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豪華なドレスを着ているティアと、平民のようなワンピース姿のアジェーリア。
どちらが王女なのかは、ロクにその姿を見たことがない反逆者達だってすぐにわかった。
馬から降りた途端、アジェーリアがぱっと華やいだから。
歩くアジェーリアは、沢山のかがり火に照らされたかのように輝いている。
これぞまさしく王族の風格だ。
こんな神々しい存在の身代わりができると思った自分は、身の程を弁えていなかった。とても恥ずかしい。
そんなふうにティアが自己嫌悪に陥る中、アジェーリアは主犯格の前で足を止めた。
中年の主犯格の男は大柄で、兵士のように甲冑は身に付けていなかった。渋茶色の簡素な服に革でできた胸当てをしただけの、旅人のような恰好だ。
むき出しの腕には、包帯代わりの布が巻かれ、そこから血が滲んで痛々しい。
けれど男は傷の痛みなど感じていないのか、アジェーリアに見下ろされた途端、悔し気に顔をゆがめた。
その瞬間、ざわりと空気が揺れた。
反逆者らは全員荒縄で拘束され、数人ごとに固められていた。
その各固まりごとに兵士が剣を突きつけ、抑圧していた。
反逆者達の誰かが少しでも不穏な動きをすれば、迷わず斬るという兵の意志が、ありありと伝わってくる。
だが主犯格の男は、不遜な態度を崩さない。
警戒する空気を強めた騎士達を、アジェーリアは目線だけ制して口を開く。
「気が済んだか?」
その口調は、まるで母親が遊び疲れた子供に帰宅を促すようなものだった。
「っ……!」
男は、虚を突かれたけれど、アジェーリアの問いに答えない。無言でいることが、何よりの答えなのだろう。
この時点でこの男は、2度と口を利けぬようになってもおかしくはない。騎士達の表情が、更に険しくなる。
けれど、アジェーリアは気を悪くする素振りもなく、再び口を開いた。感情を殺した硬い口調で。
「ぬしは、先の戦争で家族を亡くしたのか?」
「ああ」
殺気と憎悪をはらませて即答した主犯格の男は、「恐れながら……」と前向きをして言葉を続ける。
「私だけではありません。ここにいる者すべてが、そうであります」
「そうか」
深い悲しみと憤りを感じさせる主犯格の男の声に、アジェーリアは静かに頷いた。
この暴動の発端は、過去の戦争を憎む気持ちで、今なお彼らの戦争はまだ続いていることを、アジェーリアはしっかりと受け止める。慈愛を込めた微笑みで。
そのアジェーリアの笑みは、はなから怒りの感情を放棄し、全てを許しているようだ。あまりにも、年齢に似合わない。
「皆の者、一度しか言わぬからよく聞け。先の戦の責任は、オルドレイ国の民にはない。すべてわれら王族にある。開戦を決めたのも、われら王族。そして、民に向けて死ねと命令を下したのも、王族じゃ」
表情を一変させ、よどみなく言い切ったアジェーリアは、まさに王族の威厳があった。
このときティアは、この騒ぎの本当の罪人が、誰であるかようやっと気付いた。
罪があるのは、アジェーリアを含めた王族だ。
だからアジェーリアは、負傷した反逆者達を目にして蒼白な顔色をしていたのだ。
自分達の犯した罪のせいで、大切なものが傷つけられるのを恐れていたのに、現実となってしまったから。
けれどアジェーリアは、どこまでも王族で、自分の胸の痛みなどこれっぽちも見せず、気丈に言葉を続ける。
「そなた達の苦しみも憂いも、全てわらわが受け止めるべきことじゃ。よそに怒りを向けるでない。負の連鎖は何も生まない。だから、わらわは……2度と、この国が戦火に侵されぬよう、民が怯えて暮らさぬよう嫁ぐのじゃ。それが、わらわが出した、わらわにできる唯一の償いじゃ」
アジェーリアが元敵国のオルドレイに嫁ぐ理由は、誰もがわかっていたはずだ。わかった上で暴動を起こした。
けれど、直接本人の口からそれを聞けば、自分達の犯してしまったことがとても浅はかだったことを知る。
反逆者達は王女の覚悟を知って、自分達の過ちに気付き、脱力した。
まるであやつり人形が、突然、糸を切られてしまったかのように、くにゃりと身体中の力が抜けていく。
少し離れた場所にいるティアの元にまで、彼らの自責の念が激しく伝わってきた。
そんな中、それらを一掃するかのように、アジェーリアは明るい声を出す。
「安心せい。わらわの思いは子々孫々まで伝えると約束しよう。それはそれはねちっこく、婆になってウザがられても夢枕に立っても、繋いでいく」
アジェーリアの茶目っ気ある言葉に、誰も笑みを浮かべない。
ここにいる全員の視線は、まるで救いをもとめるかのようにアジェーリアに向かっていた。
その視線を受けアジェーリアは、全員に平等な視線を向け、主犯格の頭に手を置いた。そのまま、くしゃりと髪を撫でる。
「……それにしても、驚いたぞ。まさかな」
ここでアジェーリアは、一旦言葉を止めて、ぐるりと辺りを見渡すした。
そしてまるで宣言するかのように声色を変え、口を開く。
「まさかわらわに直接祝辞を述べたいからといって、このような大群で押し寄せてくるとはな。うっかり、反逆者と勘違いされてもしかたがないぞ……なぁ?」
アジェーリアが問いかける先は、この旅の責任者であるグレンシス。
とはいえグレンシスは、仕事人間ではあるが杓子定規にしか物事を計れない人間では……なかった。
「王女のおっしゃることに同感です。こんな夜中に、本当に人騒がせなことだ」
「すまねえ。ちょいと驚かせちまったなっ、兄ちゃん達!へっへっ」
グレンシスの言葉に主犯格の男は、すぐに答えた。食い気味でさえあった。
主犯格の男にとったら、仲間を助ける最後のチャンスであり、王女に年頃らしい無邪気な笑みを浮かべて欲しかったのだろう。
その願いは、ちゃんとアジェーリアに届いた。
「あはっ。ぬしは、なかなかの性格のようじゃな」
アジェーリアの笑い声と共に、この場の空気が嘘のように軽くなる。かがり火の数は変わっていないのに、何だか明るくなったようにさえ見えた。
とはいえ、グレンシスも、他の騎士も、城塞の兵たちも、さすがに思うところがあった。
「……後でたっぷり、説教してやる」
怒りを極限まで凝縮したグレンシスの言葉に、主犯格の男は、おお怖いと大仰に肩をすくめて見せる。
美しいグレンシスの額にすぐさま青筋が立ったけれど、今この瞬間から、反逆者達はお騒がせな、ただの善良な市民になった。
なら、この場に負傷者がいるのは、おかしい。死人が出るなんて、もってのほかだ。
事の成り行きを静かに見守っていたティアは、憤慨しているグレンシスの袖を、チョンチョンと引っ張った。
「……あの、こんな時に申し訳ないのですが……騎士様、降ろしてください」
「ああ。わかった」
てっきり却下されると思っていたのに、グレンシスはあっさりと頷いた。
目を丸くするティアを抱えたまま馬から降りたグレンシスは、負傷した反逆者……もとい、お騒がせ市民へと歩を進めた。