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クラッセル子爵とマリアンヌが帰ってくる。
それを聞いた私とグレンは屋敷の外へ出た。
メイドや使用人が馬車の前で頭を低く下げている。
御者が馬車を降りるための階段を置き、馬車の扉を開けた。
「お義父さま!!」
私はメイドと使用人たちをかき分け、馬車から降りたクラッセル子爵に抱き着いた。
グレンに私服を貸したため、クラッセル子爵は軽装姿である。
「お帰り、ロザリー」
「ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」
「事情は全部マリーンさんから聞いたよ。試験が終わってすぐ、フォルテウス城に連れて行かれたんだってね」
「はい」
クラッセル子爵は優しい声で私に語りかける。彼は私がトルメン大学校からフォルテウス城へ直接移動したことをマリーンから聞いていた。
私とクラッセル子爵は抱擁をとき、互いに見つめ合う。
「私を連れて行ったのは……、アンドレウス国王です」
「どうして君をフォルテウス城に?」
話に聞いたのは連れて行かれた場所だけで、理由は分かってないようだ。
「私がアンドレウス国王の娘だからです」
私は真実をクラッセルに告げた。
ここで嘘をつくこともできた。しかし、身につけてきたドレスを見たら、私がアンドレウスにとってどんな存在が分かってしまうだろうし、私の存在と生い立ちが世間に伝わるのも時間の問題。
「君の本当の父親が見つかったんだね」
「はい」
「そうか……、僕の役割も終わりなんだね」
「そう……、なります」
私の言葉を聞いても、クラッセル子爵の表情は変わらない。でも、何故か寂しさが感じられた。
「クラッセル子爵、六年間、私を養って頂き、ありがとうございました」
私はクラッセル子爵に頭を下げた。
きっと、次に会ったときは逆の立場になる。
「最後に一つだけお願いを聞いてもらってもいいかな?」
「なんでしょう?」
「”お義父さま”と、最後に呼んでほしいんだ」
その一言で涙が溢れた。
六年間の思い出が、頭の中で思い起こされる。
この屋敷に来た始めの頃、私は『クラッセル子爵』と呼んでいた。
マリアンヌのことを『お姉さま』と呼ぶのは早かったが、クラッセル子爵のことを『お義父さま』と呼ぶのは時間がかかった覚えがある。
顔をしかめられたりされたので、私はクラッセル子爵に距離を置かれているのではないかと勘違いしたものの、その理由は『お義父さまと呼んでほしい』という、今思えば可愛らしいものだった。
「お義父……、さま」
「六年間、僕の娘でいてくれてありがとう」
「うっ、うわああああん」
クラッセルにそう言われ、私の中にある悲しみを抑えられなかった。
「もう、お父さま! ロザリーを泣かせるなんて酷いわ」
「マリアンヌ……」
続いて馬車からマリアンヌが降りてきた。
マリアンヌはクラッセル子爵と大泣きしている私を見比べ、嘆息した。
「お姉さま……」
「ロザリー、一人にさせてしまってごめんね」
私はマリアンヌに抱きしめられる。
ふわっと花の香りがして、流れていた涙がぴたっと止まった。
「話は馬車の中で聞いてたわ」
「お姉さま、私ーー」
「ロザリー、違うでしょ?」
マリアンヌは私の悲しみを包み込んでくれる。
初めて出逢ったときからずっと、私はマリアンヌに甘えてきた。ぎゅっと抱きしめられているだけで、寂しさや悲しみが不思議と無くなってゆくのだ。
耳元でマリアンヌが囁く。
「”マリアンヌ”。これからはそう呼んでちょうだい」
「っ!?」
そうだ。
クラッセル子爵が義父でなくなるなら、マリアンヌは姉ではない。
「マ……」
私の喉はここで、言葉が詰まった。
何度も何度も、マリアンヌと呼ぼうとするも最初でつっかえる。
「ロザリー、駄目よ。ちゃんと私の名前を呼びなさい」
「駄目です、無理です……」
マリアンヌが急かすも、私はそれを拒否した。
呼べない。
口にしてしまったら、クラッセル子爵家との関わりがすべて無くなってしまう。
マリアンヌとの抱擁が解かれる。彼女は私の両頬を包み込み、ぎゅっと押された。
「言うのよ。これから、本当の家族と暮らすのだから」
「嫌です」
「もうっ、頑固な子ね!」
「……マリアンヌは強情です」
文句を口にしたら、自然と名前が出てきた。
それを耳にしたマリアンヌはぱあっと明るい表情を浮かべたと思いきや、ポロポロと大粒の涙を流した。
「ロザリいー!! 私だってお別れは嫌よお」
両頬から、マリアンヌの柔らかく、暖かい手の平の感触が消えた。
マリアンヌはその場に座り込み、私よりも激しく泣き出した。感情豊かな彼女らしい泣き方だった。
「ロザリーは、私の大切な義妹なのにい!!」
「マリアンヌ……」
私もその場に座り、マリアンヌと目線を合わせる。
「私は生涯、この屋敷で家族として暮らした六年間を忘れません」
「本当?」
「ええ。フォルテウス城に帰ってもお手紙を書きます。夜会やお茶会があったら、毎回マリアンヌを招待します」
「私もロザリーにお手紙を書くわ! 招待状が来たら必ず参加する!!」
段々とマリアンヌの涙が止まる。
家族としての繋がりが絶たれても、六年間で紡いだ絆は無くならないのだ。
「……そろそろ出てもいいか?」
「あっ!!」
マリアンヌと感動のやり取りをしていたその時、馬車から聞き覚えのある声がした。
その人は馬車の扉から顔を出している。
幻聴じゃない。
私がクラッセル子爵、マリアンヌの次に会いたかった相手。
「ルイス!?」
「よう、ロザリー。久しぶりだな」
馬車の中にいたのは、私の恋人、ルイスだった。