テラーノベル
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凜寧.@ていふ
廊下を歩いているとき、空気が急に冷たくなった。
肌にまとわりつくような湿気と、耳鳴り。
まるで、自分以外の時間が止まったみたいだ。
俺は足を止め、前を見た。
そこに——いつのまにか扉があった。
「……校長室?」
木の板はひび割れ、金属の取っ手は錆びて黒く変色している。
なのに、その扉だけは存在感がありすぎた。
まるで“ここを開けろ”と訴えかけてくる。
嫌な予感しかしないのに、手が勝手に動いていた。
キィ……ッ
扉が音を立てて開いた瞬間、視界が歪んだ。
――教室とは違う景色が、流れ込んでくる。
灰色の映像みたいな景色。
子供たちの笑い声。
講壇に立ち、笑顔で話す校長。
白髪混じりの優しい目。
拍手の音。
「みんな、卒業おめでとう。
ここで学んだことを胸に、未来へ羽ばたきなさい」
映像の中の校長は、誇らしげに言った。
その声には迷いがなくて、温かくて――
俺が知るどんな教師よりも、幸せそうだった。
けれど、映像は急に途切れ、ひび割れた。
パキ……パキパキッ
まるでガラスが割れるみたいに、校長の笑顔が崩れていく。
「え……」
黒いシミが制服に広がり、生徒たちの顔がぐにゃりと歪む。
拍手が次第に静まり、代わりに聞こえてきたのは……
風の音?
いや、もっと……苦しそうな、うめき声。
――忘れないで……
――ここにいたことを……
――お願い……だれか……
声は重なり、歪み、擦れた悲鳴に変わる。
「や、めて……!」
僕は思わず耳をふさいだ。
怖い。
でも、苦しいのは、俺じゃない気がした。
映像の奥から、誰かがこちらに歩いてくる。
姿は黒い影になっていて、顔も形もわからない。
けれど、泣いているように見えた。
影は立ち止まり、震える声で言った。
「……忘れられるのは、痛いんだよ。」
その言葉は、耳じゃなく、胸に刺さった。
震えが背骨を走り抜ける。
影が、俺のほうへ手を伸ばした。
掴まれたら、戻れない。
……逃げないと。
俺は扉を乱暴に閉め、廊下へ飛び出した。
バンッ!!
扉が閉じたはずなのに、背後からまだ声が響いていた。
――戻ってきて。
――忘れないで。
俺は振り返らず、走り続けた。
心臓が痛い。
でも、それ以上に胸が苦しかった。
なぜだろう。
怖いのに……涙がこぼれそうだった。
あの影は、ただ――
忘れられたくないだけだった。
コメント
2件
わー!!見るの遅れてすみません!!今回も楽しいお話ありがとうございました!!やっぱり、自分がいたことを忘れ去られてしまうのは、苦しいし嫌ですよね。でも、一人でも、覚えてくれていることがわかったら、ボクはいいですけどね笑 続き楽しみにしてます!!