「あれは─私がまだ6歳の頃でした。」
空を見つめ、悲しそうな表情で語る彼女。
あ…………。
こんな夜桜さんの悲しそうな顔初めてみた。
………語りたくないのかな…?
それなのに俺は…………。
「私の両親はあの子によって、殺されたんです。」
「───え!?」
それって殺害?え……どういうこと?
五月雨君が………夜桜さんの──
「ど、どういうことですか?」
「私の家系は─代々妖怪と契約をする儀式があり、私が夜桜の家に産まれたのは運命でありそれを逃れることはできなかったんです。私は産まれた時から何不自由なく暮らしてきました。でも……決して幸せではなかった。」
………え?
「妖怪と契約って?」
「五月雨君と出会ったのは、6歳の頃でした。私の両親は、五月雨君のご両親を…。」
…………夜桜さん……。
「あの子は自分の両親の仇をとるために、
私の両親を殺したんです。」
確か…10年間くらい前に、津波が起きる事件があったはず……。もしかして、それが?
「そして両親を失った私は祖父母が親代わりとなり、新しい生活が始まりました。」
桜の家紋─大きな和風のお屋敷。
私に与えられた部屋は、母屋の一番南側にある広い和室だった──。
配置できる家具も少なく、
勉強机と椅子、布団、和箪笥だけ。
部屋の外にはまるでボディーガードのような
スーツを着た男性の使用人が数名。
家では髪を結んでいないと、祖父に叱られ
家から追い出され、朝まで正座で過ごすことも日常茶飯事。
ある日、私が部屋で読書をしていたら
祖父の怒鳴り声が聞こえ、肩を震わせながら祖父のところへ行きました。
「おじいさま…!どうしたんですか!?」
「美麗!捕まえたぞ!」
お札を手に持ち、巫女装束のような服を纏い腰まである銀髪の長髪を白い紐で結んでいる祖父。
そこには、全身傷だらけで、ボロボロの甚平を着ている見知らぬ少年が。
この少年が、後の五月雨君でした──。
「コイツはお前の両親の命を奪った妖怪だ! 今からこの妖怪を夜桜の名において、封印する。人の命を奪ったのだから、それなりの処罰をしないといけないだろう。」
「はっ…離せ!!あの人間は、ボクの両親を殺したんだぞ!!人間は死んで正解なんだ!!醜い生き物だから──」
ジタバタ暴れる妖怪をムチで叩く祖父。
「痛い…!やめて…!!痛い!!」
「おじいさま…やめてくださいっ…!」
少年を守る様に祖父の前に立つ。
「美麗、お前も早く契約する妖怪を…!!」
「私、この子と契約します!!」
叱られる恐怖と闘いながら、冷たく鋭い目つきをする祖父の顔を見る。
「お願いします…!!おじいさま…!」
「仕方ない…好きにしろ…。」
「あ、ありがとうございます…!!」
それだけ言うと、祖父は何処かへ行ってしまった──。
ピシャリと襖を閉める音に心臓が酷く鳴る。
「さて──もう大丈夫ですよ。」
「う…うるさい…!来るな…!!!」
手をクロスしてガタガタと震えだす少年。
本当に少年なのか?と思うほど、鎖骨まである傷んだ髪の毛。前髪も右目が隠れるほど長く、鼻先まである。
「私の名前は夜桜美麗です。アナタは?」
名前──という言葉に反応する少年。
「ボクには…名前なんてない…!!」
「ないなら、つけてあげます。」
何言ってんだこの人間。
ないなら、つけてあげる?頭壊れてんだろ。
「うーん……名前……何にしよう……。」
必死に考えている夜桜さん。
目をパチパチしながら夜桜さんを見る少年。
ふと、窓の外を見ると、ぽつぽつと小雨が降っていた。
「……今は、五月…、雨……。」
ホント何言ってんだ……?
ボクの名前をこの人間が……つける?
第一、ボクは人間を二度と信用しないと決めた。ボクは人間と妖怪のハーフだから…。
「五月に雨と書いて、“さつきれい“は?」
「え───さつき……れい…?」
「はい!五月を昔の言い方で“さつき“と言うんです。そして、名前の雨と書いて“れい“と読むのは、私の名前である“みれい“からとったもの。あだ名は五月雨(さみだれ)です。」
少年──五月雨の瞳が一瞬揺らいだ。
親を殺され、人間と妖怪のハーフという理由で他の妖怪からいじめられ、親から暴力を受け続け決して幸せではなかった過去。
「これから、宜しくお願いします。」
「…………はい!」
「こんな感じでしょうか……。」
「……夜桜さん、寂しくないんですか?」
って何を聞いているんだ!?
親を殺されたんだぞ!?
あーー俺のバカ!!!
夜桜さんがどう思うか少し考えれば分かることなのに。
「───はい。」
凪の問いに答える夜桜さん。
その表情は凄く悲しそうな笑みだった─。
「もういいんです……。凪君。」
………夜桜さんの秘密を知れたのに……
全然嬉しくない……。それより…むしろ。
「夜桜さん…すみません…。」
「何故君が謝るんです?」
何故って……。
「………俺、今の話聞いてたら…なんだか…
泣けてきちゃって……。すみません……。」
本当にバカだよな。
自分から聞いておいて勝手に泣くなんて。
「……全く君は…、男の子でしょう?」
凪の頭を軽く撫でる夜桜さん。
一方、五月雨は───
公園のブランコでぽつんと独りぼっち。
「ちぇ…何なんだよ美麗サマ……。」
確かに美麗サマの言うことも分かる……。
だけどやっぱりボクは人間が嫌いだ。
………そろそろ飴玉の効果が……。
懐から飴玉が入っている市松模様の古びた袋を取り出し飴玉を飲み込もうと口に近づけると……。
────殺気!!
後ろから”何か”が、こっちへ近づいてくる予感がする。明らかに人間の気配ではない。
これは自分と同じ”妖怪”?
それとも、他の”何か”?
ここは人間界。自分以外の妖怪がいる?
たくさんの疑問があるが、”何か”がこちらに近づいてくるのは間違いがない。
恐る恐る後ろへ振り返ると、
とてつもない速度で回転する杖が近づいてきた。回転している杖はまるでブーメランのように標的である五月雨を追い詰めていく。
『逃げてもムダっスよ──。』
木の上で怪しく微笑む人影。
金髪の外ハネショートヘアに、紫の瞳。服装は、丈が長い白のアウターに、白いワイシャツ。胸元には黒チェックのネクタイ。丈の短いハーフパンツに左右長さが違う黒色の靴下とローファー。
『落ちこぼれ妖怪の─名無し君。』
「貴様──!」
その瞬間、はっきりと思い出した。
今、自分の目の前にいる人物が誰なのかを。魔法使いのような大きな杖を武器として使い、男なのか女なのか分からない中性的な顔立ち。そして、意味不明な口調。
『きゃはは、相変わらずっスね~。』
この微妙に腹が立つ語尾。
間違いなく、“アイツ“だ。
「何で人間界に?」
『ん~?ある“人間“を探しに?』
ある“人間“?
まさか…チンチクリンじゃ……?
でも、美麗サマがいるから多分平気なはず。
ごくんと唾を飲み込み恐る恐るその“人間“の名前を聞き出す。
「その……人間の名前は──」
ドクン…ドクン!!
激しい心臓の音が響く。
身体が燃えるように熱くなり、突然視界が歪み始めた。
「な……何だ…これ…!?」
『あーあ…。時間切れっスね~。飴玉の効果0(ゼロ)飲まないとダメっスよ?』
木の上をピョンピョン飛びはねながら避ける五月雨。
こうなったら!!一か八かやるしかない!
チリンと風鈴を鳴らし、水道がある場所へ移動するともう一度風鈴を鳴らした。
「❝水龍❞……!!来い!!」
ユニコーンのような角があり、全身水で覆われた龍が五月雨の目の前に現れた。
無色透明なその龍は、五月雨のパートナーであり同じ“水“が関係している種族でもある。
『え〜、それ卑怯だと思いまーす。』
「うるさい!!ボクの勝手だ!!」
『戦闘モードのとこ悪いんスけど。自分も例の“人間“を探さないといけないんで。』
あーー!!ムカつく!!
「戦闘モードは、貴様のほうだろ!!」
『うわぁ口悪いなぁ〜。』
「五月雨君なら…公園にいます。」
え、公園?
爽やかな笑顔で答える夜桜さん。
多分、気配か何かで分かったんだろう。
非現実的すぎる。妖怪といい、全てが。
「この気配…!!まさか…。」
「え?」
新たな気配を感じたのか、夜桜さんは凪の手を掴みタンッとステップを踏み屋上から飛び降りた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!?」
学校から公園まで走れば大体20分くらい。
「最短ルートで行きます。」
最短ルート?これが?
屋根の上を走る夜桜さん。
「普通の人間は確実に亡くなります。」
「はい……?」
屋根の上をスタスタと走りながら、
ゴールである公園を目指す。
公園はもう目の前。
「見て下さい!あそこに五月雨君が!」
「いた!!」
「美麗サマ…!?それにチンチクリンも!」
屋根の上から静かに降りてくる二人。
爽やかな笑みで五月雨達を見る夜桜さん。
「名無し君のご主人様、ご到着〜。名家のご令嬢であり、一族の末裔である夜桜美麗。」
仮に、この謎の人物を“アイツ“と呼ぼう。
“アイツ“は、手に持っている杖をクルクルと回しながら夜桜さんを見つめる。
すると、ニヤリと妖しい笑みをうかべ凪の方に杖を思いっきり投げ始めた。
うわぁぁ…!!?避けれない…!!!
「五月雨君!!凪君を!!」
「分かってます…!❝水龍❞!」
風鈴をチリンと鳴らし、❝水龍❞に視線を向けると❝水龍❞はただの水になり凪を守るように覆う。つまり、水でできたバリアだ。
「何が目的なんです?」
「そこの人間君に用事があって?ってあまり話すなって言われてたっけ?まぁいいや。」
「……凪君を攫いに来たってことですか。」
「まぁそういうことッス」
“アイツ“は軽く舌打ちをすると、凪達の方へ視線を向ける。
「自分の名前は…リュンヌって言うっス。どうぞよろしく!」
リュンヌ?変わった名前だな…。
それだけ言うと“アイツ“いや、“リュンヌ“はスッと消えた。
一体何者だったんだ?
「五月雨君、凪君と仲直りしてください。」
「……ごめんなさーい。」
明らかに棒読みな謝罪の言葉。
心は1ミリもこもっていない感じだ。
そもそも凪のことを嫌っているのに、
凪と仲直りをしろ、と言われ捻くれている性格の五月雨なら死んでも嫌だろう。
いや、そもそも妖怪だから死んでいるか。
「俺もごめん…。」
「はい、一件落着ですね!」
手をパチンとあわせ微笑む夜桜さん。
……うん、可愛い。
って何考えてるんだ俺!!
五月雨君の視線が……痛い。
まぁとりあえず一件落着したし良かった。
「さぁそれでは、このままカフェに行きましょうか。」
「いやいや、学校は!?」
この後、夜桜さんに無理矢理カフェに
行かされた。明日、あんなことが起きるとはこの時はまだ誰も気づかなかった。
ー5話に続く
コメント
1件
なりきりしよ僕の投稿で待ってるよ