篠原琴音 インフラ中心施設にて
目の前にあるのは、組織インフラ内部の中心施設、基本的にはアルファ生しか入ることが許可されていない。まぁ、こんな荘重な場所にわざわざ入ってくるアルファ生はあんまりいないのだけど。
「今まで何回も中には入ってきましたが、やはり慣れませんね。」
今の私でも出来る限り入りたくはない場所だ。私は施設へ歩を進める。入口を通るとすぐに、保安検査場が待ち受ける。私は係員に所持していた背負っていた大きな鞄と身につけていた貴重品の類を渡した。係員が荷物を機械に通すと同時に、私も身体検査用のゲートを通り抜ける。
「問題ありません。」
聞き慣れたAIの声が流れた。私は流れてきた鞄をすぐさま背負い、再度歩を進める。廊下を歩いていくと、相変わらず辺りの現代技術の先を超越したような世界観が私を包んだ。これがインフラ中心施設、新しいコンピュータシステムの開発により創造された別世界。しばらく歩いていくと、施設の職員らしき人が立っているのがわかった。恐らく、案内役だろう。
「篠原琴音様、お待ちしておりました。」
私は軽い会釈だけする。すると案内役はエレベーターのボタンを押した。機体は地下6階にあり、ここ一階までは少し時間がかかりそうだ。なので少し聞いてみることにした。
「あの〜、なんで、今日ここに私を呼んだのでしょうか?」
「上からの指示により、篠原様に私が身勝手に答えることは許可されておりません。」
案内役はそのように私に対して素気なく返答した。気まずくて今にも死にそうだ。別にこれくらい答えてくれても良くない?命令を忠実に聞くバカ真面目、か、好感度はあまり高くない。
そんなことを考えているうちにエレベーターが一階にまで上がってきた。到着の音がなる。この少しだけ愉快な機械音がこの気まずさを緩和してくれたような気がした。二人はエレベーターに乗り、到着を待つ。私はこの時間が嫌いだ、特に、この案内役と一緒では。
少ししてからエレベーターの扉が開いた。そうやって、私は案内役に連れられて、やがて一つの部屋の前に到着した。案内役は軽くノックをした。
「入れ。」
その声と同時に案内役は私の側から静かに消えた。
「失礼します。」
私は部屋に入り、部屋の扉を閉める。
「今回はどのようなご用件でしょうか、成瀬さん?」
「まぁまぁ、取り敢えず座ってから話そうじゃないか琴音。」
私は成瀬さんが指した席に座る。
この人は成瀬 澪【なるせ みお】、組織インフラの最高責任者だ。この人の空気感というか雰囲気は、私の性に合わないため、苦手。
「指定した武器は持ってきたのか?」
「はい、この鞄の中に全て入っています。」
「よろしい、確かにこの鞄に入っているな。」
成瀬さんは私が持ってきていた大きな鞄を開けて中身を確認した。
「あの〜、これは一体どういう任務なんでしょうか?」
「これは任務ではない。なんて言えばいいんだろうね、うーん、一種の宣告とでも言っておこうか。」
「宣告、ですか?」
「琴音、少しだけ、お話をしようか。お前は8年前のインフラでの出来事を覚えているか?」
「思い出したくはありませんが、部分的に酷く鮮明に残っています。」
「お前は、8年前のあの夜、霧が深かった山道で項垂れていて、意識がなかった。私は見過ごすわけにもいかなくなり、お前をインフラへと持ち帰った。そして深夜、お前の緊急手術を実行した。あのままだと、すぐに死んでしまっていただろうからな。手術は4時間にも及び、終了したのは朝方の6時ごろだった。しかし、当時のインフラの医療技術ではお前を救うことができなかった。お前は、あの時、一度死んだ。そして誰もがお前の死を確信した。だが、それは単なるわたしたちの思い込みにしかすぎなかった。
担当医からお前の死を知らされてから私は、死んだはずのお前の元にやってきていた。そこには目を瞑り、脈がなく、静かに横たわっているお前の姿があった。
だがお前はどうやら神様には受け入れてもらえなかったらしい。
突然、お前の目が開いた。同時に、心臓も少し動き始めた。途端にお前は酷くもがき、奇声をあげ、苦しみ出した。その時の目の血管は、今にでも切れそうなぐらい表面に浮かび、結膜下出血を起こしそうなぐらいだった。目が開き苦しみ出して数十秒後、お前は私を見つけた。
その時、お前は私にどう反応を示したと思う?
それは、明確な殺意だ。私を殺そうとしていた。
見つけた瞬間、お前は私の方へ襲い掛かってきた。私は即座に拳銃を抜き、お前の眉間を撃ち抜こうとして発砲した。しかしそれは避けられた。身体能力が人並みではなかったのだ。お前はそのまま私の銃を奪い私の肩を撃ち抜いて、部屋の外から出て行ってしまった。
急いで部屋の外から出ていくと、施設の職員が次々と殺されていくのが見えた。『止めなければ』、そんな思いで私は倒れている職員の銃を持ってお前の後を追いかけた。しかし必死に追いかけるがお前には簡単には追いつけなかった。加えて、お前が通った後の廊下には血の海が広がっていた。そこで、私は久しぶりの恐怖を覚えた。絶句した、『う、嘘っ、だろぉ..』なんて言葉が溢れるくらいには。驚異的な強さだった。
『ドォン』と鈍い音が空気を伝わる。また一人死んだ。私は急いで追いかけ、そして施設の入口にたどり着いた。お前はまだ入口の職員の惨殺最中だった。
なので、私は背後から拳銃を構えた。『今ならいける、やれる。チャンスは一度きり、決して外すなよ、成瀬澪』そうして、私は標的の後頭部を狙撃した。
見事に命中、そのままお前は倒れた。
私はお前を抱き抱えて、次に研究所へ連れて行った。そこで当時インフラの脳科学者が発明していた、脳制御装置及び、身体循環制御装置の役割を担ってくれる人工圧縮情報脳型媒体、通称:【ファジー】をお前の頭に提供するように仕向けた。
またもや緊急手術が始まった。しかし、その手術は先ほどと比べてそれほど時間を割かなかった。
そして、手術があった日の夜に、お前の意識は回復した。ベッドから起きた時のお前は、まるで幼き少女そのものだった。それから…。」
「そこからの記憶は大体ありますので、続きの内容は結構です。」
まだ、昔の長話が続きそうな予感がしたため、私は強引に成瀬さんの話を、次の言葉を紡ぐ前に遮った。
「それに今の話も散々成瀬さんから聞きましたしね。今更驚きはしないです、傷は抉られますけど。」
「事実とは、残酷なものだよ。」
事実、ねぇ。
少なくとも、私が成瀬さんから拾われてこの施設に搬送されたあたりからは事実である。なぜなら、防犯カメラに映像が記録されていたからだ。私も四年前ぐらいに映像を見て、過去の出来事を知った。勿論初めは信じられなかった、私が人を殺していたことなんて。映像を見ている時、何回嘔吐したことだろう、両手には収まらない。だけど、私はそれを受け入れる他なかった。
「それで、私に伝えることはそれだけですか?そんなことを伝えるために私を召集したのなら、もう帰ってもいいですか?」
「悪い、長話が過ぎたようだ。今回お前に伝えようと思っていたことを、率直に言おう。」
瞬時に成瀬さんの顔が強張るのがわかった。
「琴音、お前をこのインフラ本部から追放せざるおえなくなった。」
「えっ?!」
私は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
私が本部から追放?
なんでっ!どうして!?私が何かをやらかした?
いや、それはない、私に不手際はなかったはず。
私はその瞬間、目の前が真っ黒に染まって見えた。
まさにそれは、私に対する死の宣告であった。
【The shackles of folly bring us true
understanding.】
=【愚行という名の枷は私達に真の理解を与える。】
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