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side:亜白ミナ
その日の討伐は、長引いた。
ようやく全ての報告書を書き上げ、
ふと壁にかかっている時計を見上げれば、短針はすでに12を回って、1に届こうとしている。
寝静まった基地。
その中で、唯一空調の音だけが響く隊長室。
(…さすがに、そろそろ帰るか。)
重い瞼をこすりながら、体をぐーっと上に伸ばして、机の上の資料をまとめ始める。
そして、最終確認のため、束になった紙を目でペラペラとめくっていった矢先、
一枚の紙が目にとまった。
「…………..あ」
それは、明日の日付が書かれた、緊急会議の資料だった。
演習場に向かって、冷え切ってしまった廊下を走り出す。
(まだ、残ってるだろうか。)
副隊長である保科にも共有すべき重要事項。
完全に忘れていた。早く届けなければ。
だが一方で、戦闘後の彼の疲弊具合を思い出し、
私はわずかに眉をひそめた。
『討伐お疲れさんでした。』
『僕もうちょい残らな、あかんくて、』
近距離戦で一番体力を使ったはずなのに、保科はそんなことを言った。
だから、彼の背中をぐいぐい押して、私が早めに上がらせた、、はずだった。
でも、討伐のあった日でさえ、保科は訓練を欠かさないことを知っている。
今日だって…
つい数時間前、隊長室の窓から見下ろした光景が脳裏をよぎる。
作戦終了後、演習場から見えた一筋の閃光。
(……また、保科だ。)
遠目からでもわかった。今の彼の動きは、鋭すぎるがゆえに危うい。
効率を求めた動きじゃない。
ただ、自らの身を削り、自分を罰して、今にも自壊してしまいそうな……そんな、危うい軌跡。
つい数時間前の討伐戦。彼は完璧に立ち回った。
だが、帰還してからの彼は、一度もその瞳の奥に宿る焦燥を隠せていない。
それが、刃の動きに滲み出ている。
(……そんなに、一人で背負うなと言ったのに)
胸の奥がちりちりと焼けるような感覚に突き動かされ、
私は資料を掴んだまま、また廊下を走り出した。
演習場に、すでに保科の姿はなかった。
その暗闇には、彼が放っていた熱気の残滓だけが漂っている。
(一応……副隊長室も覗いて行くか)
嫌な予感が拭えないまま、再び階段を上って、副隊長室のドアを叩く。
……返事はない。
だが、ドアの隙間から、青白い光が漏れていた。
「……保科」
静かに扉を開ける。
一歩踏みだして、その様子に違和感を覚えた。
モニターのブルーライトに照らされたまま、虚ろな目で画面を見つめている。
「保科、保科」
後ろから声をかけても、キーボードを打つ手が止まらない。
聞こえてない……?
その光景に胸がざわついて、さらに一歩踏み込んで、私は少しだけ声を張った。
「宗四郎!」
ビクッ、と。
弾かれたように肩を揺らして、保科はゆっくりとこちらを向く。
いつも細められている瞳が驚くほど大きく見開かれていてた。
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PINK
…そして、その瞳は光を失い、ただ鏡のように私を映していて、
それはまるで、今にも粉々に砕け散ってしまうような…
(どうして、そんな目を…)
だが、私には踏み込めない。
そもそもそう見えるだけで、確証がない。
きゅ、と唇を噛んで、違和感を胸の奥にしまい込んだ。
「……考え事をしてる時にすまない。実は、明日緊急の会議が……」
自分の声が、わずかに震えるのを自覚した。
報告を続けようとする私を、彼が遮る。
「もう一回」
「ん?」
「もう一回、言ってくれませんか」
「……明日の8時から会議があるって、」
「そうやなくて、名前」
保科は、焦点の合わない目で私を見つめたまま、縋るような掠れた声を出した。
「……もう一回、宗四郎って」
その声を聞いたとき、心臓を直接掴まれたような気がした。
「副隊長」ではなく、ただの「宗四郎」として、私に繋ぎ止めてほしいと、そう願うような声。
こんな保科は見たことがなかった。
(これは、相当 “きてる” な………..)
(このまま働かせちゃ、だめだ)
私は資料を机に置き、彼の正面に立った。
「……宗四郎。」
「お前、少し休め。顔色が尋常じゃない。」
「あはは、そんな酷い顔してます? 隊長に心配かけるなんて、副隊長失格やなぁ」
はは、と笑う保科。
その引き上げた口角が痛々しくて、胸がちくちくする。
泣き出しそうな子供が必死に繕ったような、あまりに不格好な笑みだった。
自分でもわかってるのか、それを隠すように保科は資料に目を向けた。
「会議は、、、8時からですね。」
「僕はあと少しやってから帰ります。亜白隊長はそろそろ帰った方がええと思いますよ。」
違う。
帰るのはお前もだ保科。
『もう一回、宗四郎って。。。』
…保科があんなふうに、私に縋ったことがあっただろうか。
ひとりで、背負おうとしないで欲しかった。
「また明日、会いましょ」
いつも通りを装ったその言葉が震えているのに気づいて、
つい、手が伸びた。 伸びてしまった。
「……っ、保科」
「?」
ぎゅうっ、と。
膝をついて、座ったままの保科を抱きしめた。
「?!」
……驚いてるな。痛いかな。
力の加減がわからない。けれど、離してはいけない。
今ここで彼を離せば、この一振りの刃は、二度と元に戻らないほど砕けてしまう。
「亜白、隊長……?」
「ごめん、ごめんな……」
口をついて出たのは、謝罪だった。
「お前に、そんな顔をさせていたことに気づかなかった。……そんなに震えるまで、一人で戦わせてしまった」
保科、
私は、お前を頼りにしていると言いながら、
保科がどれほどの恐怖と戦い、どれほど孤独に自分を追い詰めていたかに、本当の意味で向き合えていなかったんだ。
「隊長、ちゃいます………僕は、ただ……」
私は、背中に回した手をさらに強く握って、
口を開いた。
「……….宗四郎。」
「我慢しちゃだめだ。…….全部、言って。私に。」
「……..!」
その瞬間、腕の中の身体からふっと力が抜けた。
「…わかりました。」
「でも言うて、別に大したことやないんですよ。」
軽い口調だった。
いつもの、私を安心させるための、「副隊長」の声色。
肩にトン、と保科の額が預けられる。
「……ほんとに、ちっぽけなことで、」
「ただただ、ちょっと焦ってもうて。」
「……僕には、隊長みたいな大砲はない。刀しか振れへん、時代遅れの男ですから。」
「せめて人一倍動いて、誰よりも頭回して、頑張らなあかんな、って。」
「……そうせんと、あなたの隣に居続ける理由が、見つからん気がして……」
淡々と、ただ自分を分析するようだった保科の言葉に、徐々に震えが混じっていく。
「…でも、」
「……怖いんです。」
「一歩でも止まったら、もう二度と、あなたの隣を歩けへんようになるんちゃうかって。
……っ、なんや、言えば言うほど惨めやな。情けない。」
ぽた、ぽたと。
私の肩に、熱い雫が落ちる。
必死に言葉を止めて笑おうとしているのに、一度溢れた本音は、せきを切ったように彼の喉を震わせていく。
「……行かないでほしい。置いていかんといて。
……僕は、まだ……あなたの隣に、いた……っ」
最後の方は、言葉にすらなっていなかった。
細かく震える手が、さらに力強く私の制服を掴む。
「……ごめんなさい。こんなん、隊長に言うことやない。……僕が勝手に焦って、勝手に空回ってるだけです」
「……迷惑ですよね、こんな……情けない弱音」
「馬鹿を言うな」
私は、彼の耳元で、言い聞かせるように静かに、けれど強く断言した。
「情けなくなんかない。……お前が今日まで、どれだけの覚悟でその刀を握り続けてきたか。私が一番近くで見てきた。……私の隣に立つ理由は、お前が刀を振れるからじゃない。お前が、お前だからだ。……私が、お前じゃないと駄目なんだ」
腕の中の震えが、一瞬止まる。
「……っ」
「……ずるいわぁ……。……そんなん言われたら、僕……もう頑張れへん……っ」
泣いて少し赤くなった顔で、保科は困ったように、けれど今日一番柔らかい顔で微笑んだ。
「…ヒグッ…、っはぁ、」
保科の湿った嗚咽が、私の胸の奥をくすぐった。
今はただ、泣きたいだけ泣けばいい。
お前のその弱さまで、私がすべて守り抜いてやるから。
「…….せや、隊長、そろそろ終電が来てまいますよ」
ふと我に返ったように、保科が顔を上げた。
チラリと、彼のデスクを見やる。
そこには、空のコーヒーカップと、一夜では処理しきれないほどの書類の山。
「……今夜は一緒に基地に泊まる」
「ぇ」
「保科も、もとから帰る気ないだろ。どっちにしろ、もう終電は行ってしまっただろうし」
「……」
(全部、お見通しなんか…..ほんま、ずるい人、、)
保科は目尻に残った水滴を、恥ずかしそうに指で拭った。
「……ほな、お言葉に甘えて。僕をひとりにせんといてくださいね、隊長」
「ああ、当たり前だ。……寂しがりやだもんな、『そーしろー』は」
「ちょ、亜白隊長?!」
「ほら、道連れの代わりにわしゃわしゃの刑〜!」
「ぅわぁ、終電はもう行っちゃったとかいうてませんでしたっけ〜!?」
頭をわしゃわしゃと撫でられた保科の口には、先程までの痛々しい歪みではない、心からの笑みが浮かんでいた。
私はその笑顔を横目に見ながら、今夜は彼が安らかに眠れるよう、少しだけ部屋の灯りを落とした。
いかがだったでしょうか!
なんだかんだ書き上げたら夜中の2時半になってた😭
「隊長と副隊長はいつも基地に泊まってるでしょ」っていうツッコミは喉の後ろにしまっておいてください
また見に来てね〜
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