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「終わりまであなたと」
🟦🏺 ゾンビパニックもの
※以前に書いたゾンビもの(特殊刑事課オブザデッド、「短い話置き場」に入ってます)と世界観が繋がってそうで繋がっていないのでこれはこれとして読んでいただけると幸いです。少なくとも作者は前作を読み直していません。
「ゾンビもの」という設定一本でマ~~ジでやりたい放題しているのでキャラ、設定崩壊にご注意ください。警告はしました。
「いつかの日」
1
片手に食べ物の入ったビニール袋を下げ、アパートの階段を登る。身体にまとわりつく疲労を振り払うように一歩一歩重い足を持ち上げた。日付が変わる前に帰れるだけで幸せだった。
ポケットから取り出した鍵を差し込み、玄関のノブに手をかける。数度、ゆっくり深呼吸して青井はドアを一気に開けた。
「ただいまぁ、あー疲れた」
手早く革靴を脱ぎ捨てて、電気もつけずにビニール袋をキッチンに置く。気を抜いたら倒れそうなほど疲れた体を動かして蛇口をひねった。音を立てて流れ落ちる水に手を浸していると知らないうちに青井から大きなため息が漏れた。
廊下から差し込む常夜灯の明かりだけが床を照らしている。目が慣れてもなお暗い闇の中で給湯器か何かのLEDだけが死に際のホタルのように光っていた。長いこと手を洗い、タオルを探しているとリビングの方で物音がした。
「ごめんね遅くなって」
薄暗い廊下にリビングの明かりが漏れ出て光の筋を作っている。急に我に返って青井は早足でリビングに向かった。
「帰ったよ、つぼ浦」
「あおせん!」
ドアを開ける。床にぺたんと座るつぼ浦が、片方だけ赤くなった目で青井を見上げてにっこり笑った。
*
両手に2つの皿を持って青井がキッチンから戻ってきた。正確には一つは持ち帰り容器の蓋を取っただけだが。
「お腹すいたよね、ご飯だよ」
「やった、ぜ」
「いや~もう今日は忙しくってさ、ごめんね」
「んーん」
「いいの?ごめんね、つぼ浦」
殊勝な顔を見て思わず皿を置き、青井はつぼ浦の頭を撫で回した。
姿勢も悪く椅子に座るつぼ浦の前に置かれたのは赤い塊の乗った皿だった。血も滴る生肉だ。食べやすく角切りにされ、皿に盛り付けられた生肉はまるで子供の頃に親が切ってくれたカットスイカのようだった。黒い種の代わりに白い筋がみえる肉をつぼ浦はもりもり食べている。左手をグーにしてフォークを握りしめ、不器用な子供のように口に運んでいるさまは遠目に見れば本当にスイカを食べているようにしか見えないだろう。
青井は冷めきったピザを口に運びながら、夢中で肉を頬張るつぼ浦を眺める。冷えてゴムのようになったチーズはプラスチックでも固めたかのようで、ともすれば生肉のほうが美味しそうに見えた。
ふと、食べる手を止めてつぼ浦が顔を上げた。トレードマークのサングラスを掛けていないのであどけない顔があらわになっている。太陽のような左目と、不気味に血走り白目まで黒く濁った右目が青井をじっと見ていた。
「……ん?ピザ食べたかった?」
「ンー」
「どしたの」
「あおせん、た、りる、か?」
回らない舌で頑張って発せられた声、ピザの入った容器を指さされ、青井はやっと理解した。固く湿気た耳の部分を残しているし、なにより最初から2切れしか買っていない。
「俺?大丈夫だよ、最近食欲ないし」
「じじい」
「あァ?!ジジイはピザなんて食べれませんー」
ずっとたどたどしい口調だったのに「じじい」だけははっきり言われて青井は怒るふりをしつつも笑ってしまった。一度笑いだしたら止まらなくなって、つぼ浦に怪訝な顔で見られてもまだ喉の奥でくつくつ笑い続けた。
「ん、だよ」
「ごめんごめん、おかしくて。それにつぼ浦のほうがお腹ペコペコでしょ、俺が持ってこないとなんもないじゃん」
「んあー」
「ごめんね、……本当に」
「んー!」
「え、どしたの?」
「ごめ、じゃ、ねぇ」
頬を膨らませてつぼ浦は向かいに座る青井へと右手を伸ばそうとした。だがすぐに右手を引っ込め、フォークを置いて左手を伸ばした。
「……優しいね、お前は。そんなになってるのに」
伸ばされた手を掴む。つぼ浦の左手は温かい。しかし今伸ばそうとした右手も、そして顔の右側も。まるで生者ではない、冷たく血の気を失った死体のような灰色に変わっていた。
人のままの左手を強く握りしめ、自分の頬に引き寄せる。この手が今日も温かいことに感謝して青井はぎゅっと目を閉じた。
*
食べ残しを手早く片付けて、青井はつぼ浦と一緒に風呂に入った。万年常夏男には小麦色の肌が似合っていたというのに、服を脱がせると死人のような色の肌が痛々しい。
「どんな理屈があったら背中にキレたバナナの刺青入れようと思うんだよ」
髪を洗い終えて、つぼ浦の身体をスポンジで擦ってやりながら青井がため息をつく。つぼ浦の背中にはつぼ浦の背中以外で見たことのない驚くべきセンスのバナナのタトゥーがでかでかと入っている。
「いー、だろ」
「このセンスわかんないなぁ、身体は一生モンなんだよ?もう……」
「ん、あー!」
「はいはい、好きで入れたんだからしょうがないよね、まさか俺に毎晩見られるとは思ってなかったよね」
「イ゛ーッ!!」
青井はなにか言い返そう振り回したつぼ浦の腕を掴んであっという間に泡だらけにする。タトゥーなどというものは自分のために入れるものだ。この距離で誰かに毎日見られることになるなど当時のつぼ浦は考えてもいなかったのだろう。
「こういうの好きなの?お前の愛車もバナーナみたいな名前やん」
「マ、ニャー、な」
「なんて?」
「にゃー、ナ!」
「わかんないけどニャーニャー言ってるの可愛いね」
「ン゛~ッ!!」
舌か頭がうまく回らないのがよほど悔しいのかつぼ浦は楽に動く左足をバタバタさせている。口から生まれてきた男が上手く喋れないのはストレスだろう。青井はつぼ浦の言いたいことをわりと汲み取るが、元来の話の聞かなさが災いして勝手に都合よく受け取ることがあるのでたちが悪い。それでも話を続けてくれるだけでつぼ浦にとっては救いだった。
子供っぽい喋り方のつぼ浦が可愛くて青井は口が緩むのを止められない。しかし目を落とすとふざけた顔の4匹のバナナ、その真ん中の大きいバナナを右から灰色が侵食しつつあった。
昨日よりも明らかに進んでいる。青井は無言で境目を指でなぞって、それから全て覆い隠すようにつぼ浦の背中をスポンジで泡だらけにした。
今日も全身ピカピカに洗い上げて、青井はつぼ浦を抱きかかえる。図体ばかりでかい身体を抱えて一緒に浴槽に入ると大げさなくらいお湯がざぶんと流れ出ていった。
髪が濡れているつぼ浦はまるで雨の日の大型犬、あるいは濡らしたポメラニアンか。思ったよりあどけない顔にぺたんと降りた髪の毛が乗っている。青井は禊のときの黒髪つぼ浦を思い出した。額に張り付いた髪をかき上げてやるとつぼ浦からホッとしたため息が漏れた。
こうして二人で風呂に入って、じゃれるうちに我慢できなくなってそのまま抱き合っていたのも懐かしい。
今はそんなこともできない。それでも膝の上に抱えたつぼ浦の肩に顎を乗せて、気づけば青井は疲労に任せて目を閉じていた。
*
こうなったのは2週間ほど前だ。
ロスサントスに未曾有の大惨事が訪れた。
最初は簡単なエラーだった。心無きの中に、殺されても消えずに生き返るものが現れた。いつも心ありに乱雑に殺される恨みか?何度も殺されたための防衛反応か?理由は市にもわからない。
生き返った心無きに自我はなく、普段よりずっと凶暴で次々に仲間を襲った。動きはぎこちなく、顔は蒼白で、あろうことか生者の生肉を求めて誰構わず襲いかかる。噛まれた人間もほどなくして同じ症状に犯されてしまう。それは有り体に言うとゾンビだった。
そしてとうとう心あり、魂を持つ人たちにもその歯牙が届いた。ゾンビになるウイルスは感染者の唾液に含まれているようだった。
初動の対応を誤ったことでゾンビはロスサントス中に広まってしまった。無からスポーンする心無きが人目につかないところで感染し、数の暴力で心ありを襲う。警察もギャングも隔てなく、ただ生者を守るために皆必死だった。
今のロスサントスは3つの区域に分かれている。ゾンビが侵入しないように通りや建物を封鎖、警察やギャングが防衛している安全区域。まだ制圧しきれていない緩衝区域。そしてゾンビのはびこる危険区域。
その日も危険区域で孤立した白市民を安全区域まで避難させるために警察官たちが各地へチームを組んで出動していた。いくつか編成されたチームの中につぼ浦もいた。特殊刑事課も警察の立派な戦力だ。キャップもつぼ浦もできる限りのことをしていた。
特に今回の現場はE5’sバーガーだった。以前から足繁く通っていた馴染みの店からの救援要請につぼ浦も思うところがあったのだ。
運が悪かったのは想定よりもゾンビ化した心無きが多すぎたこと。そしてゾンビの群れの中に見知った顔が何人もいて、処理をためらってしまったこと。
航空支援担当の青井はヘリで救援に向かった。無線には『弾丸が足りない』『数が多すぎる』とかいう現場の悲劇的な声しか入ってこない。補給物資を積んだヘリが離陸した直後、『俺がこいつで引きつけるぜ!』という元気な声が聞こえてきた。
黒い鬼のヘルメットの下、青井の顔から血の気が引いた。操縦桿を掴む手が震え、貴重な物資の箱が暴れるのも気にせず機体を大きく振ってスピードを上げる。
『なにしてんの、つぼ浦?!』
『アオセンか?俺が正面で引きつけて、みんな裏口から逃がすんでヘリは裏に止めてください』
『なに言ってんの、もうすぐ着くから待ってよ』
『バリケードがもたねぇ、銃なんかなくても俺にはバットがあるからな』
『もう着く、もう着くから!』
返事はなかった。E5’sバーガーの屋根が見えてきた。正面には心無きの死体がいくつも転がっていた。まだ動く数体とやりあうカラフルな服の男が一人。
青井が見たのはバットを取り落とし、右腕に噛みつかれるつぼ浦の姿だった。
そこからのことを青井はあまりよく覚えていない。残っていたゾンビをブレードで吹き飛ばし、つぼ浦に駆け寄った。傷口からはほとんど血が出ていなかった。それどころか血がどんどんと黒ずんで濁っていく。
無線になにか引き継ぎの言葉をかけたはずだが内容を思い出すことができない。ヘリは乗り捨てて、誰かのパトカーを奪って後部座席につぼ浦を押し込んで一心不乱にアクセルを踏み続けた。
つぼ浦はみるみるうちに変貌していった。ルームミラーに映るつぼ浦はろれつが回らず、目も虚ろで、安全区域にある青井のアパートについた頃には四肢もすっかり温度を無くしていた。
それでも肩を貸して、半ば引きずるようにつぼ浦を部屋に押し込めた。ついさっきまでこれは愛だったはずだった。そして今も、諦める理由はなにもなかった。
ここまでやって、青井はこれからのことをなにも考えていなかったことに気づいた。目の前ではつぼ浦が、それでも必死に人間であろうと耐えている。青井を肉としか見ていない不気味に血走る右目とは逆に、左目はまだ愛する人の姿をはっきりと捉えていた。
選択肢は多くなかった。そして時間も。どの選択もつぼ浦を苦しめることになる。死ぬことも殺すことも考えた。だがそれ以上につぼ浦が他の人間を食う化け物に変貌すること。この太陽のような男が地獄の幽鬼になること。それがつぼ浦の尊厳に一番そぐわないと青井は思った。
手に握っていたのは銃ではなく注射器だった。試作品として今朝警官に配られた待望のワクチン。しかし感染前に打つもので感染してからでは効果の程は保証できないと聞かされた。青井もリスクとリターンを考えて一瞬打つのを迷ったのだ、どうせ注射嫌いのこの男は打っていないのだろう。
ほんの少しだけ躊躇して、青井はそれをつぼ浦の太ももに突き立てた。
その日は廊下で寝た。万が一にもリビングのドアが開かないように青井は硬い板にもたれかかった。そのドアを引っかく音や言葉にならないうめき声が背中越しに伝わってくる。一秒ごとに最愛の存在が損なわれていく。青井は両手で顔を押さえ、逃げるように目を閉じた。時間が過ぎることだけを願って、悪夢なら覚めることを祈って目を閉じた。
夢は一切見なかった。現実のほうが悪夢だった。眠りとも言えない眠りから覚めたころ、玄関脇のガラスからは青くなりはじめた夜明けの光が見えた。
もう背後から音はしなくなっていた。不自然な姿勢で固まった足を解きほぐし、壁を頼りに立ち上がる。
ドアノブに手をかけて、しかし青井は立ち止まった。これからどうするべきか。なにが最良なのか。
つぼ浦は、なにを望んでいるのか。
迷った手が腰に下げた銃に触れた。そこに冷たい金属の殺意があることを確認してもう一度手をノブに掛ける。
何一つ答えは出なかった。それでもすべての責任を取るために青井はドアを開けた。
椅子は倒れ、壁には深い爪痕と黒い血のシミが残されている。割れたコップや引き出しのものが散乱する中、引き裂いたカーテンを寝床に床で丸くなるつぼ浦がいた。
「つぼ浦……」
灰色に変色した肌と南国アロハ柄はミスマッチだった。居ても立っても居られなくて青井は投げ出された手を取った。口ばかりがわななくのに声が出ない。氷のように冷たい灰色の手を両手で掴み、せめて温かさを与えようと強く握りしめた。
不意に冷たい手に力がこもった。ハッとしてつぼ浦の顔を覗き込む。
閉ざされていた両目がぱちりと開いた。
「つぼ浦、……ごめんね」
ゾンビが目を開けた。しなければならないことを青井は嫌というほど知っている。
どうしても身体が動かなかった。少しだけ温まってきた冷たい手が、青井を見つめる異様な目が、変わってしまっても最愛のつぼ浦そのままだったからだ。
「ア、オセ……ン?」
もう聞くことのできないと思った声だった。
「……え?つぼ浦、お前」
「アオ、セン、だいじょ、ぶ、か?」
困惑したように身体を起こすつぼ浦に青井は声を上げて抱きついた。
左目は人のままだった。左手も、左足も。というよりつぼ浦はまだ半分もウイルスに侵食されていない。ワクチンは治すことはできなかったが、侵食を止めはしたのだろう。
半分だけ冷たい身体を抱きしめて、青井は目が溶けるほどに泣き続けた。
*
ちゃぽん、水音が聞こえて青井はハッと目を覚ました。つぼ浦の肩に乗せていた顎が滑り落ちそうになり姿勢を正す。
「……うー?」
「ごめんごめん、寝かけてたわ」
一瞬のまどろみのせいで逆に頭が痛い。明日も朝は早いのだ、青井はつぼ浦を引っ張り上げて風呂から上がった。
つぼ浦を新しいスウェットに着替えさせ、茶けた金髪をドライヤーで乾かしながらぼんやり鏡を眺める。鏡の中の青井はお世辞にも健康そうとは言えない。その下、ぎゅっと目を閉じて神妙な顔をしているつぼ浦を見て思わず笑いが込み上げた。椅子に腰掛けて髪をタオルでワシャワシャされたい放題になっている。青井はいつかネットで見た顔にドライヤーをかけられるハスキーの動画を思い出した。なにがなんだかわからず熱風に翻弄される様子が可愛くてたまらない。
青井が髪を乾かしている間、つぼ浦は椅子に座ったまま「あ」とか「う」とかなにか声を出していた。半分ゾンビになってからつぼ浦はまともに文章を喋れなくなってしまった。それでも頑張ってなにか言おうとしているのかな、と微笑ましく見ていたが青井は急に嫌な予感がして髪が生乾きなのも無視してドライヤーを棚に投げ込んだ。
「ね、つぼ浦」
「……うー」
「こっち見れる?」
目線の高さまでしゃがんでつぼ浦の視界に入ろうと身体を傾ける。何度か太ももを叩かれて、つぼ浦はやっと色の違う2つの目で青井を見た。
「つぼ浦、俺は誰?」
なるべく平静を保って、しかし少し緊張した声で青井は真っ直ぐに問いかけた。
つぼ浦の目は青井を捉えている。赤く染まる右目に不気味な光がちらついた。
「あ、う」
精一杯口を開け閉めするのに声が出てこない。つぼ浦にも焦りが見えた。小さく舌打ちをして青井はつぼ浦を抱きかかえてリビングに連れて行った。
仕事着のポケットから筆箱ほどの大きさのケースを取り出す。中には手書きのラベルの付いたカートリッジ式の注射器が数本収まっていた。
あの日、試作品のワクチンを投与したおかげで奇跡的につぼ浦は人間の領域に引き止められた。しかしウイルスの侵食を完全に止められたわけではない。徐々に現れる人間性の欠如、特に青井の名前を言えなくなったら危険信号だ。
「ごめんね、ちょっとチクッとするよ」
キャップを外し、裾を捲って太ももに針を突き刺す。いわゆる普通の注射器の形をしていなくてよかった、と青井は思った。注射嫌いのつぼ浦が、この状態でも大人しく注射をさせてくれたとは思えない。
二人で向かい合って床に座ったまま、青井はつぼ浦の身体を抱きしめ続けた。今ある全てのワクチンは実験段階のものだ。効果はまちまちで、時間も不安定だった。祈るようにしばらく抱きしめていると腕の中でつぼ浦がモゾモゾ動きはじめた。
「あおせん?」
ひょこりと顔を上げて最愛が青井の名前を呼んだ。安堵と愛の混じったため息をついて青井は優しい微笑みを返す。
「気がついた?こんなとこじゃなくてベッドいこっか」
「べ、っど?!」
「ちょ、なに考えたの?なんもしないよ、お前大変なんだから」
意識を取り戻して早々につぼ浦は頬をピンクにしている。深刻さの欠片もない。見た目がちょっとゾンビになっただけで中身はなにも変わっていない、ウブで可愛いつぼ浦だった。
つぼ浦の身体を支えてベッドに優しく寝かせた。青井も大人しく横に潜り込んで、図体のでかいつぼ浦がはみ出さないように布団を手繰り寄せる。
「おやすみ、つぼ浦。また明日ね」
「おや、す、あおせん」
半分だけ変わってしまっても、愛する人の顔が目の前にある。青井は思わずキスをしそうになってぐっとこらえた。ゾンビのウイルスは唾液に含まれているらしい。キスはご法度だ。
薄暗い部屋の中、青井の目の前でつぼ浦は目を閉じている。しかし青井は知っている、ゾンビは夜は動きこそ鈍くなるが睡眠は必要ない。つぼ浦も自分に合わせて寝たふりをしてくれているだけなのだと。その証拠に呼吸は浅く、目もたまにちょっとむずむず開けてみたりしている。
そんなつぼ浦の芝居に気づかないふりをして青井はつぼ浦の身体を抱き寄せた。それだけでカエルみたいに肩が跳ねている。演技が下手だなぁ、苦笑しながら足を絡めて抱き寄せると、右半身の冷たさが嫌というほど伝わってきた。
つぼ浦が人の食べ物を受け付けなくなったのが4日前、睡眠が必要なくなったのが3日前。
明日はなにを失うのだろうか。その恐怖を追いやるようにつぼ浦の両手を手で挟む。右手は死体の冷たさだったが左手は子供くらい体温が高かった。
「……一緒にいるからね」
小さくつぶやくと鼻をすする音が聞こえた。青井の手が冷たくなる代わりにつぼ浦の右手がだんだん温かくなってくる。このまま熱を分け与えて、起きたら全てが元通りになる淡い夢を抱いて青井は眠りに落ちた。
あの日、全てが終わったと思ったあのとき。絶望を覚悟でドアを開けて、つぼ浦が名前を呼んでくれたとき。
それが今の青井のすべてだった。
2,102
673
345
冬椿
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コメント
4件
誤字で上げ直し失礼します💦 毎日更新されてないか通知で確認する日々を送ってます🙄💖✨定期的に作品見返しすぎてそろそろ台詞覚えてきました…💦😭続き永遠に待てます𝐵𝐼𝐺 𝐿𝑂𝑉𝐸____✨💞👊💥

読んでいただきありがとうございます。いつもなら長編はほぼラストまで書いてから順にあげているのですが、今作は難航していていつもより間隔あけてアップさせてください。なんか本編大変なことになってますね(他人事)