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「師匠ー! 待ってくださいよ!!」
足が長いことでも自慢したいのか。颯懍は歩くのが早い。やっと追い付いて後ろをついて歩いた。
行灯に照らされた通りは人で賑わい、店からは楽器の音色や楽しげな笑い声が聞こえてくる。
やっぱり怒っちゃったかな。
よく考えてみたら、人の気持ちも考えないで強引だったよね……。400年と変えられないものを変えるには、このくらいした方がいいと思ったんだけどな。まさか遊郭で颯懍の知り合いに会うなんて、思ってもみなかった。
「あの……師匠、ごめ…………うっぷ!」
謝ろうかと顔を上げると颯懍が急に立ち止まった。おかげで背中に激突して突き飛ばされそうになった私の腕を、颯懍が掴んだ。
「いる」
「いる? 何がです??」
「お主は本当に鈍いな。さっきもそうだったが、もう少し人を疑った方が良い。……そこがいい所だとも言えるが」
――――!
唐突に褒めるのとかやめて欲しい。ダメ出しばかりするかと思えば、こうやってたまに褒めてくるんだよなぁ。
ちょっぴり照れて言い返そうかと思ったら、既に颯懍の姿は無かった。
「あれ? 師匠?」
キョロキョロと辺りを探すと5、6丈程先に颯懍の姿を見つけた。
少し着古した服に身を包んだ男性に声を掛けているようだ。
「バレているぞ」
「仙か」
答えた男は振り向きざまに、片手を勢いよく上げた。
ヒュっ、と風を切るような音がしたかと思えば、近くにあった柳の木の上部がスパンと綺麗に切れてしまった。
「危ないっ!!」
通行人が倒れ落ちてきた木の下敷きになる!!!
私が仙術を使うよりも、颯懍の方が遥かに早かった。
風で落ちる速度が遅くなったその隙に、颯懍は下敷きになりそうだった女性を抱き抱えて避けていた。
その手に抜き身の剣が握られているということは、男が繰り出した風の刃を、颯懍が軌道を変えて回避した。と言った所だろう。
あの男、妖だったんだ。
気配をよく見てみれば確かに、人とは違う気の流れと、そして穢れを感じる。
「客の振りをして食べていたのか」
「夜鷹の掃除をしてやっていたのさ。要らん人間を喰ったところで、誰も文句は言うまい?」
路上で身を売る最下層の遊女ならば、いなくなった所で誰も騒いだりしない。これまでひっそりと貪っていたのかと思うと反吐が出る。
「明明、お主がやれ。周りは俺が何とかするから、好きなように動いて良い」
「はい!」
何の妖だか知らないけど、容赦しない。
だいたい、要らない人間ってなによ!!
思い出しただけでムカムカしてきて、沸騰しそうだ。
さっきの様に咄嗟に出す術というのは、自分が1番得意とする属性の術であることが多い。だからこの妖の場合は風を起こしていたから、きっと木に属する仙術が得意なはず。
颯懍の様に、その場で金属を創り出して剣にするなんて出来ない。持ち歩きやすい小さめ剣を取り出して一振りすると、私でも扱いやすい長さの剣に変えた。
金剋木。
金は木に剋つ!
剣を握りしめて妖へと突っ込んでいくと、やはり、風の刃が飛んできた。男が手を振り上げる度に、鋭い空気が襲いかかってくる。
男の繰り出す猛攻撃に、服は愚か身体中が切り傷だらけになってきた。頭の上でお団子にしていた髪紐も斬られて、長い髪が邪魔になる。
何とか別の術も使いたいところだけれど、その隙が見つからない。
昔、似たような攻撃をしてくる妖に出会った時には颯懍は、妖の正面を剣で相手しながら、背後に火を放って倒していたっけ。
そこまでの技術をまだ身に付けられていないことが悔しい。
「ほら、どうしたんだ女道士よ。お前を喰ったらそこそこに陰の気が手に入りそうだ」
こいつ……! やっぱり妖には女ってすぐバレちゃうのか。焼けっぱちになって思いっきり剣を振り風の力を付与してみたが、あんまり意味が無かった。相手の風とぶつかり合って、物凄い暴風が一瞬、吹き荒れた。
やばっ!! 周りの人は?!
血の気がサッと引いて周りの様子をチラリと見たが、問題はなかったようで、颯懍が涼しい顔をして近くの屋根の上から見ている。
「気にせずやれ」
「はい」
「お前の師匠は薄情だな。あんな所で高みの見物か。かっ、かっ、かっ」
颯懍は基本的に、私が死にそうにならない限り手を出さない。これまでそうやって修行を積んできたし、それが颯懍のやり方だと知っている。私が最大限に成長出来るように考えてのことだって、ちゃんと分かってる。
もう一度剣を握りなおして妖へと向き直ると、僅かに顔に、虎のような縞模様が浮かび上がっていた。
「笑っているけどあなた、精気が足りなくなってきたんじゃない? 縞模様が出てきてるよ、虎の妖さん」
「――っ! うるさい! お前を殺して喰えばなんの問題も無いからな」
人型を保てなくなってきたという事は、あともう少し!
さっきと同じ様に斬りかかりに行くと見せかけて、思いっきり剣を振り上げた。
「馬鹿の一つ覚えか?」
余裕の表情で手を振り上げようとした虎男の顔が、異常に気が付いて歪んだ。
「なっ……!!」
「もらったあぁぁ!!」
氷漬けにして動きを封じた虎男は動けない。
こいつが例え火の仙術を使って氷を溶かしたとしても、その前に斬ってやる!
間近に迫る虎男の顔。
それなのに――。
どういう訳か、私の視界は上下が逆になった。
「えっ、なに?! ひゃああぁぁっ!!」
足首を近くに生える柳の木の根で縛り上げられ、逆さ吊りにされてしまった。
その間に氷を溶かし、身動き出来るようになった虎男と一気に形成が逆転。今度は私が顔を歪める番になった。
「こんな根っこ!」
たたき斬ってやる! と思っても、剣はさっき吊り上げられた衝撃で地面に落ちたまんまだ。
それなら敵と同じ様に風の刃で、と風を巻き起こしてみても、木属性の仙術を使う能力は相手の方が上。見事に阻止された。
それなら燃やしてやる!! と火をおこそうとしたが、その前に濃霧が立ち込めた。木の根が湿り火がつかない。
完全に、相手の方が精気を縒り合わせる速度が早い。
違う属性の術を出すには、同じ属性の術を出すよりも時間がかかる。特に陰から陽、陽から陰と言ったように相対する属性だと尚更。
私が違う属性の技を出すのには、1拍どころか2、3拍はかかってしまう。
「さてさて、美味しい夕餉を頂くとするか」
「きゃあああああああっ!!」
ぶうーんっ、と根っこが大きく振りかぶり、そのままの勢いで思いっきり地面に叩き付けられる!
かと思った。
地面スレスレの所で動きがピタリと止まって、まだ宙ぶらりんになっている。
「??」
「そろそろ選手交代だ。弟子をたたき肉にされる訳にはいかんのでな」
颯懍は屋根の上からひらりと飛び降りると、こちらへやって来て私の胴に腕を回した。次の瞬間には根っこの束縛から解放されて、無事、着地出来た。
斬った訳でも、燃やした訳でもない。なんの術も使って無さそうなのに、なんで根っこを解けたんだろう?
虎男も私と同じ疑問を持ったようで、怒鳴り散らしはじめた。
「どうなってんだこりゃ!? 俺はまだ術を解除してないぞ! 何で思い通りに動かない?!」
「ど阿呆め。そんなの決まっておろう。お主より俺の力の方が上だからだ。この木の根の主導権は俺にある」
「馬鹿なっ……!」
あっという間に木の根にグルグル巻にされた虎男。じゃなくて、もうほとんど虎だ。人型を維持出来なくなり、獣型に戻ってしまっている。
「さて、どうやって痛ぶろうか? お主がしようとした様に、何度も叩いて潰して殺すか?」
背筋の凍るような笑みを浮かべ、ポンポンと虎の頭を叩いて遊んでいる。
こわっ、こわっっ、こわっっっ!!
「なんてな。俺はそう言う趣味は無い」
言うが早いか、既に虎の首には剣が突き刺さり、次の瞬間にはボッと火がつき燃え上がった。灰になるまで十秒とかからなかったんじゃ無いだろうか。石畳が高熱で割れていた。
「やっぱり師匠って、かっこいいですね」
最近、颯懍のポンコツな所しか見ていなかったので、改めて女性関連以外の事はやる男だと見直してしまった。
「やっぱりって何だ。やっぱりって。それより早くここから逃げるぞ。今日はもう疲れた。人が集まってくるのは勘弁だ」
「ええ? でも石畳がボロボロですよ」
虎男が根っこを使ったせいで、通りに敷かれた石畳の一部が崩れてぐちゃぐちゃになってしまっている。颯懍が風を相殺して防いでくれていたおかげで建物への被害はなかったものの、申し訳ない。
最初から颯懍が虎男の相手をしていたらこうはならなかったと思うと、まだまだ自分の力不足を感じる。
「そんなの役所の者にでも任せておけ。こっちは妖を1体殺ったんだからチャラだ。行くぞ」
傷だらけの私を何時ぞやのように、肩に乗せて颯懍は走り始めた。
これじゃ私、米俵だな。
お姫様抱っこをするという発想は無いのだろうか。
ちょっぴり不満が残る明明だった。