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#めるとだてんし
ふあ(STPRリスナー
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「まぁ、夏は嫌いかな」
気だるげにそう呟いたメルトの指先は、公園のベンチですり寄ってきた野良猫の背中を、優しく愛おしそうに撫でていた。
みかさは隣に腰掛け、彼が連れてきた穏やかな空気をただ眺めていた。蝉の声がうるさい。肌を刺すような日差しと、アスファルトから立ち上る陽炎。どこにでもある、退屈で他愛のない夏の日の午後だった。
「どうして? メルトって夏が似合いそうなのに」
「暑いし、ベタベタするし。……それに、なんか落ち着かないだろ」
ふっと目を細めて笑うメルトの横顔は、どこか遠くを見ているようで、みかさは胸の奥が少しだけざわつくのを覚えた。
その時だった。メルトの手の下で大人しくしていた猫が、何かに驚いたように跳ね起き、ベンチから飛び降りた。
「あ、待て――!」
メルトが反射的に立ち上がり、逃げた猫の背中を追いかけて走り出す。
その先にあるのは、公園の出口。そして、交通量の多い幹線道路。
みかさが「メルト、危ない!」と声を張りようとした瞬間、視界の端で、鮮烈な光が視神経を灼いた。
視界に飛び込んできたのは、赤に変わった信号機。
「メルト――!!」
ばっ!と猛スピードで通り過ぎた大型トラックが、メルトの身体を無慈悲に巻き込み、アスファルトの上へと激しく引き摺っていく。
悲鳴のような叫び声は、けたたましいクラクションの音と、激しいブレーキ音にかき消されていった。
「嘘……嘘、嘘でしょ、メルト……!?」
みかさは震える足で駆け寄り、崩れ落ちるようにして彼の傍らに膝をついた。さっきまで隣で笑っていたはずの、温かかったメルトの身体。それを抱き起こし、名前を何度も、何度も泣き叫ぶ。
蝉の声が、まるで世界をあざ笑うかのように、うるさく響き続けていた。
◇
目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。スマートフォンの画面が示す日付は、前日――8月14日の午前12時すぎ。
「夢……だったの?」
酷くリアルな悪夢の感触に冷や汗を流しながらも、みかさは導かれるようにして、またメルトと同じ公園にいた。ベンチに座り、昨日とまったく同じ、他愛のない会話を交わす。
「まぁ、夏は嫌いかな」
メルトの口から零れ落ちたのは、あの日と全く同じセリフ。
その瞬間、みかさの脳裏に、トラックに轢き摺られていった彼の姿がフラッシュバックした。胸を突くような不吉な予感に襲われ、みかさは思わずメルトの手を掴む。
「……メルト、今日はもう帰ろうか」
「え? どうしたんだよ、急に」
不思議そうに首を傾げるメルトを引っ張り、公園を出ようとしたその時だった。
辺りの空気が奇妙に強張る。ふと周囲を見渡すと、妙なことに通行人たちが一斉に上を見上げて、呆然と口を開けていた。
嫌な予感がして、みかさも釣られるように視線を上へ向ける。
――その視線の先で、巨大な鉄柱が制御を失って落下してくるのが見えた。
真っ直ぐに、メルトの真上めがけて。
ゴ、と鈍い音が響いた。
次の瞬間、落下してきた鉄柱がメルトの身体を容赦なく貫き、アスファルトへ深く突き刺さる。血の匂いが、夏の熱気に混ざって一瞬で弾けた。
「……ぁ」
みかさの喉は恐怖で完全に潰れ、悲鳴すら上がらない。
すぐ近くの民家の軒先から、チリン、チリンと風鈴の音が聞こえてくる。その涼しげな音が、惨劇のノイズと混ざり合って空回りしていた。
視界が激しく明滅する中、みかさは見てしまった。
鉄柱に貫かれ、光を失っていくその瞬間――メルトの横顔が、なんだか小さく笑っていたような気がした。
◇
暗闇の中でまた目を覚ます。
もう、これが何度目の8月14日なのかすら分からない。
トラックに轢かれ、鉄柱に貫かれ、あらゆる手法で死に逝くメルトを救おうと、みかさはこの14日をもう分からないほど――10年もループしている。
その果てに、みかさはようやく全てを理解した。
あの時、鉄柱に貫かれたメルトがなぜ笑っていたのか。
『もうこれで、気づいただろう』
彼の最後の笑顔が、頭の中で鮮明にメッセージを結ぶ。
この世界は、どちらか一方が死ななければ、もう一方が抜け出せない絶望の檻。メルトもまた、みかさを救うために自ら死を受け入れ続けていたのだ。
「そんなの……絶対に許さない」
場面は再び、8月14日のベッドの上。
「――また、だめだったよ」
静かにそう呟きながら、シーツの上で、迷い込んできた猫を優しく撫でているメルト。
彼もまた、同じ10年の地獄を繰り返してきた。メルトは諦念と、決して曲がらない強い意志を瞳に宿し、ゆっくりと立ち上がる。
「待ってろよ、みかさ。次こそは、絶対に」
そして、あのすべての始まりである、同じ公園へ向かった。
ベンチに座るみかさ。交わされる他愛のない会話。「夏は嫌いかな」というお決まりの台詞。
何もかもが10年繰り返した予定調和のはずだった。
けれど、何かが違っていた。
逃げ出した猫を追いかけて、メルトが立ち上がったその瞬間。
「……もう、終わりにしよう。メルト」
みかさが、メルトの手を強く、強く握りしめた。
その手の熱さに、メルトは目を見開く。彼女の瞳には、自分と同じ「10年分の絶望と記憶」が宿っていた。
どちらか一方が生き残れば、またこの14日に引き戻される。
なら、答えは一つだけだ。
「……ああ。一緒に行こう、みかさ」
メルトは繋がれた手をさらに強く握り返し、ふっと優しく微笑んだ。
赤に変わった信号機。ばっ!と猛スピードで突っ込んでくる大型トラック。
二人は逃げることも、押し退け合うこともせず、しっかりと手を繋いだまま、同時に飛び出した。
引き裂くようなブレーキ音と、激しい衝撃。
視界が真っ赤に染まっていく中、二人の手は決して離れることはなかった。
耳障りだった蝉の声も、空回りしていた風鈴の音も、今度こそ遠く遠くへと消え去っていく。
「ざまぁみろ」と。
運命という名の化け物に、二人は同時に笑って見せた。
◇
まばゆい日差しが、緑豊かな木々の隙間からベンチへと降り注いでいる。
カレンダーが示す日付は、8月16日。
あの日々を支配していた、まとわりつくような不吉な熱気はもうどこにもない。ただ、穏やかな夏の終わりの風が、公園の木々を優しく揺らしていた。
誰もいないベンチの上。
そこには、猫が一匹、気持ち良さそうに丸くなって眠っている。
もう、その背中を追いかけて赤信号へ飛び出す誰もいない。
上空から突然降ってくる、凶悪な鉄柱の影もない。
チリン、と遠くで鳴った風鈴 of 音は、もう空回りすることなく、静かに夏の空へと溶けていった。
あの14日の檻は、今度こそ完全に壊れたのだ。
猫はうとうとと微睡みながら、遠くから聞こえてくる「二人分の話し声と笑い声」に、ピクリと耳を傾けたような気がした。
(終)
コメント
3件
あっ、ループもの、しかもお互いに相手を救うために死を受け入れてたっていう構造、心抉られますね……。「10年も繰り返してた」って一文で、二人がどれだけの絶望を積み重ねてきたか一気に想像できてしまった。最後の「ざまぁみろ」と同時に笑って飛び出すシーン、運命に対する勝ち方として完璧すぎる。世界がどう成り立っているかに惹かれる自分としては、この「どちらか一方が死なないと抜け出せない檻」という設定の作り込み方に痺れました。伏線の消化も綺麗で、読み終えた後に最初のシーンを思い返すと泣けますね……。りんごさん、第1話でこれなら続きが本当に気になります。連載予定はあるんですか?