コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第3話 現状
「なんでだよ、別にいいだろ!?」
「危険だ。第一怪しいだろ?白い海の海水だって?あんなの染料をとかせばいくらでも作れる。」
家に戻ると、すぐに口論が始まった。
「あの旅人が嘘をついてるっていうのか?」
「白い海は伝説上の海だ。本当にあるかどうかなんて、分からない。」
「あるかもしれないだろ?」
「…あのなあ、本気で信じてるのか?黒の海で消えたものが白海に現れる?現実味に欠けてる。」
「じゃ、じゃあ、ないって言い切れるのかよ。父さんは生きてるかもしれない。それなら迎えに行くのが筋ってもんだろ…」
パシャッ!!
冷たい水が、頬を伝い、首を伝い、体に籠った熱を一瞬にして冷ました。
「頭を冷やせ、ノア。」
「……後悔、したくない。」
去りかけていたルイスがこちらを見た。
「今なら会えるかもしれないんだ。どうするんだよ、あいつの話が本当で、父さんは生きてて、今行けば間に合ったかもしれないのに…… 」
ノアは苦しそうに言った。
「もし、死んじゃったら。」
「……。」
「嘘だとしても、失うのは時間だけだろ。でも、嘘じゃなかったら俺はチャンスを逃したってことだ。なあ、頼むから……っ!」
と、ルイスが言葉を紡いだ。
「あいつみたいに、傲慢だな。」
「…… 」
「早く準備しろ。」
「……えっ?」
「早くしないと、メイスに捕まるぞ。あいつは絶対に行かせないだろうから……すぐに発った方がいい。」
「……!」
「さっさと帰ってこいよ、我儘野郎。」
太陽は、まだ昇っていない。そんな早朝だったが、ノアは酒場へと向かった。昨日と変わらず、きちっとした服装で、旅人はいた。
「おや、早いですね。」
「母さんにバレる前に出発したいんだ。」
「そういうことでしたら、時刻を早めましょう。忘れたものはありませんか?」
「……ああ、ない。」
すると、彼女はフードを落とした。
「ノア、私はウィット・アステリア。これからよろしくお願いします。」
「…改めて、ノア・コール。よろしく。」
綺麗な人だ、と思った。透き通る空色の瞳に、柔らかな茶色の髪。今までこれほど美しく笑う人を、ノアは見たことがなかった。
…いや、いつも地面ばかり向いて歩いていたからかもしれない。
この時、久しぶりに正面から人の顔を見たと思った。
「どうやって向かうんだ?」
「そうですね……暫くは海沿いを進みます。そして、青の海の堺まで。」
「青の海?」
「おや、ご存知ない。」
「青色の海は聞いたことがない。」
ウィットは静かに、得意気に話し始めた。
「実は、世界では青の海が普通なのです。 」
「青が普通だと?」
「黒やら白やら、そちらの方が希少ですし、信じて貰えないはずですよ。」
「……はず……」
「友人によれば、です。」
彼女は地図に目を落とす。確かに、青色で地図は塗りたくられていた。
「青の海なんて気持ち悪いな。」
「美しいそうです。一目見ていただきたいですね。」
ウィットは穏やかな目をしている。
「そうだ、海の魚を食べたことはありますか?」
「川魚なら。」
「私は旅に出て初めて食べました。川魚とは比べ物にならないほど大きく、驚いた記憶があります。 」
「どれくらい大きいんだ。」
「そうですね、軽く成人男性の身長を超えます。」
疑いの眼差しで見つめていると 、はっとした顔でノアを見た。
「本当ですよ、ノア!」
「信じ難い。」
「もう…絶対にみせてあげますからね。」
ウィットはノアの知らないことを何でも知っている。同じ歳のように見えるのだが、中身だけ年齢が違うように思えてしまう。
(旅って、いいな。)
世界を知り、その目で、耳で、感じる。きっと忘れられない経験となり、人生を豊かにしてくれるだろう。
「楽しいか、旅は。」
「…ええ。貴方の、想像以上に。」
「…………そういえば、ウィット。お前ここに来るまでなんともなかったのか。」
「え?」
「この村から他の村に出る人間はいない。黒の海から、よく亡霊が這い上がるからな。」
「亡霊……?」
「亡霊は人間を騙す。死の世界へ、誘うんだ。」
ウィットは僅かに顔を強ばらせた。怖がらせるつもりではなかったが、言っておかなくてはいけないことだ。
(ただの1度も会 わないとは…ウィットは強運なんだな。)
「亡霊にあった時はまず……」
と、強い風が葉を巻き上げる。黒海が騒いでいる。鳥が、空気が、妙に重い。
(…まさか。)