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「依頼のメンバー選定に頭悩ませていたら、
もう解決してるなんてな」
巨大なカニを保存用施設で退治した後―――
私とアルテリーゼは、王都のギルド本部へ
顔を出していた。
もちろん、本部長であるライオットさんに
事情を説明するためだったのだが、
「えーと……
ご迷惑というか、余計な事をして
しまったのでは」
恐る恐る聞くと、彼はブンブンと首を左右に振り、
「条件を聞いただろ。
狭い場所での戦闘、それも相手はわからねえ
状態で……
しかも強力な攻撃魔法は避けてくれって。
最悪、施設をぶっ壊しても構わんって事で、
メンバーを招集しようと思ってたくらいだ」
魔力至上主義の世界でも……
いや、だからこそ、制限や条件付きというのは
却って難しいのだろう。
「しかも討伐した魔物は『キング・クラブ』と
きたもんだ。
施設内に入り込んだアレを相手にして、
建物を無傷で済ませるなんざ、な。
改めて礼を言う。
希望があるなら言ってくれ」
本部長の申し出に、私は頭をかいて、
「いえ、前に魔導爆弾の件でもお世話になって
いますし……
目的はお肉の買い付けですから、それはすでに
達成されているようなものなので」
あの後、依頼が解決されたのを受けて―――
管理担当者のエドが他の食料部門の担当に
便宜を図ってくれて、大量の肉を
買い付ける事に成功していたのである。
「そっか、悪いな。
で、だ。依頼金だが、金貨30枚になる。
受け取ってくれ」
ガチャッ、と目の前で金貨入りの袋が
音を立てて置かれる。
「い、いえ。
ですから、勝手にこちらが引き受けて
しまったようなものですので」
「事後承諾だが、そうしてくれた方が
こっちとしても処理が楽なんだよ。
助けると思って、な?」
さすがに組織のトップ、そして王族に頭を
下げさせて拒否は出来ない。
私はそれを受け取って荷物に入れる。
「ありがとよ。
それと―――アルテリーゼさん?」
「む? 我か?」
不意に妻に声をかけられ、視線を彼女へ向ける。
「なるべくでいいから、王都に来る時は
ラッチを連れて来てくれないか?
ウチの職員……
特にサシャとジェレミエルがへこんじまって」
「……ああうん、善処はする。
ところで、あのカニはどうなったのだ?」
そういえば、すでに絶命しているけど―――
ギルドに運び込んだんだっけ。
「今頃解体されている最中だろう。
甲羅や外殻はいい防具の素材になるからな。
大方、物好きがはく製にするためか、何かの
素材にするために密輸したんだろうが……」
「??
違法に運び込まれたものだったんですか?」
「いくら何でも、アレを食料保存用の施設にゃ
運ばねぇよ。
間違って運び込まれてしまったんだろう」
その言葉に、私は首をひねり、
「食べないためだとしたら―――
どうして生きたまま運搬を?」
「今のところ、そこまではわからん。
多分、何らかの事情で動けなくなった
キング・クラブを、死んだと勘違いして
運んだんじゃないのか?」
仮死状態、という事かな?
冬眠か、もしくは『死んだフリ』―――
となると、アレに死んだフリをさせるくらいの
魔物がいるという事になるが……
多分海の生き物だし、地球だってクジラくらい
巨大な生き物がいたんだから、考えられなくは
ないよな、と思考を巡らせていると、
「なあ、シン。
さっきから聞いていると、アレを食う
前提で話していないか?」
「え? 食べられないんですか?」
すると、ライオットさんとアルテリーゼが
見た事の無い生き物を見るような目で、
私を見つめる。
確かに、カニは町でも見た目だけで
ドン引きされて敬遠された事があるが……
(18話
はじめての いしゅかんこうりゅう参照)
「いくら何でもアレをか?」
「いやいや、シンの事じゃ。
きっと我らが知らぬ、思いもよらない
調理方法で」
「……茹でるだけですよ。
何ならやってみますか?」
あからさまに半信半疑の目を向ける本部長と妻に、
方法を提示し―――
私は厨房へと向かう事にした。
「んじゃ、始めます」
解体はだいたい終わっていて、足の中身である
肉部分だけを持ってきてもらい―――
それを煮立った熱湯の中に入れる。
さすがにサイズが大きいので、殻ごととは
いかず、寸胴のような鍋に入るサイズにして
入れて茹でる。
待つ事15分ほど……
十分熱が通ったと思われる頃に引き上げ、
冷水で洗う。
すると身がほぐれ―――
裂いていくと、うどんみたいな感じで
細長いメンのようになった。
「んんん……」
「匂いは悪くないのじゃが……」
『あの』キング・クラブを料理するという事で、
物珍しさ、怖いもの見たさで野次馬も集まって
いたが、誰も手を出さず……
「では自分から―――」
私はフォークでパスタのように絡めとり、
それを口に運ぶ。
海の生物だからか、塩味がしみ込んでおり、
噛むと同時にうま味が口の中にあふれる。
考えてもみれば、ずいぶんゼイタクな食べ方だ。
地球でやれば、この量を用意するだけでも
どれだけお金がかかる事か。
私が食べるのを見ていたアルテリーゼと
ライオットさんも、ゴクリと喉を鳴らし、
「我も食うぞ!」
「俺もだ!」
そして一口食べた2人は、無言でうなずき、
一瞬間を置いてから、すごい勢いで食べ始めた。
「何と……!
これがあの魔物かや!?」
「マジうめぇぞ、これ!」
それを見ていた野次馬たちも我も我もと
手を伸ばし―――
あっという間にカニは消費された。
「昨日の今日でもう帰るのか?」
時間にして、午後2時くらいだろうか。
王都の門近くまで本部長が見送りに来て、
名残惜しそうに話し掛けてくる。
私は荷車の荷物に視線を移し、それをポンポンと
叩きながら、
「もともとはこれの買い付けに来たんです。
それに、すぐに持って帰らないと腐って
しまいますから」
もう春はとっくに終わっているし、日中も結構
暑くなってきたしなー……
早く帰って氷室に入れないと。
「そうか。
ジャンのヤロウによろしくな。
……つか、ドーン伯爵邸にあいさつして
いかなくてもいいのか?」
ライオットさんが片眉をつり上げて
聞いてくる。
「今回はただの私用での買い物ですからねえ」
「あと、ラッチを連れて来なかったので、
アリス殿もがっかりするであろうしのう」
予想……というか100%そうなる未来しか
頭に浮かばない。
こうしてお互いに苦笑を交わし―――
私とアルテリーゼは王都を後にした。
「シンさん!」
少し日が傾いてきた頃―――
私とアルテリーゼは町の広場へと着陸し、
同時にレイド君に名前を呼ばれる。
「どうしたんですか、レイド君。
何かあったんですか?」
慌てて駆け寄ってくる彼に、私は心配して
対応する。
「そ、それが―――
シンさんにお客様が来てるッス。
ドーン伯爵様なんスが、その」
??
別に彼の事なら知っているし、良好な
関係になっていると思うのだが……
「シン、ひとまず先へ行って来たらどうじゃ?
我はある程度、肉の運搬を手伝ってから
行くから」
「わかった。
それじゃお願いするよ、アルテリーゼ」
そして私はレイド君に引っ張られるように―――
ギルド支部へと向かった。
「……冒険者風情が伯爵家を待たせる事が
あるなんて。
いくつになっても未経験という事はあるもの
ですのね」
私は応接室に通されると―――
そこにはドーン伯爵とギルド長、さらに
2人の女性がソファに腰かけていた。
「よさんか、レイラ!
第一、シン殿は王都へ行っていたのだ。
それは不可抗力だろう」
フン、と彼女は夫であろう伯爵の言葉を流す。
見た目は30前半だろうか―――
恐らく第一夫人だろう。
もっと年齢はいっているはず。
いかにもな中世貴族らしい、髪を盛り上げて
結うヘアースタイルは、こちらでは初めて
見るものだ。
そして細長い眼鏡をかけたその顔は、年齢の割には
気品ある美しさを保ち……
胸はアルテリーゼか、ミリアさんと同じくらい
だろうか。
いわゆる巨乳で、そのくびれたウエストと相まって
モデル体型のようだ。
スーツを着せたら、社長秘書かどこぞの教育熱心な
P〇A会長といったイメージ。
その隣り―――
こちらはアリス様と同じくらいの、20代半ばの
女性。
兄であるギリアス、姉妹であろうアリス様の
ブラウンの髪は、母親譲りのものか。
ボリュームはそれほど無いが―――
まるで日本人形のように、ストレートに伸びた
ロングヘアーが印象的だ。
顔立ちも、どこかメルのようなアジアンっぽい
目鼻立ちを思わせる。
「それは失礼を―――
それで、ご用件は何でしょうか?」
私も対面のソファに座ると、改めて用件を
質問する。
「長女・マリサの事で相談に来ましたの。
聞けば、貴方は戦闘もさることながら―――
少しは頭も回ると聞きましたので。
それでお知恵を借りようかと」
いちいち見下したり貶めたりするような表現を
使うのが気になるが……
まあ、これが貴族のスタンダードだろう。
今でこそ大人しくなってはいるが、少し前の
ギリアス様やシーガル様も大差なかったし。
それより、オロオロと顔色を青ざめさせている
伯爵様が気の毒だ。
「知恵……ですか。
それで相談とはいったい」
「マリサ。自分の口から説明なさい」
少し人見知りのような感じがする女性は、
意を決したように、わずかにうつむいていた
顔を上げる。
「じ、自分はドーン伯爵家長女の
マリサと言います。
こ、今回は相談に乗って頂き、
ありがとうございますっ。
あの、シン殿の事は―――
アリスやギリアス兄さまから聞いて
おりますのでっ」
あ、良かった。
どうやらこっちの方はまともそうだ。
長女という事はアリス様の姉というワケで……
妹の心配事を解決したので、それを聞いて私を
頼ってきたのだろう。
それなら流れとしてはおかしくはない。
そして彼女から詳しい話を聞くと―――
「……はあ、つまり―――
王室女性騎士団の副団長に選ばれたが、
無名だった自分が突然選ばれた事に
納得しないメンバーも多く……
その事で困っている、と」
コクコク、とうなずくマリサ様の話を総合すると、
彼女は、アリス様ほどではないにしろ、
攻撃魔法や特殊系の魔法に恵まれておらず―――
ただ身体強化はそこそこ使えたので、ある程度
鍛えた後に女性騎士団に入団したのだという。
「……ん?
でも無名っておっしゃっていましたが、
つい最近強くなったって事でしょうか?」
「は、はい!
我がドーン伯爵家の私兵を、シン殿が
強化したという話を伝え聞いて……
そこで自分を鍛え直すために、彼らと一緒に
訓練して、あの投石や誘導弾を学んだのです!」
なるほど……
そういえばギリアス様も、一兵卒になって
鍛え直したって聞いているしなあ。
そして投石・ブーメラン・接近戦を学んだと。
そりゃまあ、それを初めて見る相手なら、
負ける事は無いだろう。
そして巡り巡って、元凶というか原因は
今回も私という事か……
「ん? でも副団長なんですよね?
団長ではなく」
「王室騎士団の団長は男性も女性も―――
公爵か侯爵家以上から選ばれる決まりです。
そのような事も知らないのですか?」
レイラ第一夫人のトゲのある言い方に、
夫と娘はあわあわと困惑し、ギルド長は
苦々しく笑う。
それはともかく……
団長・トップは良く言えば名誉職、
悪く言えばお飾りであり―――
つまり、副団長こそが実質上の実力トップ、
という事なのだろう。
「ふーむ……
それで、マリサ様が副団長になったのを
快く思わない人って、どれくらいいるんで
しょうか」
「お、王室騎士団は女性の方は少数ですので、
50人中、半分ほどではないかと」
さらに話を進めると、10人ほどの派閥が
2つほどあり―――
その中心人物となっているのが2人ほど、との事。
「しかし、実力でその地位に就いたんでしょう?
どうして後から文句など……」
「王室騎士団は、現役の副団長が後任を決める
権限があるのです。
もちろん、模擬戦の結果なども参考に
されますが……
最終的な決定権は現役副団長にあります」
私はふと首を傾げ、
「……前任の副団長というのは、問題が多い
人物だったのですか?」
すると彼女はブンブンと首を左右に振り、
「と、とんでもありません!
ラーナ・ルトバ様は、騎士団全員に信頼・
尊敬されていた立派な方でした!
ですので、どうして自分を後任に指名したのか
さっぱりわからないのですが……」
それを聞くと、私は両腕を組んで天井を見上げ、
その後視線を元に戻し、
「取り敢えずお話はわかりました。
いくつか案を考えてみますので―――
お時間を頂けますでしょうか?」
そう提案すると、真っ先にレイラ第一夫人が
立ち上がり、
「数日はこちらに滞在していますので、
その間に。
期待しておりますわよ。
平民にしては使える男だと、見込んで
おりますゆえ」
その発言に、娘と夫が反発する。
「母上!!」
「いい加減にせんか!!
シ、シン殿。ワシらはこれで失礼させて頂く。
レイラには後で注意しておくから」
こうして、夫人はドーン伯爵とマリサ様に
押し出されるようにして、応接室から退室した。
「はー……
何かどっと疲れが」
私とギルド長は応接室から支部長室へ移動し、
レイド君・ミリアさんと、先ほどまでの話を
共有していた。
「それは災難だったッスねえ」
「第一夫人の方ですよね?
伯爵様から、シンさんについて聞いてないので
しょうか?」
2人の話に、ジャンさんは両目を閉じ、
「まー何だ。
前に言った事があるかも知れんが、
実際に目の前でシンの力を見た事が無い
ヤツの反応としちゃ、あんなモノだろ」
それには同意する。
かと言って説明するにしても家族の前だし、
貴族様だし……
迂闊な対応は出来ない。
「それと―――確認とけん制だろうな。
ドーン伯爵家に取って、シンがいろいろな
問題に介入して解決しているのは事実だ。
第二夫人の子供たちだけでなく、ギリアス様や
アリス様とも関係を持った事で……
力量を測りに来たんだろう」
そしてギルド長は私の方へ顔を向けると、
「あとお前さんの実力と態度が正反対って
いうのもあるが……」
そこら辺は生まれ持った性格だしなあ。
特にここに来てから変わったっていう事も
無いし。
「でも、そのおかげで冒険者ギルドの
イメージも変わったッスからね」
「そうですよー。シンさんが来るまでは、
町の中で避けられこそすれ、親しまれる
ところではありませんでしたから」
若い2人に褒められ、やや気恥ずかしい
気持ちになっていると、ギルド長が口を開き、
「……しかし、マリサ様もなあ。
あの精神面の弱さはなかなか直らんな。
あの母親じゃ無理も無いかも知れんが」
「あれ? マリサ様と面識があったんですか?」
そうえば、応接室では全くジャンさんと
話さなかったけど。
「騎士団に入る前に―――
何度か指導を頼まれた事があったんだよ。
それにアイツ、自分の事を無名とか言ってたが、
女性騎士団の中じゃ5本の指に入るくらいの
実力者という話なんだぜ?
相変わらず自己評価が低いっつーか」
なるほど。
ジャンさんが鍛えたんだし、当人が思って
いるほど弱いわけじゃないのか。
「それにラーナ・ルトバっていやあ―――
辺境伯として代々名をはせた武門の家だ。
俺も一度だけ手合わせした事があるが、
ゴールドクラスに匹敵する腕前だったぜ。
そいつが認めたっていうのなら、実力は
文句無しのはずだ」
「となると、彼女は先に精神面を
どうにかした方が良さそうですね。
策を教えるのはその後にしましょうか」
そして間もなくやってきたアルテリーゼ、
メル、ラッチと合流し……
宿屋『クラン』で遅めの夕食を取った後、
ようやく我が家へ戻った。
「へー、カニって美味しかったんだ。
いいなー、私も食べたかった」
「ぴゅぴゅ~」
屋敷へと戻った私は改めて、王都での件を
メルとラッチに報告した。
「しかし帰った早々―――
また厄介ごととはな」
「で? どーするの、シン」
妻たちの言葉に私は頭をかいて、
「マリサ様は―――
多分、精神面が問題だと思うから、
これはアルテリーゼに協力してもらう
事になると思う」
すると、彼女たちは目を閉じてうなり、
「それはいいんだけどぉ~、
彼女『だけ』、何とかしても意味ないと
思うよ?」
「それはメル殿に同意じゃ」
「どういう事?」
意図がわからずに聞き返すと、
「話を聞いただけでも―――
そのレイラ夫人?
ってのが引っ掛かるんだよね」
「そうそう。
ギリアス殿といい、アリス殿といい―――
ギルド長の言う通り、母親に難があるぞ」
「う~ん……
でもそれは家庭内の問題だし。
そこまで介入してもいいものかどうか……
介入したとしても、その方法は―――」
悩んでいると、いつの間にかメルとアルテリーゼが
立ち上がって私の両肩をつかみ、
「じゃあマリサ様の方はシンに任せるとして、
レイラ夫人の方は……」
「我らに任せるがよい♪」
自信満々に微笑む彼女たちに―――
私は首を縦に振った。
「えっと……鍛錬ですか?
あの、投石も誘導弾も一通りマスターしたと
自負しておりますが」
翌朝―――
私はアルテリーゼと共にマリサ様を誘い、
町の近くの森までやってきていた。
「はい。
ギルド長もマリサ様の実力は認めておりました」
「そうでしたか。
ジャンドゥ殿が……
自分は彼の教えを受けましたが、これといった
実績を示せず―――
申し訳ないと思っていたのですが」
本当に自分の評価が低いんだな。
これは骨が折れそうだ。
「ですが欠けているものがあります。
これは、私とギルド長の共通見解だと
思ってください」
ゴクリ、と喉を鳴らし、彼女はその先を待つ。
「これからして頂く事は―――
『大きな声をあげない』、ただそれだけです」
「はい??」
目が点になったマリサ様を横目に、私は
妻に指示を出し―――
それに従い、彼女はドラゴンの姿になる。
「―――ッ!?」
一瞬、マリサ様は大きく口を開けたものの、
何とか声を出すのを押しとどめた。
「兄さまやアリスから聞いておりましたが、
まさか本当にドラゴンだとは」
「では、アルテリーゼの背中に乗ってください」
「は、はい……!」
淡々と指示を出す私に、彼女はおどおどしながらも
言う通りにする。
「では、しっかりつかまっていてください。
アルテリーゼ、頼んだよ」
「任せておけ」
何が何だかわからない、という表情の
マリサ様を乗せて―――
ドラゴンは上空へと舞い上がった。
「ひょえぇええええー!?」
と、叫ぶ彼女の声すら一瞬で遠くなり……
アルテリーゼの姿は猛スピードで消え去った。
―――5分後―――
「死ぬ死ぬ死ぬ!!
死んじゃうぅうー!!」
と、飛び去った時の叫び声と一緒に、
アルテリーゼが戻ってきた。
着地し、転がるようにドラゴンの背中から
降りてきたマリサ様は、よろよろと私へ
歩み寄り、
「何なんですかコレ!?
何なんですかコレ!!」
まあ、初飛行で全速力で飛び回ってもらえば、
こんなものだろう。
私は彼女の呼吸が落ち着くのを待って、
説明する。
「ギルド長は―――
マリサ様は王室騎士団の副団長たる、
十分な実力があると認めていました。
人格的にも問題はありません。
ただ貴女の自己評価が低いだけだと―――」
「しょ、しょれが~……
今やらされた事と、どういう関係が?」
その問いに、私は首を左右に振り、
「『大きな声をあげない』事―――
出来ませんでしたよね?」
「は、はい……
でもそれがどうして」
「それが出来るまでは答えられません。
では、もう一回どうぞ」
私の言葉に、絶望したような表情をしながらも
素直に従って、彼女はもう一度アルテリーゼの
背中に乗り―――
そして空の人となった。
そんな事を繰り返す事4、5回ほど。
30分ほど経過したところで、やっと無言のまま
マリサ様が地上へと戻って来た。
「……はぁ、はぁ……」
恐らく、疲れ果てながらも両足を踏ん張って
しっかりと直立し―――
「今回は『大きな声をあげない』で
戻って来られましたね」
「さ、叫び過ぎて……
大きな声が出なくなっただけです……」
そして正直に自分の状況を申し出る。
素直で、ウソのつけない性格なのだろう。
「……マリサ様が仰っていた、2つの派閥の
トップ―――でしたか」
「??
イライザ・フォス子爵令嬢と―――
エリアナ・モルダン伯爵令嬢ですが……
その2人が何か?」
質問の意図がわからないのか、聞き返してくる。
すると後ろにいたアルテリーゼが人間の姿に戻り、
「では、その2人―――
我と空を飛ぶよりも怖いか?」
彼女は疲れているとは思えない速度で首を
横に振って、
「とんでもありません!!
あの2人の方がずっとマシです!!
これに比べれば……っ」
そこで彼女はハッと何かに気付いたような
表情となり、
「そういう事です。
貴女に足りなかったもの―――
それは精神的な自信であり、強さです。
ちょっと荒療治になりましたが……
たいていの事は怖くなくなったでしょう?」
要はメンタルトレーニングだ。
彼女の押しの弱さ、自虐的なまでの自己評価の
低さが―――
その女性騎士団の2人に付け込まれるスキに
なっていたのだろう。
それを聞くと、彼女は苦笑しながら
「そうですね。
しかし、これで煩わしいと思っていた、
派閥争いへ立ち向かう決意が出来ました。
感謝します、シン殿」
マリサ様は深々と頭を下げ―――
それに対し、私は手を垂直に立てて横に振る。
「えっと……何でしょうか」
「私は『案を考えてみます』と言ったでしょう?
あの時のままのマリサ様では正直、失敗する
可能性が高いと思ったのですが……
今のマリサ様なら大丈夫です」
こうして私は―――彼女に策を授けた。
「……レイラ夫人を家に招待する?」
マリサ様と別れ、いったん宿屋『クラン』で
軽く食事でも―――と思っていると、不意に
アルテリーゼから告げられた。
「ウム。メル殿が今頃、話を付けに行っている
はずじゃ」
そういえば今朝から、確かに別行動だったけど……
そんな事をしていたのか。
「でも、私も直接お会いした事があるけど、
結構気難しそうな方だよ。大丈夫?」
「そこは妻を信頼して欲しいのじゃ。
それに、女同士でしか出来ぬ話もあるからのう」
まあ、何だかんだ言って―――
今までにいくつか解決してきた実績もあるし。
「じゃ、今回もお手並み拝見といくよ」
「任せておくがよい!」
「家に呼びつけたと思えば、いきなりお風呂に
入れ、と―――
平民の考える事はわかりませんね」
夕刻になり、メルがレイラ夫人と一緒に屋敷に
戻ってきたのだが……
相変わらずトゲのある言い方で、こちらを
見下してくる。
「まあまあ、夫人サマ♪
ウチのお風呂はちょっとしたものですよ~♪」
「まずはゆっくりと堪能して欲しいのじゃ♪」
ノリノリのメルとアルテリーゼの態度に違和感を
覚えつつ、レイラ様の顔に目をやると、
「……主人から、何があっても無礼な真似は
しないよう言われておりますので……
今は我慢しましょう。
それでは浴室へ案内しなさい」
ハラハラしながら、女性陣3名の背中を見送り、
私は出てきた時に備え、冷たい飲み物を準備する
事にした。
「フム、これはなかなか……
なるほど、平民にしては贅沢なお風呂。
人に見せたくて仕方が無いのもわかります」
足から湯に浸けると―――
レイラ夫人はその身を沈めていき、やがて
底へ座った状態になる。
「おー……浮くんですねえ」
「しかも、あれだけ大きな子らがおるのだから、
それなりの年齢のはず。
全く衰えが見られないのだが、
最近の人間はこうなのか?」
メルとアルテリーゼの感想に、レイラ夫人は
眉をひそめるも、
「わたしは同年代に比べ、魔力の循環が高いと
言われてますゆえ……
褒められて悪い気はしませんが―――
アルテリーゼ、貴女の言い方は何とか
なりませんこと?」
そして彼女はお風呂の奥の方へ振り向き、
「それに、あちらの深そうなところは何です?
設計ミスか何かですか?」
夫人の疑問に答えるべく、アルテリーゼは
深い場所へ行くと―――
「……っ!?」
急に水面がうねり、波となってレイラ夫人とメルを
襲い、やがて状況が落ち着くと―――
そこには、ドラゴンの姿があった。
「これはのう。
ドラゴンである我でも入れるように、シンが
特注してくれたお風呂なのじゃ」
「……は……」
レイラ夫人は、『シンの妻の一人はドラゴン』
という事前情報は知らされていたものの―――
いざ目の前にそれが現れると、ただポカンと
口を開けたままになる。
「のう、レイラ第一夫人」
「……っ、な、何でしょうか」
それでも威厳を保ち、毅然とした態度を見せる
彼女に対し、アルテリーゼは
「別に取って食おうというワケではない。
そんな事をしたらシンに怒られるでな。
我とメルがこの家に招待したのは、
そなたの事を思っての事じゃ」
「わ、わたしに?」
突然、話がわからない方向へ飛んだ事に
彼女は困惑するが、
「……我もドラゴンとして長い時を生きておる。
人間の妻になるのはシンが初めてじゃが、
ドラゴンとして、番と子を成した事もある。
そなたも立場上、人に言えぬ悩みもあろうが、
身分や種族など関係なく、我は同じ女として
話を聞いてみたいと思うのだが、どうじゃ?」
「…………」
彼女はしばらく沈黙したが、やがて―――
ぽつりぽつりと語り始めた。
「う~ん、それは確かにねえ」
「でしょう!?
だって今まで子育てや教育は丸投げでしたのに、
今さら……!」
レイラ夫人の話をまとめると―――
跡継ぎであるギリアスを産んだ後、それからの
子育てはほぼ、彼女が一手に引き受けてきたの
だという。
それがここにきて……
シンという冒険者を送り込んできて、アリスや
ギリアスに介入し、今や頻繁に父親やシンの
名前を口にするようになった。
それが何とも歯がゆく、許せなかったようで―――
「わたしの教育が間違っていたとでも
仰りたいの、あの方は……!」
夫人は感情的になり、肩で呼吸をする。
それを人間の姿に戻ったアルテリーゼがなだめ、
「そなたの言いたい事はわかるが……
時に、子育てを丸投げと申したが、それは
あの伯爵様が?」
「……いいえ。
あの方の手を煩わせまいと、わたしの方で
出来る事は全てやってきたのですが」
それを聞いた途端、メルとアルテリーゼは
『あー……』という表情になり、
「レイラ様って優秀なんだろうけど、ちょっと
考えものだよね」
「『私は貴方がいなくても大丈夫だから』
オスの受け取り方によってはのう、それ……」
うっ、と夫人は2人の言葉にひるみ、
がっくりとうなだれる。
「あの方は今や第二夫人の元へ入り浸りだし、
その上、子供たちまで離れたら……
わたしは、どうしたら……」
意気消沈する夫人に、シンの嫁2人は近づき、
「まあ、そういう焦りは理解出来ますよ」
「しかし、そんな事情であれば―――
夫の心を繋ぎ止めるのが先じゃな。
せっかく立派なモノを持っておる事じゃし」
レイラ夫人は、パッと胸を両手で隠すように
手をつけて
「わ、わたしにはもう……
とても第二夫人に勝てるところなんて」
するとメルとアルテリーゼはニヤリと笑い、
「大丈夫大丈夫♪
私たちの言う通りにすれば―――
レイラ様のその口と胸があれば、濃厚な
サービスが出来ますって♪
後で衣装も見繕いましょう♪」
「それに、第二夫人も巻き込んでしまえば
いいであろう?
2人より3人の方がプレイの幅が広がるぞ?
あと、そなたは気が強そうだから―――
口調を変えるだけでも『ぎゃっぷ萌え』が
狙えるであろう」
それから30分ほど―――
彼女たちは『夜の作戦』について話し合った。
「シン殿!
お見送り、かたじけなく存じますっ!」
来た時とは一転し、マリサ様が元気良く
あいさつする。
3日後―――
私とメル、アルテリーゼは、ドーン伯爵家の
見送りに町の門外まで来ていた。
「シン殿が考えてくれた策だが……
本当に大丈夫だろうか」
「あなたが才を見抜いた人材でございましょう。
ご自分の目を信じてくださいませ」
続いて、ドーン伯爵夫妻が軽く会釈し―――
私とメル、アルテリーゼも礼を返す。
「世話になりましたね、シン殿。
やはりわたしの夫が認めた人物―――
頼って正解でした。
メルさん、アルテリーゼさんも……
後でお礼をお贈りいたしますわ♪」
やたら上機嫌なレイラ第一夫人と―――
どこかやつれたような伯爵様が、マリサ様と
一緒に馬車へ乗り込み……
馬車が遠ざかるのを待って、私と妻2人は
町へと振り返る。
「ドーン伯爵様がげっそりしていたのが
気になるけど……
あと、レイラ夫人とはずいぶん仲良くなった
みたいだね。
いったいどうやって?」
するとメルとアルテリーゼはクスッと笑い、
「それは女同士の秘密ですよぉ~♪」
「男が口を挟むのは無粋ぞ♪」
とはぐらかされ、答えはもらえず―――
取り敢えず3人で町の中へと戻る事にした。