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——それは、ほんの些細なことだった。
「ごめん今日、ゼミの子たちとご飯行くから、晩メシいらない」
その一言に、俺の胸がチクリと痛んだ。
陽翔の言葉を責めるつもりはない。ただ……最近ずっと一緒に晩ごはんを食べていたから、それが当たり前になっていたから。
「……そう。わかった」
「うん、遅くなるかも」
「……気をつけて」
陽翔はいつもと同じように笑って出かけていった。
でも俺の心は、ずっとモヤモヤしていた。
***
夜10時を過ぎても帰ってこない。
LINEは「今から帰るね」の一言だけ。
ソファにうずくまり、スマホを握ったまま考える。
ゼミの“子たち”って、誰? 女? 男?
楽しかったんだろうな。俺と食べる晩飯より、そっちの方が。
——ダメだ、こんなの、俺らしくない。
けど、考えずにはいられなかった。
***
玄関の鍵が回った音に、俺は顔を上げる。
「ただいまー。……あれ、まだ起きてた?」
「……うん。なんか、寝れなくて」
陽翔がキッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
「ビール飲む?」
「いらない」
つい、冷たく返してしまった。
陽翔が振り向く。
「……どうした?」
「別に」
「怒ってる?」
「怒ってないってば、何回もうるさいな…」
空気がピリつく。俺は視線を逸らす。
すると、陽翔がソファの隣に座ってきて、そっと俺の手に触れてきた。
「……透、もしかして、嫉妬してる?」
「、…し、してないし、ッ」
「かわいい」
「……っ、もう知らないっ」
思わず立ち上がろうとすると、陽翔の腕が俺の腰を引き寄せた。
「俺が好きなの、透だけだから」
その言葉に、体の力がふっと抜けた。
「……ほんとに?」
「ほんと。ゼミの飲み会なんて、早く切り上げたかった」
「……なら、最初から行かなきゃいいじゃん」
「……可愛すぎるって、透」
陽翔は、俺の髪にキスを落とした。
「……ずっと隣にいるよ。どこにも行かないから」
ぎゅっと、抱きしめられる腕の中で、俺はようやく息を吐いた。
……めんどくさいな、俺。
でもそれでも、好きになったんだ。こんな自分でも、受け止めてくれる陽翔が好きだ。
***
その夜は、何も言わず、陽翔の胸に抱かれて眠った。
あったかくて、安心して、でもちょっと悔しくてさ——
それが恋なんだろうな、って思った。
俺らってやっと、やっぱ恋人になったんだーー。