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三文小説
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#mmab
七瀬⛄️
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ふと目が覚めると、海にいた。
冬の海だ。
海風が心地よく頬を撫で、潮のにおいが鼻腔をくすぐる。
目の前には、日が沈みつつある、鈍い碧色の海が広がっている。そして、そんな海の中に入っていく阿部ちゃんの姿があった。
冬だというのに、靴も靴下も脱ぎ、ズボンを膝の上まで捲り上げて、白い飛沫に足を浸す彼は、子どもみたいに無邪気にはしゃいでいる。
ああ、好きだな、と思った。
「ねえ、蓮、知ってる?」
少し寝ぼけているおれに、阿部ちゃんが語りかけてくる。
「冬の海は、季節が遅れてくるから、暖かいんだって」
夕陽の中で、うっすらと微笑みながら。
茜色に照らされているからか、少し照れているようにも見える顔で。
それを見つめ、おれは思い出す。
そういえば、彼が海を見たいと言うからここに来たのだ、と。
奇跡的に二人揃って終日オフとなった日。普段は人目を避けて積極的に外に出ようとはしない阿部ちゃんが、どうしても、と言うのが珍しくて、こんな時期に、遊泳区域でない、人のいないところを探し出して、やってきたのだった。
彼の姿をぼんやり眺めながら、ふと自分が腕の中に何かを抱えているのに気づく。持ち上げてみると、それは見覚えがあるぼろぼろの人形だった。その人形が、かすかに微笑んだ気がした。
――ありがとう。
――愛してくれて、ありがとう。
――偽物でも、人形でも、愛してくれてありがとう。
そんな柔らかい声が、おれの鼓膜を優しく震わせ、潮風に消えていった。
人形をそっと撫でて脇に抱え直し、立ち上がる。服についた砂を払いながら波打ち際に向かっていくと、おれに気づいた阿部ちゃんが振り返り、ゆったりとした足取りでこちらのほうへ歩いてきた。
そしてそのまま、阿部ちゃんはおれにもたれかかるように抱きついてくる。
帽子や眼鏡を身につけているとはいえ、誰の目にふれるかもわからない場所なのに、何とも大胆極まりない行動だ。おれの肩に顔をうずめた彼が、どんな表情をしているかは窺えない。けれど何となく、微笑んでいるんだろうなという気配がした。
「俺、幸せだよ」
ふいに、阿部ちゃんが呟く。
「蓮に出会えて、愛してもらえて、これ以上の幸せなんてないくらい幸せ」
思いがけず差し出されたその言葉が、おれの胸の奥を震わせた。
涙腺がじわりと熱を帯びる。彼を抱きしめ返した腕の弱々しさで阿部ちゃんも察したのだろう。ぐり、と甘えるように頭を擦り寄せてきた彼に、同じようにして返した。
「おれも、幸せだよ」
Fin.
コメント
1件
コメント失礼します。💚が戻ってよかったけど、人形を思うと切ないですね… 三者がそれぞれの愛情を感じて切ないけど温かい気持ちになるラストでした🥹とてもおもしろかったです✨