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「俺は公爵閣下を突き落としたりしていないっ!」
ティスナーが叫ぶ。
「僕は招待状を破いてなどいない」
ヨルスレードが手で顔を覆い泣く。
「ぼ、僕は何も言っていませんよね?」
エリドは悲しげに笑った。
「馬鹿者ですねっ! なぜ理解できないのですかっ!」
ヨルスレードの父親ボイド公爵が眼鏡を外して睨む。
「シュケーナ公爵閣下は君たちが揃えた『マリリアンヌ嬢の悪行』の証拠などその程度のものだとお示しなさっているのですよ!」
エリドの父親キオタス侯爵はアタフタしていた。
「エリド」
キオタス侯爵夫人がノートと封書を抱えて立ちすくむ息子に声をかける。
「お前のそのノートには、シュケーナ公爵が示したもの以上のことは書かれているのですか?」
エリドはふるふると小刻みに首を横に振る。
「ティスナー! 貴様! 証人ぐらい見つけてあるんだろうなっ!?」
イエット公爵は騎士団所属らしい大きな声で聞いた。
「ヒリナーシェがっ!」
「それは仮被害者だっ! それ以外の証人だよっ!」
ティスナーは俯く。
「ヨルスレード。お前は何か目撃したのかい?」
「ヒリナーシェが泣いておりました……」
「つまり、マリリアンヌ嬢を見てはいないのだな?」
座り込んで立ち上がることもできないヨルスレードがコクリと首肯する。
「そういうことですので……。
あ! ノイタール殿下にもあったのだ」
シュケーナ公爵はキャビから封書を受け取り、ノイタールの元へ行く。手を出そうともしないノイタールの手をグッと引き握らせた。
「殿下。ご安心ください。請求書ではありません。本当に感謝の言葉だけです」
ノイタールは訝しむが渋々封書を開いた。
『ノイタール殿下の愚行に感謝いたします』
本当に感謝の言葉だけだった。
「本来は私がノイタール殿下にこの手紙を渡すまでは三家の皆様は出ていらっしゃらないお約束でしたが………」
シュケーナ公爵は下に立ち竦む人たちを見ると皆狼狽している。シュケーナ公爵は仕方なしと鼻で息を吐いた。
「こうして無事に渡せましたので、それについては不問にいたします」
シュケーナ公爵は舞台上で優美に笑った。
ボイド公爵が手を一つ打った。
「そうだっ! 冤罪なのですからシュケーナ公爵家からロンダル男爵家へは謝罪金を支払う必要はないですよね?」
シュケーナ公爵当主への傷害賠償金より、娘マリリアンヌ嬢に冤罪をかけた謝罪金の方がずっと安いに決まっている。当主と娘の差は大きい。
「だぁれも、冤罪とは言っていませんよ」
シュケーナ公爵は飄々と答える。
「ロンダル男爵は昨日シュケーナ公爵家からの謝罪を受けると仰り、謝罪金を受け取り示談にする書類にサインをなさいました。
本日はその金額をご用意し持ってまいったまででございます」
キャビが恭しく詳しい状況を述べる。
「まさかっ! ロンダル男爵は証拠調べもせずに娘さんの言い分を真に受けたのですか?
お相手は公爵家なのに?」
キオタス侯爵夫人は驚きで手で口を抑える。
「そんなバカなっ! まかり間違って冤罪でなかったとしても、公爵令嬢であるマリリアンヌ嬢が男爵令嬢を咎めたからと言って何の問題になるのだっ!」
イエット公爵が興奮している。
「男爵夫妻が卒業パーティーにいるのはおかしいと思ったのだっ! ロンダル男爵よっ! とっとと顔を出せ!」
イエット公爵が叫ぶと私兵に押されるようにしてロンダル男爵が前に出された。
「ご苦労さん」
シュケーナ公爵の労いに頭を下げる私兵。シュケーナ公爵家の私兵で、ロンダル男爵夫妻が逃げないように騒ぎが始まってすぐに押えていた。
ロンダル男爵はシュケーナ公爵家から謝罪金をもらえることになったことで、ヒリナーシェが本当に王子妃になると思ったようだ。会場の警備員に『王子殿下の婚約者の親だから通せ』と曰った。寄付などしたことはないのだから本来通れるわけがないにも関わらず入ることができてしまったのは、シュケーナ公爵の差配で通されていたとはわかっていない。
シュケーナ公爵はその程度の無理は通せるほど寄付をしている。
「貴方たちの娘の狂言でこうなったのですよ。貴方方が受け取ろうとしていたお金は回収しますよ。それをシュケーナ公爵へお返しするのです」
ボイド公爵は静かに睨む。
「ヒリナーシェ。本当に狂言なのか?」
ヒリナーシェは両親から顔を背けた。
「ロイダル男爵。狂言であるかどうか以前なのです。爵位をお考えください。貴方方が受け取っていいお金ではありませんでしょう」
「で、ですが、もし、本当に娘が苦しんでいたのでしたら……」
「されてないわよっ!」
「「「「「えっ!!」」」」」
ロイダル男爵と舞台上の男子生徒四人が驚きの声をあげた。男子生徒四人はシュケーナ公爵の言うように『証拠はない』ということは認めたが、それでもマリリアンヌがヒリナーシェに何かをしたと信じていたのだ。
「だからっ! あの女は何もしてないっ! 婚約者を取られたっていうのに何もしてこないし、何も言ってこないのよっ!」
「はあ〜〜。冤罪って認めてしまいますかぁ」
シュケーナ公爵は本当に残念そうに肩を落とした。
「仕方ありませんね。私も君たちが私にしたことへの罪は冤罪であったと認めましょう」
キャビが男子生徒三人に渡した請求書を回収する。