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マリアの介入によってシャーリィが離れ、当初の予定より少し遠回りのルートを進むこととなった西部閥の一団は、レイミを先頭に翡翠城内部を走り続けていた。
幸いにして西部閥の貴族達は有事に備えて常日頃から鍛練を欠かさずに行っており、体力面での心配無用であった。ただ一人を除いて。
「レイミお嬢様」
セレスティンと一緒に最後尾を走っているはずのエーリカが隣に来たことに気付いたレイミは、嫌な予感を抱えながらも彼女へ視線を移した。
「なにか問題が起きたの?エーリカ」
「はい、ジョセフィーヌお嬢様がそろそろ限界です。何処かで休息を取らないと、倒れてしまうかもしれません」
「はぁ……はぁ……」
カナリアの一人娘として蝶よ花よと育てられ、なおかつパーティの対応で疲れ果てていたジョセフィーヌの体力が限界を迎えつつあった。
既に数十分に渡り極度の緊張に晒されながら走り続けており、これには流石の貴族達も個人差はあれど疲れの色を見せているのもまた事実である。
つまり、一団には多少の休息が必要な状態であった。だが、エーリカからの報告を受けたレイミは表情を険しくする。
翡翠城を出た後ならばいざ知らず、未だに城内であることを考えれば一刻も早く脱出するべきである。
「ただでさえ遠回りを強いられているのに……本気で言ってるのかしら?エーリカ」
「残念ですが……皆様に無理を強いるわけにもいきませんから」
レイミは内心マリアを呪った。シャーリィがにこの場に居てくれたならば妙案を提示してくれるだろうに、その最愛の姉はマリアによって足止めをされている。マリアが居る以上、妹でありライバルでもある聖奈がこの騒ぎに参戦してくるのは明白。一刻の猶予もない。だが。
「皆様こちらへ!早く!」
近くにあった倉庫の扉を開いて中へ一団を誘い扉を閉めて鍵を掛ける。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……」
「はぁ!はぁ!」
ようやく休めた皆は息を整えるように呼吸を繰り返し、余裕があるものは倉庫を見渡す。残念ながら武器庫ではないようで、様々な雑貨品が置かれているだけであったが真水入りの水樽をいくつか発見して喉の乾きを潤した。
「皆、ご苦労様。もう少しの辛抱よ。皆で揃って西部に帰るため、あと少し気張って頂戴」
「内戦に……なるのでしょうか?」
少し休み水を飲んだジョセフィーヌが不安げに母へ問い掛ける。この中には東部閥に通じた裏切り者が居る。そんな中でするべき質問ではないが、ジョセフィーヌも余裕がないのだろうとカナリアは叱らなかった。
「少なくともマンダイン公爵家はやる気よ。私達が無実なのは言うまでもないけれど、これを機に叩き潰そうとするのは目に見えているわね」
「そんな……」
「大丈夫よ、旧態依然とした東部閥の古臭い貴族たちに負ける道理は無いわ」
安心させるようにカナリアがジョセフィーヌを諭すが、敏い貴族達は事がそう単純でないことをしっかりと把握していた。
東部閥、マンダイン公爵家だけならば貴族間の紛争であるからまだ単純なのだが、皇帝暗殺疑惑を掛けられたままでは逆賊扱いを受け他の貴族や派閥内でも混乱は避けられない。
また争いも紛争から内戦レベルにまで発展する可能性が非常に高く、宿敵であるアルカディア帝国の動向が分からない以上最悪の状況と言えた。
内戦とは単純に国力の浪費以外なにものでも無いのである。敵対国家を抱えた状態での内戦など正気の沙汰ではないが、フェルーシアの権力欲は際限がない。彼女はレンゲン公爵家を国家の反逆者に仕立て上げて各派閥や正規軍を動かし早期に内戦が終結するものと考えていた。
ただ、政争に明け暮れていたフェルーシアは軍事に疎い。多少なり最新の技術を取り入れているが、東部閥全体としては旧態依然とした装備のままなのだ。急激な近代化を果たしつつあるレンゲン公爵家の軍事力が数値より遥かに高いことを正確には認識できていなかった。
「しっ!静かに」
出入り口に張り付いて様子を伺っていたレイミの言葉で皆に緊張が走る。レイミをフォロー出来るようにセレスティンとエーリカが動き、カナリアとジョセフィーヌを護るように貴族達が固まる。
少しするとゆっくりとした足音が響く。それは城内での喧騒が嘘のように静まり返った廊下に不気味なほど響き渡り、足音は倉庫の前で止まり静けさが辺りを包む。
「っ! 離れて!」
なにかを感じたレイミとエーリカは咄嗟に飛び退き、次の瞬間木製の扉が真っ二つになり轟音と共に倒れる。そしてそこには。
「見ぃつけた、やっぱりレイミだ」
栗色の髪を背中まで伸ばし、白いセーラー服を身に纏い日本刀を手にした少女が口角を吊り上げてレイミを見つめていた。
「聖奈っ!」
「なんだあの少女は!?」
「待て、覚えがあるぞ!先ほど会場に居た。確か、フロウベル侯爵家の令嬢だ!」
聖奈はマリアの妹としてフロウベル侯爵家に引き取られ、対外的にも娘として公表されている。
フロウベル侯爵は全く関心を寄せず、マリアの要望を聞き入れただけであるが。
「フロウベル侯爵の令嬢だと!?」
「東部閥の刺客か!」
少なくとも味方ではない。皆に緊張が走る中、一人の中年貴族が慌てて前に出た。
「待て!私はマンダイン公爵と話を通した者だ!殺さないでくれ!」
「なっ!?ガドガン卿!何を!?」
「この恥知らずめ!貴様が裏切り者か!」
「喧しい!こんなことで死んで堪るか!」
彼の名はガドガン子爵。西部閥では新参であり、交易で財を成して成り上がった人物である。
マンダイン公爵、正確にはフェルーシアの誘いに乗ってレンゲン公爵家の動向を詳細に流していた裏切り者の一人である。彼以外の虫はまだ身を潜めているが。
そんなガドガン子爵に対してカナリアは冷めた視線を向ける。
「これでも貴方の事は気に掛けていたのだけれど、残念だわ」
「こんなことで心中等御免なのですよ、閣下!近代化だか分からないが、貴女は目立ちすぎた!だから私は!」
「邪魔」
「はっ……ぇ……」
「ひぃっ!?」
聖奈が呟いて一閃し、ガドガンは文字通り真っ二つにされジョセフィーヌが悲鳴を挙げる。
「私はレイミと喋ってるの、邪魔しないで欲しいんだけどさ」
「豪胆なお嬢さんね、裏切り者を始末してくれたことは感謝するわ。このまま見逃してくれないかしら?」
「嫌だよ、お姉ちゃんからオバサン達を捕まえろって言われたし。まあ……生きていれば手足がなくなっても問題ないよね?どうせ死刑だろうし」
カナリアの言葉に愉しげに嗤いながら返した聖奈を見て、レイミもまた身体に力を込めた。