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グレンはその一言を皮切りに、本音を私にぶつける。
「魔法は、父上が褒めてくれるから始めたことであって、戦争で戦果を挙げるために極めてたわけじゃねえんだ」
父親、カルスーン国王に褒めてもらうため。
グレンは第五王子と名乗っていた。
現在、カルスーン王国では三人の王妃、五人の王子、四人の王女がいる。
グレンは王子としては末っ子で、跡継ぎ候補である兄たちよりは注目されていなかったのだろう。
その中で唯一、父親が褒めてくれるのが魔法だったのかもしれない。
「魔法の天才なんて褒められて浮かれてたけどさ……、戦争が始めるかもしれない、前線に出て多くの敵兵を魔法で殺さないといけないって考えたら、手が震えるんだ」
「戦争だなんて、三百年ぶりだものね」
三百年前の戦争以降、大きな争いは無かった。
マジル王国だけは、周辺国を取り込み領地を広げていったが、カルスーン王国は英雄であるソルテラ伯爵を武器に外交を続けていたし、メヘロディ王国はのらりくらりと二国間を刺激することなく友好国として成り立ってきた。三国の関係は平和だったのだ。
しかし、去年からマジル王国とカルスーン王国の関係が悪化した。
メヘロディ王国は優勢であるマジル王国の方へついた。
その結果が第二王子チャールズとマリアンヌの結婚である。
平和慣れしていた今、突然戦争をしろと言われたら、誰もが怯えるだろう。
出身国が違うだけで殺す理由になる争いなど、起こってほしくはない。
「父上は、俺が前線へ出て活躍することを期待していた。けど、俺は魔法を人殺しの道具として使いたくなかった」
一言一言が重かった。
グレンの葛藤や苦しさが伝わってくる。
「だから、俺はメヘロディ王国へ逃げたんだ」
グレンは白いピアノのフタに触れる。
「ピアノだって、始めは家出するための手段としか考えてなかった」
グレンのピアノの旋律は私と似ていて、感情というものが無かった。
譜面の指示記号に従って弾いているだけ。
それでも、演奏技術は高く、実技試験で学年二位の成績だった。
「でもさ、この屋敷に来て、初めてピアノが楽しいもんだって気づいたんだよ」
「グレン……」
「音楽は人を傷つけない。大勢の人の感情を揺さぶり、心を動かすもの」
確かにクラッセル子爵邸に居候してから、グレンの音色は少し変わった気がする。
淡々に涼しい顔で弾き切るのは変わりないが、機械的で堅い音色から、柔らかくなった気がする。
グレンはクラッセル子爵から、ピストレイの話をよく聞かされていた。
それが演奏に反映されているのだろう。
「ようやく好きになれたのに……、祖国に戻って、魔術師に戻らないといけないのは、つれえよ」
それが、グレンが音楽を続けたい理由。
一度、頂点まで極めた地位を捨ててまで続けたい訳。
それを私の家庭の事情のせいで壊してしまったなんて。
「私が……、グレンは悪くない、トルメン大学校に居させてくれってお父様にお願いしてみる」
グレンの苦悩を受け止めた私は、彼にそう言った。
「私、お姉さまとグレンと三人でトルメン大学校の音楽科を卒業したい」
「ロザリー……」
「私から話せば、きっとお父様は許してくれる」
「ありがとう」
グレンはピアノの椅子から立ち上がり、私の前で膝をついた。
「俺は、ロザリーとマリアンヌのためになるんだったら、なんでも協力する」
そして私の手の甲に口づけを落とした。
「ローズマリーになっても、俺はグレゴリーとして力を貸す。今、ここに誓う」
「グレン……、恥ずかしいわ」
私はグレンの行動に両頬が熱くなっていた。
その場に立ちあがったグレンは、真面目な表情からいつものヘラヘラした笑顔に戻っていた。
「ロザリーはローズマリーになること、決めたんだよな」
「うん」
「問題はルイスのこと……、だよな」
「えっ、どうしてそれを――」
「まー、お前の隣にいたオリオンって奴、俺に殺気飛ばしてたからな。お前の婚約者候補って、あいつだろ?」
「お父様が勝手に決めた結婚相手。ルイスは諦めろって言われた」
「だろうな」
グレンはすべてを察していた。
それは同じ王族だからなのか、オリオンの視線と口調が冷たかったからだろうか。
「ロザリーはどうやって、メヘロディ国王にルイスとの交際を認めさせるんだ?」
「それは――」
「クラッセル子爵より難しいと思うぜ」
アンドレウスに私とルイスとの交際・結婚を認めさせる。
その難易度はクラッセル子爵よりも難しい。
クラッセル子爵の場合、条件を満たしていれば交際してもよいということだった。
いつも通りのことを続けていれば、二年後には結婚できたはず。
「……考えたことがあるの」
自分が考えたことをグレンに話した。
☆
考えをグレンに全て話した。
グレンは私の隣に座り、黙って長い話を聞いてくれた。
「それしかないな」
グレンは私の考えに賛同してくれた。
「問題は婚約者発表の時期をどれだけ伸ばせるか、だ」
「お父様は待ってくれるだろうけど、問題はライドエクス侯爵家よ」
「そればっかりはなあ……」
婚約者の発表を先延ばしたのは、私が考える作戦に不可欠なこと。
最低一年は隠していたい。
でも、ライドエクス侯爵家は黙っていないだろう。
我慢できず、勝手に公表されるかもしれない。
コンコン。
会話がノックの音で途切れた。
「はい」と声を出すと、メイドが演奏室に入室してきた。
「ロザリーさま、主人が帰宅いたしました」
「っ!?」
メイドは私たちに頭を下げた後、用件を告げる。
彼女たちの主人、クラッセル子爵が屋敷に帰ってきたのだ。
メイドの言葉を聞いた私とグレンは演奏室から飛び出した。