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邸に戻りレオンに会いに行く。乳母に抱かれているのを渡すよう命じレオンを抱いたまま薄暗いキャスリンの花園を歩く。後ろにはハロルドがついてくる。トニーは門番のところへ置いてきた。
「重くなったな、お母様が戻るまでもう少し待てよ」
レオンは僕の服を掴み庭を見回している。時折小さな手に頬を叩かれるが痛くもない。
四阿の近くまできた時にトニーが走りながら近道を使い向かってくるのが見えた。
「カイラン様、アンダル様がいらっしゃいました」
「リリアンのことは?」
「話しておりません」
「話さずここへ連れてこい」
トニーは頭を下げて足早に離れていく。
アンダルが可哀相だな、あの女に出会わなければ今頃マルタン小公爵だったのに。僕もアンダルも阿呆ということだ。アンダルはこの事態をどうするつもりなんだ。
「カイラン!」
アンダルは先導するトニーを振り切り、花達を踏みつけて僕に近寄る。僕が抱いているレオンに気づき踏み留まった。
「アンダル、久しぶりだな。息子のレオンだよ」
僕は笑顔でレオンの頬をつつく。言葉にならない声を発する姿が可愛い。
「ああ、お前に似てる」
真実を知らない者は皆が言う言葉だ。
「手紙は届いたか?」
僕の隣で警戒するハロルドを横目で見てアンダルが尋ねる。
「さっきゾルダーク領から帰ったんだよ。お祖父様の葬儀式があってね」
アンダルは知らなかっただろう。目を開き驚いている。
「それは…忙しい時に僕はきたんだな。すまない」
「僕だけ先に帰ったんだ。手紙だろ?着いた時に読んだよ」
アンダルの表情は暗い。服も乱れて幾分痩せたか。
「リリが来ていないか?」
僕は抱いているレオンの背を撫でるだけで答えない。
「王太子は領から出たら消すと言ったけどな、王家には行ってきたのか」
アンダルは激しく首を横に振る。また迷惑をかけるからな恥ずかしくて行けなかったか。
「座ろう、トニー飲み物をくれ」
レオンをハロルドに渡し四阿へ向かう。ハロルドは近道を使い邸へ向かった。
「アンダル、何故リリアンを外に出した?」
「僕だって仕事をしてるんだ、ずっとリリを見張ることはできないよ」
随分憔悴している。男爵領での日々が想像できるな。
「脚の腱を切ったらよかったのに」
僕の一言に驚きアンダルは立ち上がる。
「カイラン!何を言う!そんな酷いことできないだろ!」
アンダルは昔から優しい。王子という立場なのに僕の悩みを聞いて共に悩んでくれて。だがそれでは生きていけないだろうに。
「酷い?殺される方が酷いだろ。走れなければ出ていこうなど思わない」
アンダルは震えながら椅子に座る。
「アンダル、少し冷酷になれよ。何故リリアンを許せる?あんなに酷いことを言われてもまだ許せるほど愛は深いのか」
アンダルは学園の時から僕の理解を越えるほどにリリアンを愛し続けてきた。僕ならあんなことを言われたら逃げ出しても放っておく。
「…なんのために全てを捨てたと思う。リリのためだぞ!王族から男爵に落ちてまで添い遂げる決意があったんだ!」
「凄いな。許す許さないは関係ないのか」
「ああ!リリが嘆いても僕が苦労しても何も変えられない!男爵領で生きるしかないのに…なんて彼女は愚かなんだ」
アンダルは頭を抱え項垂れている。
「見つけたらどうするんだ、連れて帰るのか?王家でも探しているだろ」
「父上に謝って、今度こそカイランの言うとおり脚の腱でも切るか…それでも駄目ならリリは殺される」
もう遅いだろ。何度陛下に謝ってるんだ。
「迷惑な息子だな、己の愛のために謝ってばかりじゃないか」
アンダルは泣き出した。
「そうだよ、迷惑な息子だよ。どうしたらいい」
アンダルはリリアンを見捨てられないな。リリアンの存在自体が生きる意味になっている。だが、あれだけのしつこさを持つのなら脚の腱を切っても不安は残る、アンダルに強い意志が必要だな。
「アンダルはどうしたい、リリアンを見つけたら男爵領に二人で戻るのか」
「戻るよ。リリのいない男爵領などいても仕方ないだろ」
リリアンがいなくてもアンダルはスノー男爵だから逃げられないけどな。
「僕に探すよう頼むつもりか?」
「…王宮には行きたくないよ。ジェイドとルーカスの冷たい目線には耐えられない」
アンダルは項垂れたまま答え、頭を振り頷いている。
「学園の頃は確かにリリアンを好いていたよ。だが今は邪魔なだけだ。彼女は頭がおかしい」
僕の冷酷な答えにアンダルは顔を上げる。アンダルのことは大切だけどリリアンはもうそんな存在ではない。
「カイラン…変わったのか?」
「変わった?そう見えるのか、よかったよ。昔の自分を悔いてばかりなんだ。アンダル、お前の頼みなら僕の力の及ぶものならなんでもする。だがリリアンを許すことはできない」
僕は王家に始末をつけさせたい。
「カイラン…僕はどうしたらいい…」
「お前の予想通り、ここに来たから捕まえておいた。でも彼女は諦めないだろうから、また逃げ出すだろ」
「本当か!?ああ、よかった…」
自慢の髪の色を変えて貧相な服に身を包んでまでやって来たことは知らないだろうな。
「しかし、よく王家の監視を抜けたな。王太子に嘘をつかれたか?」
「監視はいたんだ、何度か捕まって戻されて…それでも諦めなかったんだな…ミカエラが婚姻したろ?それがお祭りの様だと男爵領まで噂が流れてきたんだ。羨ましいって呟いて…っ」
嗚咽を漏らすアンダルに何を言ったらいいかわからなくなる。
「アンダル、何故ミカエラ嬢を軽んじた?」
今まで謎だった。婚約者に対してあまりにも不誠実なのはアンダルらしくなかった。本人に謝罪もしてないはずだ。ミカエラ嬢の悪い噂など聞いたこともなかった。リリアンに恋をしたとしても遠ざけ避けて無視までしていた。
「ミカエラはあの見た目通りの身持ちの悪い女だと聞いたんだよ。そういう女性は受け付けない」
「誰がそんなことを吹き込んだ?」
「吹き込むって事実だろ」
「彼女はそう見えるかもしれないが真面目で大人しい令嬢だよ。お前は誰に騙された?」
確かにたれ目がちな大きな瞳と厚い唇、大きな胸がそう見せているが、身持ちの悪い女なんて噂聞いたこともない。
「カイラン、リリアンが憎いのは理解したけど今そんな嘘を言わないでくれ」
アンダルがここまで信用する人物なんて少数だ。陛下、王妃、ハインス、王太子…父上は無いよな。
「マルタン公爵が抑え込んだと噂に聞いたよ」
「アンダル、そんな噂は一度も出回ってない」
僕の真剣な表情にますます顔色を悪くする。今さらな話だが誰かの悪意を感じる。何をしたかったんだ。アンダルがミカエラ嬢を嫌うよう動くなんて誰が得をする。マルタン家に力を付けさせないためか…だが王家の人間はマルタンに婿入りさせたかったろうに…何があった?
「カイラン、それは事実か?」
アンダルのここまで険しい顔は初めて見る。
「あぁっ兄上!」
アンダルはトニーの用意した紅茶の茶器を腕を振って机から払い落とす。薄暗い四阿には陶器の割れる音が響く。
「王太子が…」
「ああ!僕にそう囁いたんだよ!」
なぜ王太子がそんなことをする。マルタンが気に入らなかったか?しかし公爵家に婿入りするにはマルタンしかないじゃないか…まさか…いや、そうなのか。ふと湧いた疑問をアンダルに投げてみたが、これは…陛下は知っているのか、王妃は?王太子の秘密を握ったな。倶楽部でテレンスのことを聞いたのは探るためか。マイラ王女と婚姻が早まったのは、テレンスとミカエラ嬢の婚姻後すぐに披露されたのは…自棄になったのか?
アンダルは頭を掻きむしり叫び声を上げる。信じていた、尊敬していると言っていた兄の所業は許せないだろう。
「落ち着け!アンダル。今のお前は無力なんだ!騒いでも陛下さえお前の話は聞かないぞ」
「だが!許せるか!?なんて…なんて卑怯なんだ!」
「王太子はミカエラ嬢を?」
碧眼は血走り怒りの中にあるとわかる。こんなアンダルは初めて見る。
「それしかないだろ!」
この事実をどう使うかによって僕に力を与えてくれる。
「落ち着け、昔のことはもう忘れろ。今はリリアンだろ?」
怒りでリリアンさえ忘れていたアンダルは拳で机を叩き大きな音をたて、動きを止める。
「ああ、すまない。今さらだ、僕が愚かだった。今まで騙されていたが今の僕は男爵だ、ジェイドは国の王太子、未来の国王だ。騒いだところで殺される」
「そうだ、王太子ならそうする」
僕はアンダルに死んでほしくない。男爵でも生きていてほしい。
「会いに来ない僕を心配して何度も手紙を送ってきてた。メイドに書かせていると思っていたが…」
王太子は相当ひねくれてるな。だがそれを信じたのはアンダルだ。
「ああ、カイラン…頭がおかしくなりそうだ」
「お前は騙されたが信じたお前の責任だ。王家はリリアンが逃げたことも知って探しているだろう、ゾルダークを見張らせていたかもしれないな…今の彼女は髪も黒く染めて平民の服を着て変装してるからな…声で知られたかもしれない」
リリアンの大きな声は通りに響いた。いくら変装しようとおかしな女がゾルダークに捕縛されたことは知られる。リリアンだと思うだろうな。
「髪を黒く?そこまでしたのか、もうなんなんだよ!そんなに王都にいたいのか!」
「彼女の願いは知ってるだろ。王都の邸に住んでドレスを着て夜会に行きたいんだよ。頭の中はそれだけだ」
「それを叶える相手なら僕でなくともいいんだろうな…はっ僕は間抜けだな」
そうだな。兄に騙されて愛した女には逃げられてな。間抜けにしか見えない。
「どうする、リリアンを連れて帰るか?冷静でいられるか?」
もうアンダルの瞳は虚ろになってる。正気じゃいられないだろうな。
「脚の腱を切って連れて帰る。手配を頼めるか?」
アンダルがここまでするならリリアンも逆らわないだろう。
「医師がいるな、用意する。彼女は外で騒いだ。王宮の騎士が来るぞ、どうする?誤魔化すこともできるが疑いは残るから見張られるぞ」
「ジェイドの嘘をマルタンや世間に流すと脅すさ。王家の信用などまた堕ちる。それは嫌がるはずだよ」
「殺されるぞ、僕が王太子と交渉する」