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多くの人間が住んでいた小さな島国で、今や支配を敷くのは魔物たちである。人間など、外部からやってきたヒルデガルドを除いては、今やひとりもおらず、神を祀り繁栄を祈っていただろう人々の名残でしかないのだ。


「では持ち出させてもらうとしようか」


そうして、宝玉を手にする。全身に伝わる重たい魔力の感覚。イルネスの血を浄化して手に入れた翡翠の宝玉とは違う、特別なもの。何で出来ているのか、彼女にも分からない。魔水晶に似てはいるが、まったくの別物。


(神の涙……。比喩ではなく、本当に神に値する者の創造物のようだ)


宝玉から力を得る方法は都で調べればいい。祠に小さくお辞儀をして静かに扉を閉め、宝玉を持って洞窟の外へ出た。待っていたノキマルは、既に昼食の準備を済ませてくれていて、風に乗ってお茶の匂いが鼻腔をくすぐった。


「おう、用意がいいじゃねえか」


「足音が聞こえてきたものですから」


広げられた風呂敷には弁当箱が並び、豪勢な手作りの料理がぴっちりと収まっていた。丁寧で繊細なそれらにイルネスが目をきらきら輝かせる。


「美味そうじゃのう……。これは誰が作ったんじゃ?」


「わちきだが、何か問題でもあるのかね」


えっ、と声をあげたのはイルネスだけではなかった。ヒルデガルドも彼女を見て目を丸くする。あの大きな手が、どれほど繊細に動くのかと気になった。


「言ったろ。人間つうのはわちきらにとっちゃあ、知識の塊だ。ただ喰うだけじゃあつまらねえってんで、料理ってのを教わったんだ。マツリ通りで遊んだなら分かるだろうが、本来なら料理なんて魔物であるわちきらがやる理由はねえんだよ」


ヤマヒメが料理を嗜んでいるのは、それが『美しい』と心から思ったからだ。ただ胃袋に押し込むだけでなく、作る工程で漂う食欲をそそる香り。できあがったときの彩り。初めて口に入れたときの味わい深さの感動が忘れられない。


これは決して失ってはならない文化であり、記憶だと思ったヤマヒメは、何年も何年も修業を重ねて、不器用だった手は繊細に動くようになり、仲間にも広めるようになった。特に鬼人の女たちは好んで料理をするようになったという。


「わちきは料理が好きじゃあ。こんなもん面倒だと馬鹿にした奴もいたが、丹精込めて作ったメシを美味いと言って食ってくれる奴がいるだけで、心が晴れやかになる。てめえらも食ってみな。その顔が喜ぶのが見てえ」


さっそく座って、お茶を受け取り、ひと口で喉を潤したら、使い慣れない箸を受け取って、使い方を見様見真似で覚えながら料理をつまむ。口の中で蕩けるような甘い卵焼き。かりっと焼けたちょっぴり塩辛い鮭。大きな握り飯の中には、甘辛く炒めた牛挽き肉がたっぷりで、イルネスもばくばくと勢いよく平らげていく。


「美味いっ……! ミモネのメシを上回るやもしれん……!」


「誰か知らねえが、ありがとうよ。酒がありゃあ最高なんだが」


ヒルデガルドも手が止まらない。だが、ふとヤマヒメがいっさい手をつけようとしていないのに気付いて、不思議そうに口端についた米粒をとりながら「なくなってしまうぞ」と言うと、彼女は遠い景色を眺めて、フッと笑う。


「いいさ、わちきは、これを食らうて欲しくて作ったんだからよ」


「なら遠慮なく。……本当に美味いな、君の手料理は」


「カッカッカ! 褒めたところで、今はこれ以上の用意はねえぞ!」


食べすすめるうち、イルネスはじろっと遠く都を見つめて。


「美しい眺めじゃのう。ぬしが言っていた意味が分かる」


誰もが言葉を紡ぐことなく、静かに景色を眺めた。


「儂は愚かだった。これほどまでに美しき文化を亡き者にして、すべてをわが物にしようなどと。こんなもの、どう足掻いても手に入るもんじゃなかったのう」


「ハッ、だからてめえは人間に負けたんだろ」


握り飯を咀嚼しながら、イルネスは「返す言葉もない」と肩を落とす。結局、自ら何かを創り上げてきた人々の叡智の前に敗れ去り、羨望まで抱いたのだから。


「良いんじゃないか、別に。今は違うんだろう?」


「うむ。ぬしのおかげでの」


「私が何かをした覚えはないが……」


「したんじゃ。ぬしには分からずとものう」


ごろんと転がったイルネスは、たらふく食べて満足して、目を瞑った。心地良い涼やかな風に、眠ってしまいそうなくらいだった。


「これほど良い空気の中で食べるメシが美味いとは。いやあ、来た甲斐があったのう。このままずうっと、時間が止まってくれれば幸せなのにのう」


「馬鹿言うんじゃねえよ。時間つうのは進むから面白いんだ」


食べ終えたら、せっせとノキマルが片付けを始めて帰り支度をする。幼子にしか見えないイルネスを、ヤマヒメが抱きかかえた。


「まったく、魔王だった奴とは思えねえな。こんなに小さくなっちまって、わちきにもガキが出来たらこんなふうに抱くんかねえ」


「君はそういう相手はいたりしないのか?」


彼女は首を横に振って、残念そうに言った。


「言ったろ。わちき以外はみんなすぐに死んじまう。つがいを欲しがるなんざ、虚しくなるだけさ。だったら最初からひとりでいたほうがマシだ」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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