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「それじゃ」
美緒を駅のロータリーに下ろした圓治は、挨拶もそこそこに走り去っていく。
「圓治に子供、か……」
美緒は腹部に手を当てる。歩き始めると、中に出された精子が少し漏れてくる。事後、シャワーで綺麗に洗い流したつもりだが、内部までは洗えていないから、それも仕方ないだろう。
(下り物シート使えば良かったな)
これでは、パンティが汚れてしまう。美緒は漏れ出る圓治の精液を不快に思いながら、帰路についた。
アフターピルを圓治から貰った。圓治に中出しされたのは、これが初めてではない。たまに、彼は興奮するとスキンを外し、美緒の中に欲望の長(た)けを吐き出す。そして、生理不順の奥さんからくすねてきたアフターピルを、美緒に手渡すのだ。
コンビニでファッション雑誌とミネラルウォーターを購入した美緒は、自宅近くの公園に立ち寄ると、早速アフターピルを飲み下す。
静かな公園だ。夏休み真っ最中だというのに、誰も遊んでいない。美緒が子供の時は、いつも近所の友人と公園で走り回っていた。何をするでもない、友達と一緒に何かをする、それだけで楽しかった。
青い空が頭上に広がっている。ギラギラと輝く太陽が、強い日差しを照射してくる。長い時間、日光にさらされていると目眩がしそうだ。
「帰るか……」
家に帰る。その事が、重く美緒の心にのし掛かってくる。足が重く動きにくいのは、暑さだけのせいではないだろう。
ポンッ……
ハンドバッグの中でスマホが鳴った。SNSの着信だ。自宅の前で足を止めた美緒は、スマホを確認する。
詩織からだった。
ドクドクと、胸から激しい動悸がする。
じわりと、汗が浮かび上がり、首筋から胸元に向けて汗が一滴流れる。
美緒は、恐る恐る画面をタップする。
『美緒、ごめんね! 克己も昌利も反省しているから、許して!』
詩織の謝罪だった。最後に、パンダが泣いて土下座をするスタンプが送られてきた。コミカルに動くパンダに、美緒はフッと、頬を緩ませる。
ため息をつきながら、美緒はすぐさま返信を送る。
『良いよ、気にしてないから』
『ありがとう美緒! 今度は、健全にカラオケを楽しもう!』
『楽しみにしてる♪』
『それと、美緒に朗報だよ~!』
「なに?」と、返す前に、詩織から電話が掛かってきた。美緒はすぐに取る。
「もしもし、どうしたの?」
家は目前だったが、話が気になった美緒は、強い日差しから避けるように、街路樹の陰に隠れた。
『私! 元気にしてた? 今までごめんね』
「うん、良いの。私も、突然のことでカッとなっちゃって」
『いいのいいの、アレは、克己が悪いんだし。それと、克己達と話したんだけど、あのニセモノ彼氏ごっこ、あれ、止めようと思うの』
「え?」
心臓が止まりそうだった。急速に汗が引いていく。
『特に、ネタばらしとかはしないからさ。もし、もしもだよ? 美緒があの佐藤慧と付き合いたいっていうなら、そのまま付き合えば良いから』
「え? 良いの?」
思わず大きな声が出る。美緒は周囲を気にし、再び口を開いた。
「本当にゲームは終わり?」
『そうそう。もう飽きちゃったしさ。それに、美緒の幸せそうな顔を見てると、それを壊すのも忍びなくて。仲直りの印って事で、どうかな?』
「詩織……」
スウッと、心が軽くなっていく。
『いいのいいの、気にしないで、それじゃ、また連絡するわ!』
元気よく話す詩織とは対照的に、美緒は言葉が出ず、「……うん」と消え入りそうな声を絞り出すのがやっとだった。
通話を終えた美緒は、その場に蹲(うずくま)ってしまった。
「……あれ、私、どうしたんだろう?」
自然と涙が溢れてくる。ボロボロと、玉のような涙が溢れ、薄い化粧を落とした。
「どうして、私泣いてるんだろう……」
ゲームは終わった。これ以上、慧を騙す必要がなくなる。そして、自分を欺く必要もなくなる。
美緒は溢れる涙を拭いながら立ち上がると、家に向けて歩き出した。
ガレージの前を通り過ぎたとき、赤い車が止まっていることに気がつかなかった。
玄関に入ると、テレビの音がリビングから漏れてくる。見ると、玄関にハイヒールが転がっていた。
「あっ……」
今まで温かかった心が、急速に冷めていく。
美緒は涙を拭うと、リビングに入った。
大きなテレビには、ワイドショーが映っている。流行の芸人がコメンテーターとして、地方都市を訪れて甘味をリポートしていた。
テレビの前にあるソファに、一人の女性がこちらに背を向けて座っていた。
鹿島花(はな)枝(え)。美緒の母親だ。今日も仕事で遅くなると思っていたが、何か用事があって帰ってきたのだろうか。
「ただいまの一言も言えないの?」
美緒が逡巡していると、冷たい言葉が放たれた。美緒は小さく体を震わせると、「お母さん、ただいま」と呟くように言った。
「辛気くさい子」
独り言のように呟いた花枝は、こちらを見ようともしないで、テレビの方を向いている。
美緒は立つ瀬がなく、その場に佇む。怒れた子供のように、何も言わず、花枝の背中を見つめる。
「なに? 私に何かよう? 邪魔だから、自分の部屋に行ってくれる?」
花枝に言われ、美緒は「うん」と応えてすぐに自室へ戻る。
いつもの事だ。あの日から、花枝は変わってしまった。
『みんな邪魔』
『みんな、死んでしまえばいい』
彼女の本音だろう。美緒が生まれ、花枝は大好きだった仕事を辞め、家事と育児に専念をした。そして、夫の裏切りにあった。自分のためではなく、他人のために消費されていくだけの人生に、我慢がならなかったのだろう。
離婚した後、花枝はすぐに再就職を果たした。
彼女の仕事は、イベントなどの経営企画だ。昔の伝を頼り再就職した花枝は、すぐに頭角を現し、今では企画部の部長にまでなっている。残業や出張が多く、普段は美緒が一人で自宅にいる。
きっと、仕事が早く終わり、帰ってきたのだろう。たまに、花枝は仕事が一段落すると休みを取り、何をするでもなくリビングでテレビを見ている。
「…………」
ネグレクト(育児放棄)に近いのかも知れない。花枝は家事をすることもなく、机にお金を置いて仕事に行くだけだ。学費などは払っているが、それ以外の事で美緒に干渉することは一切ない。一緒の部屋にいることさえ拒み、一緒に出かけた記憶は、幼い頃にしか残っていない。
花枝の笑顔を見たのは、いつが最後だろう。まともに会話したことも、記憶に残っていない。
倒れるように横になった美緒は、それでも笑っていた。
詩織の言葉が嬉しかった。もう、慧と別れる必要がなくなる。嘘が本当になる。そう思うだけで、心がどこかに飛んでいきそうだった。
「圓治とも、潮時かもね……」
慧と正式に付き合う。そうなったら、圓治と関係を続けることは、慧に不誠実だろう。彼に見合う女性に近づけるよう、努力するしかない。
「慧君、今からでも間に合うかな……」
そう呟いた美緒は、下腹部に感じる冷たい感触に眉根を寄せた。
また、精子がヴァギナから漏れてきた。
歩いてきた時に掻いた汗と、涙で崩れた化粧、それと、ヴァギナに残っている精液をシャワーで洗い流したかった。