テラーノベル
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薄暗い境内に、パシャリと緊張感のないシャッター音が響いた。「よし、角度はこれだな」
烏丸蓮(からすま れん)は、自身のスマホの画面を見て満足げに口元を歪めた。画面に映っているのは、夕暮れ時の絶妙な光を浴びた自身の横顔と、その背景に綺麗に並べられたカラフルなお守りたち。
手慣れた手つきで、彼は神社の公式SNSアカウントに写真をアップロードする。
【烏丸神社:本日も限定御朱印、残りわずかです! #イケメン神主 #パワースポット】
蓮「フッ……これで今日もカモが釣れる。現代人は『限定』と『ハッシュタグ』に弱すぎるからな」
烏丸神社の若き神主である蓮は、顔立ちこそ誰もが振り返るほどの美形だが、その中身は驚くほどドブ川のように濁っていた。「金にならない仕事はしない」がモットーの、超現実主義なドケチである。
ガブッ!!!
蓮「いっ、てぇぇぇぇ!?」
突然、蓮のふくらはぎに激痛が走った。見上げると、そこにはポメラニアンほどの大きさの、もふもふとした白い塊が噛みついている。頭に小さな角、お尻には唐草模様の立派な尻尾。由緒正しいこの神社の古参の神使――狛犬のコマだった。
コマ「何が『カモ』だ不届き者が! 神聖なる境内を己の承認欲求の道具にするなぁ!」
コマが小さな体に見合わない、頑固な江戸っ子親父のような声を張り上げる。
蓮「離せコマ! 服が破けたら経費で落とすぞ!」
コマ「先代はもっと寡黙で立派な神職であったわ! 賽銭箱が電子決済に対応した時点で拙者は涙が止まらん!」
蓮「時代遅れの賽銭箱じゃ、中に数十円しか入ってねぇんだよ! 現実見ろ、飯が食えねぇだろ!」
ワンワン、ギャーギャーと一人と一匹が境内で大騒ぎしていると、突如、神社の古びた門がバァン!と凄まじい音を立てて開いた。
バンッッッ
「たす、助けてください……っ! 誰かに見られてるんです……ずっとネットの向こうから……っ!!」
飛び込んできたのは、サングラスに帽子を深くかぶった若い女性だった。ゼェゼェと肩で息をしながら、すがるような目で蓮を見る。
その瞬間、蓮の目がすっと細くなった。彼の瞳には、普通の人には見えない「現代の穢れ」が映る。
蓮「(うわぁ……生ゴミよりタチ悪いな)」
女性の背後には、ドロドロとした黒い泥のような質量がベッタリとへばりついていた。その泥の表面には無数のスマホ画面が浮き出ており、そこから実体化した「人の指」と「血走った目」がウジャウジャと這い出て、彼女の首を絞めようとしている。
怪異の周りには、ノイズのような不快な声がブツブツと響いていた。
『お前なんか消えろ』『調子乗んな』『裏切者』
コマ「ひえっ! なんだあの悍(おぞま)しい量の『穢れ』は!?」
コマが毛を逆立てて蓮の後ろに隠れる。
蓮はため息をつきながら、女性を社務所の応接間に通した。温かいお茶を出すと、彼女は美奈と名乗り、涙ながらに事情を話した。
「私、ちょっとした発言でSNSで大炎上しちゃって……。それから、スマホを見ていない時でも、ずっと誰かの悪意の視線が刺さるんです。夜も眠れなくて、もう限界で……!」
コマ「なんと不憫な……。蓮、すぐに邪気払いの儀式を――」
カタ カタ カタ、チーーン。
湿っぽい空気をぶち壊すように、軽快な電卓の音が響いた。蓮は営業スマイルを浮かべ、美奈の目の前に電卓を差し出す。
蓮「通常のお祓い、およびSNSストーカー生霊の強制ブロック術……諸々込みで、本日限定価格の『30万円(税別)』になります。あ、お支払いはカードもいけますよ」
「えっ……高っ……!」
コマ「貴様ァァァ!! 困っている人間からボッタくるな!!」
コマが蓮の顔面に飛びかかったが、蓮はそれを片手で器用に掴んで床に置いた。
蓮「これは正当な労働報酬だ。ネットの悪意の片付けがどれだけ精神衛生上悪いと思ってんだよ」
その時、美奈のポケットの中で、彼女のスマホが激しく震え出した。
ブブブブブブブブブブッ!!!
「ひっ……!」
美奈が悲鳴を上げる。同時に、彼女の背後にいた黒い泥が、スマホの通知音と連動して爆発的に巨大化した。部屋の天井に頭をぶつけながら、怪異が無数の「指」を触手のように伸ばし、部屋中で暴れ始める。
『キエェェェェ!! 謝レェェェ!! 叩セェェェ!!』
コマ「ひえぇ! 穢れが物理的な質量を持ったぞ! 蓮、はやく祝詞(のりと)を上げろ! 結界を張るのだ!」
コマがパニックになって叫ぶ。しかし、蓮は至って冷静だった。懐から取り出したのは、古びた呪符ではなく――神社のロゴが刻印された一本の「タッチペン」だった。
蓮「いや、現代のバグ(怪異)に、大昔のアップデートされてない祝詞なんか効くわけないだろ。……コマ、神力だけよコせ!」
コマ「う、うむっ!」
コマの体が光り、その聖なるエネルギーが蓮のタッチペンに吸い込まれていく。ペン先が青白く輝いた。
蓮は身軽な動きで、襲いかかる「指」の群れをすり抜け、怪異の核である美奈のスマホへと肉薄する。
蓮「現代の悪意には、現代の処理方法があるんだよ」
空中に展開した光の画面をタッチペンで鋭くスワイプし、そのまま怪異の顔面にペン先を突き刺した。
――アカウント削除(物理)
ズドン!!!
電子的な激しいノイズと共に、巨大な怪異が「スマホの電源が落ちる時」のように一瞬で収縮していく。飛び散った黒い泥は、蓮の能力によってバラバラとした「シュレッダーの紙屑」へと姿を変え、床に静かに降り積もった。
静寂が戻った部屋で、美奈は自分の体を抱きしめ、信じられないといった様子で目を見開いた。
「すごい……! 体が軽い……! 悪意の視線が、消えました……!」
蓮「お役に立てて光栄です」
蓮はいつの間にか、完璧に爽やかな神主の顔に戻っていた。
蓮「……あ、お支払いは一括でよろしいですか?」
「あ、はい……」
美奈は蓮の現金な態度に少し引きつつも、財布からきっちり30万円を支払って、逃げるように神社を後にした。
夕暮れが完全に沈み、夜が訪れた社務所。
蓮は机の上でお札の束をパチパチと数えながら、恍惚とした表情を浮かべていた。
蓮「いやー、いい仕事したわ。これで今月のネトゲの課金代と、神社のWi-Fiを高速回線に乗り換える費用ができたな」
コマ「どこまでも自分の私利私欲のためか……。やはりお前はクズ神主じゃ……」
コマが畳の上で丸くなりながら、呆れ果てたようにため息をつく。
蓮「あ、そうだコマ。次の土曜、伊勢のあいつがテレビの取材でこっちの街に来るらしいぞ」
コマ「何ぃ!? あの鼻持ちならんエリート、御手洗の若造がか!?」
コマがガタッと立ち上がり、もふもふの毛を怒りで逆立てる。
蓮はフッと不敵な笑みを浮かべ、スマホの画面を眺めた。
蓮「最高の大手神社様だ。上手く立ち回れば、うちの何倍もふんだくれるネタが転がってるかもしれないな……」
『烏丸神主は賽銭(かね)しか信じない』――彼の現代的な除霊ビジネスは、まだ始まったばかりである。
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