テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
あの日、ギレスラは単独でハタンガの里に近い湖の畔(ほとり)に出かけていた。
ハタンガの里は無数の湖や水路、沼や湿地に囲まれた大きな中洲とその沿岸の高地で構成されていた。
この地には多くの人間が暮らしていたし、巨獣と呼べる大型の魔獣達も、他の地とは比べられない程数える事が出来たのである。
他所(よそ)の場所を見た事も無いギレスラであったが、いつも周囲に侍(はべ)っていた竜達からそこら辺の事情は聞かされていた。
なんでも、ハタンガの中央には巨大な魔獣がヌシとして存在しており、その存在が遥か昔から余剰な魔力を吸い上げていてくれるらしく、お蔭でこの地は安全なのだそうだ。
里の中心付近にはニンゲンが多く棲息している事もギレスラは聞かされて知っていた。
この日、然程離れていない対岸にニンゲン達のほっそりとした姿を確認しながら、水辺に繁茂している葦(あし)の新芽を齧り、甘さに笑顔を浮かべていたギレスラは突然襲い掛かった違和感に驚くこととなる。
胸や腹、下腹部が強烈な熱を感じると同時に、酷い痛みに襲われたのだ。
生まれてこの方感じた事が無い激痛に、口にしていた葦を吐き出したギレスラは震えながら対岸に視線を向けたのである。
『ッ!』
目に映った景色の異様さに息を呑むギレスラであった。
対岸では、つい先程まで忙しなく動き回っていたニンゲン達が、ピタリと動きを止めて石の様に固まり続けていたのである、と言うか、文字通り『石化』してその生命の活動を止め続けていったのである。
下半身から固まり始めた初老のニンゲンが大声で何かを叫ぶ。
「αζγλλッ! ♯Σ・Ωαδψッ!」
言葉の意味は判らなかったが何と無く事態が逼迫(ひっぱく)している、待ったなしの状況で大切な事を叫んだのだろう、それだけは感じ取る事が出来た。
「αζγλλッ! λλΩΣ!」
「♯Σ・Ωαδψ…… δα%、π、π……」
「♯Σ・Ωαδψッ! ♯Σ・Ωαδψッ! ξοΩ、ξΩッ!」
口々に何かを叫んでいる人間達は、例外なく石化し続けながら、自分の事は二の次、そんな風情で命より大切な事を必死に伝えているかの様に見えた。
息苦しさも忘れて凝視していたギレスラの目に、人々の中から飛び出した見覚えのある少年が北へ向けて猛スピードで走り出す姿が映る。
あれは、人間たちの中で特別な存在だと言われているイシビベノブだ、ギレスラは幼い頭でそう理解した。
ことハタンガの北部では、ギレスラと同じ位特別な存在なのだ、あの少年を見かける度に、年長の竜達がそうくどいほど言い聞かせてくれていたからである。
何を思う訳では無かったが、いつの間にかギレスラは彼の後を追って走り始めていた。
無論、この行動に確信など無い。
ニンゲン達が石化されながらも大きな声で指し示した方向、北へ向けて一心不乱に走る少年の姿を目にした瞬間、自分もそちらに向かわなければいけない、そう感じたからだ。
若(も)しかしたら、その時現在進行形で自分の体を襲い続けている正体不明な発熱と耐え切れないほどの激痛から逃げる為、持って生まれた竜の本能が彼を追え、そう告げていたのかも知れ無い。
コメント
1件