種だけど、
魔物の中には好んで石を食べるヤツがいるのよ。
特にああいう、体表や皮が固いヤツは」
アルテリーゼの質問にメルが説明してくれる。
氷サソリというだけあって、体の表面に霧というか
うっすらと氷雪をまとっているような感じだ。
「どど、どうするだべ?」
ザップさんが震えている。
まあ普通の反応はこっちの方が正しいだろうが……
「じゃあコイツを倒せばホット・ストーンの問題は
解決するのかな?」
「であれば―――
我らが行くか?」
戦闘スタンバイに入ろうとする妻二人を、
私は制し、
「サソリだから毒持っているかも知れないし、
下手に触らない方がいいと思う。
取り敢えず私が行くから―――
2人はザップさんを頼む」
「りょー」
「任せたぞ」
言外に、彼に私の能力を見せないようにという
お願いを含ませると、私は巨大サソリへと足を
進めた。
「キイィイ……!?」
足音か気配に気付いたのか、それは頭を上げて
私の方へ向き直る。
口元からはボロボロと粉状になった石の破片が
こぼれ―――
やはりコイツがホット・ストーンを食い荒らして
いたのだろう。
尾の先の毒針を持ち上げ、さらには巨大な二つの
ハサミを威嚇するようにカチカチと音を立てる。
しかし、ここまで巨大なら逆にやりやすい。
大きなサイズの尾、重機を思わせるハサミ。
体を覆う外殻もかなりの重量になるだろう。
だがそのサイズ比で重力に立ち向かおうとするのは
無謀だ。
ハサミの部分だけでも、一つ百キロは
下らないだろう。
魔力を使ってこそ、その体の機動を維持出来るの
だろうが―――
「その巨体で動ける……
体を支えられるサソリなど、
・・・・・
あり得ない」
小声でつぶやくと、ズシン、と音が周囲に響いた。
持ち上げられていた尾は毒針を重しのように、
その背中へと着地させ―――
ハサミはもう地面から持ち上がる事は無い。
「キシュウゥウ!?
キィッ、キイィイーッ!!」
断末魔のように叫びをあげる巨大サソリ。
そこで私は三人の方へ振り返り、
「メル、アルテリーゼ。
とどめをお願い」
「あいあいさ!」
「運びやすいよう、尾も折っておくか」
茫然としているザップさんをよそに―――
私たちは討伐後の処置に入った。
「ま、魔物退治までして頂いたとは!
この通り、感謝いたしますじゃ……!」
「ホット・ストーンも例年使うくらいの量が
集まっただよ!
これで子供たちを凍えさせずに済みますだ!」
村長さんの屋敷で、私と家族は改めて
お礼を言われていた。
あの後、私たちはまず東の村まで戻り―――
氷サソリという脅威が排除された証拠をまず
見せて、
その後、ホット・ストーンの残りが無いか、
改めて複数の村人たちを『乗客箱』に乗せて
出動した。
トラップ魔法を覚えていたリック君も
合流し……
(■24話
はじめての むらおこし(こうけいしゃえらび)
参照)
幸い、氷サソリを倒した近くにホット・ストーンが
多く残っている場所を発見。
そこである程度石を確保する事が出来たのである。
「いえ、まあ。
それで、あのサソリは頂いていっても
構いませんか?」
食用にはならないだろうが、パック夫妻なら
喜んで研究材料として引き受けるだろう。
コクコクと同意してうなずく父子を前に、
妻二人も会話に参加し、
「そういえば、シン。
あの石って何に使うの?」
「公都の方の防寒対策は、そこそこ
出来ているはずだがの」
「ピュウ」
ホット・ストーンの使い道に興味があるのか、
そっちの方を聞いてくる。
「性質がまだよくわからないから……
いくつかこの村で試していきたいと
思っているんだけど。
ザップさん、これどうやって温めるんですか?」
私が石をつまんで質問すると、
「火の近くで温めますだ。
それだけですごく暖かくなるし、
長い時間温度を保っていられるだべ。
それを布で巻いたりして、布団や服の中に入れて
暖を取るんですだよ」
ふむふむ、と私はうなずき、
「もしこれを火に直接くべたりしたら、
どうなります?」
今度は村長さんが身を乗り出すようにして、
「そりゃもちろんすごく熱くなります。
そのまま使ったら、火傷してしまうほどに。
しかもホット・ストーンは半日くらいずっと
熱を持ったままなので―――
そんな使い方は危険ですよ」
横で聞いていたメルとアルテリーゼも、
「そういう使い方するの?」
「止めはせぬが、ラッチのいるところでは
控えてくれ」
「ピュイ!」
家族も不安そうになっているし、
これはちゃんと実施して見せておいた
方がいいか。
「じゃあ、今日のところは村に泊っていって……
夕食を作るよ。
これでね」
私はホット・ストーンを持って―――
彼らに見せるようにして話すと、その場にいた
全員が首を傾げた。
「うおぉっ!!」
「こりゃまた豪快な……!」
その日の暮れ、東の村の一番大きな飲食店で―――
あちこちから驚きの声が上がる。
同時に、『ジュ~!!』という音も……
「すごい、あっという間に煮えた!」
「ラッチ、危ないから手を出すでないぞ」
「ピュウ」
私の家族もまた、その料理に目が釘付けと
なっていた。
ただ今回の料理は、珍しい食材や加工ではなく、
その調理方法が目を引いている。
作り方は簡単で―――
大きな鍋に水と魚介類と野菜を入れ、
その後、火で熱したホット・ストーンを
投入するだけだ。
あっという間に水は沸騰し、食材に火が
通ったら、魚醤か味噌かみりんもどき……
好きな調味料で味付けを施し完成。
もちろん細心の注意を必要とするが、
インパクトの強い料理の出現に、村人や
お客さんは満足したようだった。
「シンさん!
これは新たな名物料理になるだべ!」
「特に寒い季節にはピッタリです!
体が芯から暖まります!」
ザップさんとバウム村長も、新たな村おこしの
一環として期待を寄せる。
そうして、みるみるうちに鍋は平らげられ―――
「ふ~……
お腹いっぱい」
「堪能したぞ」
「ピュウ♪」
家族が満たされた顔をする中……
私は予めお願いしていた物を持ってきて
もらうよう、店員さんに手を振る。
テーブルの上に出されたそれを見て、
メルとアルテリーゼは、
「え? 何コレ?」
「うどんに……ご飯?」
そこで私は立ち上がり、村長さんとザップさんに
向かって、
「えー、鍋は最後に……
ご飯を入れておじやか、うどんにして
食べるんです。
これを『シメ』と言います。
中に入っている汁はとても味が染み込んで
いますので、どちらも美味しくなりますよ」
それを聞いた室内は一瞬静まり返り―――
「そ、それは究極の選択だよシン!」
「どちらも捨てがたい……!」
「ピュ~……!」
家族は真剣に悩み始め―――
「え、えーと……
それじゃ村長さん、そちらでうどんを
作ってもらえますか?
こっちはおじやを作りますので、
お互い少しずつ交換しましょう」
私の申し出を聞いた他のお客さんたちは、
同じように互いに話を持ち掛け始めた。
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