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《全国ニュース/情報番組スタジオ》
明るい音楽が流れ、
画面に大きくテロップが躍る。
<人類初の“小惑星偏向作戦”まで あと6日>
<アストレアAとは? オメガとは? やさしく解説SP>
司会者が笑顔でカメラを見つめる。
「さあ、きょうの特集は
連日お伝えしている“アストレアA計画”です。
“難しい話はよく分からないけど、
結局どうなるの?”という声にお答えして、
きょうは“絵”で分かりやすくお伝えします。」
大型モニターに、
地球とオメガと、小さな箱のような宇宙機が映し出される。
「こちらが、
地球に向かっている小惑星“オメガ”。
直径は約220メートル、
東京タワーを横に寝かせたくらいの大きさです。」
「そこに、人類の“宇宙船の拳”こと
“アストレアA”が、
地球のかわりに体当たりをする——
というのが今回の作戦です。」
ゲスト席には、
JAXA/ISAS プラネタリーディフェンスチームの
白鳥レイナが座っている。
司会者が振る。
「白鳥さん、“体当たり”って聞くと
ちょっと乱暴なイメージもあるんですが……」
レイナは、
少しだけ苦笑して頷いた。
「そうですよね。
でも実際には、“全力パンチ”というより
“肩をちょっと押す”くらいのイメージなんです。」
モニターのアニメーションが切り替わる。
オメガに、小さな矢印が当たり、
ほんの少しだけ進行方向がずれる。
「オメガのスピードを、
“1秒間に数ミリ”変えるだけ。
それだけで、
地球に着くまでの長い旅のあいだに
少しずつコースがずれていきます。」
司会者が目を丸くする。
「“数ミリ”ですか。」
「はい。
ミリって、
ものさしのあの小さい目盛りです。」
スタジオから小さな笑いが起きる。
「でも、
“宇宙は広い”ってよく言われますよね。
広いぶん、
“今ちょっとだけ押しておく”ことが
何年も先の大きなズレになるんです。」
画面下にテロップが出る。
<プラネタリーディフェンス=
地球を宇宙の危険から守るしくみ>
司会者がまとめるように言った。
「つまり、
“今のうちにちょっと押しておく”ことで、
あとで大きな悲劇を避けようとしている——
それが“プラネタリーディフェンス”なんですね。」
「そう理解していただければ、
とても嬉しいです。」
レイナは、
カメラの向こうの
見えない視聴者に向かって
小さく会釈をした。
《アメリカ・NASA本部/記者ブリーフィングルーム》
同じ時間、
海の向こうでも
似たような場面が進んでいた。
壁のスクリーンには、
“PLANETARY DEFENSE / ASTRAEA-A MISSION”
と書かれたタイトル。
アンナ・ロウエルは、
手元のメモを一度だけ確認し、
顔を上げた。
「……We are not trying to “blow it up”.
We are trying to “gently push it away.”」
(爆破するんじゃない。
やさしく押し離そうとしているのよ。)
記者の一人が手を挙げる。
「ですが、“失敗して
コースが余計に狂う”という可能性も
あるんですよね。」
アンナは、
ほんの少しだけ息を吸い直した。
「Yes.
どんなミッションにも、
リスクはあります。」
「でも“何もしない”未来は、
今ここにいる誰もが
“確実に嫌だ”と思うはずです。」
「私たち科学者とエンジニアは、
“その中でまだマシな選択肢”を
必死で探しているだけなんです。」
一瞬、
会場が静まる。
スクリーンの端に、
“IAWN”“SMPAG”のロゴが小さく映る。
「これはNASAだけの計画ではありません。
IAWN(国際小惑星警報ネットワーク)、
SMPAG(宇宙ミッション計画諮問グループ)——
世界中の“宇宙の目”と“宇宙の腕”が
一本の矢を支えています。」
「アストレアAは、
人類全体としての“決断”なんです。」
それは、
静かな、
しかし重い宣言だった。
《東京都内・官邸公邸・夜》
会見を終えたばかりの夜。
公邸のダイニングには、
遅めの夕食が並んでいた。
鷹岡サクラの向かいで、
大学生の一人娘・紗季が
湯気の立つスープをかき混ぜている。
「……アストレアA、
うちのゼミでも話題でしたよ。」
「そう。」
サクラは、
疲れを隠すように微笑んだ。
「みんな、なんて?」
「“映画みたい”って言ってる子もいたし、
“怖すぎて考えたくない”って言ってる子もいたし。」
紗季は少し黙ってから、
ぽつりと言った。
「私は……
“お母さんが真ん中にいる映画”って感じ。」
「やめてよ、
そんなB級パニック映画みたいな。」
サクラは笑いながらも、
スプーンを持つ手に
わずかに力が入る。
紗季が、真顔になる。
「……もしさ、
アストレアAが失敗したら、
どうするの。」
質問は、
思ったよりもまっすぐだった。
サクラは、
少しだけ目を伏せる。
「“どうするか”は、
正直に言えば
まだ全部は決まってない。」
「でも、“どうするつもりか”は
決めてある。」
紗季が首をかしげる。
「なにそれ。」
「どっちに転んでも、
“誰かが本気で守ろうとした”って事実だけは
ちゃんと残す、ってこと。」
紗季は、
ふっと笑った。
「お母さんらしい。」
サクラは肩をすくめる。
「政治ってね、
“正解のあるテスト”じゃないの。」
「“どっちを選んでも怒られる問題”の中から
まだマシな方を選んで、
その責任をぜんぶかぶる、
っていう仕事。」
「最悪でしょ。」
紗季は、
スープを一口飲んでから言った。
「でもさ。
私、
そんな仕事してる人が
自分の親でよかったって
ちょっとだけ思ってるよ。」
サクラは、
驚いたように娘を見る。
「……そのセリフ、
録音して官邸に流したいんだけど。」
「やめて。
私の株が上がるのは
キャンパス限定でいい。」
二人の間に、
小さな笑いが生まれた。
窓の外には、
普通の東京の夜景。
でも、そのはるか上空を
オメガは静かに通り過ぎている。
《黎明教団・オンライン配信アーカイブ視聴》
ノートPCの画面に、
セラの過去配信のサムネイルが並んでいる。
<“オメガは神の光”>
<“価値のリセットが始まる”>
<“ロケットの前に立つ祈り”>
地方のワンルーム。
アルバイト帰りの青年が、
ヘッドホンをつけたまま
シークバーを行ったり来たりさせている。
画面の中で、
セラが静かに語る。
『お金や地位や学歴——
これまでの世界で“価値”とされたものは、
オメガの光の前では
すべてリセットされます。』
『だから怖い。
だからこそ、
“新しい価値”を選び取るチャンスでもある。』
青年は、
テーブルの上の給料明細をちらりと見る。
額面は、
決して多くない。
(どうせこのまま働いても、
大して変わらない生活なんだろうな……)
『“科学”は、
過去の世界を守ろうとしている。』
『でも“光”は、
その世界ごと
一度洗い流そうとしている。』
『あなたは
どちらの側に立ちますか。』
配信の中の問いかけは、
青年の胸の中の
小さなざらつきを
そっと撫でてくる。
(どっちでもない場所は、
もう残ってないのかな。)
彼は、
次の配信予定の通知に
無意識に“参加予定”をタップした。
《警視庁・サイバー対策室》
薄暗い部屋。
モニターに、
SNSのタイムラインと
黎明教団関連の書き込みが並んでいる。
若い職員が報告する。
「“殴る自由はない”会見のあと、
“ロケットの前に立つ自由”という
ハッシュタグがじわじわ伸びています。」
別の職員が補足する。
「ただ、
“暴力を肯定する発言”は
公然の場からはかなり減りました。」
「そのぶん、
クローズドなチャットへの誘導が増えています。」
上司の警部が、
眉間を揉む。
「……外から見えなくなるだけ、ってやつか。」
「ひとまず、
“公開の場でのガス抜き”が
完全に失われないように、
“削る・残す”のバランスも考えろ。」
「全部消せばいいわけじゃない。
消しすぎると、
どこで何が煮詰まってるのか
誰にも分からなくなる。」
モニターのすみには、
小さなニュースのテロップ。
<アストレアA打ち上げまで、あと6日>
(あのロケットが飛ぶまでに、
どれだけの“見えない会話”が
世界のあちこちで交わされるんだろうな。)
誰かが小さくため息をついた。
その日も、
オメガの軌道は変わらない。
変わっているのは、
地上の“気持ちの準備”だけだった。
世界は少しずつ、
六日後に空を見上げるための
“リハーサル”を始めている。
期待と不安。
祈りと計算。
ニュースと噂話。
その全部を飲み込んで、
アストレアAのカウントダウンは
静かに進む。
打ち上げまで、あと6日。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.