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負傷者の目の前に降ろされたティアは、未だ応急処置をしている騎士に声をかけた。


「私が代わります」

「え、……いや、それは、ちょっと──」

「いい。やらせてやれ」


理由も訊かず自分の意志を尊重してくれたことに、どういう風の吹き回しか?と混乱するティアに寄り添うように、グレンシスは膝を付く。


更に混乱するティアは、必死に目の前にいる負傷者に意識を集中させる。


横たわる男は、青年と呼ぶにはまだ少し早い。頭部を負傷して、処置を一刻も早くしなければならないほど重傷だ。


意識を失っているその顔は青白く、ありあわせの布で止血をしているが、すでにその殆どが血に染まっている。かなりの出血だ。しかも息が弱い。


ティアはこくりと唾を呑む。


風邪と擦り傷と古傷の癒しは、これまで嫌という程やってきたけれど、ここまでの重傷を癒すのは3年ぶりだ。できるかどうか不安だが、やらなければ、この人は死ぬ。そんなことはあってはならない。


息を整えたティアは、包帯代わりの布を横にずらして、傷口がある額に手を置いた。


「オイデ オイデ ココニオイデ ツタエ ツタエ ワタシノモトニ イタミモ ツラサモ アワトナリ キラキラトカシテ ミセマショウ メザメルトキニハ ヤスラギヲ アナタニイヤシヲ アタエマショウ」


移し身の術の呪文を唱えれば、風も無いのにティアの髪が揺れ、翡翠色の瞳が金色に変わった。


そして、青年の額に当てられているティアの手のひらからは、柔らかい光が溢れている。


詠唱を終えたティアが手を離し、傷口を丁寧に拭えば、青年の額から傷自体がきれいさっぱり消えていた。


「……そうか」


なにが?


グレンシスの短い言葉に、ティアはそう問いたかった。けれど、やめた。


なぜならティアだって、 グレンシスのその言葉で、彼が3年前の出来事を思い出してくれたことに気付いたから。


でも、嫌われている自分から傷を癒されたことは、グレンシスにとって嬉しいものではないだろう。


娼館育ちの小娘なんかにとでも思っているのかもしれないし、今の自分の瞳は金色だ。気持ち悪いなどと言われたら、それこそ号泣ものだ。


だからティアは、グレンシスから痛い程の視線を受けているけれど、絶対にそこに目は向けない。意識も向けない。全て”気のせい”だと自分に言い聞かす。


そして近い位置にいる、もう一人の負傷者に目を向ける。


「あの……私が……」

「どうぞ、お願いします」


手当てをしている騎士は、あっさりとティアに場所を譲った。


ティアは騎士にぺこりと頭を下げ、先ほどと同じ手順で傷を癒す。


足を負傷しているのは、壮年の男性だった。


意識が朦朧としていても傷が痛むのだろう。絶えず、うめき声をあげている。


服装から見るに、おそらく彼は農夫だ。これから作物はぐんぐん育つ。熱い日差しの中での畑仕事は、さぞや大変だろう。しかも、思うように足が動かなければなおのこと。


だから、絶対に元通りにしてみせる。そう強く願いながら、ティアが自分の身に傷を移せば、壮年の負傷した足は綺麗に元の状態に戻っていた。


残るはあと一人──元主犯格である男。


騎士は快く譲ってくれるだろうかと不安を抱えながら、ティアがプルプルと震えながら立ち上がろうとすれば、今度こそグレンシスに捕まってしまった。


「……あの……騎士様、お心遣いありがとうございます。でも、自分で歩けますので、降ろしてください」

「馬鹿を言うな」


なぜ今、自分は馬鹿と言われたのだろうか。


まったく意味がわからないが、心臓だけはバックン、バックンと忙しい。


グレンシスに抱き上げられて、移動するのはたった5歩の距離だが、その間に死にそうだ。


必死に平常心を保って、やっと移動を終えたティアだが、元主犯格の男から拒絶の言葉を受けてしまった。


「お嬢さん、悪いが俺はそれはいらねえ」

「え?どうしてですか?」


まさかここで断られるとは思ってもみなかったティアは、目を丸くする。


そんなティアに向かって、元主犯格……ではなく、善良な市民は、にかっと歯を見せて笑った。


「これは俺の、一生の宝にしたいもんでな」


傷を負った部分を、自慢げにティアに見せつける。


その笑みは思わぬ贈り物を貰えて、見せびらかす子供のようで、これ以上の説明はティアには不要だった。


ティアは嫌がる人間に移し身の術を施すほど偽善者ではないし、受けた傷が全て痛みになるわけではないことを知っている。


「……わかりました」


少し考えて、ティアは頷く。


この傷は出血こそしているけれど、筋も痛めていないし、後遺症に悩まされるほどの深い傷でもない。


望み通り、いい感じの傷跡になって、この男の腕に居続けてくれるだろう。ただ王女は、それでいいのだろうか。


ティアが視線を移せば、アジェーリアはちょっとだけ眉を上げてみせた。おおむね了解、といったところか。


納得したティアは、元主犯格の男にお辞儀をして、辺りを見渡す。


「ほかに怪我人は………」

「お前だけだ」


間髪入れずにグレンシスが答えてくれた。ひどく不機嫌な声で。


ティアの背中から嫌な汗が流れる。なにせグレンシスは、仏頂面でティアの腰を抱いているのだ。


捻挫した自分を支えてくれようとしているのかもしれないけれど、ありがたくはない。今すぐ、離れて欲しい。


そんなことを必死に願うティアだけれど、祈りは神に届かない。代わりに辺りが、ざわざわと騒がしくなった。


さすがに元反逆者達を、この場で無罪放免にして解放することはできない。形だけでも少々お灸をすえる必要がある。


その為に、一旦、元反逆者達を城塞に移すようだ。


反逆者達は、不満の声を上げることはしない。大人しく兵の指示に従って、ぞろぞろと歩き出す。けれど──


「王女様、ありがとうございますっ」

「色々とすんませんでしたっ」

「体に気をつけてくだせぇ」

「お会いできて嬉しかったっすっ」


城塞に連行されていく元反逆者達は、アジェーリアに向かって声を張り上げる。


それを受けたアジェーリアは、気品と慈愛に満ちた王女の表情を浮かべ、手を振り、一人一人に短く言葉を交わす。


その光景を見て、ティアは胸が熱くなったが、その中に「お幸せに」という言葉がなかったのが寂しかった。


だから、王女の幸せを願う言葉は、自分が後から沢山アジェーリアに伝えることにしよう。


そう決めたティアは、王女の隣で元反逆者達を見送ろうと、よろよろと立ち上がる。


しかし捻挫をした足に激痛が走り、最初の一歩が踏み出せなかった。

エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

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