テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
20
#sxxn
3e1
1,093
#いるなつ
3e1
2,639
あの雨の日から数日が経ったころ、なつたちの学校は文化祭を目前に控え、慌ただしい日々を過ごしていた。
なつとすちのクラスの出し物はパンケーキ店。
机を並び替えてカフェスペースを作ったり、装飾を作ったり、買い出しの相談をしたりと、クラス全員ががやがやと忙しそうに動き回っている。
なつは教室の隅で床に新聞紙を広げ、看板を塗る作業に没頭していた。
「暇ー!そこに水色塗ってー!」
「おう!このペンキ使っていいん?」
クラスメイトとそんな会話を交わしながら、なつはハケを器用に動かしていく。
その一方で、教室の反対側ではすちがデスクに向かい、色とりどりのペンを使ってメニュー表を仕上げていた。
クラス全体がそれぞれ作業に追われ、がやがやと騒がしい。
なつとすちも、今はそれぞれの係の仕事があるため、言葉を交わす機会は全くなかった。
(あいつ、やっぱりなんでもこなすよな……)
なつはハケの手を止め、ふと遠くのすちへと視線を向けた。
すると、まるでタイミングを合わせたかのように、すちがパッと顔を上げた。
騒がしい教室の真ん中で、二人の視線がまっすぐに交錯する。
すちはなつの姿を捉えると、周りにはバレないように、ふっと優しく目を細めて微笑んだ。
不意に訪れたその二人だけの世界に、なつの心臓が跳ねる。
みんなの前で話せないもどかしさと、視線だけで通じ合えた嬉しさで、なつは慌てて看板へと視線を戻した。
赤くなっていく耳を隠すように、不自然なほどバタバタとハケを動かすなつを、すちは愛おしそうに見つめてから自分の作業に戻っていった。
それからしばらくして、日が暮れ始めた頃。
「俺、買い出しいってくる!」
「あ、私もいく!」
クラスメイトたちがぞろぞろと財布を手に教室を出ていく。
他のメンバーもゴミを捨てに廊下へ出ていき、がやがやとしていた教室は、波が引くように一瞬で静まり返った。
教室に残されたのは、看板を塗り終えたなつと、メニュー表を完成させたすちの二人だけ。
「⋯⋯やっと終わった。」
すちがペンを置き、椅子の背もたれに体を預けながら小さく息を吐いた。
なつはまだ少し照れくささが残っており、床の新聞紙を片付けるフリをしてバタバタと動いている。
「ねぇ、ひまちゃん。」
名前を呼ばれた瞬間、なつの身体が背後からそっと抱きしめられた。
「わっ、す、ち⋯⋯っ?」
「充電。今日あんま話せてないから。」
すちの腕から伝わる心地よい体温がなつを包んだ。
「バカ、あいつら戻ってきたら⋯⋯、」
「ちょっとだけ。」
なつは何かを決心するように、手に持っていた道具をそっと置いて振り返り、すちの頬に小さくキスをした。
すちは一瞬目を丸くしたが、優しく微笑んだ後すぐに、なつの唇に仕返しをした。
静かな教室の短い時間で、二人は、重なる鼓動に浸っていた。
••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••
••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••
文化祭当日、クラスのパンケーキ店は息をつく暇もないほどの大繁盛だった。
なつは慣れないエプロン姿で、訪れる客の対応に追われ、店内を忙しく走り回っている。
「暇、3番テーブルにこれ運んで!」
「おう、すぐ持っていく!」
クラスメイトの声に応じ、トレーを片手に一息ついた一瞬の合間だった。
なつは無意識のうちに、パンケーキを焼くすちのいる、調理場へと視線を向けていた。
「あの人、すっごいかっこいい、!」
他校の女子たちがコソコソと騒いでいるのが聞こえる。
(……俺らが付き合っても、あいつの人気は変わらないもんな。)
なつは少しだけもやっとした何かを抱き、もうすちを見ないようにと、わざと次の注文へと忙しく動き回った。
だが、そんななつの元へ、別の火種が舞い込んだ。
「あの、お兄さん!この後暇ですか? よかったら連絡先教えてくださいっ!」
声をかけてきたのは、なつに目をつけた他校の女子生徒たちだった。
「あー、いや、そういうのはやってなくて……」
なつは困惑し、愛想笑いを浮かべながら一歩身を引いた。
「いいじゃないですかー、てかお兄さん、めちゃくちゃ美人ですね〜」
(うわどうしよ、地味にしつこいし……)
なつが内心困り、冷や汗をかき始めたその時、
調理場から足音が近づき、なつの前を遮るようにすちが割り込んできた。
「ごめんねー、うちのスタッフ困ってるし、そこまでにしてくれる?」
「あ、すみません〜、」
すちの放つ静かな圧に、女子生徒たちは退散していった。
嵐が去り、すちは深くため息をつくと、すぐに目の前のなつへと向き直る。
その表情には、普段の余裕など微塵もなかった。
「⋯⋯はぁ、大丈夫?何された?触られてない?」
「あ、俺は、大丈夫。⋯⋯ありがと。」
心配ぶりに驚きつつも、なつは小さくお礼を言う。
「全然いいよ。……あー、ほんっと最悪、」
いつも余裕そうに笑っているすちが、ここまで露骨に不機嫌になっているのがおかしくて、なつは思わず吹き出してしまった。
「なんで笑うの!」
すちが不満そうに声を荒らげる。
なつは悪戯っぽく微笑みながら、すちの顔を覗き込んだ。
「いやだって、お前が嫉妬とかすると思わなくて。」
いつもの立場が逆転したようななつの言葉に、すちは面食らったような顔をした。
しかし、視線をなつの瞳へと戻し、耳元で囁いた。
「安心して。ちゃんと、嫉妬するぐらい、好きだから。」
「な、⋯⋯っ」
不意打ちのストレートな告白に、今度はなつの顔が真っ赤に染まる。
「あはは、ほら仕事戻るよー。」
なつの反応に満足したのか、すちはいつもの意地悪で楽しそうな笑顔に戻ると、なつの背中をぽんと叩いて調理場へと歩き出していった。
なつは赤くなった頬を押さえながら、やっぱり敵わない、と苦笑し、再び忙しさの中へと戻っていくのだった。
コメント
3件
好きです

ああもう、この2人の距離感がほんとに好き……。文化祭の準備中、視線だけで通じ合うあの瞬間とか、すちが一瞬で嫉妬して割り込んでくるところとか、胸がきゅっとなるエピソードでした。なつが不意にキスを返すシーンも、自然で甘くてずるい……! もっと読ませてください、茜音さん。