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夏休みに入る 一週間前のこと——
「木村、清水のお見舞いに 行ってくれないか。」
放課後前、担任に 呼ばれてそう言われた。
一瞬だけ言葉に詰まって、すぐに 笑う。
「分かりました、 放課後ですよね。」
学級委員だから。
それだけで 十分な理由だった。
放課後、海利君の家
インターホンを 押すと、
少し間があって ドアが開いた。
そこに立っていた 海利君を見て、
私は一瞬だけ 目を瞬かせる。
マスクをしていない。
「あー、来たんだ。」
声は いつも通り淡々としている。
顔色も、見た目も、 そこまで悪くない。
「先生に頼まれて ゼリーとか…」
海利君は 一度それを見てから、
受け取らなかった。
「いらない。」
「別に 大したことじゃないし」
風邪って聞いたけど——
その言葉は喉で止める。
マスクしてないな って思ってた。
でも、それを口に出すほどの 理由も、資格も
私にはない気がした。
「すぐ 帰るから」
そう言って、また 笑う。
「…本当に、それ 好きだよね。」
「え?」
「そうやって、勝手に 線引くとこ。」
海利君は 視線を落としたまま言う。
「近づいてる感じで、実際は 一歩も来ない」
胸が、少しだけ 痛む。
「学級委員の仕事だから 来ただけでしょ」
「心配とか、そういう顔すんなよ。」
「そんなことな——」
「あるよ」
「自覚ないのが、一番タチ悪い。」
何も言えないまま、しばらく
沈黙が続いた。
「木村ってさ、」
「良い人 でいるの、楽そうだよね。」
「…楽じゃないよ、」
反射で 言っていた。
はっとして、前を見ると
海利君は 小さく笑った。
「じゃあ、やめればいいのに。」
その一言が、妙に 重かった。
「何も言わないで」
「何もしないで」
「それで全部分かった顔するの、正直ムカつく」
言葉が鋭い、 でも怒鳴らない。
ただ 突き放す。
「もういい」
「帰って。」
「…分かった、お大事に。」
最後まで 声の調子を変えずに、私は笑った。
ドアが閉まる直前、
海利君が 一度だけこちらを見た。
何か言いかけて、結局 何も言わなかった——
帰り道
歩きながら、さっきの 光景を思い出す。
風邪じゃない って言い切っていた所。
何だか バツが悪そうに俯く海利君。
でも、それ以上に残っているのは あの言葉。
「良い人でいるの、楽そう」
中学の頃
「花ちゃんって、良い人だよね! 」
その一言を言われた瞬間、
胸の奥で 何かが 音を立てて崩れた。
良い人——
その言葉に、逆らえなくなった。
怒らない
否定しない
誰かを助けるふりをして、誰の側にも 立たない。
そうしていれば、
嫌われないと 思った。
正しいことをしなくても、
笑っていれば 許されると思った。
だから今日
海利君に 踏み込めなかった。
あれ以上 近づいたら、
良い人 じゃいられなくなる気がして。
「良い人ってなんだっけ。」
コメント
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いい人という言葉が花ちゃんにとっては重苦しいもので、鎖なんだと今回のことで分かりました。かいりくんかなぜ休んたのかも謎深いので次の話が楽しみです